▼第四章『Solar system express 802』 ♯2


「夢だって? そういえば……ここ最近は見ていないな」

『ホントですかカオルコさん! 良かった…………じゃ安心ですね!』

「え、なんで?」

「ああサティ、アレのことが言いたかったの? 土星で……ほら、〈じんりゅう〉が【ザ・ウォール】に墜落する直前に、みなで同じ夢を見たっていう疑惑のこと?」

『そうですユリノ艦長!』

「ワタシも最近は眠りが深いのか、夢を見た覚えはありません」

「シズも副長と同じなのです」

「ワタシャ夢を見たのかも思い出せない派デスな」

「ボクは最近はお薬飲んで無理矢理寝てるから……夢は見てないね……ハハハ……」

『フォムフォム……【ザ・ウォール】に落ちた時のように、〈びゃくりゅう〉に相当する夢は見ていない』

「クィンティルラ大尉は?」

『い…………言えるかバカ! そんな恥ずかしいこと! そういうミユミはどうなんだ!?』

「…………も、黙秘します……でも危険を予感させるような不吉な夢は見た覚え無いですよ」

「みんな……意外と図太いんだね………」

「な……アミちゃんはどうなのさ!?」

「…………横になったと思った次の瞬間、もう起きる時刻になって寝た記憶も無いパターン……」

「あ、ああ……」

[ア~……ツマリダ、さてぃハ土星デノ一件ノヨウニ、皆デ同ジ夢ヲ見テイナイカラコソ、今回ノ【ヘリアデス計画】ガ、【ザ・ウォール】墜落ミタイナコトニハナラズ、逆ニウマクユクンジャナイカ……ト言イタイワケダナ]

『はい~!』

[ダガアノ夢ハ思考混濁症ダッタ可能性モアルゾ。

 ソレニ、仮ニ夢ト〈ジンリュウ〉ノ危機ニ関係ガアッタトシテモ、ソレハ当時〈ジンリュウ〉ノ主機関ダッタおりじなるUVD内ノ異星AIカラノ警告ダッタト思ワレル。

 ソノ場合、今ノ〈ジンリュウ〉主機関ノおりじなるUVDハ当時トハ違ウ個体ニナッタワケデ、今ノおりじなるUVD内AIモ、同ジヨウニ警告シテクレルカハ不透明ジャナイカ?]

「………」


 今朝、回収した太陽周回オリジナルUVD群の移送開始直前、ブリッジに集まったクルー達とのと冗談混じりの会話は、空気を読まないエクスプリカの発言によりそこで途切れた。

 だが、それでもサティによって始められたその話は、アミ達には少しばかりの希望となった。

 たとえ屁理屈の類だとしても、皆で共通の夢を見ないということは、【ザ・ウォール】での〈じんりゅう〉墜落のような事態には、今回はならないからかもしれない……という理屈に気づけたからだ。

 それに、オリジナルUVD内に宿る異星AIが予知夢をクルーに見せた可能性……つまりオリジナルUVDには未来を見通すことが出来る可能性について、今のアミは以前よりも少しだけ詳しくなっていた

 〈ウィーウィルメック〉のアビーと出会ったからだ。

 信じ難い話だが、〈ウィーウィルメック〉はオリジナルUVD内の異星AIが〈じんりゅう〉クルーに見せた予知夢を、【フュードラシル未来樹】というシステムでもっと実用的に知ることができるようにしている……とアミは理解している。

 その〈ウィーウィルメック〉から、これから〈じんりゅう〉一行が乱立するプロミネンスの中へ突っ込むというタイミングになっても、まだ何も言ってきてはいない。

 もし野良グォイドの襲撃で、致命的な末路が〈じんりゅう〉級四隻に待っているならば、何かしら警告してきても良いはずだ。

 そういった事情を知るユリノ艦長は、これまでもそれとなく〈ウィーウィルメック〉に何か助言は無いか通信で尋ねてきたが、〈ウィーウィルメック〉は沈黙したままだった。

 アミは〈ウィーウィルメック〉から何も言ってこないのは、それは必要が無いからではないのか? という可能性に行きついていた。

 つまり、何かあっても何とかなると分かっているから、何も言ってこないのではないのか? と。

 ……ならば安心なのだが、アミは〈じんりゅう〉左舷やや後方で護衛につく〈ウィーウィルメック〉を、ビュワーの画面内に探した。

 太陽表層と〈じんりゅう〉の間で同行する〈ウィーウィルメック〉は、〈アケロン〉が艦首から側面を守ってることで、巨大な矢印のようなシルエットの影となってアミには見えた。

