裏の糸

ユファレートが案内されたのは、殺風景な小部屋だった。

窓も壁掛け時計もない。


四角の机に、椅子が二脚。

あるのはそれだけだった。


客間や待合室などではなく、尋問するための部屋に思えた。


しばらく待つようにと言って、ヨーゼフは立ち去った。


小部屋に、ユファレートだけが残された。


それから、三十分以上は待たされたか。


苛々する。気が焦る。

短気ではないはずなのに。


暴動は治まる気配がなく、より激しくなっているようだった。


たまに聞こえる破裂音は、魔法によるものではないのか。


魔術師組合の者が、暴動に参加していないか。


杖を握り締める掌は、じっとりと濡れていた。


遅すぎる。

こちらから組合長の元へ向かうべきなのかもしれない。


立ち上がったところで、扉が開いた。


にやにやと嫌らしく笑っているヨーゼフ。


小部屋の様子を窺っていたのではないか。

根拠もなくそう思った。


「……組合長は、まだでしょうか?」


「もうしばらく、お待ちを」


「……こちらから、伺わせてもらいます」


「まあ、そう慌てずに」


にやついたまま、ヨーゼフが小部屋に入ってくる。

空いている椅子に腰掛けた。


「それよりもどうです? 少し、私と話をしてみませんか?」


「あなたと話すことなんて……」


「組合長は、就寝中ですよ。目覚めるのは、朝になります」


「あなたは……」


睨み付ける。

ヨーゼフのにやけた笑いは消えない。


「ですから、私が話を聞きますよ」


「……結構です」


組合員と話しても、仕方ないのだ。


組合長と交渉し、この馬鹿げた騒ぎを治めなければ。


「わたしは、組合長と話をしたいのです」


「それでは……」


ヨーゼフが、細い眼を更に細める。


「ドニック王国魔術師組合組合員ヨーゼフではなく、『コミュニティ』のヨーゼフとしてなら、話をしてもらえますかね」


「……!?」


ヨーゼフが、喉をくっと鳴らした。


「どうぞ」


座るように促す。

黙って、ユファレートは席についた。


動悸が早くなっている。

呼吸を整えてから、ユファレートは聞いた。


「……あなたは、『コミュニティ』なんですね?」


「ええ、そうですとも」


「あなたが、組合長を……」


「ええ。私が組合長に、いかに利があるかを説き、反乱軍に協力するよう唆しました」


「……」


「組合長と話すよりも、私と話し合う方が、余程事態の沈静に繋がるのではないかと……」


「……話し合う……?」


ユファレートは、机の下で杖を握る手に力を込めた。


「おや? まさか、こんな所で争うつもりではないですよね?」


魔術師組合本部の内部である。

大勢の魔法使いがいるはずだ。


そのうち何人が、『コミュニティ』に染まっているか。


ここでヨーゼフと戦闘を開始したら、彼らも加わってくるだろう。


周囲の住民にも被害が出る。


「私としても、ここであなたと争う意思はありません。なにせあなたは、ユファレート・パーター。魔法の撃ち合いで勝てるとは思えない。力で組み伏せようと、その前に消し飛ばされてしまいそうだ。この距離でもね」


机は小さく、手を伸ばせば掴める位置に互いの体はあった。


「幸い、あなたを抹殺せよとの指令もなくなった。無理にあなたと事を構える必要もない。あなたも、狙われていると自覚していたと思いますが」


確かに、ズィニア・スティマなどは執拗にユファレートの命を狙ってきた。


シーパルたちがいなければ、殺されていた。


「『器』は、間もなく完成する。あなたの声も、届かなくなる。だから、もう無理にあなたを殺す必要もない」


「……『器』、なんて……お兄ちゃんは……ハウザードは……」


指先が震えるのを、ユファレートは感じた。


「おや? 『器』がハウザードだと、理解しておられる? ならば不思議だ。なぜ真っ先に、彼の元へ向かわないのです? 『器』の完成を阻止できることに比べたら、国の一つや二つ……」


机を叩き、ユファレートは立ち上がっていた。


「この国を、あなたたちの好きにはさせません! ハウザードは、わたしが止めます!」


声を張り上げても、ヨーゼフは怯む様子を見せない。


「……この馬鹿げた騒ぎを、すぐにやめなさい」


「……そういう訳にもいかないのですよ。なにしろ私の師、グリア・モートの指示ですから」


グリア・モート。

祖父ドラウと何度も戦ったという魔法使い。

宮廷魔術師として、城にいる。


「それにしても、あなたの祖父ドラウ・パーターには困ったものだ」


「……」


「私たちの思惑を見抜き、早くから魔術師組合に圧力を掛けてきた。『英雄』ドラウ・パーターの名に組合員たちは恐れおののき、暴動に加わる者は予定の半分というところでしょうか」


