『魔王』の息子

いつまでも外にいては、目立ち過ぎる。


ある程度治療が進んだところで、ルーアとシーパルは、エミリアをサンの家の中、ベッドへと運んだ。


壁に穴が空いているが、外よりはましだろう。


シーパルが、物質修復の魔法で、半端にだが穴を塞いだ。


エミリアの治療が終了してから、完全に修復すればいいだろう。


取り敢えず、壁が崩れて生き埋めになる心配はなさそうだ。


「……どういうことなんでしょうね?」


治療を続けながら、シーパルが呟くように聞いてきた。


「……なにが?」


「……僕らは、今、警察に追われている状況なんです」


「ああ、知ってる。警官を殺したんだってな。堕ちたもんだ」


「……なにがあったか、見当はついてるでしょうに」


苦い顔で、呻く。


「最初、追っ手だと思ったんですよね……」


『コミュニティ』の兵士たち。

そして、組織の戦闘員らしい、エランとかいう魔法使い、がっしりとした老人。


「でも、きっと彼らの狙いは、僕らじゃなかった。たまたま、僕らが居合わせていただけ……。きっと、彼らの目的は、サンだった。……ルーアは、どう感じました?」


「いや、さっきの戦闘。俺、途中参加だしな」


全てを見てはいないので、あやふやな判断しかできない。


「……なぜ、サンが」


「そうだ。狙われる理由がないだろ? あいつは、ただのフリーターじゃないのか?」


部屋を見る限りでは、贅沢な暮らしをしているとは言えない。


ただの一般人。ただのフリーター。

名も財も、地位もない。


危険を冒してまで、連れ去る理由がない。


「そうなんですよねえ……」


小さな呻き。

エミリアが、薄く眼を開いている。


まだ意識が混濁しているのか、虚ろな眼差しだった。


「大丈夫ですか?」


シーパルが聞くと、エミリアは微かに唇を震わせた。


「ルーア、水を持ってきてもらえませんか?」


「ああ」


治療はシーパルに任せ、飲料水がありそうな台所へと向かった。


狭い家の狭い台所である。

捜すまでもなく、水瓶が見当たった。


だが、底の方に、コップ二、三杯分の水が溜まっているだけ。


ガラスのコップで掬ってみるが、微かに濁っているようにも見える。


怪我人にこんな水を飲ませてもいいものか。


(……飲み水くらい、ちゃんと確保しろよな)


意外と、大雑把なところがあるのかもしれない。


(……にしても、なんだ、この匂いは……?)