 






 20世紀より存在し、現在に至るまで続けられてきた宇宙天気予報技術は、23世紀に至り数の増した観測装置と、その観測および予測技術の進歩により、大幅に精度を上げてきていた。

 この場合の“宇宙天気”とは太陽表層の活動のことである。

 太陽表層でおきる爆発現象……太陽フレアは、それによって発生する電磁パルスにより、地球文明に深刻な影響を与える場合もあるからだ。

 そして、誤解を恐れずに説明を試みるならば、太陽フレアの発生や、それによって生ずるプロミネンス(表層ガスの炎の柱)は、太陽を取り巻く磁力線との相関関係にあり、逆にいえば磁力線を観測することである程度は予測が可能であった。

 その理屈を用いて行われる太陽の気象予測が今、〈じんりゅう〉一行の針路上での荒天を予測したのだという。


「〈リグ=ヴェーダ〉|作戦指揮所MCより連絡、太陽表層、黄道面針路上にプロミネンスの大量発生警報!

 一行は直ちに対処されたし、とのことです!」

「【ANESYS】製太陽表層航路プログラムが、最適航路の計算を開始しましたのです!」


 この三日間で宇宙船酔いの極致を経験したアミ(……の中のケイジ)が、治まらない頭痛の中必死に理解に努めたことが正しければ、〈じんりゅう〉一行は乱立するプロミネンスの中に突っ込むことになる。

 今、ミユミの報告に続き、無人艦指揮席からシズ大尉が告げたのは、そういった事態に備えて【ANESYS】によってあらかじめ組まれていた航路計算プログラムが動き出したということである。

 アミがブリッジ前方に視線を送ると、太陽の白と、宇宙空間の黒に二分された前方メインビュワー画面に、〈じんりゅう〉が進むべきコースが緩やかなカーブを描いたラインとなって投影された。

 このコースの通りに行けば、一応はプロミネンスの餌食にならずに済むと【ANESYS】製太陽表層航路プログラムが算出したコースである。

 そのカーブが太陽の水(?)平線の彼方に消えんとする地点に、アミは微かにだが、いくつものアーチを描いた炎の柱が立ち上るのが見える気がした。

 小さな光る分度器が集まっているかのようにアミには見えた。

 

「対処されたしって……正確な位置と規模は?」

「ワタシらの進路とドン被りデス。ですが規模はまだ小さい……というより発生直後な為、まだ低高度デサ!」


 ユリノ艦長にルジーナ中尉が答える中、広域ホロ総合位置情報図スィロムの〈じんりゅう〉の現行コース前方はるか彼方の左右に、小さな光る波紋のようなものがいくつも現れ始めた。

 発生直後のプロミネンスがそう表現されているのだ。


「進路左右から弧を描きつつ、およそ5分で我が方の航行高度10万キロに到達しますデス!

 それまでに通過か回避の必要がありますデス!」

「艦長、ロールしていいかなぁ!?」

「……許可する!」


 ルジーナ中尉の報告が終わると同時に、フィニィ少佐が呻くように許可を求めると、ユリノ艦長はすぐに了承した。

 〈じんりゅう〉が重力に引かれるように加速し、同時に太陽表層に接近するのに伴い、〈じんりゅう〉は上方に太陽が来るように左に90度ロールした。

 必ずしも宇宙航行において意味がある行いでは無いかもしれないが、地上で行われるカーレースのバンクするカーブのように、宇宙においてもカーブする時はインコース側にバンクさせたくなるものなのだ。

