ヨゥロ族

報告は、『塔』の頂上で受けた。


床に座り、ダリアンは地図を拡げた。


風はないので、飛ばされる心配はない。


『塔』の床には奇妙な脈動があるが、それにも大分慣れた。


バラクとレオンの報告から、おおよその位置に印をつけていく。


ルーアたちの現在地である。


そこに、リトイもいる。


バラクとレオンは、好きに暴れてきたようだ。


避難途中の民衆に、怪我人が出ている。


リトイの部下には手を出すなと指示を出していたが、それは破られていた。


腹が立ったが、ダリアンは叱らなかった。


バラクなどは、プライドが高いだろう。


あまり働かなくなる可能性がある。


余りにも度が過ぎる言動があった時に、力を見せてやればいい。


その気になれば、バラクもレオンも、即座に斬れる自信がダリアンにはあった。


リトイと共に行動しているのならば、ルーアたちに手を出しにくい。


リトイには、こちらからは攻撃しない。


正当防衛で反撃したという形で、殺す。


それで、組織内のリトイ派の反発はかわせる。


戦力を、『塔』に集めた。


ダリアン、レオン、バラク。


兵士の損耗が激しい。


七十人ほどは連れてきたが、残りはたった五人となっていた。


見張りに出すこともやめた。


パウロだけは、連絡がつかない。


「この位置は……」


リトイの居場所となる、印を見つめる。


『塔』の北々東だった。


「『塔』の力の範囲外じゃないのか?」


「そうだな」


レオンが肯定した。


この男が、『塔』の力を把握している。


リトイが範囲内にいないのならば、『塔』を起動させる必要はなくなる。


死神の目的は、なんなのか。


混乱を起こして欲しいのはわかる。


そして、街は充分に混乱していると言えた。


リトイを殺害できないのならば、『塔』を発動させる必要もなくなる。


ダリアンは、いくらかほっとしていた。


さすがに、何十万人も殺すのは抵抗がある。


リトイは、また別の機会に、別の方法で殺せばいい。


そもそも、『塔』の力を使うことが馬鹿げているのだ。


『コミュニティ』が『塔』の発動方法を理解しているということは、何十万の人質を取っていることと等しい。


国家に対して、大きな取引ができる。


たかが一人の男のために使うべきではない。


一度発動させてしまったら、次の発動には、何十年も何百年もかかるというではないか。


「これは、『塔』の発動は中止だな」


ダリアンは言って、レオンとバラクを盗み見た。


レオンは無表情である。


バラクは、渋い顔をしていた。


『塔』の力を見たいとでも思っているのか。


「ルーアたちを片付けたら、上へ報告する。その時に、『塔』をどうするか、リトイをどうするか、指示があるだろう。今回は、『塔』を発動させないことにする」


「駄目よ」


女の声に、ダリアンは身を震わせた。


まるで、小さな子供の悪戯を、咎めるような口調。


「死神ソフィア。あんたは本当に心臓に悪い女だ」


『塔』の力の発射台となる、ランス形状の物体。


それを支える土台にもたれるように、ソフィアがいた。


相変わらずの隠密術である。


言葉を発するまで、その存在に気付けなかった。


「『塔』は、必ず発動させること。いいわね、ダリアン」


ソフィアは、涼しい顔をしている。


何十万という命を、なんとも思っていないのか。


「リトイを殺せないのならば、『塔』を発動させる意味はなくなるだろう? もっと使い道はあるはずだ」


「ダリアン」


ソフィアに名前を呼ばれ、ダリアンは胃が縮み上がるのを感じた。


なにを恐れることがある。


ダリアンは、自分に向かって呟いた。


距離にして、二十メートル。


ダリアンならば、瞬きをする間にも詰められる距離。常人には無理だが。


ソフィアの能力は知っている。


数瞬先の相手の行動が、視えるらしい。


恐るべき能力だが、それがどうした。


身体能力を超える攻撃をされれば、先がわかっていても防げないだろう。


ダリアンならば、一瞬でソフィアの死角に回ることもできる。


見えない所からの攻撃ならば、邪眼も働かないはず。


ダリアンがその気になったら、殺せるのだ。


『コミュニティ』の、トップに立つ三人のうちの一人を。


「同じことを何度も言わせないでね。必ず、『塔』を発動させること」


殺せるのだ。


ダリアンは唾を呑み込んだ。


本当に殺せるのか?


