第234話 槍 (叶・桜)

「…………おはよう」

「おはよう」



 2人は起きた。

 カナタは2日続けての睡眠中のアクシデントで、眠気が酷いことになっている。



「桜…俺やっぱり、明日からソファで…」

「な……なによ、今更。昔は2人で寝てたりしたでしょ?」

「……何年前の話だよ…」



 サクラは、もはや半ばヤケになっていた。

 しかしどうしても、1人では眠れる気がしないのだ。

 眠る時に限って、何か不安な塊が押し寄せてくるような気がしてならない。



「嫌ならいいのよ。私は…その…1人で寝たらベットから落ちるのが怖いけど、叶が嫌なら私はソファで寝るわ」



 サクラはそう、強がって言った。

 彼女自身は断られないことを、心の底では願っていた。

 カナタにそう、寄るその理由は、突然異世界に飛ばされた恐怖からか、姉が死んだ寂しさからか、自分でもよくわからなかった。

 しかし、少なくとも、自分の快眠は約束されるのだ。

 


「嫌というか、なんというか……」

「そ、それにアンタだって私のこと、そう言う目で見てるわけじゃないでしょ? 幼馴染なんだし」



 サクラ自身は、自分でも気が付いていないが、そう言う目で見ている。



「…………いや、それは……俺、」



 カナタの声のトーンがいつもと違うという、意外な反応に、自分から訊いておいて、カナタから発せられる次の言葉が急に怖くなったサクラは、話をはぐらかす事にした。



「とにかくっ、そんなことより」

「そ、そんなことより…?」

「今日から色々訓練が始まるんでしょ? そんなこと気にしてる暇なんて無いんじゃないの?」

「……はあ、まあいいや。とりあえず、朝ご飯食べに行こう」



 2人は朝ご飯を食堂に食べに行き、玉座の間に寄り、ローキスに挨拶をした。



「おはようございます、ローキスさん」

「ああ、おはよう。今日から鍛錬を始めるわけだが……カナタ、昨日に続き眠そうだな。顔色も悪い」



 サクラはそれが、自分のせいだと気付き、恥ずかしくなる。彼女からカナタの顔色は見えない。



「はは、まさか夜中にイチャイチャしているわけではあるまい? なあ、サクラ」

「うっ…それは…」

「…えーっと…」



 彼女には、イチャイチャしてると言われて、違う、と否定することができなかった。

 サクラは寝ている最中、自分がカナタに抱きついているということは、昨日、気がついている。

 それを承知の上で、昨日は無理矢理、カナタをベットに投げ込んだのだ。否定できるはずがない。



「なんだ、図星か。…ほどほどにしておけ」

「いや…違っ…」

「ま、よい。ところでお前ら、今日から鍛錬を始めるわけだが……」



 カナタが弁解しようとしたがそれも叶わず、ローキスは話を進めていく。



「カナタよ、お前は槍を中心に学んでもらう。サクラは好きな武器を扱うがよい」

「槍…?」



 カナタは驚いた。この魔法とスキルの世界で剣を振り回し、今まで妄想でしかできなかった中二病的行為を、実際にできると少し期待していた。

 しかし、使えと言われたのは槍だった。

 かと言って、槍に不満がある訳でもないようだが。



「はあ、まあ…良いですけど…。槍ですか」

「ああ、我らが倒してもらいたい存在を封印するための武器が槍なのだ」

「そうなんですか…槍かぁ…神槍グングニル……なんつって…」

「バカ、なに言ってるのよ」

 


 カナタは有名だった神話上の槍の名前をあげ、それを扱う自分を想像し、ニヤけた。

 グングニルとつぶやいたカナタに気が付いたサクラは、即座にツッコミをいれた。

 これは、2人が日常的に行っていた行為でもある。


 しかし、それを聞いていたローキスは険しい顔をする。



「なぜ、槍の名を知っている?」

「えっ…!?」

「なぜ、その賢者の槍、グングニルの名を知っているんだと訊いているんだ」



 まさかの偶然の出来事に、カナタとサクラは至極驚いた。

 ローキスは2人のその表情をみて、何かワケがあるのだと察する。



「…なぜ、そんなに驚く顔をする? まさかお前らの世界に、グングニルがあるとでも?」



 それにやっと冷静を取り戻したサクラが答える。



「いや…その、実物はないんですけど、神話…物語の中に、出てくる槍の名前がグングニルなんです」

「ほう、そうなのか…なんたる偶然! 面白いな。よしカナタ、こうなったらすぐにでも槍の扱いを覚えると良い」

「は、はいっぃ!」



 カナタははりきってそう答えた。今、彼の頭の中は左眼に眼帯をして、槍を振り回し、ドラゴンと対峙している自分を想像していた。

 なにか、無駄な妄想をしていると、生まれてから幼馴染をしているためのカナタに対するのみ有効な鋭い勘で悟ったサクラは、手探りでカナタの耳を探し出し、それを引っ張った。



「あいてて…な、なにするのさ」

「どうせまた、変なこと考えてたんでしょ?」

「な…なんでわかったんだ…。一言も喋ってないのに」

「嫌でもわかるわよ、そいうの」



 ローキスはそんな2人の夫婦漫才のようなものをしばらく見届けていたが、チラリと時計を見ると、2人にするべきことを話し出した。



「お前ら、仲が良いのはわかった。だが、まずは訓練だ。クルーセル、キリアンと共に訓練場へ行け」

 

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