 クルーの心理的パフォーマンスを上げるという意味では、多少の効果が期待できた。

 ルジーナ中尉の報告から、〈じんりゅう〉が下すべき結論はただ一つだった。

 その為にフィニィ少佐は艦をロールの上加速させたのだ。


「とりあえずプロミネンス群がボク達のいる高度まで昇りきる前に、通過を試みる! 艦長、それでいい?」

「お願いフィニィ! 全クルーはいざって時の【ANESYS】に備えて!」


 微かな加速Gを感じる中、フィニィ少佐とユリノ艦長の声が響いた。

 同時に、サングラスのような〈アケロン〉の盾と、映像補正で減衰された太陽の輝きが、ブリッジ左舷から頭上へと移動し、アミらに降り注いだ。

 アミは思わず天井の外景ビュワーを見上げた。

 〈じんりゅう〉を護衛している〈ウィーウィルメック〉が、太陽をバックに〈じんりゅう〉と同じように加速し、先刻と変わらず同行しているのが見えた。

 アミは傍から見れば船酔いでグロッキー状態だったかもしれなかったが、これでも焦っていた。

 【ヘリアデス計画】の良いところは、もうじき終わるところだと思っていたが、このまま行けば、間違いなく終わるのは計画ではなく〈じんりゅう〉と自分達の人生だ。

 アミはうずく頭で必死に考え、その結論に達していた。

 なぜなら事態がここに至ることで、ようやく確信できたことがあったからだ。

 太陽圏に潜伏し、オリジナルUVDを狙っていると思しき野良グォイドは、人類が太陽周回オリジナルUVDを全て回収しきるのを待っていたのだ。

 アミたちは当初、【ヘリアデス計画】の準備段階で、グォイドが太陽周回オリジナルUVDを回収しはじめたら、その手段をパクって自分達もオリジナルUVDを回収しよう! などとノォバ・チーフらと冗談で半分話していたものだった。

 だがその冗談は、根幹部分で最悪の形で現実となったのだ。

 人類が苦労して考え出した、太陽周回オリジナルUVDの回収手段を盗用しようとすらしていない。

 野良グォイドは人類に全部回収させてから盗むつもりなのだ、それも最初から。

 現状を考えると、そうとしか考えられなかった。

 だからこそ今に至るまで野良グォイドは姿を見せないでいたのだ。

 だからこそ〈じんりゅう〉一行は今、とんでもない窮地に達していることになる。

 アミは恐怖で心が氷付きそうになる中、必死で考え続けた。

 野良グォイドが〈じんりゅう〉一行に襲い掛かるタイミングと、その理由はなし崩し的に判明した。

 問題はどこからどうやって襲来するかだ。

 極点方向からの襲来の可能性が高いとAI達は言うが、アミは現状況に至った段階で、その推測には懐疑的であった。

 純粋に、いくらステルス航行中とはいえ、これだけの規模で太陽表層を偵察していて、未だ発見ができないということが信じられなかったのだ。

 偵察しているのは、クィンティルラ大尉ととフォムフォム中尉が乗る〈昇電ⅡSDS〉をはじめとした【ヘリアデス計画】実行艦隊の偵察部隊だけではない。

 VS艦隊ファンを中心とした太陽を観測可能な全人類の視線が、今、内太陽系人類圏各地から太陽には集中しているのだ。

 にも拘わらず、野良グォイドの兆候や痕跡すら発見できないことなどあるだろうか?

 だが、〈メーティス〉〈エクスプリカ〉などのAIや、各〈じんりゅう〉級の【ANESYS】をもってしても、極点からの襲来以外の有力な可能性は見出されてはいない。

 それが、入手できた情報から考え出せる仮説の限界なのだ。

 …………と、いうことは……アミは上方ビュワーに広がる太陽の表層をぼんやりと見つめながら、ふと考え方を変えてみた。

 もし〈メーティス〉達の予測した極点方向から以外の手段でグォイドが襲来するのならば、それは逆に言えば、まだ推測するにたる情報の与えられていない、想像すらできない手段でグォイドが潜んでいるからではないのか?

 つまり、考え付くに足る情報の与えられていない手段こそが、野良グォイドの潜む手段の答えなのではないだろうか?

