第761話 トラウマ (翔)

「どれどれおやおや」

「まあまあ……よく帰ってきたわね」



 村長夫妻、二人はいかにも優しい表情を作っている。リルは二人が目の前に現れてから震えも汗も止まらなくなっていた。動悸さえしている。

 もはや自分の方が圧倒的に強いってのに……トラウマってやつだな。



「そんなに怯えて……どうしたの?」

「わふ、確かに同胞だが見たことない顔だ。赤ん坊の時に連れ去られた子かな?」

「わ、わふぇ…っ!?」



 リルは目を見開いて驚いた。ああ、どうやらこの二人、リルに気がついてないみたいだ。演技とかでもないのは一目でわかる。

 そりゃ奴隷の時からずいぶん見た目も体格も違っているからな。仕方ないといえば仕方ないのか。



「君は……16歳くらいかな? もし、あの子が生きていれば……君ぐらいの年だったのかもしれないと思うと」

「ごめんなさいね、私達、昔養子にとった女の子が居たんだけど……目を離したすきに……うぅっ」

「わふ、村長泣かないで!」

「し、仕方のないことなんだよ。魔物に襲われるのは人族だろうが狼族だろうが一緒なんだ」



 どうやらリルを死人扱いし、十数年間ずっと隠し通したのは本当らしいな。しかもそれを悲劇の事件として扱い、村民の心を動かすのに使ってやがる。

 悪党中の悪党だぜ。



「ああ、申し遅れた。私はこの村の村長、ボザ・アングルだよ」

「私はヘリュ・アングル。村長婦人ってやつだよ。ワフム……あなたの名前は?」

「え……あ、私の名前……は……」



 リルはなかなか自分の名前を名乗ろうとしない。そりゃそうだろうが。リルが答えずに時間が経ち、二人はしびれを切らしたようで、こう、諭してきた。



「名前…覚えてないのかしら?」

「こんなに震えているなんて、ああ、もしかして人族との生活が長すぎて狼族に慣れて居ないとか?」

「わふぇ? でもさっきふつうに僕たちと試合を見てはしゃいでたよね?」

「私なんて少し会話したわよ? 狼族に慣れて居ないなんてことはないはずだけど」

「わふーってか、村長夫妻が来てからそんな風になったよな」

「わふん、確かにそうだ」



 流石にみんな違和感を感じるか。リルは……震えたまま助けを求めるようにこちらを見ている。

 メッセージでこっそりと励ますことにした。



【大丈夫だ、俺がついてる】

【う、うん……】

【……何か助けてほしいことはあるか?】

【あ…う…その、ううん、ないよ。自分でけじめをつけるさ】



 リルは深呼吸をする。俺も出来る限りの励ます行為を続けてやるんだ。



「なんだね、私達に何かあるのかな?」

「あ……あ、あるよ……っ」

「おお、やっと口を開いてくれたね。で、なんでそんな……」

「そ、その前に私の名前を答えるよ……」

「あー、わふぇこほん。いいだろう。君の名前は? この村は狭いからね、私が生きている間の人であればだいたい覚えている。名乗ればわかるよ」

「わふん! みーんなそうよ、あなたが誰か名前さえ言ってくれれば私たちみんな思い出すわ」



 ある程度年齢のいった村人たちが、村長夫妻の言葉に続いて頷いている。人が少ないが故に大人はほとんどみんな覚えている……か。

 名乗ったら分かっちまうってのはいいことなのか悪いことなのか。どっちだろうな。  

 リルはため息をついてから再び深呼吸し、唇を震わせながら言葉を発して行く。



「わ……わわ、わふ……私の名前は……リル・フエン。リル・フエンだよっ」



 その場で二十歳前後からの大人全員が驚いた。やはり覚えられているか。

 にしても……今、村長夫妻の一瞬浮かべた表情を俺は目は覚えがある。

 そう、痴漢やストーカー、万引きや恐喝など町で起こってた犯罪。それらを犯した犯人を俺が単独で捕まえた時の目によーく似ている。

 「まずい」みたいな感じだな。

 喧嘩を売ってくる不良とかにも対応してたし、おかげで地球での地元で喧嘩最強ってことになってるが……そういや二年になってからめっきり減ったな。

 親父曰く、俺が片っ端から事件を解決するおかげで治安がすごく良くなったとか。危ないことはやめろと言われたのと同時に褒められたっけ。


 まあ、リルが来る前の俺のことはさておき……。



「わ…わ…わふぅうぅぅうう!」

「生きてたんだ! 生きてたんだ!」

「ママー、ってことはあのお姉さんがソンチョーがソンチョーになる時に言ってた救えなかった子?」

「そう、そうよ! ああ、こんなことって!」



 やっぱリルを使って自分や株を上げてやがったか。

 うろたえてやがるな。



「よかったじゃないか村長! わふぇぇ、こんな奇跡ってあるもんなんだよ!

「あ…ああ……うん、まあ……」

「あの子が震えていたのはこういうことか! いやぁ感動して動けなくなるなんてなぁ」



 リルは二人があからさまに困ってるのを見て少し気持ちを落ち着けられたのか、俺の腕への締め付けを弱めた。



「おーい、みんなぁ!」

「わふ、おじいちゃん!」

「前村長!」



 おっと、事情を知る前村長までお出ましだ。

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