第356話 リルのこと (翔)
「なあ、叶君。クルーセルさんはキリアンさんに医務室に運んでもらったし、魔神が出たって城中、国中に広めるのはもうしてもらってるし…後はどうするんだ?」
満足気な顔のリルの頭を撫でた後、俺は叶君にそう訊いた。今、ここに居るのは俺達だけだ。
「そうですね。槍を治せれば良いので……桜、これ、治せる?」
「んー、多分大丈夫!」
そういえば桜ちゃんの魔法は物も治せるんだったな!
これで一件落着だなー。魔神ってのも呆気なかったわ。
叶君と桜ちゃんはグングニルを治すために一旦、外に出るそうだ。
未だここでは俺達は魔法を使えないからな。
俺とリルだけが、氷漬けの国王がいるこの部屋に残される。
「わふわふ、意外とすぐに終わったね!」
「ああ、やっぱりリルの大活躍のおかげだな! 俺はなんもしてねーけど…」
「そんなことないぞ。沢山の人に指示を出してたじゃないか」
俺とリルはその場に座り込み、凍っている国王を見る。
……後で治すとはいえ、腕、切り落としちまったし、国王が素直に俺らを日本に帰してくれるのかっつー問題だが、それは心配ないと考えた方が良い。
スキルの力は本当に凄い。だから、今や幻術とかそういう手段で国王を洗脳するなりすればまず、帰れるだろうな。賢者は無理だが、リルとか、誰かにお願いするか…。
これが終わったら帰れるんだ。
……………帰っちまうのか?
思えば短い様で長かったな、ここに来るまで。
おおよそ1ヶ月か…2ヶ月か、結構それなりに時間をこの世界で過ごした。
まあ、驚くことの連続だったな。
ありえねーもん、手から火の玉が出るとか。
考えることは色々あるが、やっぱり1番はリルのことだ。リルをどうしよう。
今朝考えてた通り、本当に向こうの世界に連れて行ったり、こっちと向こうを行き来したりできねーのかな?
向こうに戻ってもスキルの力は残っていて、叶君がアナズムと地球を瞬間移動で行ったり来たり…で、俺はそれて連れてってもらうとか。
……………絶対そのうちまた、リルに会いたくなっちまう日があるだろうな。未練だ、思いっきり未練タラタラなんだよ俺はよ。
ちょっと前、美花に…俺は美花に説教をした。
あいつが死んじまってから美花はおかしくなっちまってな。まあ、おかしな行動するわ、おかしな言動をするわで酷いものだったんだ。
有夢はまだ生きてるだとか言い出したしな。
とても一言じゃ言い表せねーけど……正直、おかしくなっていた。
部屋に引きこもって飯もほとんど食べていなかったらしいし、桜ちゃん曰く。
美花の様子が気になって美花ん家を訪ねた日から、およそ5日間は通って説教。
んで最終的には俺や桜ちゃん、おばさんやおじさんの説得や説教があってか、徐々に機嫌は治ってな。良かったと思ったんだが……。
……と、とにかくまあ、美花に説教した俺だが、今は人の事なんて全く言えねーよ。
人を好きになるっつーのはこういう事なのかもしれねーな。
今だったら…美花の気持ち、少しはわかる気がする。
「わふぅ、ショー、難しい顔してるよ」
リルは俺の顔を覗き込んできた。
目をまんまるに見開いて、心配そうに俺のことを見てくれている。本当に可愛い。
「あ、ああ、いや、まだ魔神が居なくなった訳じゃないからな…無力化してるとは言え、油断は大敵だと…」
「うん、そうだ」
そういうとリルは魔神の方をジーっと見始めた。
そんなリルを後ろから、俺は抱き締めてみる。
「わふぅ? 今はサクラちゃん達が頑張って治してるから、こういうのは今はダメだぞ」
「あ、ああ。悪りぃ…つい、な」
俺はリルを抱くのをやめた。
つーか、いつの間にリルも桜ちゃんを『ちゃん』付けで呼ぶことにしたんだ? まあ、良いか。
誰かくるかもしれねーから、前を向きなおす。
それからすぐに、修理が終わったのか、叶君と桜ちゃんが玉座の間の開けられている扉から、こちらにかけてくる姿が見えた。
「翔さん、直りましたよ!」
そう、ニコニコしながら言っている叶君の腕には、前より綺麗になったように見えるグングニルが握られている。
「おおっ! じゃあひとまず_____」
叶君達を迎えるために、俺は立ち上がろうとした。
目がチカッとする。
なんだぁ? 立ちくらみか? 鍛えてっからそんなのとは無縁だと思ってたんだがな…さすがに疲れてんのかな?
「ああ、悪い、今なんか立ちくらみが……」
なんか黙ってこっちを見てる叶君と桜ちゃんに俺はそう言う。たしかに、俺は立ちくらみは生涯初だが、そんなに驚くことでもねーよな?
「あ…し…しょうさ…ん…う…うし…うしろ…り…」
叶君が震えた声でそう言った。
なんだ、後ろ…?
国王があの氷から出やがったのか?
俺は後ろを振り向く。
……国王はちゃんと、氷漬けのままだった。
しかし、さっきまで見えてたはずのリルが見えない。
そういえば、さっき、視界に信じられないものがうつって…足元か? あぁ…__________
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