 ようするにメチャクチャ突飛な手段でグォイドはどこかに隠れている……ということになるのだが…………。

 アミはこれまでの〈じんりゅう〉でのグォイドとの戦いの記憶を総動員して、必死に考えてみた。

 ケレス沖でも、木星でも土星でも、グォイドは想像もしていなかった手段で人類を滅ぼしかけた。

 もし今、グォイドの企みを推測することが出来るならば、それはこれまでのグォイドとの戦いの中にヒントがあるとしか思えなかった。

 確かに怖かった。

 だが同時に、何故かここで〈じんりゅう〉が沈むとも、どうしても思えなかった。

 だからこそ、恐怖に負けずに思考し続けていられるのかもしれなかったが、それは何故なのだろうか…………?

 単なるアミ……を演じているケイジの直感なのだろうか?

 違う……少なくともそれだけではない……ケイジは思い出した。

 土星での一件のように、クルーが共通の夢を見なかったこともあるし、〈ウィーウィルメック〉が沈黙しているのもあるだろう。

 だが最大の理由は、まだ〈じんりゅう〉も他の〈じんりゅう〉級も沈んではいないからだ。

 まだ手遅れになってはいない限りは、希望は捨てなかった。


「これって…………………………偶然だと思う?」


 突然、ポツリと呟いたユリノ艦長の問いに、すぐに答えるものはいなかった。


「…………ユリノよ、誰に訊いているんだ?」

「みんなによ!」


 呟きに対するカオルコ少佐の率直な問いに、ユリノ艦長は即答えた。


「このタイミングで、プロミネンスが私達の進路上に発生するなんて偶然……ありえるの?」

[アリエルモナニモ、他ニ何ンダト言ウンダ?]

「艦長はこのプロミネンス群の発生が、グォイドと関係していると言いたいのですか?」


 自分の問いに対するもっともな疑問を、エクスプリカとサヲリ副長に言われ、ユリノ艦長は「ええ…………っと」と言葉を詰まらせた。

 アミもエクスプリカとサヲリ副長の言葉はもっともだと思ったが、同時に、ユリノ艦長の呟きを聞いた次の瞬間、身体に電流が走ったかのごとく確信していた。





 ――ユリノ艦長が正しい!





 どういう手段かは分からないが、前方彼方のプロミネンス群と野良グォイドに関係が無いわけがないと思った。

 思えばもっと先に思い当っても良さそうな可能性であったが、本能や常識がそれを許さなかったのだ。

 なぜなら、もしその可能性が現実であったならば、恐ろしい危機と同時に、面倒な疑問が数多現れることになるからだ。


「艦長、質問の答えになっているかは分からないのですが、プロミネンスを人為的に発生させることは、理論上は可能なのです……あくまで理論上は……はですが」


 シズ大尉がそう語りながら、毛糸玉のような表面ディティールの、オレンジ色に鈍く光る球体をブリッジ内にホロ投影させた。

 

「太陽表層は、木星でいうガス潮流に似たプラズマガスの潮流が三次元的に無数に走っており、それはいわば輪ゴムでできた球体に例えられます。

 太陽中心部で起きている核融合のエネルギーが、中心から表層へと対流しているためです。

 太陽表層に発生するプロミネンスは、誤解を恐れずに言えば、その輪ゴムがテンションに耐えきれず千切れた瞬間、発生しているものと言われています」

「つまり、その輪ゴムを意図的に千切れば、プロミネンスを好きな位置とタイミングで発生させることが可能なのね?」

「…………あくまで理論上は……なのです。

 必要なエネルギーは莫大ですし、制御は極めて困難なのです。

 また発生したプロミネンスは、太陽表層の磁界にそって伸びるのです……ですから――」

「プロミネンス炎の向きも変えようと思えば変えられる……いえ、好みの方向へ伸びるプロミネンスを選べる……あるいは予測できる……」


 ユリノ艦長はシズ大尉の説明に、呟きながら考えこんだ。

 シズ大尉の説明した太陽の仕組みについては、一応クルー全員で【ヘリアデス計画】前にレクチャーを受けた内容であったが、まさか役立つ日が来るとは思わなかった。

 太陽はあまりにも強大な規模であり、制御可能云々という発想などわいてこなかったのだ。


「あの……ユリノ艦長……するってえと艦長は、あのプロミネンスはグォイドが起こしたって言いたいんデスよね?