部屋に入った時から、異臭が漂っているような気はしたが、台所にくるとその香りが強まった。


ドブ川や、ゴミ捨て場を連想させる匂い。


鍋から匂うようだ。

ルーアは、鍋の蓋を開いた。


「……」


静かに瞑目して、静かに蓋を閉じる。


「いや、怖えよ……」


半透明な緑色、ねっとり感のある液体に、掌ほどの長さの魚が数匹、白い腹を見せて浮かんでいた。

眼に毒である。


こんな物を作れる者に、一人しか心当たりがない。


台所にあるからといって、料理とは認めたくなかった。


全ての料理人に対しての冒涜ではないかと、半端ではない罪悪感がある。


取り敢えず、漁師と魚屋、あと魚にも、ティアは謝るべきだ。


「ルーア?」


呼ばれて、ルーアは我に返った。


いつの間にやら、眉間を強く押さえていた。


「ああ、悪い……」


軽く目眩を感じながら、ルーアは戻った。


「なあ、大丈夫かな、これ?」


少し濁った水。

シーパルは、コップを受け取った。


「これくらいなら……」


シーパルが、浄化の魔法を口にする。

綺麗な真水へと変化した。


その手の魔法は、ルーアには使えない。


「……ムカつく」


「なんでですか……」


シーパルはエミリアの上体を起こし、その口にコップを当てた。

エミリアの瞳は、まだぼんやりとしていた。


「ゆっくり、口にしてください……」


優しく、シーパルが言う。


たっぷり時間を掛けて、エミリアは水を飲み干した。


虚ろな眼差しのまま、部屋を見渡し、それからルーアとシーパルの顔を見た。


「あの……」


なにか言いかけて、すぐに口篭る。


なにがあったか、誰なのか。

その類いのことを聞きたいのだろう。


だが、まだはっきりとしていない脳では、上手く質問を言葉にできないという感じである。


また、しばらく部屋を見渡し。

はっと、眼に意思の光が灯る。


「サンは……!?」


身を乗り出しかけ、顔をしかめうずくまる。


それは痛いだろう。

さっきまで、腹に穴が空いていたのだから。


それでも、エミリアは気丈に顔を上げた。


ただし、混乱した表情はしている。


「サン……あの、サンは!? 連れ去られて、それで……!」


そして、シーパルに縋り付いてきた。


「お願いします……! サンを、助けてください……!」


その必死さに、シーパルが戸惑いの色を見せる。


「お、落ち着いてください。サンなら大丈夫です。僕らの仲間が……」


「俺たちが、助けに行きますよ」


シーパルの言葉を、ルーアは遮った。


「ですが、話してもらえませんか? なぜ、サンが攫われなければならなかったか」


エランの不自然な行動。

負傷したエミリアの意味深な呟き。


サンにはなにかあるのではないか。


そして、それは余人に語れることではないのかもしれない。


だから、混乱しているエミリアに、助ける代わりに事情を話せ、と条件を突き付けてみた。


おそらく、ティアやデリフィスが救出に向かったことを、エミリアは覚えていない、もしくは思い出せていない。


混乱している今なら、正常な判断はできないだろう。


どんなことでも、ぽろりと話してしまうかもしれない。


ルーアの意図に気付いたか、咎めるような眼をシーパルがする。

だが、知ったことではなかった。


少なくとも、ティアやデリフィスは危険を覚悟で救出に向かったのだ。


今更ルーアたちが追ったところで、追い付きはしないだろう。


こちらは、連れに危険を背負わせている。


『コミュニティ』は、とんでもないことを企んでいるかもしれない。


サンに秘密があるとしたら、それを知ることで企みを阻止できるかもしれないのだ。


騙すような聞き方だが、知る権利くらいはあると思いたい。


「サン……は……」


「話せないのですか? 俺たちは、サンを助けたいと思ってるのに……」


シーパルが半眼になるが、ルーアは無視した。


「サンは……」


エミリアが、顔を覆う。


「あの方の、子供なんです……」


「あの方……?」


「ミド・アラエル様……」


「ミド・アラエル……?」


シーパルと、顔を見合わせた。


記憶にある名前。

何度も聞いたことのある名前。

それなのに、誰のことなのかすぐにわからない。

直接知る人物ではない。


ミド・アラエル。


蘇る情景があった。

リーザイ王国バーダ第八部隊基地の一室。


学校教育というものを受けていないルーアのために、歴史書を朗読するストラーム。