耳元で囁く自分がいる。


「『塔』を発動させて、なんの得が……」


「あなたがそれを知る必要はないわ」


なんなのだ。こののしかかってくるような圧力は。


本当に、人と話しているのか。


実は化け物と向かい合っているのではないのか。


「私の期待を裏切らないでね、ダリアン」


ソフィアを、魔法陣が包む。


そして、その姿が消えた。


「長距離転移の魔法か」


バラクが、呟いた。


束縛から解放された、人質のような気分である。


知らぬ間に、全身が汗で濡れていた。


のし上がる。そのつもりだ。


だが、『コミュニティ』で上にいくということは、あんな化け物と絡むということになるのか。


意気がくじけそうになる。


しっかりしろ。


ダリアンは自分に言い聞かせた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「明日の朝、発ちます。すでに、族長の許可は頂きました」


シーパルが言うと、パウロは鷹揚に頷いた。


見上げる。

四本の細い枝が結び合わされ、葉が夜空を遮っていた。


それが、屋根代わりだった。


ヨゥロ族は、一年のほとんどを旅の中で過ごす。


特定の住居を持つ者はほとんどおらず、毎日が野宿のようなものだった。


しばらくは、二人とも無言だった。


パウロが、かなりのペースで杯を重ねる。


彼は、酒に強い。


シーパルの杯に入っているのは、水だった。


酒を飲めないわけではないが、すぐに茹で蛸のように赤くなってしまう。


以前それを、同年代の一族の女たちにからかわれたことがあり、ちょっとしたトラウマになっていた。


「父は、もう長く持つまい」


族長が、病に臥せてから、もう半年になる。


七十をいくつか過ぎていたはずだ。


今年の冬を越すことはできないだろうと、シーパルは思っていた。


かなりの量を飲んだはずだが、パウロは酔った様子は見せなかった。


今の族長の、実の一人息子である。


五十を過ぎてからの子供であるからか、かなり溺愛されて育ってきたはずだ。


だが、パウロには甘やかされて育った雰囲気はない。


峻厳な雰囲気がある。


「俺が、次の族長になる」


それは、既に一族の話し合いの場で決定していたことだった。


シーパルとは、従兄弟となる。


同年で、誕生日も近い。


そのためか、いつも周囲から比べて見られてきた気がする。


シーパルとパウロは、他の同年代の者と比べると、頭一つ魔力が強力だった。


族長には、魔力が最も強い者が選ばれる。


人柄や人間性よりも、それが重要視されるのだ。


家柄のこともあり、いつしか次期族長の候補は、シーパルとパウロの二人に絞られていた。


パウロが、次の族長に相応しい。


シーパルは、ずっとそう思ってきた。


どこか、人を引き付けるところがある。


意思が強く、自分を厳しく律する。


少し我が強いところがあるが、人の意見に耳を貸さないわけではない。


族長として一族を引っ張っていける強さが、パウロにはあった。


シーパルは、パウロの前に出ないようにした。


いつでも、パウロを立てた。


パウロが族長となり、シーパルは傍らでそれを支える。


それでいい。そう思っていた。


おかしな動きがあった。


話し合いの場で、シーパルを次の族長に、という意見が出たらしい。


穏やかな性格をしている。人から、よくそう言われる。


優しい男、と周囲からは思われているだろう。


シーパルは、自分のことを、優しいとは思わなかった。


ただ、誰に対しても丁寧に接するようにはした。


優しさや丁寧さは、それはそれで、人を引き付けるのかもしれない。


結局、次期族長は、パウロに決まった。


それから、度々シーパルの元に、客が訪れるようになった。


一族の、一部の有力者たちである。


族長やパウロについて、不満を漏らす。


だが決して、批判ではない。


シーパルの心に、種を蒔こうとしているのか。


もし、シーパルが族長になったら。


彼らはシーパルを支持した者として、後見として、相応の権力を持つことになるだろう。


シーパルは、一族を離れることを決めた。


