第298話 決戦 09
◆
カズマに後ろを任せ、ひたすらに突っ走っていた。
例え背部で爆発音がしたとしても。
前を向いて。
後ろを一瞥もせずに。
「……心配か?」
刀を振るいながら、ライトウは背中にいる彼女――ミューズに問う。
「な、何を言っているっすか? 信じているっすよ、大丈夫って。だから大丈夫っす。何でそんなことを聞くんすか?」
「しがみつく背中の握力が強くなったから」
「……」
「だがすまんな。それでも戻ることは出来ない。このまま先に進ませてもらうぞ」
「……分かっているっすよ」
辛そうに絞り出すような声のミューズ。ぎゅっ、とライトウの服を握りしめる力がさらに強くなる。
「分かっているっすが……あとカズマには奥の手があるっすから、大丈夫なはず、っすが……」
「それでも心配か。まあ仕方ないことではあるが……集中は出来るか? 出来ないのならば――」
戻るか? ――とライトウが問おうとした瞬間、ミューズが足をライトウの胴体に巻き付けるように力強く組みつき、そして、パン、と一瞬だけ話した両手で自分の頬を叩いた。
「お、おい!」
「大丈夫っす! カズマは絶対勝ってくるっす! あたしはそれを信じるっす! だからあたしは今はあたしのことだけを考えるっす!」
ミューズは自分に言い聞かせるようにそう叫ぶ。彼女自身だって、本当は誰かを心配している余裕などないはずなのだ。なのに他の人――カズマのことばっかり考えている。
それでは失敗する。
ミューズも自分ではそのことは分かっているだろう。だけど彼女の悪い癖であり、また良い所でもあるのだが、彼女は無意識に色々な所に目を配ってしまう。
良く言えば視野が広い。
悪く言えば集中力が無い。
しかしながら今回予想されているミューズの戦いは――集中力が必要で視野を広く持たなくてはいけない。
良い所を残して悪い所を直さなくてはいけない。
かなり難しいことを要求されている。
――だけど。
今のミューズならば成し遂げてくれる。
そうライトウは信じていた。
信じてはいたが――心配もしていた。
ライトウにとってミューズは妹のように、カズマは弟のように思っていた。勿論、アレインとコズエも含め、孤児院の人達は本当の家族のように本心からそう思っていた。
自分が守らなくてはいけない。
しかしながら大多数の家族の命を失い、残るはカズマとミューズのみ。
だから絶対に守りたい――そう思っていた。
だけど、ライトウが想像する以上に二人は成長していた。
二人だけで、歩けるようになっていた。
そこに寂しさを感じなかったといえば嘘ではない。
自分だけが疎外されていたような感覚を覚えたのは間違いない。
でも――それ以上に嬉しかったことも事実だ。
二人は幸せになれる。
二人さえいれば、少なくとも。
ライトウには本心からの幸せはもう無理だ。
決して取り戻せない幸せがある。
決して取り戻せない――人がいる。
ライトウには、もう将来はない。
これだけ名が売れているのだ。普通の生活などもう不可能である。
クロードと同じ覚悟を背負わなくてはいけない。
「……重いな」
「ああ!? いきなりなんすか!? ケンカ売っているっすか!?」
「いや、すまん。だけど……重いな、本当に」
この背中にあるのは未来なのだ。
自分が決して手に入れることが出来ない未来。
そのことに気が付くと、途端にずっしりと精神的に重さがのしかかってくる。
今までより、より一層守らなくてはいけない――
「……心配しなくていいっすよ」
と。
そんなライトウの心中を察したのか、ミューズが柔らかな声音でそう言ってきた。
「あたし達はみんな一緒っす。ライトウだけ置いていくような真似はしないっすよ。だから気負わなくていいっす。少なくとも――あたし達の分までは」
「……っ」
その言葉で気が付いた。
自分だって他人のことを気遣っている余裕はなかったのだ。ミューズに対して偉そうなことを考えているのはお門違いだ。
「……そうだな。もうお前はカズマのものだからな」
「なななな何で良いことを言ったら嫌味を返されるんすか!? 心外っすよ!」
「ははは。すまんすまん」
冗談に怒ってくれるミューズに安心した。
いつも通りの彼女で安心した。
――笑うことが出来る自分に安心した。
「よし、これからはお前のことを考えずに自分のことだけ考えて行動しよう」
「この部分だけ切り取ると最低の男っすね……まあ、あたしもそうするっすよ。自分のことしか考えないっす!」
「その意気だ」
「そうっすね! ……とはいっても」
「ん? どうした?」
「……いや、こんな会話をしていてなんすが、ライトウ、よく敵ジャスティスとか兵器とか回避しながら破壊出来るっすよね……」
ミューズの言う通り、先の会話、ならびに思考は刀を振るいながら行われていた。完全に意識の外で行っていたが、しかしながらライトウはいとも簡単に撃破していった。
「ん、まあ出来るんだから出来ているんだよな。どうでもいいだろ、出来ているんだし」
「……」
もはや完全に怪物の域である。――そのことは彼自身は理解していなかったが。
「そんなことより、もう着くぞ」
「あっ……いつの間にそんなに近づいていたんすね……」
彼達の前方には既に目的地――ルード軍本部の入り口が目に見える所まで来ていた。検問所のような形で見た目でも分かる堅牢な金属の門が立ち塞がっている。
それにつれて攻撃は更に激しさを増す。
だがライトウは全て刀ではじき返し、攻撃対象を遠方からの振りだけで撃破していく。唯一ジャスティスだけは近接して直接斬ってはいたが。
そしてついには敵の攻撃を掻い潜り――薙ぎ倒し――入口まであと十数メートルの距離まで近づく。
その時、その門を守るかのごとく、門の前に一般兵が並び立ち、銃口をこちらへと向けてきた。
だがライトウは怯むことなく、そこで大きく息を吸い込み、
「死にたくない奴はどけっ! 俺は俺の邪魔する奴のみを斬るっ!」
そう大声を出し、前方に刀を振るう。
すると――
――ズズン。
「え……?」
門の前にいた一般兵から呆気に取られた声が聞こえた。
彼らが立ち塞がっていた金属の門。
その大層厚みのある門が、彼らの上部――三メートルくらいの高さで、真横に切断されて向こう側へと倒れ落ちた。
何のマジックでもない。
ただ単純な話。
ライトウが離れた場所から刀で切断したのだ。
そのことを理解した瞬間、彼らにはきっともう一つ判っただろう。
斬られた地点は彼らの上部三メートル。
しかし、それがもし二メートル程度下であったならば――
「う、わあああああああああああああああああああああああああ!」
彼らは狂乱した。
銃を放り出して逃げ出す者。
あまりの恐怖に立ち尽くす者。
怯えによって引き金を絞ってしまい、弾丸をあらぬ方向に発車してしまう者。
皆が知ったのだ。
ライトウはこの距離からでも――全員を切断することが出来る。
死への恐怖。
彼らを突き動かし、怯え、狂わせたのはただそれだけであった。
しかしながら。
彼らは幸運であった。
あれだけ心を乱し行動を乱し、あまつさえ銃弾を放った者がいたにも関わらず。
ライトウに攻撃を向けた者がいなかったのだ。
だからこそライトウは誰も追撃せず、そのまま真っ直ぐとルード軍本部へと侵入を果たした。
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