 でもそれだとそのグォイドは我々よりもはるか下、太陽の表層ギリギリにいるってことになっちゃうんじゃないデスかい?」

「そんな凄い熱い場所に、グォイドがいられるものなんですか?」

[ソレニダゆりのヨ……仮ニぷろみねんす群ガ潜伏中ノ野良ぐぉいどノ仕業デ、ソノ野良ぐぉいどガ太陽表層ノ熱ニ耐エルコトガデキルノダトシテモ、ドウヤッテ我々ヨリモ下ノ高度ヲ、我々ト同等ノ速度デ移動シテイルトイウンダ?]

「…………」


 ルジーナ中尉とミユミの言葉に加え、さらにエクスプリカがユリノ艦長の説に疑問を投げかけ、艦長は沈黙した。

 ルジーナ中尉やエクスプリカの疑問は確かにもっともであった。

 プロミネンス群が野良グォイドの仕業だとして、太陽表層の高温に耐えられるものなのかという疑問がまずあるし、仮に〈アケロン〉のような盾を用いて耐えたのならば、そのシルエットが影となってとっくの昔に発見されそうなものだ。

 そしてエクスプリカが言ったように、速度の問題もある。

 プロミネンス群を発生させるには、太陽表層ギリギリを飛ばねばならず、だが太陽表層部はそれだけプラズマガス大気の抵抗が大きい、高速周回中の〈じんりゅう〉一行に見つからずに追いつき追い越し、攻撃するならば、その低高度で〈じんりゅう〉一行と同等の速度を出す必要があるが、そんなことなど可能なのだろうか?


「あの…………艦長、なんでもいいですけど、何かするなら早く決めてもらわないとプロミネンス群に到達しちゃうよぉ~!」


 フィニィ少佐が切羽詰まった声で訴えた。

 〈じんりゅう〉級一行がプロミネンス群に到達するまで、あと3分も無いのだ。


「……………確かに……確かに……不可能に思えるけど、逆に言えば、それらの不可能ポイントをクリアすれば可能ってことでしょ!?」

[ソリャ~ソウダガ……]


 微かに焦りを滲ませたユリノ艦長の言葉に、エクスプリカはそう答えるだけだった。

 その時……、


『あの~……ワタクシからもよろしいでしょうか?』

「サティ! 時間が無いの、何か思いついたならはやく言って!」

『は、はい! その~……ワタクシ思ったんですけど~……あの、オリジナルUVDをグォイドの方が持ってた場合はどうでしょうか!?』

「………………」


 サティがそう告げた瞬間、ブリッジは静まりかえった。










『〈じんりゅう〉級各艦へ緊急!』

『フォムフォム……〈昇電ⅡSDS〉より各〈じんりゅう〉級へ、進路前方のプロミネンス群の詳細データを送る。

 プロミネンス群は黄道面にそって水平線の彼方でも次々と発生中!

 警戒されたし!』


 〈昇電ⅡSDS〉からクィンティルラ大尉とフォムフォム中尉の警告が響く。

 徐々に近づき巨大になって見えるプロミネンス群は、水平線の彼方に、逆再生した夕日がいくつも昇っているかのようにアミには見えた。

 昇って来る夕日には真っ黒な穴が開いていたが……。

 アミの理解が正しければ、それらプロミネンス群は前後に長く、いくつも発生中らしい。

 つまり、それだけプロミネンス群への突入から通過まで時間と危険を要するということであった。

 そしてプロミネンス群が人為的発生物である疑惑は、より濃厚となった。


「フィニィ!」


 ユリノがそう呼んだだけで、〈じんりゅう〉操舵士はユリノの意をくみ艦を再ロールさせて上昇に転じさせた。

 当初は単発的プロミネンスが、〈じんりゅう〉一行の高度に達する前に通過するつもりであったが、プロミネンスが列をなして発生中なら、上昇して飛び越さねばならないからだ。

