二十章 謎の男

第600話 叶が出かけてる日 (桜)

 サクラは自室で暇を持て余していた。

 秋の中体連(中学生用の大会)が近いこともあるため、帰宅部でも早く授業が終わったのだ。ちなみに高校の方でもそうなっている。

 

 普通ならばサクラはカナタと二人で遊んでいる、あるいは散歩がてらデートをしているところなのだが、肝心のカナタが、「この日は学校が終わってすぐに研究施設へと約束がある」と言って向かってしまったのだった。


 また、他の人と遊ぼうにも姉と将来の義兄は二人でどこかでいちゃついている。それを邪魔してはならないのだ。



「……暇ね……」



 目が見えないころはさっさと寝てしまっていたけれど、目が見えるようになってからはそれがなんだかもったいない気がしてならないサクラは、とりあえずスマホを開いた。 

 しかし、ろくにおもしろいものを入れてる訳ではないことを思い出すとすぐにまた閉じ、ベッドの上に突っ伏した。



「叶の部屋に進入してみようかな…」



 そう、ふと思い立ったサクラはすぐさま窓を開け、叶の部屋の窓も、普段は空いていることを知っているので開けてしまい中に入った。

 


「っ…て、私なにやってるの! 親しい中にも礼儀は必要じゃない、バカ」



 そう気がつき自分の部屋に戻ろうとしたが、何かが引きとめる。

 サクラは部屋をぐるりと見渡した。ぱっと見は質素な部屋。

 叶と自分のツーショットの写真や、家族写真が3枚ほど飾られているだけ……などと、さすがにそんな訳はなく、自分で描いたのかよくわからない精巧な魔法陣の絵など、相変わらず中二病チックなく物もいくつか飾られていたが、やはり質素な方ではあった。



「……最近、中二病治ってきたと思ってたんだけどなぁ…やっぱりそんなことないみたい。思えば物心ついた時から、やれ眼帯だの、やれ包帯だの、このままじゃ、大人になってからもこんな風ね。……あ」



 サクラは過去を懐かしむ。

 懐かしむと同時に、思い出した。



「叶……」



 サクラが思い出した内容は、幼少期の頃のこと。

 叶が研究施設に目をつけられた時のことだ。


 

「…やっぱり私が迷惑かけてるのかな」



 叶は、神童である。

 1歳で言葉を日常レベルで覚えてしまい、2歳にはすでに新聞や簡単な小説は読んでしまえていた。

 3歳ではもう、よもや幼児とは思えない膨大な知識を頭の中に詰め込んでいたのだった。英語も話そうと思えば話せていた。

 しかし、それからは『公では』目立った活動はなかったのだ。

 普通にサクラと同じ幼稚園に入り、サクラと同じ小学校に通い、その後に日本最高峰の一つと言われる中高大一貫の中学校を受験・入学し、今に至る。中学受験の方はサクラが必死に頑張ってついてきた。


 サクラはそれを、ずっと、(特殊なメガネをしない限り)盲目である上に知能も、やはり同年代と比べてはるかに良かったとしても、劣る自分に叶が合わせてくれていると考えていたのだった。

 本来ならば、叶は8歳程の時点で欧米の大学に入学できるだけの知能はあった。

 しかし、彼自身が勉強を怠った。

 学校のテストもてきとうに解いた(それでもほぼ満点だったが)。


 …公ではこの程度。

 しかし、研究施設を通した裏ではすでに新技術の開発などをこなし、立派に功績を挙げていることを、桜は漠然とした情報しか知らない。



「……なんで叶は私に合わせてるんだろ。やっぱり私を介抱するためだったのかな? す…好きだったからかな。えへへ」



 サクラは今度は嬉しそうにはにかんだ。側から見たら怪しい限りである。

 ふと、叶のベッドの方を見る。綺麗に畳んであり整頓されている布団、そして枕。



「ち…ちょっとだけなら…いいよね? 付き合ってるんだし咎められない…よね?」



 サクラは叶のベッドに潜り込んだ。

 そして、枕に向けてうつ伏せになる。



「かにゃた…しゅき…っ! だいすき…!」



 そう、周囲に聞こえないように声を抑えながら叫ぶ。

 満足がいくまで叶のぬくもりを楽しんだサクラは、ベッドから降り、整えてからまた考えなおす。



「これじゃあやってること、あの時のお姉ちゃんと変わらないよ……。バレて嫌われたりしないよね?」



 急に不安になってきていた。

 その時、叶の部屋のドアが開く。



「おっそうじ、おっそうじ…! あれ、桜ちゃん」

「お、おばさん!」



 普段はこの時間は仕事をしている有夢と叶の母親が部屋に入ってきたのだった。

 偶然、仕事が早く終わったので掃除をしている。

 桜はひどく慌てた…と、同時にベッドに突っ伏している時じゃなくて良かったと安心した。



「桜ちゃん、遊びに来たの?」

「え、あ、は、はい。その…叶もいないしお姉ちゃん達は二人で遊んでるし…で、やることなくてつい…ごめんなさい」

「いいのよ、もううちの娘みたいなものだし。ね?」

「え、えへへ、そうですね」



 桜は公認であることを再確認し照れた。

 将来の義母は掃除用具を一旦置き、桜に話しかける。



「なんなら、下でゆっくりする? それとも叶の粗探しでもするぅ?」

「えっ…あ、あの」



 どぎまぎしている桜をにやけながら観察すると、若干怪しげに微笑んだ。



「暇ならさ、ちょっと見せたいビデオがあるのよ、叶について。こんな機会なかなか無かったし、二人が付き合い始めてから見せようと思ってたから、今まで見せなかったんだけど」



 桜はそんなものがあるのかと目を丸くした。そして気がつけば頷いていた。



「よし、じゃあ決まりね。下に来て」

「は、はい!」



 二人はリビングへと移動した。


 

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600話です!

そして丁度新章です!

タイミングぴったり(*´д`*)

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