ミド・アラエル。


「まさか……」


ルーアは、呻いた。


「ズターエ前国王、ミド・アラエル……?」


エミリアが、微かに頷く。


「は、はは……」


乾いた笑いが出た。

シーパルも、引き攣った顔をしている。


ミド・アラエル。

ズターエ王国前国王。


二十年くらい前になるのか、その恐怖政治のため、『魔王』、『暴君』と呼ばれた王。


現国王、当時は将軍だったサバラ・ブルエスの反乱により、玉座を失い捕らえられ、斬首刑となった男。


それが、サンの父親だというのか。


突拍子もない話である。

そして、そんな話をすぐに鵜呑みにするほど、お人良しではない。


「冗談、だよな……?」


「……」


俯いたエミリアに、嘘をついた雰囲気はない。


シーパルは、呆気に取られていた。


ルーアは、足を組んで口元に手を当てた。


もし、事実なのだとしたら。

色々と、納得できることはある。


なぜサンは、遠い異国にあるオースター孤児院に預けられたか。


ミド・アラエルもその家族も、捕らえられ処刑されている。


幼いサンがズターエに留まるのは、あまりに危険だろう。


なぜサンは、定職に就こうとしないのか。


ティアの話では、フリーターとして職を点々としているらしい。


人当たりはいい。

その気になれば、定職に就くことくらいできたのではないか。


もし、自分の出生を知っているのだったら。


一所に長く留まるのは危険と考えないか。


なぜ『コミュニティ』は、サンを狙うのか。


前王の遺児だとしたら、その価値は計り知れない。


『魔王』とまで称されたミド・アラエルだが、正統なる王家の血筋を引き継いでいたのは、紛れも無い事実。


一介の将軍に過ぎなかったサバラ・ブルエスが現王であることに、不平不満を抱いている者がいるのも事実。


サバラ・ブルエスの治世になり二十年。


未だに、各地で反乱は散発している。

反政府組織も存在している。


もしミド・アラエルの遺児を戴けば。


反乱軍や反政府組織を、一つに纏め上げられるかもしれない。


それは、現ズターエ王国には、とてつもない脅威だろう。


ズターエ国内だけではない。

サン・オースターの、いや、サン・アラエルに利用価値を見出だす国は、多いだろう。


例えば、ズターエ隣国である東のラグマ王国などは、サンを歓迎するかもしれない。


ラグマ王国は、領土拡大に意欲的である。


民衆に望まれたとはいえ、サバラ・ブルエスは見方を変えれば、王位を簒奪したともいえる。


真っ当な王家の血筋を回復するため、と大義名分を立て、ズターエ王国に戦争を仕掛けることができる。


『コミュニティ』に狙われるのも納得だった。


売り方次第で、途方もない利益を組織に与える。


(この話が嘘じゃなかったら、だけどな……)


シーパルを見ると、混乱した顔をしていた。


ルーアも、似たようなものだろう。


エミリアは、嘘をついていないか。


だが、ルーアたちを騙す理由が見当たらない。


そして、騙すには突拍子もなさ過ぎる。


信じていい、そうルーアは判断した。


「サンはきっと助かりますよ」


エミリアが、顔を上げる。


「俺の旅の連れが、追っています。彼らなら、きっと助け出せるでしょう。けど、その後にも問題が……」


「なんでしょう?」


「敵が諦めることはないでしょう。再度狙われる。そう考えた方がいい。ここも、危険です」


エミリアがサンの母親ならば、彼女もまた、危険だった。


もし捕らえれば、サン相手に取り引きを持ち掛けることができる。


「場所を変えたい……サンは知っていて、敵には知られていない、尚且つ潜伏するに相応しい人目に付かない場所……」


「そんな都合の良い所……」


シーパルが呻く。

だが、エミリアが頷いた。


「あります」


「どこです?」


「わたしの家です」


「いや……」


ルーアは、かぶりを振った。


「あなたの家も、当然眼を付けられているでしょう」


「いえ。普段暮らしている家ではありません。わたしも、自分の立場は理解していますから……こんなこともあろうかと、別に家を用意していたのです」


隠れ家、ということか。


「そこを、サンは?」


「勿論、存じております。もしもの時は、そこへ逃げ込むよう、伝えてあります。購入したのは十数年前、管理も信用できる方に任せております。おそらく、相手に知られていることはないでしょう」


