正反対な二人

「まったく……よく気絶するわね」


自分でやっておいて、ユファレートはしれっとそんなことを言った。


「……なんで、いきなり?」


「だから、興奮しすぎなのよ。頭冷やして欲しかったから。まあ、鎮静剤みたいなものね」


ティアの質問に、ユファレートは真顔でそう答えた。


杖の先は、まだ放電している。


一応、怪我のことは気遣っているようだ。


左腕から倒れ込まないように、ルーアの体を支えている。


「あー、重たい。ティア、見てないでそっち持ってよ」


「え……、う、うん」


左腕には触れないため、ティアは足を抱えた。


かなり不自然な持ち方で、無理矢理馬車の荷台まで運ぶ。


御者台にいるのは、戻ってきた中年の兵士と、頬を紅葉のように赤く腫らした若い兵士である。


居眠りしているところを、引っぱたかれたのかもしれない。


宿屋の女主人は、笑顔で迎えてくれた。


ワッツ夫人が、ルーアの右手の治療を、さっそく始める。


ユファレートが手伝おうとしたが、止められた。


これまでの消耗を、気遣ってだろう。


そしてこれからも、ユファレートの攻撃魔法は必要となる。


ルーアを荷台に連れ込むと、ほとんど足場もないような状況となった。


女五人でも、狭かったのだ。


ティアは、ユファレートと並び座った。


気絶した、ルーアの横顔を眺める。


また、傷が増えている。


左腕や、右手だけではない。


あちこち衣服に破れがあり、皮膚には裂傷がある。


ティアは溜息をついて、先程のやり取りを思い出した。


「……まずかったかなぁ」


心配した。


だが、それをそのまま素直に口にするのは、なぜか抵抗がある。


そして、きつい言い方になった。


独りで戦って、独りで傷ついているルーアを見て、無性に腹が立ったせいかもしれなかった。


ルーアに、助けを呼ぶとか捜すとかいう発想は、きっとなかったに違いない。


これまでに、テラントやデリフィスと組んで戦ったところは、見たことがある。


だが、成り行きで共闘しただけに過ぎないのではないか。


いつも、独りで戦おうとする。


一緒に戦ってくれ。頼む。協力してくれ。力をかしてくれ。助けてくれ。


敵を前にして、そんな台詞をルーアが口にしたことが、今までに一度でもあっただろうか。


「ほんと、バカなんだから……」


「ティアはさ……」


ユファレートが、ぽつりと呟くように言った。


「わたしと初めてあった日を覚えてる?」


「急に、どうしたの? もちろん、覚えてるわよ」


ユファレートと、彼女の祖父と兄が、旅行中に村に立ち寄ったのだ。


村は、盗賊団に狙われていた時期であり、宿は戦えない女性、子供、老人を集めて匿う場となっていた。


そこで、ユファレートたちは泊まれる所を求め、オースター孤児院を訪れてきたのだった。


「あの日、親を亡くした小さな男の子が、孤児院に預けられることになったじゃない?」


「うん」


「ティアは……ううん。ティアだけじゃなくて、孤児院のみんなが、その男の子をすぐ受け入れて、家族として扱ったでしょ。わたしは、それを見て、ちょっとびっくりしたのね」


「だって、毎日一緒に暮らすことになるんだよ。家族として。当たり前じゃない」


「うん、そうよね。でも、そういうのが、駄目な人もいると思うの。ルーアも、きっとそう。ティアとは、正反対だと思う」


ユファレートは、考えをまとめながら喋っている感じだった。


「ルーアは多分、時間をかけて、対話を重ねて、少しずつ信頼関係を築いて、それでやっと友達とか仲間とかいう意識を持てるんだと思うのよ。それも、『コミュニティ』の存在があるから、自分と同じくらい強い人にだけ」


「あたしたちのことを、全然信頼してないってこと?」


「多分ね」


ユファレートは、苦笑した。


「あと、仲間って単語は、禁句かも」


「……」


ランディの代わりになれるのか?


