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第336話 ???
◆???
私はどうしてここにいるのだろうか?
そう思うことは何度かあった。
あったけれども、深層意識の中に押しこめられていた。
あの時の私は、どこに意識があったのだろうか。
正直に覚えていない。
絶望の中で絶望に浸り、絶望の怨嗟の声に呑み込まれていたのだから。
長く眠っていたような、意識があるかないか分からない状態でいた。
だからここ数か月の記憶は全く無い。その前にも記憶を無くしていたらしいが、結局はそこすら曖昧になってしまう程であった。
徐々に意識が戻ってきたのは、ここ最近のことだ。
最初に自分の意識に引っ掛かったのは視覚ではなくて、聴覚からだった。
とある声。
その声は『正義の破壊者』のトップが、撤退命令を出した際のモノであった。
そこに何か引っ掛かった。
引っ掛かって、意識が釣りあげられて。
ただ一部だけで、完全に引き上げられはしなくて。
それでも強く残った、その声。
クロード・ディエル。
魔王と呼ばれた、一人の男性。
後から聞いたのだが、私はその声を聞いた後から、彼のことをひたすらに聞きまわったそうだ。
全く自覚のない、いや――意識下ではないと言った方が正しい、そんな行動であった。
完全に意識が戻ったのは、彼から全てを聞いたからだ。
元はアドアニアにいたということ。
重傷を負っていたということ。
記憶を失っていたということ。
そこからルード国に連れて行かれて、ジャスティスのパイロットになったということ。
そして――クロードにまつわることついて、色々と。
全てを聞いた後、私は絶望に陥りそうになった。
記憶に無いとはいえ、私は多くの人をこの手に掛けていた。
緑色の――獣型のジャスティスに搭乗し、『ガーディアン』という
このジャスティスは適合があるらしく、自分はその適合者であるということ。
それらの情報を一気に聞かされた瞬間、私の脳裏に真っ先に浮かんだのは――自害だった。
適合者がいなくなれば、戦闘に獣型が用いられることは無い。
他にも、様々な陣営に対して色々と都合の良い状況になる。
自分が死ねば、色々と解決する。
大々的にではない。
ひっそりと、誰にも知られないように命を絶つ。
そうすることで全てが上手く回っていく。
そう思った私は自害に走ろうと思った。
だけど、その行為は止められた。
――彼によって。
何も無くなっていた私に、彼が与えてくれた。
自分の必要性を必死になって訴えてくれた。
命を捨てようとする私を止めてくれた。
汚れて、穢れて、醜いこの手を取ってくれた。
彼はそんな私の手を、汚くないと言ってくれた。
穢れていないと言ってくれた。
醜くないと言ってくれた。
それはただの言葉だけではなく、自身のことについて話した上での説得、という形だった。
彼の方がもっと手を汚している。
しかも、自分の意志で。
彼は孤独だ。
ずっと孤独で戦っていた。
誰も彼の心情を察することは出来ず、彼も誰にも本心を告げることが出来なかった。
その苦しみは想像を絶するだろう。
私は彼から、全ての話を聞いた。
あまりにも突拍子もない話で、でも信じられない話ではなかった。
信じるしかなかった。
そして彼は私にあることを告げてきた。
僕にはとある策がある、と。
その策には私にやってもらいたいことがある、と。
そう辛そうな顔でお願いをしてきた。
私は悩んだ。
単純な話ではなかった。
心が認めてくれなかった。
正直割り切れない。
それでも真実を聞いた途端、彼の策に乗らないといけないことは理解した。
理解させられた。
だから私は、やるしかないと決めた。
自分で決めた。
彼の意志だけど、私の意志でもある。
そう。
例えこの命を懸けてでも――
◆
そこから私は、私の――厳密に言えば彼の意志で動いていた。
今までのような無感情を装い、未だに意識が沈んでいるかのように振る舞った。幸いして獣型のジャスティスは修理に出されていた為に『ガーディアン』として戦場に出ることは無かったので人を殺すことは無かったが、しかしながら焦ったのは、検査と称して定期的に身体を調べられたことである。白衣を着た小柄な女性が時折怪訝な顔で首を傾げていたので、自分が意志を持って動いていることに気が付かれたのかとヒヤヒヤしたものだ。
結果、気付かれずに今日まで来ることが出来た。
全てはこの日の――今日の日の為に、であった。
私は緑に染められたボディの、獣型のジャスティスに搭乗していた。
怨嗟の声は不思議と以前よりも柔らかくなっていた。最初のテストの時には意志を失う程に強烈だったとのことだが、幸いなことに今の自分は変わらず意識を保てている。
慣れだろうか?
