第358話 完璧な憑依 (叶・桜)

「ああああああああああッ!!! テメェェエエエエエエエエエエエエエッ!!」



 ショーは力一杯腕を振りかぶり、ローキスの…否、スルトルのその顔を全力で怒りに任せて殴ろうとした。

 もともと正義感が強かったショーだが、先程まで笑い合っていた彼女を殺された上でさらに卑下された。

 生まれてから最も強く抱いた怒り。それをぶつけようとした。

 

 しかし、腕が止まる。



「はぁ…はぁ…ウグォォォォォアアアアアアアアアアアッ!」



 ……怒り。地獄のような怒りを露わにし、手が止まったのは何かの間違いだろうとそのまま殴ろうと試みるショーであったが全く身体は動かなくなりはじめていた。


 しかし、それとはまた別の異様な光景に、サクラは立ちすくむ。

 ショーもそれをみた。少しだけ我に帰り、驚く。


 ローキスの口から、グングニルから出てきたものと同じ黒い靄が出てきていたのだ。

 その靄はショーの全身に入り込もうとしている。



「ッッッッんだ…これッ…!」



 スルトルを恨みつつも、「まずい」と感じたショーはとりあえずその場から離れようとしたが、やはり一切の抵抗ができない。


 遠目から見て嫌な予感がしたサクラは、固まっているカナタを一旦放っておき、剣を構えた。

 そしてその剣を自動操縦させ、スルトルの元へ向かわせた。



『邪魔すんジャねェよ』



 どこからか、スルトルのそんな声が聞こえた。

 ローキスが話したことでないのだけは確かであった。

 ローキスの元へ向かっていっていた剣は、何故か、ショーの手が柄を掴み、ギリギリで止める。



「!?」



 それにはショー自身が一番驚いている。

 自分の意識で動かしたのではないのだ。しかし、その驚きですら、顔の表情でしか表すことができなくなっている。



『取り込むのはハエェ。そこでみてろ』

「ッお、おい、テメェ__________」



 さらに速さを増して靄が身体の中に入って行く。

 ショーは慌てふためくも、やはり全く抵抗ができない。



「桜、どいて」



 そんな声が聞こえたその次の瞬間、サクラの後方から槍が投げられた。その槍は掴む余裕すらない速度で飛んで行き、ローキスの身体に直撃。

 まるで槍が刺さっただけだとは思えないような衝撃で、ローキスの身体は吹き飛ばされる。

 槍は穴の空いてない壁に深く突き刺さる。


 フリーズから早く治ったカナタが投げたものであり、カナタは吹き飛ばしたローキスの身体の方を睨む。

 そのローキスからは何の反応もない。


 サクラの嫌な予感はモノの見事に的中した。

 感じる魔力がローキスからカナタに完璧に移る。



「ぐ…あ…くそっ……んん、まあ、もうそっちの身体は要らないんだよな」



 このセリフはショーの口から発せられた。

 もはやショーは驚かない。

 何故ならば_____



「はい、憑依完了ッと」



 黒い靄が全てショーの中に入り込んだ。

 そして、そのショーが立ち上がる。



「あー。怒りがめちゃくちゃ大きかったお陰ですんなり入れたわー。あのリルッてヤツにマジ感謝なー」



 ショーは…ショーの形をした他のモノは、コキコキと首と手を鳴らす。



「……ヨォ、カナタ君。サクラちャん」



 そう言いながら、ショーはカナタとサクラに、スルトルの中でも一番フレンドリーな様子で歩み寄る。

 カナタはほぼ条件反射でサクラの前に出て、自分の後ろに隠す。



「おいおい、そんな変なものを見るような目でオレを見るなッて! オレだよオレ、ショーだよッ!」



 その言葉を信じる者はいない。

 ニタリと、ショーの口角は先程のローキスのように大きく曲げられ、歯をむき出しにしされた。

 

 二人が見たことない、ショーのそんな表情に恐怖を抱く。

 


「まあ、信じねェーよなァー…。だってオレ様、黒魔神スルトルだものッてナァ…ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」



 ショーの姿のまま、黒魔神スルトルは大笑いをした。



「…あ、もうテメェラ、スキルは使えるからな」



 思い出したように、突然、そんなことを言い出したスルトル。

 


「使わねーの? やッとスキルが使えるんだぜ? …それより聞いてくれよ。この身体、過去最高の身体なんだぜ! 何よりほとんどのスキルが炎魔法ってのがもう、完璧だ!程よく鍛えられた身体に、この魔剣…最高だぜ! …なあ」



 ショーの全身をペトペトと撫でた後、やれやれ、と言いたげにスルトルは首をすくめた。

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