「……暴動に、加わるつもりなんですね?」


「すでに何人かの組合員は、参加していますよ」


「……」


唇を噛んだ。


「さて、予定よりも人が集まらないものだから、私も出向かわなければ」


「……そう。あなたも、暴動に」


ここでは、戦えない。

だが、外でなら別だ。


このヨーゼフが中心になって、魔術師組合に働き掛けているのだろう。


ヨーゼフを倒せば、『コミュニティ』と魔術師組合を裏で結ぶ糸を断てる。


それからならば、組合長と対話し、暴動から手を引かせられるかもしれない。


「はい。いずれは暴動に加わります。ですから、続きは外で、ユファレート・パーターさん。私も、ここでは争いづらい。大抵の者が、ただの組合員だと思ってくれていますので」


「……あなたたちもハウザードも、わたしたちが止めます」


「できるものなら」


ヨーゼフが、椅子の上で肩を竦ませる。


ユファレートは、唇を噛んで小部屋を出た。


叩き付けるように、扉を閉める。


絶対に許さない。

人の故郷を目茶苦茶にして、たくさんの人々を巻き込んで。


ハウザードを、『器』呼ばわりした。


化け物の『器』になるために、ハウザードは生まれたと。

そんな訳がない。


きっと、もう取り戻すことはできない。


だけど、ユファレートとドラウだけは知っている。


ハウザードが、優しかったことを。

ハウザードの、笑った顔を。


ハウザードは、必ず止める。

それが、家族のように暮らしたユファレートとドラウの、義務だと思えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


