第229話 英雄と兎 前編

 朝の8時頃、ある男は高い服を着て、自分の店の前に立っていた。

 

 この男の名は、ウルト・ラストマン。

 彼は今、一人の女性を待っている。


 しばらくして、宿屋『光』から、これまた高い服を着た一人の女性が出てきた。彼女の名前はパラスナ・ネルヴァン。



「ごめん、待った?」

「いや、今来たところ」

「……嘘ね、この宿を私より10分も早く出たのは誰かしら? ……ごめんね? 待たせて」

「いや、良いよ…。 行こうか」

「うんっ!」



 これは、戦争終了後のSSSランカー二人の休日の話。




 ウルトとパラスナは、劇場へと向かっていた。



「二人でどこかに行くの、2ヶ月ぶりね。……どうかしらこの服、似合う?」

「似合うよ、とっても。……って、それ、前に俺と二人で選んだんじゃないか」

「えへへ、覚えてくれてたわね」

「まあね」



 二人は恋人繋ぎで手をつなぎながら歩いている。

 

 パラスナは普段、フードで自分の兎耳を隠しているが、この日は隠していなかった。

 また、変装できる魔法を使い、ウルトや一部の知人以外からは、ただの兎族の獣人に見えるようにしている。


 一方、ウルトは特に変装などはしていない。

 宿屋『光』の常連がこの光景を見たのだったら、あの店主に恋人が居たんだ、程度の認識であろう。

 ウルトがラストマンである事を知っている者が見たら、パラスナとデートしているとしか思わないだろう。

 また、上記二つのどちらにも該当しない者は、彼がただのリア充に見えるはずだ。


 しかし、ウルトの内心はこの日、普段とは全然違っていた。すこし挙動不審にもなりかけているが、パラスナはまだ気がついていない。


 二人は、仕事で何があったかを話してるうちに劇場へと着いてしまった。



「当日券、2枚、お願いします」


 

 ウルトは受付嬢にそう言った。

 受付嬢は今回行われる劇のチケット2枚分のお金をウルトから受け取り、二人を劇場の中に入れる。



「ちょっと早く来過ぎちゃったかな? 空いてるわね」

「そうだね…前過ぎたら見えにくいし…前から4~5段目くらいにすわろうか」

「そうね」



 二人はそのまま、舞台より4~5段目の席に座った。

 しばらく二人で喋っていたが、時間が来たのか、段々と劇場内が暗くなる。

 それに乗じて、ウルトはパラスナの頭の上に優しく自分の手を置いた。



「……何してるの?」

「いや…このまま撫でようかなー…と」

「……おかしなウルト。何か変なものでも食べたのかしら?」

「だったらパラスナもおかしくなってなきゃ。食べてるものは同じだろ?」

「んー…ま、良いけど。私が満足したら手を下ろしてね」

「わかったよ」



 その後、劇が始まった。

 今期、披露しているのは恋愛ものであった。

 大商人の娘が貴族の息子に恋をするという、普通だったらそんなに身分差などの問題がなさそうな話なのだが、その息子の方に実は問題があった。同性愛者だったのだ。


 しかし、最終的に"人として"貴族の息子が大商人の娘を好きになり、結ばれて終わる。

 最後の最後にはキスシーンもあるのだ。


 現在、キスシーンの直前だったが、未だにウルトはパラスナの頭を撫で続けていた。

 パラスナはウルトの肩に寄りかかり、軽く頭を擦り付けている。



「あー、もう少しで話題のキスシーンに入るわね」

「そうだね…」

「私の頭から手を下ろしてくれるかしら?」

「はい」



 ウルトは言われた通りにパラスナの頭から手を離した。

 それと同時にパラスナは、片目をつむり、片目を薄目にし、ウルトの顔を向き、唇をほんの少しだけ出した。

 


「……何してるのかな?」

「見てわかんないの? 女冒険達の間で彼氏と劇のキスシーンでキスをするのが流行ってるのよ。ウルト、私の彼氏でしょ?」

「あー、聞いたことある……。いいよ」



 劇がキスシーンへと移行した。

 それと同時にウルトとパラスナはキスをする。

 無論、その二人だけでなく、この劇を見に来ていたカップルのほとんどが、この劇場内でそれをしていた。



「ふふふ、これで貴方と私、何回目のキスかしらね?」

「……今週だけで11回目だね」

「あら、その言い方、嫌だったのかしら?」

「そんなわけないだろ」



 二人は繋いでた手を今度は腕に組み替え、劇を出て行った。

 その後、アリム公認のサンドイッチ専門店でサンドイッチを軽く食べた後、街の店などを回って買い物デートを満喫している。


 そして、午後6時、夕方となった。



「あーあ、今日はめいっぱい遊んだわね! 楽しかったわ」

「そうだね。えーっと、店を予約してるんだけど、行かない?」

「予約しちゃってるんだから行くしかないでしょ、どこなの?」

「そこ」



 ウルトが指を指した先には、この国で一番の高級料理店があった。



「あー、あそこね。最高級料理店。いいじゃないの。早く行きましょう?」

「うん」

「これでウルトとあそこに行くのは何回目だっけ?」

「3回目くらいかな」



 二人はその店へと入っていった。

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