そう言われた。


仲間、だったのだろう。大切な。


以前、ランディのことをティアが悪く言ったら、それだけで激怒された。


ルーアには、その大切な仲間に、裏切られたという想いがあるのではないか。


そして、自らの手で、死なせてしまった。


遺体を埋める、ルーアの後ろ姿が思い出される。


「……あたしが、悪かったのかな」


きつい言い方をした。

そして多分、心の傷に触れた。


「違うわよ」


ユファレートが、否定した。


「誰が悪いとかじゃなくて、わたしはただ、ルーアが怒った理由を説明したかっただけ。ティアは、間違ってないから」


「そうなのかな……」


「言い方が悪いのは、どっちもどっちだし。人との付き合い方はそれぞれだから、それをとやかく言うつもりはないけど」


ユファレートは、外に眼をやった。


『塔』がそびえている。


「今は非常事態なんだから、みんなで力を合わせないといけない時だもの」


「うん。でも……」


なにか、罪悪感のようなものが、心の内にある。


「あのね、ティア」


ユファレートが、眼を合わせてくる。


「ティアよりも付き合いが長い友達が、他にいるわ。ティアは魔法が使えない。わたしは、剣が扱えない。ルーアみたいには戦えない。だから、ルーアには認められないかもしれない。けど、それがなによ」


「ユファ……」


「そんなの関係なく、ティアはわたしの一番大切な友達だから。だから、わたしが言ってあげる。ティアは間違ってないから」


「……うにゃあああ!」


わざと奇声をあげて、ティアはユファレートの首根っこに腕を回し抱き着いた。


ユファレートは支え切れず、押し倒す形となる。


「ちょおぉぉっ!? いきなりなによ!? 他の人も見てるのに!」


宿屋の女主人が、口許に手を当て、あらあらと呟いている。


ティアは、気にしなかった。


「大丈夫。女の子同士はオッケーだと、ウチの変態兄貴も言ってました。見栄え的に」


「なんの話!?」


ユファレートが抵抗するが、ティアは腕を離さなかった。


今は、あまり顔を見られたくない。


きっと、ちょっと情けない顔をしているから。


「……ありがと、ユファ」


「……」


やれやれ、という感じで、ユファレートが溜息をつく。


「……どういたしまして」


背中を、軽く叩いてくれる。


それが、心地良かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


馬が竿立ちになる。


知らない人間を、振り落とそうとしているのだ。


「おっとぉ」


テラントは、手綱を引きバランスをとりながら、太股で馬の胴体を強く締め上げた。


それで、馬はおとなしくなる。


以前は、毎日馬を駆けさせていたのだ。

扱いには慣れている。


兵士が倒れているのを発見したのは、西門が見えるようになってからだった。


小柄で、子供と間違えてしまいそうな兵士だった。


落馬したのか、こめかみから血を流し、気を失っていた。


見捨てるわけにもいかず、馬を捕まえ、兵士を担いで乗った。


街の住民の避難のため、西門まで人の流れができている。


誰も彼もが混乱していた。


この中から、医者を見つけるのは困難だろう。


こういう時に限って、先程まであちこちで見かけた兵士の姿がない。


街の外に出るべきだろう。


領主が住民を避難させているということは、必ず先行している部隊がある。


そこへ、送り届ければいい。


テラントは決めると、軽く馬を進ませた。


兵士が頭部を負傷しているので、激しく駆けさせることはできない。


ここまで、かなりの距離を自分の足で走ってきたので、馬で移動できるのはありがたい。


ただ、鐙が小さいのが気になる。


これまで軍関係者とは、できるだけ関わらないようにしていた。


『コミュニティ』のメンバーが、潜伏している危険性がある。


だが、テラントはいくらか楽観していた。


軍人や警官の様子を見ていたが、懸命に住民の避難に当たっていた。


規律も、整っていた。


街を混乱に陥れようとしているとは思えない。


敵ではないと、テラントは判断した。


それに、負傷した兵士を届けるだけである。


すぐに、立ち去ればいい。


住民を撥ねないように、注意して進んだ。


軍馬は、人を踏み潰せるよう教え込まれているものだ。


門を潜った時に、時刻を告げる鐘が八回鳴った。


街の外に出ると、すぐに軍の一団は見つかった。


二十人ほどがまとまっている。


幕舎があり、旗が立てられていた。


ヴァトム領主の旗である。


(領主自ら、指揮を執ってんのか?)


こういう事態になると、安全な場所に隠れるお偉方が多い。


感心すると同時に、無用心だとも思えた。


高い地位にいる者は、常日頃から暗殺などを警戒しなくてはならない。


混乱した状況である今は、人前に出ることは危険だろう。


テラントが馬を近付けていくと、三騎が向かってきた。


「何者かね?」


隊長格なのか、制服が少し派手な兵士が、聞いてくる。


テラントは、兵士を抱えながら下馬した。


「ただの旅の者ですよ。こちらの方が怪我をされていたので、お届けにあがりました」


丁寧に言って、同じく下馬した兵士に、怪我人を受け渡す。


兵士たちの背後から、五人が向かってきていることを、テラントは気付いた。


「これは、我が軍の者が、迷惑をかけました。……おい、救護班の者を、一人引っ張ってこい」


兵士が、一人去っていく。


入れ代わりに、五人が馬を寄せてきた。


「領主様」


隊長格の男が、敬礼する。


(領主リトイ・ハーリペット? ……わざわざ、領主が出てきたのか?)