そうであれば嫌な慣れだわ――と思いながら、私は操縦桿を握る。
そんな嫌な慣れがあることは、実際に動かしてみても実感した。
「……」
彼が定めた、規定時刻になった。
ぎゅっと操縦桿を握る力が強くなる。
自分がこれからやること。
そのことについて様々な事象がある。
文字通り命懸けの行為だ。
考え込んで止まってしまう可能性も多々ある。
だけども、私はそこで立ち止まる訳にはいかない。
やると決めたことに迷いは生じさせてはいけない。
失敗するわけにはいかない。
「――信じているよ」
私はそう呟き、機体を前進させる。
目指すは首都カーヴァンクルの正門。
厳密に言えば、市街地の真ん中を通ってそこに向かう道中、という曖昧な場所。
それもそのはず。
私が目指すのは場所ではない。
とある人物がいる場所なのだ。
会いたい。
でも会いたくない。
そんなぐるぐるとした心中のまま、角を曲がった――その時だった。
『……緑』
ドキリ、と心臓が本当に跳ね上がったかのような胸の痛みに襲われる。
その声。
間違いない。
彼だ。
数メートル先に映るのは、黒衣を纏った少年の姿。
クロード・ディエル。
目的の彼がそこにいた。
「ク――」
思わず声が出そうになった。
呼びそうになった。
だが、そういう訳にはいかない。
既にこのジャスティスの外部スピーカーはオンになっているのだから。
『この色は、獣型ジャスティス、か』
クロードの目がこちらに向く。
真っ直ぐな目。
純粋な目。
……少しだけ戸惑いが混じっている目。
その戸惑いは、恐らく彼が何かしたのだろう。
ならば安心だ。
よりクロードの思考が単純化されている、ということでもあるのだから。
――ジャスティスが破壊されればパイロットの命が奪われる。
そのことを十分理解している。
しているが、私は覚悟していた。
これからクロードは苦難の道を歩んでいくだろう。
その傍に、私がいてはいけない。
私の存在を足枷としてはいけない。
だから私は彼の為に――自分の身を犠牲にすることを決めていた。
私がやるべきこと。
それは二つある。
一つは今、行っている。
クロードの前に姿を現して――何もしないこと。
単純に姿を現し、そのまま何もしない。
攻撃もしない。
防御もしない。
降参もしない。
ただ、そこにいるだけ。
そこにいるだけで、クロードは必ずとある行動を取る。
目の前にジャスティスが現れた。
場所は敵地。
しかも緑色に染められた、戦闘に特化したジャスティス。
そんなジャスティスが無警戒に姿を見せたとなれば――
『――邪魔だ』
問答無用でジャスティスを破壊してくるはずだ。
目の前にいる、しかも攻撃形態になっていないジャスティスを即破壊するのは至極当然であろう。ジャスティスを破壊するべしという思考ならば、身体が反射神経のように反応してしまうであろう。
そして。
その時に、残ったもう一つのやるべきことが生じる。
そう。
その、もう一つのやるべきこととは――破壊された直後に声を聴かせる、ということであった。
「……っ!」
搭乗しているジャスティスがクロードからの攻撃で崩れ落ちたのを自覚した、その瞬間。
持っていかれそうな意識の中で、私は声を絞り出す為に腹に力を入れる。
事前に色々と考えていた。
彼にどんな言葉を掛けようか、考えていた。
汚れてしまった、穢れてしまった、醜くなった自分が、今の彼に掛ける言葉。
彼から話を聞いた時、私は理解していた。
アドアニアでの出来事。その前後については全て思い出している。
私はクロードに撃たれた。
しかしその行為は、私を守るが故にだったのだ。
私はクロードの弱点たり得る。証拠にあの時だって軍に私は人質として捕えられていた。
だから彼は私を撃ったのだ。
足手惑いを無くす為に。
――私の身の安全を確保する為に。
だけど。
私はこうしてルード軍にその身を置き、戦場に駆り出されてしまっている。
せっかくクロードが悪の仮面を被ってまで守ってくれたのに。
――魔王になってくれてまで守ってくれたのに。
だからこそ。
私はクロードに対して放つにあたって、次の言葉を選んだ。
「……ごめんね、クロード……」
私は謝罪の言葉を口にした。
色々な意味を込めて。
結果。
その言葉が、私がクロードに掛けた最後の言葉となった。
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