「なるほど……」


エミリアは、もう意識がはっきりしているようだ。


こうして話してみると、知的な印象を受ける。


「では、あなたが歩けるまで回復したら、場所を変えましょう」


「もう、大丈夫です……」


青い顔色をしながらも、エミリアはベッドを降りようと身じろきした。


すでに、大分回復しているようだ。


さすがはシーパルの治癒魔法、というところだが、エミリア本人の意志の強さもあるだろう。


シーパルが、エミリアを支える。

ルーアが、先頭に立った。


「それにしても……」


思わず呟く。


「世が世なら、王か王子様か……」


サンの姿を思い出していた。

整った顔立ち。

爽やかな笑顔。

そして、王家の血を引くだと。


「……なんか、ムカつく」


「だから、なんでですか……」


疲れたように、シーパルは溜息をついた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


薄暗い幕舎の中で、ラシィは重い儀式の礼服から、簡素なローブへと着替えた。


肩や背中が、随分と楽になったような気がする。


もう、着ることはないだろう。

儀式の礼服も、ズターエ王国宮廷魔術師のローブも。


夕刻となっていたが、幕舎の外はまだまだ明るかった。


薄暗さになれていた眼では、痛みを感じるほどだ。


ズターエ王国の夏は、日が長い。


儀式の参列者を守る衛兵たちに、外出することを告げた。


ラシィは、宮廷魔術師である。

時に、秘密裏で成さなければならないこともある。


儀式の行列から、旅の魔法使いのような出で立ちで離れることを、不審に思う者はいないようだ。


見物人の群を抜けると、すぐにエランに声を掛けられた。


彼の案内で、大衆酒場へと連れていかれる。


店の隅に、サイラスがいた。

三人で、テーブルを囲った。

エランが、麦酒を注文する。


すぐに届けられた麦酒に、ラシィは口を付けた。


夏の日差しを浴びてきた体に、染み渡っていく。


「すまん」


麦酒に手を出さずに、開口一番サイラスは謝罪した。


「サンを、奪還された」


ラシィは、軽く周囲に眼をやった。


旅人か冒険者。

そんなふうに見えるだろう。


誰も、ラシィたちのことを気に掛けてはいない。


今この街には、儀式の見物目当てで、大勢の旅行者が訪れている。

目立つことはない。


「現有戦力では、仕方ないことです、サイラス殿」


わかっていたことだ。

サンの身柄を確保し続けることは、難しい。


だから、ズィニア・スティマを使うはずだった。


だが彼は、依頼を放棄して戻ってきた。


ラシィの眼には、乗り気であるように映っていたのだが、気が変わったか、なにか事情があるのか。


やっぱやめた、それだけ言って、ズィニアはハウザードの元へ向かったようだった。


化け物の考えていることは、よくわからない。


当てにすることが、間違いだった。


自分と、自分の部下。

それだけを頼りに、作戦を練るべきだった。


化け物たちから寄ってきた時だけ、力を借りればいい。


「現状を確認しましょう」


ラシィは、杯を半分ほど空けてテーブルに置いた。


「儀式の行列ですが、まもなく出発致します。目的地は、カルキン会館」


「そこで、『フォンロッド・テスター条約』は結ばれる、か……」


腕組みをして言うサイラスに、ラシィは頷いた。


「儀式もいよいよ大詰め。二日後には条約が結ばれ、そして、儀式の参加者は王宮へと向かうことになります」


「二日のうちに、サンを再度捕らえねばならんな」


「そういうことです」


ここアスハレムには、軍事基地というものがいくつもある。


前の王ミド・アラエルが、市民の反乱を鎮圧するために築かれた要塞。


基地には、古代兵器も設置してある。


街の一区画を消失させられるほどの兵器だ。

それを奪う。


そして、儀式の参加者、各国の要人が集うカルキン会館へと放つ。


各国の宮廷魔術師も、大勢いるのだ。

おそらくは防がれるだろう。


被害者は出るだろうが、殲滅はできない。

だが、それでいい。


ただの暴徒が基地を占拠して、儀式を妨害するのではない。


反乱軍は、ミド・アラエルの遺児、サン・アラエルが率いているのだ。


各国の要人が、ズターエ王国の旧王家の血を引く者に、ズターエ王国内で攻撃される。


これにより、現王サバラ・ブルエスの権威は地に堕ち、ズターエ王国は各国からの信用を失う。


当然、『フォンロッド・テスター条約』など破綻する。


各国は手を結ぶことはなく、緊張感は高まる。


