第871話 家にいるだけじゃ (翔)

「わふーん」

「おう」



 アナズムでゆっくり羽を休め始めてから1週間くらいは過ぎたが、ほとんど毎日家の中に居た。

 つい昨日、叶君と桜ちゃんが二人でブフーラ王国への旅行から帰ってきたところだ。

 なんかSSSランクの魔物と遭遇しちまったらしいが……そういうことが頻繁するなんてとても思えないし、俺とリルも旅行に行ってもいいんじゃねーか?


 もちろん、リルは獣人だから少しの欠片も差別意識がないところがいい。となるとメフィラド王国国内かブフーラ王国ってことになるが。

 どうだろう、提案してみるか。



「わっふーん」

「なあ、リル」

「わふふーん」



 どうやら俺に甘えるのに夢中で話を聞いてなかったみたいだ。尻尾をパタパタ震わせニコニコと満面の笑みを浮かべながら抱きついてきてやがる。まあ、いつものことなんだが。

 前々から思っているが、やっぱり甘えてくる愛犬みたいな感じがする。



「リル、お手」


 

 つい、な。たまーにやっちまう。

 今のは聞こえてたんだろうが、上の空で聞き間違えたのか、それともわざとなのか。リルは自分の胸を無理な体勢で載せようとしてきた。



「胸? ……あ、手ね」



 カップ数が上がってからというものの、やけに強調してくる。リルの魅力はそれだけじゃないんだがなー。

 そうは言っても今のは単純に聞き間違いをしただけのようで、すぐに手を俺の掌に乗せてきた。

 ただ握手しているだけだなこりゃ。俺は何をしたかったんだか……彼女といちゃついてるのに理由なんていらないと思うが。



「わーふ。それで?」

「ただお手をさせたかっただけだ」

「私は犬じゃなくて狼……あ! ペット扱いするっていうプレイなら喜んで……」

「いや、違うからな」



 そういうのも悪くはないと思うけど、今はそのためにお手をさせたんじゃない。お手をさせたかったからさせただけなんだ。そういやもう甘えんのは中断してるから俺の話をしっかり聞いてくれるはずだ。旅行に誘ってみよう。



「それよりリル」

「なんだい? 今日の筋トレは終わったけど、マッサージでもする?」

「いや、俺の趣味の話じゃねーんだ。ちょっと思ったことがあってよ」

「わふわふ?」

「旅行でも行かねーか?」

「わふー!」



 リルは心の底から嬉しいんだろうか、さっきよりも尻尾を激しく動かし、耳も立っている。そもそも人としての顔自体が喜びそのものを表しているな。



「いく! いくよ!」

「明日からどうだろうか。どうせ暇なんだ、今日の残りの時間で行く場所決めていけばいい」

「そうだね。まずは国内かい、国外かい?」

「メフィラド王国国内にしようと思ってる」

「いいね、そうしよう」



 二人でトズマホを使って地図を広げながらどこがいいかを話し合う。いつもみてーな、筋肉か身体(整体術)か武術に関するような話じゃないのはちょっと新鮮かもしれん。

 アナズム滞在日数も残り7日間ということもあり、馬車で1日半以内で行ける場所を中心に候補を挙げて行く。

 

 叶君にお願いして一瞬で遠くまで連れてってもらうって手もあるが、前の旅行の時もそんなことはしなかった。

 そして叶君も今は桜ちゃんとの旅行では基本全部(今回はSSSランクと戦ったあとだからか瞬間移動で帰ってきてが)馬車と船移動だ。ついでになんでもとんでもなく、国内一の高級な乗り物を選んでいるらしい。

 たしかに有夢と有夢からもらったスキルのおかげで金なんて俺たちにはほぼ必要ないのと同じだからな。 

 まともに冒険者をやってた時代に稼いだ金を使うのはそう言うことぐらいしかないんだと思う。


 2時間くらいかけてルートを決めた。さすがは頭の回転の早いリルだ、思っていたよりサクサク決まる。あるいは今まで旅行に本当は行きたかったが、遠慮してただけかもしれない。

 前の旅行は帰郷目的だったしな。

 馬車の予約の仕方やおすすめの馬車を扱う店はトズマホで叶君にメールをして聞いた。なんとなく有夢よりそこらへんは詳しそうな気がしたからな。

 案の定、すでにその高級馬車を扱う店の主人とはメッセージを送れるようになっているらしく、叶君が予約しておいてくれるのだとか。費用は大金貨10枚。前回の10倍だがそれだけスケールが上がっているのだろう。

 本当に有り難い。これで準備はオーケーだ。



「じゃあ後は明日を待つだけだな」

「わふーん、楽しみで寝れないかもしれないよぅ!」

「別にそれでもいいんじゃねーか? どうせ馬車の中でも1日近く過ごすんだし」

「前回の値段の10倍の馬車なんだ! 内装が気になるんだよ」



 たしかにそれは気になる。大金貨10枚つったら日本円にして100万だったか1000万だったか……?

 すごい豪遊なのはわかっている。



「うーん、ママとパパもいつかそう言うのに乗せてあげたいなぁ」

「じゃあ家族ぐるみで行くか?」

「ううん、ショーと二人がいいよ。家族と恋人は別なんだよ……って、ママ達が行き帰ってから気がついたんだ」



 そうなのか。普段も2週間のうち半分以上俺と過ごしてるし。

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