警官たちに呼び止められた。

不審に思われるのも、無理はない。


ユファレートやドラウがそうだが、ドニック人は大半が黒髪である。


ルーアたちの髪を見れば、外国人だと一目でわかるだろう。

そして、武装している。


あちこちで暴動が起きている状態で、そんな者たちが深夜の街を駆け回っているのだ。


色々推測されるのも、仕方ないだろう。


ただ、相手をしている場合ではない。


もちろん、蹴散らす訳にもいかない。


対処に迷っていると、横から警官たちに突撃を仕掛ける集団があった。

武装した市民たちである。


ルーアたちを助けようというのではなく、ただ警官たちを敵と見做しているだけだろう。


混沌とした状況だが、ルーアたちにとっては都合が良い。


脇を走り抜けた。

警官隊も市民たちも、できるだけ敵にはしたくない。


その後も、暴動する市民たちに何度か遮られた。


警官隊が、道を封鎖している所もある。


「……いい加減にしてくれよ、おい」


ルーアは唸った。


とにかく、戦闘を避けるために逃げ回った。


目的地である商人組合にまで、思うように向かえない。


ともすれば、短気を起こしてしまいそうになる。


雪の降る街を、もうかれこれ三、四時間は歩き回っていた。


路地裏から通りを観察する。

また、警官隊と市民たちがぶつかっていた。


「……道を変えよう」


「ちょ、ちょっと待ってね」


ティアが暗がりで、地図帳の頁をめくっている。


元々所持していた物らしいが、ドニック王国全土の地図であり、街の細かい道までは記載されていない。


それでもなんとかティアは、ここまで道案内を無難に務めていた。


「……うん。多分、大丈夫、こっちで」


やや自信無さ気に呟いている。


ティアの案内で、裏路地を移動した。


雪が溶かされておらず、乗り越えるようにして進む。


遠くから、爆音が聞こえた。

魔法によるものだと、魔力を感知できるルーアにはわかる。


かなりの人数だ。

魔術師組合の者たちか、暴動を取り押さえるために出動した魔法兵団か。


「やだな……こんなの、やだ……」


ティアが、また呟く。

デリフィスは、ずっと無言だった。


大通りに出た。

余り人影がなく、争っている様子もない。

東へひた駆ける。


また、魔法が炸裂した。

今度はかなり近い。


「……止まれ!」


ルーアは、二人を呼び止めた。


今の魔力の波動は、感覚に馴染んだものである。


眼を閉じ集中して、意識を研ぎ澄ませた。


魔法と魔法がぶつかっている。

片方は不明だが、もう片方は、シーパル。


近くで戦闘を行っている。


魔術師組合の方へ向かっていたはずだ。


思いのほか交渉が上手くいったのか、それとも、話し合う余地もなく、敢え無く商人組合の支部を目指すことになったか。


前者ならば、魔術師組合組合員たちは暴動に参加しないということになり、街中で魔法を放っている集団は魔法兵団ということになる。


まだ組合員に、暴動から手を引くという連絡が回っていない可能性もあるが。


色々思い浮かぶことに、ルーアは頭を振った。


「シーパルたちが近くにいる! 合流するぞ!」


それを優先するべきだろう。


合流すれば、事情を聞くこともできる。

戦力の増強にもなる。


先頭に立って、ルーアは走った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


四方から襲い来る『コミュニティ』の兵士たち。


ドラウは、杖を掲げた。


「ル・ク・ウィスプ!」


無数の光弾が、兵士たちを抉っていく。


貫通力を抑え、命中と同時に体内で破裂するようアレンジをしてある。


市民や住居に被害が及ばないようにするための、ドラウなりの配慮だった。


街に戻るとすぐに、四十人ほどの兵士たちに包囲された。


後から戦闘に加わった者もいるから、総勢で五十ほどか。


苦戦する人数ではない。

着実に、ドラウは兵士たちを倒していった。


兵士の死体を盾に突っ込んできた者が、それを投げ付けてきた。

軽く払いのけるが、接近された。


巨漢であるが、手にしているのは軽そうな細い曲刀である。


なかなか鋭い斬撃。

横にかわす。


もう一人が、槍を突き出してきた。


なんらかの力がある魔法道具だろう、穂先が淡く輝いている。


ドラウは、瞬間移動を発動させて逃れた。


この二人は、なかなか動きがいい。


兵士ではなく、普通の人間だった。

この部隊の指揮官だろう。


二人でドラウを挟むように移動しながら、絶妙に間合いを詰めてくる。


戦い慣れていることがよくわかる二人組だった。


だが、まだ甘い。


瞬間移動をまた発動させた。

転移先は、曲刀を持った男のすぐ横。


魔法使いが接近戦を仕掛けてくるとは予想していなかったのか、男は眼を見開いた。


それでも、斬撃を繰り出してくる。


横、腕の外側に回り込むようにかわし、男の手首を掴み極めつつ、肘を押してやる。

簡単に男は転んだ。


相手の力の流れを利用してやれば、老人の細腕でも大男を転がせる。


手首や肘を極めて取り押さえれば、力自慢の者でも立ち上がれない。


一人で戦ってきたのだ。

多少は体術も使える。


リンダのように、人を殴り殺すようなことはできないが。


テラントやデリフィスのような男たちは無理だとしても、ルーアくらいの者なら、素手で押さえることができる自信がドラウにはあった。


もう一人が焦りながら突き出した槍を、ドラウは後方に跳躍してかわした。


二人が重なって見える位置に、計算して退いている。


二人は互いが邪魔になり、思うように身動きが取れなくなったはずだ。


空の手を、ドラウは振り上げた。


「ブレイジング・ロー!」


炎が槍のように伸び、男たちを貫く。


断末魔の悲鳴を上げることもなく、二人は灰になった。


息をつく。


『見事なものだ』


淡々とした、エスの声。


「……何人いたかな?」


『五十三人』


「……少ないね」


たったそれだけの人数でドラウを倒せると、グリア・モートは考えてはいないだろう。


ドラウの病気のことを知っている。

老人だということも知っている。


消耗させることが狙いか。


(現在の状況は?)


暴動が激しい方へ進みながら、ドラウは聞いた。


エスが、ユファレートたちの行動を詳細に語る。


ドラウは、足を止めた。


「……ユファは、騙されたね」


周囲にいる者には聞こえないよう、小声で呟く。


『私も、そう思うよ』


余りにも簡単に、ヨーゼフという者は正体をばらしている。


おそらくは、囮となるつもりだろう。


目的は、魔術師組合組合長から自身に注意を向けさせるため、というところか。


ハウザードから意識を逸らすために、ミムスローパで騒ぎを起こしたのと、同じやり口である。


(……組合長は、『コミュニティ』に落ちたね……)


『ああ』


ユファレートが騙されてしまうのも、仕方ない。


勉強はかなりできる。

十六歳の時点で、飛び級で大学まで卒業してしまった。


だが、謀略や駆け引きでは別の知力が求められる。

経験なども必要か。


それに、ミムスローパの惨状を目の当たりにして、頭に血が昇っていることだろう。


柔軟な発想力を失っているに違いない。


だが、騙されたなら騙されたで構わない。


むしろ、都合が良いかもしれない。


この状況は、利用できる。


注意を向けさせることに成功したと、ヨーゼフは確信しただろう。


その分、魔術師組合組合長の警備は甘くなる。


そこを衝けば、暴動の核を一つ押さえることができるというものだ。


(魔術師組合へ行く)


『君は、さすがだね。助言をする必要もないか』


その助言を、エスは敢えてユファレートにはしなかったのだ。


ヨーゼフが囮だというのならば、ユファレートも囮である。


(他にも、なにか企んでいないかな、エス?)


『……一応、逆転のための布石は打ったつもりだ。だが、期待はしないでもらいたいな』


(じゃあ期待はせずに、僕は僕にできることをやるよ)


『それでいいと思う』


リンダなどは毛嫌いしていたが、ドラウは昔からエスのことは嫌いではなかった。


エスにもエスなりの信念や目的というものがある。


目的の最後の最後がドラウやストラームと異なるが、そこまでは協力し合える。


そして、エスは実に有能だった。

味方にしておいて、これほど頼もしい者もいない。


それに、独りで深夜の街を走り回るよりは、話し相手がいた方が気が紛れるというものである。


『そんなふうに思ってくれるのは、君だけだよ』


思考を読んだのか、エスの声が頭に響いた。

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