第766話 トラウマを乗り越えた翌日 (翔)

「わーふん! おはようおじさん!」

「……おはようございます……」



 朝起きて、マジックルームから出た。    

 リルがすごい元気だ……事の後に毎回思うが、あの元気はどこから来ているのだろうか。

 お願いされた通りにこなせたのはいい。前に長時間挑戦した時よりさらに長かったし、対策もしてなかったら生活が大変なことになるのは確実だが……。

 また、記憶が正しければ同時に寝ちまった(あるいは気絶した)のも良いだろう。

 ただ本当に、一方が元気でもう一方、つまり俺が疲れきっているのは何故なんだ。精神的に。



「おう、おはよう! 朝っぱらから仲が良いな、おい。……ん?」

「ど、どうかしたんスか?」



 前村長はスンスンと鼻を鳴らしている。

 そして俺とリルを見た後、少しだけニヤけた。



「ハメ外すのはいいが、時期とか考えろよ。いま、その年で子供ができて育てきれるのか?」

「そこのところは対策してるから大丈夫だよ!」

「なら私からは言うことはなんもねぇや」



 何故だ、臭いとか悟られない程度までアイテムで消したはずだ! 何故バレた!

 ポーションで身体的疲労も消していると言うのに、何故……?



「朝飯はどうする?」

「お部屋の中で食べて来たよ」

「そうか。食ってないなら飯屋行こうと思ったんだが、ま、食ったならそれでいいさ」



 朝ごはんもお互い裸のまま食べさせあったからな。今思い出しただけでも……だめだ、元気が出ない。



「じゃあ村の中回って来なさい。どのくらいこの村にいるつもりなんだ?」

「あと2日間くらいかな」

「そうか、ゆっくりしていけよ」



 とりあえず俺とリルは前村長の敷地から出ようとしたが、リルが立ち止まる。どうやらまだ聞きたいことがあるようだ。



「そういえばおじさん、新しい村長はどうするの?」

「あっ! いけね、話すの忘れるところだった。それはしばらくは私がやる。ただな、あの二人を牢にぶち込み、私が再任する経緯をみんなに話さなきゃならん。午後3時くらいに村の中央に来てくれ」

「わふ、わかったよ!」



 気を取り直して、俺とリルは村を見て回りはじめることに。そういや、実は昨日来たばかりでまだ2日目なんだよな、この村に滞在して。

 昨日、色々ありすぎてすっかり3日間は滞在している気になってたぜ。

 事実、マジックルームの中では3倍もの時間を過ごしたわけだし。



「わふー、ショー疲れてるね。ごめんね、私のワガママでこんなになるまでしちゃって」

「あ、ああ…なんのなんの」

「こういう時って無理に抱きついたりしたらダメなんでしょ? ちょっと離れ……わふ」



 腕に抱きつくのをやめようとするリルを、俺は引き寄せ、再び抱きしめ直させた。流石に胸とか当たっても今は何も感じないがな。

 ただ、側に置いておきたいんだ。



「だめだ、いくな」

「わふーんっ」



 嬉しそうに擦り寄るリルが可愛くて仕方がない。

 この村に来てリルみたいな見た目の女の子がたくさんいるのかと考えていたが……いやぁ、マジで全然別格だったぜ。まあ普通と比べて可愛い娘が多いという内心の予想は当たってたけどな。

 三つ編みとかロング、お団子ヘアーとかが、リルと同じ髪色で居るのはなかなか新鮮だ。リルは普段、癖毛めのショートボブだからな。



「いやぁ……あの二人熱いねぇ」

「外はこんなに寒いのにね」

「……ってか、今朝から村長見えないけどどうしたんだ?」

「わふーん、知らない。でも前の村長やウルフェルの奴がすごい形相で村長夫妻の家に向かったのを見たって人はたくさん居るよ」



 昨日の今日だから村中にはまだそんなに広まっていないのか。違和感は感じているようだが。



「よぉ、二人とも」

「あ、昨日の……ウルフェル!」

「昨日はお世話に」

「いや、いいんだ! 未来の村長として当然のことをしただけだぜ! ……あのあと話す機会全然なかったけどよ、あー、少し話したいことがある。二人と……特にリルと」

「わふぇ?」



 そんなわけで俺たちはこの村で唯一だというカフェに移動した。ウルフェル、ずっとリルの方ばっかり見てるな…。



「で、なんだい?」

「なあ……リルは俺のこと覚えていないか?」

「それは……昔にってこと?」

「そう、そうだ。5歳くらいの時」



 リルは首を傾げた。

 必死に思い出そうとしているようだが、それ以降の人生が壮絶すぎて自分の両親以外のことは記憶が薄いみたいだ。



「……俺、昔から強烈に記憶に残っている同い年のはずの女の子が居るんだ。遊んだ記憶もある。すごく可愛くて笑顔が天使のような。しかし……ああ、そうだ、死んだって聞いたんだ、だから……」



 なんだよ、本人もあんまり覚えていないのか?



「その……リルって名前を聞いて思い出したんだ。その女の子だって」

「わふ。つまり、私たちは幼馴染ってことになるのかい?」

「わふ、そうだ。……なあリル、この村で最強の男である今の俺が、ひっくり返っても叶わないような男に一生を誓っているんだよな」



 あ、あー……この流れはあれだ。

 鈍感と言われる俺でも分かるぞこれ。



「うん、すでに誓いの証も渡してるさ」

「だよなぁ。俺から見てもこんな立派な奴いないし。……ただ、ただ質問させてほしい。もし、リルが普通の生活をこの村で続けられていたら……俺と……付き合ってくれてたか?」



 リルはウルフェルの目をじっと見る。

 しばらくしてから、その質問に答えた。

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