閑話 叶の日常考察

 俺……いや、我の嗅覚をくすぐり、目を覚まさせたのはたのは、愛すべき人の手料理の匂いだった。

 頬などが少し湿っている。桜はたまーに俺が眠っている間にキスしたりしてくれるから、多分それだろう。

 


 

「ふあああ…ご飯か……おはよう」

「おはよう、叶。ほら、座って座って」

「んぅー」



 この我としたことが、朝はどうも寝ぼけていていけない。目覚まし時計や誰かの起こす声、今日のように朝ごはんの匂いなどの要因で起きることはできるが、自分で起きることはまず無理だ。

 毎日、深い深い眠りにつく。それらの起きるべき要因が起こらなかった時は、24時間眠ったままなんてザラだ。

 研究でわかったことだが、俺……いや、我のこの現象は他者より優れた頭脳のせいだと言う。


 ま、目覚まし時計かければいい話だし、アナズムでは基本的に桜が起こしてくれるから問題ない。

 


「はい、オムレツだよ」



 エプロンはしていないけれど、天使が……桜がこの我のためにご飯を作ってくれている。なんて幸せなんだろうか。しかもケチャップでハートが書いてある。

 もう心がブレイクダンスをしているようだ。小躍りなんてレベルじゃない。

 さっそく、口に運んでみる。



「ん、今日も美味しいね」

「そ、そう。えへへ、ありがとかにゃた」



 もちろんこれはお世辞ではなく、心の底から言っている。

 それはそうと、桜は俺に対して照れる時、高確率で『かにゃた』と我のことを呼ぶ。

 これがまた可愛いんだ。少し頬をピンクにしつつ、俺の……おっと、我のことをそう呼ぶのがたまらない。

 桜も俺の隣に来て朝食を食べ始める。

 この数分間はとくに会話はない。仲が悪いと言うわけではなく……おそらく熟年の夫婦の粋なんだろう。

 新聞とかも何もないからね、話す内容なくても仕方ないよね。


 でも今日はどうやら違うみたいで、桜は俺の顔をじーっと見ては顔をそらし、見てはそらしを繰り返したかと思ったら、思い切ったように口を開いた。

 一挙一動が可愛い。



「ね、叶」

「なにぃ?」

「叶って、他の男子たちみたいにその…エッチなことに興味があったりしないの?」



 朝っぱらからそんな質問をされるとは思わなかった。

 これは流石に我でもまずい質問だ。

 思わず口を開けたまま固まってしまった。桜が勇気を出してしたであろう質問に答えられないなど、言語道断なんだが……うまい答えを考えなければ。

 ……よし、やっと口が動きそうだ。



「え、何を聞き出すの……」

「ちょっと気になっちゃって。ちょっとだけ!」



 ということは何か夢でも見たんだろう。曲木家姉妹はどちらも夢をよく覚えている。こういう時は大抵、夢の内容を反復しようとしてたりするものだ。



「ん……んー、人並み、かな」

「え、ほんと?」

「ほんとほんと」



 とりあえずはそう答える。

 本当の答えはイエスだ。人間として当然の欲求の一つなのだから当たり前だといえる。


 ただ、桜と四六時中一緒いるからそんなことに浸かる暇はないだけで。悶々とする時だってあるし。

 俺だって人間だからね。



「じゃあ私が抱きついてるのは嬉しいの? 性的な意味で」

「ええっ……なんて答えたらいいんだろうね、まあ、それも人並み…かな?」



 桜が俺に抱きついてくれるのは普通に嬉しい。愛しているんだから当たり前だ。

 ただそれを性的に捉えるとなると……胸が大きいから、それが良いかなとか、そのくらいだ。

 性欲なんかより桜と一緒にいたいって気持ちの方が今は勝っているし。

 

 しかし桜はいたずらっぽく笑った。でもなんだか恥ずかしそうだ。……つまり、こういう時は俺が答えにくいものをさらに質問してくる兆候。本人も照れているということはさっきの話に通じるような内容なんだろう。



「へー……じゃあここで私、上半身裸になってみようか?」



 そんなこと無理なくせに。ちょっとだけ服に手をかけるジェスチャーまでしている。

 桜の裸……か。興味があるかないかで言ったら、そりゃああるに決まってはいる。

 スタイルがいいのは、この世界に来て、ローキスの野郎が最初にくれた服数枚の露出が高かったこと、気がつかなかったとはいえそれを着させてしまったことで大まかにわかっている。

 あれはもはや我自身を罰すべきだった。

 桜が恥ずかしがったり嫌な思いする事柄は排除しなきゃいけない。

 それより質問を答えなきゃ。



「桜自身が恥ずかしいくせに何言ってるの」

「あっ…ぐぬぬ」



 俺も同様に恥ずかしい。桜は顔を赤くしたまま悔しそうな表情を浮かべているが、我としてはもし、このまま桜が話の流れて本当に服を脱ぎ出したら……よく言うだろう、襲ってしまうかもしれないと。

 うん、やっぱりそのくらいの欲は持ち合わせている。


 でも我は我の天使を守らなければならないから、約束の時まで不純なことはしない。



「あははは、まあ、そういうことも再来年には……わかってることだから」

「う、うん」

「ご飯は食べ終わったんだし、今日はなにしてあそぼうか?」



 こういう時って大抵、桜は自分の発言に後悔し始めている頃だから話をそらしてあげる。

 それにしても……ああ、桜にもそういう欲求や感覚があったのか。いや、当たり前なんだけど。

 生まれた時から一緒に過ごして来て、お互いに愛し合って……少しずつ我らも変わっていってるんだろう。


 いつの時も桜は天使だけれど。

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