第602話 叶が出かけてる日(桜) 3

『それじゃあ質問を変えよう。単刀直入に訊くけど、桜ちゃんは好きかい?』

『はい、大好きですっ!』



 先ほどとは打って変わり、屈託のない笑顔でそう答える叶。桜は思わず顔を真っ赤にした。



『将来お嫁さんにしたい?』

『……あ、そっちの意味ですか。……ほ、本音?』

『誰も見ないんだし、本音言っちゃいなよ』

『…ほんとですね? …将来、桜がその気なら…その、他に好きな人ができなかったら、きちんとしたお付き合いしてから……なんて』



 桜はもじもじしながら正直に答える叶に対し、萌えるということを覚える。と同時に、こんな小さい頃から好いてくれていたのだと嬉しさがこみ上げた。



『失礼承知の質問をしよう。それって、生活上すごく大変なことだと思うんだけど…それは______』

『守るって、さっき言ったじゃないですか。物心というものがついた時からそう考えてます』



 研究者の言葉を遮り、睨むようにそちらを見ながら叶は答える。前置きで謝られても怒りを隠せていない。



『ご、ごめんよ。……そんなに好きなんだ』

『はい。…桜には秘密ですよ。向こうはボクのこと、そこまで思ってないと思いますから』

「(私はどうだったかな……そういえば)」



 桜は過去のことを思い返す。

 そして、すぐに少しだが思い出した。

 映像が止まる。



「桜ちゃんはこの時どうだった? 叶のこと」

「……叶はこう言ってますが、多分、私も物心ついた時から叶のこと好きです」

「友達として? …恋愛で?」

「こ、ここ、後者で…」


 

 顔を赤くした桜をニヤニヤしながら見つめる成上家の母親は、一時的に停止していた映像をもう一度再生する。



『うーん、それはどうだろうね。おじさんは……っと、私情を挟んだらダメだね。ところで君の将来の夢は?』

『眼を治す薬でも、細胞でも、機械でもいいです。……桜の眼を治します』

『そうだね、前もそう答えてたね』



 叶の将来の夢はサクラも知っていた。

 それも自分のためであるということも。



『じゃあ最後の質問をしようか。……もし、桜ちゃんが将来、他の人を好きになって結婚したら、君はどう思う?』

『…………えっと』



 叶は再び真面目な表情となった。サクラは息を飲んで画面を見つめる。母は微笑んだ。



『桜が幸せになってくれればボクはそれでいいです。でも、もしその人が泣かせるようなら絶対に許しません。サクラはボクにとっての__________』

『叶君にとっての?』

『お姫様……かな!』



 サクラは、画面の向こうで無邪気に微笑む少女のような少年の、邪気のない笑顔に本音を垣間見た。

 心の底から嬉しい、そう、彼女は感じるのだった。



『なら叶君はナイトかな?』

『ナイト! ふふ、いいですね、なんかゾクゾクします』

『ぞ、ゾクゾク?』



 ここで映像が止まった。

 何か暖かい表情をした叶の母は映像媒体をテレビから抜き取る。



「こういうわけだから、これからも守られてやってくれないかな?」



 サクラはニコリとしながら首を縦に振る。

 頭の良すぎる幼馴染の、千年越しの本音が聞けたような気がして仕方がない。



「やっぱり私も、叶以外考えられない…っ」

「そう! じゃあ孫が見れる日も近いのかな」

「こ、こここ、子供はまだ、わ、私達自体が子供なので無理ですよ……お、お姉ちゃん達ならもうすぐじゃないですか?」

「そうね…」



 桜が5度目ほどの赤面をしている最中に、玄関を横切る影が。その影を母親が捉えた数秒後、玄関の戸が開けられた。



「ただいまー」

「おかえりなさい、叶!」

「か、かにゃた!!」

「あり? 桜来てるの」



 トタトタと叶に向けてサクラは駆ける。視覚の中に入った瞬間に、飛んで抱きついた。



「かにゃた……すきっ…!」

「え、ああ、うん。俺も好きだよ。……お母さん、桜どうしちゃたの?」

「暇そうにしてたからこっちに呼んで、叶が昔から桜ちゃん一筋だったって話をしたのよ」

「えぇ……」



 将来の義母が見ているというにもかかわらず、サクラにはしては珍しく恥ずかしがらずに、叶に甘え続けた。

 叶は参ったとでも言いたげにサクラの頭を撫でながら困り果てた顔をする。



「とりあえず上に連れてくよ」

「あら、お姉ちゃんも言ってたと思うけれど、そういうことするならせめて高校生からにしなさいよ」

「わっ…わかってるよ!」



 叶は抱きつかれたまま器用に靴を脱ぎ家の中に上る。こういうスキルはこの十数年間にわたり、盲目の桜と過ごして来て身についた暮らしの術である。



「かーにゃたぁ…」

「サクラがこんなにベタベタになるなんて、お母さんは何を言ったんだろ……」

「んふふー!」

 


 程なくして2人は叶の部屋に戻ってきた。

 すぐさまサクラは叶に抱きつき直した。



「キス…していい?」

「う、うん」



 上目遣いで抱きつきながらねだってくる幼馴染に叶はノックアウト。思わずキスを受け入れた。

 相変わらず唇を重ねるだけの簡易なものではあったが、二人には十分甘酸っぱい。



「えへへへ」

「たまーに、こうなるよね。可愛いからいいけど。あ、そうだ桜。これとはまた別件なんだけどさ」

「ん? なに?」



 叶はまるであの映像の中のように、真剣なものになった。



「なんか最近、つけられてる気がするから気をつけてね」

「そうなの? ……わかった」

「うん…今週入ってからね……」



 確かにつけられている感覚は彼の中でしており、叶はどうもテレビで放送されたことによる影響ではないと考えていた。……抱きついてきているサクラに目を移す。



「俺からもキスしていい?」

「ふえっ……かにゃたかりゃ? ……うん、いいよっ!」

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