頭髪が白くなった、五十代の男である。


骨格はたくましいが、年齢のためか、筋肉は削げ落ちていた。


そのため、骨張って見える。


枯れた巨木のような印象を、テラントは受けた。


「テラント・エセンツか……」


低い声で、リトイが呟いた。


名乗ってはいない。


ワッツのように、将軍だった頃のテラントを知っているのだろうか。


「お前たちは、戻れ」


リトイは、兵士たちや護衛らしい男たちに言った。


「いえ、それは……」


護衛の一人が抗議する。


「よい。私は、この者と二人で話したいことがある。戻れ」


再度リトイが命ずると、渋々という感じで、その男は引き下がった。


何人かは、訝し気な顔をしている。


(……なんだ?)


リトイとは、初対面のはずである。


「場所を変えようか」


リトイが、並足で馬を進める。


人気がない方向を選んでいるようだ。


訳がわからないが、テラントはついていった。


領主の発言を、他の者も聞いているのである。


なかったことにはできない。


馬は、兵士たちが引いていった。


徒歩である。


「この辺りで、よかろう」


かなり歩いたところで、リトイが、馬を降りた。


他に、人の姿はない。


黙って、腕組みをした。


「?」


ますますわからない。


話があると言っておいて、黙するのである。


「……どうした?」


「どうしたって言われましても……」


「……君は、私を斬りにきたのではないのか?」


「……はぁ?」


リトイの質問に、素っ頓狂な声を上げてしまう。


「……なるほど。君は、事態を把握していないのだな」


リトイは、深く息を吐いた。


「いいだろう。話しておこう。少し、長くなるがな」


瞑目する。

そうすると、皺が深くなり、リトイはただのくたびれた男に見えた。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「馬鹿げてるな……」


話を聞き終えたテラントは、呟いた。


「つまりは、『コミュニティ』の内輪揉めが、とことんまで壮大になったってことか」


「そういうことだ」


リトイが頷く。


「ダリアンの、いや、組織の目的は、私だろう。だから、私を殺せば、『塔』の起動はないはずだ」


「そりゃどうかな」


もしリトイを殺して解決するのならば、テラントは迷わず斬る。


何十万の命と、リトイ一人の命。

比べるまでもない。


「今から、あんたがひたすら馬を駆けさせたとする」


ユファレートの説明を、思い出していた。


『塔』から放たれた力は、ヴァトムの街を呑み込み、そのまま直進して、ジロの街に至るらしい。


効果範囲が、固定されている。


「『塔』の力の範囲外まで逃げるのに、そこまでの時間はかからないんじゃないか」


個人を狙うにしては、『塔』の力は大雑把すぎると言えた。


「俺には、奴らの目的が、あんたの命だとは思えないな。いや、あんたの命だけ、じゃないな」


予想が的中しているのならば、リトイが死んでも『塔』は起動する。


騎馬が近付いてきていることに気付いて、テラントは魔法道具に手をやった。


人払いを命じたのは、リトイである。


敵の可能性があった。


「私が雇っている、間諜だ」


リトイが、テラントの動きを察して言った。


小柄で、眼が細い男である。


リトイに耳打ちをした。


「ルーア、ティア・オースター、ユファレート・パーターの現在地がわかった。他の住民たちと、ここから北へと避難中だ」


テラントは、いくらかほっとした。


とりあえず、三人は健在なようだ。


デリフィスは、まだ水路の付近で、ルーアを捜しているのだろう。


あの男は自分の役割を決めると、それを全うしようとする。


いないと確信するまで、捜し続けるかもしれない。

意外と、要領が悪いところがある。


シーパルについては、今回は放っておくことにした。


テラントは、間諜が乗ってきた馬に飛び乗った。


「こいつ、借りるぞ」


返せなくなるかもしれないが、そう言った。


目一杯飛ばすことになるだろう。


途中で馬が潰れる可能性がある。


「あんた……」


リトイは、疲れ切った眼をしている。


「『塔』を、発動させたくないんだよな?」


「無論だ」


即答だった。


「了解」


鞭はない。

だからテラントは、剣で馬の尻を叩いて駆けさせた。

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