一族の中にいることで、自分の存在が争いの火種となる。


最悪、一族は二つに割れる。


族長は、一族を離れることを、すぐに許してくれた。


理由は言わずとも理解していた。


あるいは、自分の息子を確実に次の族長に、という想いがあるのかもしれない。


シーパルには、一族に未練はなかった。


むしろ、外の世界に興味があった。


ずっと、パウロを一歩引いた場所から見てきた。


彼の意思はともかく、彼は一族にとっては、象徴のような存在だった。


人が集まる。


それも、シーパルは一歩引いた場所から見ていた。


すると、自然とヨゥロ族を客観的に見るようになった。


疑問が湧く。


なぜ、魔力の強大さを至上とするのか。


力を否定はしないが、一族の長には、もっと必要なものがあるだろう。


なぜ、魔力が脆弱な者が、追放されなければならない。


同じ外見で、同じ一族の血が流れているではないか。


なんの目的があって、人里離れた山奥を、旅して回るのか。


理由を知るのは、族長とその側近くらいなものである。


そのことを、誰も疑問に思わない。


みなが、盲目的に従っている。


シーパルは、外から来た人と話すことを、好むようになった。


旅人や、行商人である。


彼らの眼には、我が子が追放されても、平然と日常を暮らすヨゥロ族は、異様に映っていたようだ。


ヨゥロ族は、なにかおかしい。


シーパルは、そう思うようになった。


だが、それを口に出したことはない。


パウロだけは、感付いていた。


そして、少しずつ彼も変わっていった。


毎日一緒だから、シーパルに感化されたのかもしれない。


パウロも、ヨゥロ族の在り方に疑問を持っていた。


「俺が、次の族長になる」


パウロは、もう一度同じことを言った。


「そして、俺は俺が正しいと思ったようにやる。それが、たとえ七百年続くヨゥロ族の根本を揺るがすことになったとしてもだ」


「パウロなら、きっとできますよ」


「シーパル、いつか、お前が戻ってきた時には、弱き者が虐げられない、そして、みなが自分の意思で今日を生きる、そんなヨゥロ族を見せてやる」


「期待しています」


シーパルは、杯を口につけた。


酒は飲んでいない。


それなのに、酔っているような気分にシーパルはなっていた。


今から四ヶ月前の去年の十一月、シーパルがヨゥロ族を離れる、前日の夜のことである。


◇◆◇◆◇◆◇◆


彼を追い始めて、何時間が経過したのだろう。


太陽は、まもなく空の中央に達する。


先を行く男はパウロだと、シーパルは確信していた。


ヴァトム南地区を過ぎ、南門を通り、平原を駆け、森へと入った。


レボベル山脈へと続く森林地帯である。


清々しい樹木の香りが、鼻をくすぐる。


追い付くことができなかった。


追いつけそうになったら、離される。


見失ったと思ったら、ひょいとその姿を現す。


森の中に入ってからは、同じ所を回るように移動していた。


まるで、誰かを撒くように。


だが、シーパルだけは導くように。


なぜ、そんな真似をする必要があるのだ。


山や森で、ヨゥロ族よりも速く移動できる人間などいない。


シーパルはそう思っていた。


パウロの後ろ姿からは、焦りのようなものが伝わってくる。


恐れ、かもしれない。


気のせいかもしれないが。


なにをそんなに恐れることがある。


ヨゥロ族は、追放される者を除けば、みなが優秀な魔法使いだった。


その中でも、全ての一族の者から、羨望と憧れの眼で見られるパウロ・ヨゥロに、恐れないといけない物があるのか。


わからない。


間違いないことは、パウロはシーパルに用事があるのだ。


これまでの襲撃は、シーパルを独りにさせるため。


罠ではない。


それならば、とっくにかかっている。


なにを伝えたいのか。


幼い頃から、追いかけっこでパウロに勝ったためしはなかった。


だから、パウロが立ち止まるまで、追うしかない。


シーパルは、ただ黙々と走り続けた。

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