『コミュニティ』が付け入ることもできるというものだ。


戦争を起こせるかもしれない。


だが、計画を実行するには、障害がいくつか。


まず、基地を占拠しなくてはならない。


これは、部下の一人であるトゥに任せてある。


彼は、基地に配置されてある部隊の中に潜入していた。


そして、基地を囲むように、『コミュニティ』の兵士が配置してある。


トゥは、潜入工作を得意としている。

自信はあるようだ。


基地の占拠の方は、トゥを信じるしかない。


いつまでもは、基地を確保できないだろう。


すぐに、軍に包囲されることになる。


速やかに、兵器を起動させなければならない。


そしてそこには、サンがいなければならない。


各国の要人が、カルキン会館に留まるのは二日間。


その間に、計画を実行しなければならない。


王宮は、さすがに警備が固い。

堅固な防護フィールドに守られており、基地にある古代兵器でも貫けないだろう。


王宮で、儀式は終結する。

その後、要人たちは国ごとに帰路につくだろう。


反乱を効果的にするには、やはりカルキン会館に要人たちが集結しているところを狙うべきだ。


「サンについてですが」


サンを捕らえる、その方法を、考えなければならない。


「こちらの戦力は、私、サイラス殿、エラン、あとは兵士が……」


「三人です」


「三人……」


エランの言葉に、ラシィは愕然としていた。


そこまで戦力が削られていたのか。


サンやエミリアと関わっている六人が、実に厄介だった。


クロイツには、ついでに始末しておけ、と軽く言われていたが、とんでもない。


一人一人が、兵士二十人に匹敵する戦闘能力を備えているのではないか。


計算違いだった。

六人のうち一人が、サンと親しいこともだ。


「策が必要となる」


サイラスが鷹揚に言い、ラシィを見つめてきた。


指揮官はラシィだった。

作戦も、ほとんどラシィが立案してきた。


「幸い、といいますか、サンの母親であるエミリアと、私は懇意にある」


前王ミド・アラエルに対する反乱が起きた時、身篭っていたエミリアを逃がしたのは、ラシィだった。


産まれたサンを、異国の孤児院に預けられるよう手配したのも、同様にラシィである。


その後も、なにくれとなく面倒を見てきた。


全ては、成長したサンを利用するために。


「信頼されている、と言っていい。彼女の行き先がどこかは、見当が付いています。そこに、サンも現れるはずだ」


「それを捕らえればいい。だが、どうやって? 儂らの方が、戦力的に大きく劣っているぞ」


「そこは策ですよ、サイラス殿」


充実している。

クロイツから、今回の計画を任された時からだ。


だからだろう。

策を語り、ラシィは笑った。


◇◆◇◆◇◆◇◆


ルーアたちがエミリアに案内されたのは、貴族たちが所有する湖畔の別荘といった雰囲気の館だった。


サンが住居としていたアパートからは、そう離れていない。


裏の雑木林を抜けてしばらく進むと、湖が広がりこの館があった。


移動する間、あまり人には見られていないはず。


周囲には、同じように別荘らしき建物が並んでいるが、ほとんど灯が点っていなかった。


『フォンロッド・テスター条約』で街がお祭騒ぎになっているこの時期に、避暑地に来る者はそうはいないということか。


十数人が暮らせるくらいの空間がある家である。


隠れ家とするには、やや大きすぎる感がなくもない。


夜となっていた。

三人で、要所に灯を点けて回った。


狙われているのに明るくするのもどうかと思ったが、闇は人の精神に負担を与えることがある。


それが、エミリアの傷に障ることも有り得た。


リビングに、三人で集まった。

ソファーにエミリアは腰掛け、シーパルが治療の続きを行っている。


顔色は、大分良くなっているようだ。

もう手伝う必要はないだろう。


シーパルやユファレートと比べると、ルーアは魔法使いとして劣る。


特に回復魔法などでは、顕著にその差が出た。


二人よりも効果を望めず、それでいて魔力を消耗してしまうのだ。

元々の魔力容量でも劣っている。


これから、なにが起きるかわからない。


できるだけ魔力を温存しておいた方がいいだろう。


適当に、ルーアはリビングを見て回った。


エミリアの趣味か管理者の趣味か、良い調度品を揃えているようだ。


と見せ掛けて、実は安物ばかりなのかもしれない。


調度品に対するこだわりや細かい知識は、ルーアには無いに等しい。


家具は、使いやすければそれでいい。


見る眼がないのは、山や森で育ったシーパルも同様のようだ。


ティアは、値段はいくらか、年代物かどうかなど気にする。


ルーアは、本棚の前で立ち止まった。

本の背表紙に眼を通していく。


勝手に本棚から抜き取り、ページをめくってみる。


「すげえな……」


思わず、唸った。


「なにがですか?」


エミリアの治療をしながら、見向きもせずにシーパルが聞いてくる。


「これ全部、古代語の本じゃねえか……。保存状態もいい」


「それが、どうしたんです?」


「一冊、数万ラウか、数十万ラウ……いや、もっとするかも……」


一般市民の一ヶ月の平均収入は、平均して二十万ラウ前後だと言われている。


とても、個人で収集できる蔵書量ではない。


古代語の本ならば、国立図書館で厳重に保管されていてもおかしくないような代物である。


くすくすと、エミリアが笑っている。


「それ全部、写本です。原本と違って、大した価値はありませんよ」


「……」


「知ったかで……」


「やかましい」


シーパルを黙らせて、ルーアは本を戻した。


「なんだってそんなもんを、こんな大量に……」


「私の父が考古学者で、集めてたのですよ」


「考古学者ねえ。なるほど……」


著名な考古学者ともなれば、出資者がつく。


遺跡の発掘など、かなりの資金が必要となるからだ。


王家の者が出資者となることもあるだろう。


「それなら、王宮に出入りすることもありそうだ」


サンは、ズターエ前王ミド・アラエルの息子。


そして、エミリアはサンの母親。

当然、ミド・アラエルとエミリアが、赤の他人だということはない。


「……私は、父の手伝いをしていましたから……王宮を訪ねることもありました」


詮索されている、と感じたのかもしれない。

エミリアが、語りだした。


「そして、考古学に必要な知識として、幼い頃から古代語を習っていたのです。王と父には縁があることもあり、やがて私は、王子様方の古代語の教育係に任じられることになりました」


「で、王様と?」


シーパルが、軽く睨んでいるような気がする。


話を促してはみたが、正直他人の恋愛話など興味はなかった。

ティアやユファレートなら、いかにも眼を輝かせそうだが。


むしろ、エミリアが話したがっているような気がしたのだ。


「王は、他者がいない方でした。誰も寄せ付けず、誰も信用しない。でも、わたしはある日思ったのです。王は、寂しいのではないかと。不敬なことかもしれませんが、そう思いました」


「寂しい? ……『魔王』とまで言われていた悪逆非道な男が?」


「ルーア!」


「いいんです。実際、『魔王』と形容されても仕方ないだけのことを、あの方はされていましたから」


咎めるシーパルを、穏やかにエミリアは制した。


ミド・アラエルが王の時代、ズターエ王国はとにかく血が流れた。


なんの罪もない市民が濡れ衣を着せられ、毎日冗談のような人数が処刑されたという。


「あの方の王位継承権、何位だったかご存知ですか?」


「さあ……?」


「二十四位だったんですよ」


「……!」


「その意味、わかりますよね?」


もっと王の座に近い者が、二十三人いた。


その二十三人に、王位につけないなにかがなければ、ミド・アラエルは王になることはなかった。


「あの方は、幼少の頃よりずっと、権力闘争の中に生きておられました。血の繋がった家族が、周囲全てが敵。毒を盛られたことも、一度や二度ではありません。あの方が、御兄弟を手に掛けたこともあったでしょう」


「そうでしょうね……」


「王となられてからも、あの方は誰に対しても猜疑心を持っておられたのだと思います。臣下にも、自国の民にも。だからといって、民を苦しめる理由にはならないでしょうが」


エミリアが俯く。

聡明な横顔に、陰が差した。


「寂しさは、その猜疑心から生まれたのだと思います。そして、わたしがそう思っていたことを、王はご存知でした。そしてわたしは、サンを身篭ったのです」


「ふう……ん……」


上手く言葉が出てこない。

無理矢理言葉を発すると、実に陳腐なことを言ってしまいそうだ。


慰めるべきなのか、励ますべきなのか、それとも、ただ黙って頷くべきなのか。


所詮は、十七年しか生きていない子供ということなのか。


齢を重ねた女性の半生を聞かされても、返すべき相応しい言葉を見付けられない。


沈黙が訪れた。

重苦しい空気。


あるいは、それは救いだったのかもしれない。


夜のしじまを破るように、魔法の爆音が響いた。

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