 他の三隻も〈エクスプリカ〉を介してその意を受け取り、〈じんりゅう〉と同じコースをとっていく。


「エクスプリカ! サティが言う通り野良グォイドがオリジナルUVDを有していた場合、今言ったことは可能!?」

[ヴゥ~……]

「艦長、確かに野良グォイドが先に太陽周回オリジナルUVDを回収し、搭載していた場合、今艦長がおっしゃったあらゆる無茶が可能となるのです!」


 ユリノ艦長のザックリした問いに、処理能力の限界に達しかけたエクスプリカは、切羽詰まったように電子音を鳴らすだけだった。

 が、シズ大尉は違った。


「――ですがただ一点、野良グォイドが太陽表層を我々と同等の速度で移動している謎は解けないのです。

 確かにオリジナルUVDの出力があれば、太陽表層でも耐えるシールドも張れるし、それができれば、太陽表層にアプローチしてプロミネンス群も発生できるかもしれません。

 有してるオリジナルUVDが複数であれば、その可能性はさらに増します」

「ホントにぃ!?」


 ユリノ艦長は自分の仮説を肯定されておいて、自分で驚いた。


「……ですが…………たとえステルスしてメチャ凄いシールドで太陽表層の熱から身を守っていたとしても、太陽表層を高速で移動すれば、衝撃波で周囲のガス大気が舞い散って我々に観測されるはずなのです!」

「それにだユリノよ……仮にプロミネンス群野良グォイド発生説が事実で、太陽表層に野良グォイドがいるのだとしてもだ…………対処するには野良グォイドが何級で何隻いて、正確な居場所がわからないと対処もなにも厳しいぜ」

「艦長、焦らせるつもりは無いけど、何かするにしても急いで欲しいなぁあぁあぁ…………」


 ユリノ艦長を追い詰めるようにシズ大尉、カオルコ少佐、半パニック状態の恨めしそうなフィニィ少佐が畳みかけた。

 アミはもう野良グォイドが太陽表層のごく低高度を、〈じんりゅう〉一行と同等の速度で移動していることをほぼ確信していたが、シズ大尉の言う通り、その方法についてはサッパリ分からなかった。


「艦長、【ANESYS】を使いますか?」

「もうちょっとまってサヲリ! 今やっても多分上手くはいかない!」


 サヲリ副長の提案をユリノ艦長は却下した。

 【ANESYS】を使えば、あるいは謎が解ける可能性もあるが、基本的に正しい情報無しには欲する答えは得られない。

 答えが出せるならもっと前に出せているはずだ。

 そしておよそ6分間という限られた思考統合時間は、使いどころを見極めねば、いざという時に致命的にならりかねなかった。

 【ANESYS】を行うならば、野良グォイドの正体や手段の目星をつけておく必要があった。

 アミはもう野良グォイドの手段や位置ではなく、〈じんりゅう〉がどうすべきかを考えはじめていた。

 もし前方プロミネンス群が、オリジナルUVDを有する野良グォイドによって発生させられた事象ならば、通常のプロミネンス回避行動では助からない可能性がある。

 だが対処するには、やはり野良グォイドの位置と、太陽表層をみつからずに高速で移動している謎を解く必要があった。


 ――だがグォイドはいったいどうやって…………。


 アミはふと気づくと、ブリッジクルーの視線が自分に集中しているのに気づいた。


「ケイジ君じゃなかったアミちゃん! 何かない!?」


 この期に及んで、まだ呼び方を間違われながら漠然としたことを訊かれ、ケイジもといアミは髪を掻きむしりながら思わず天を仰いだ。

 期待されてるようでちょっと嬉しくもあったが、漠然と「何かない!?」と言われても困る。

 だが、偶然かはたまた必然か、アミが見上げた先には上方ビュワーがあり、そこには太陽をバックに同行する〈ウィーウィルメック〉の姿があった。

 何度も見た景色のはずだった。

 だが、これまでのクルー達の会話を得た後で、再び同じ景色を見た時、アミは何故か鼓動が早まるのを感じた。

 それは無意識レベルで、見た景色の中に求める答えがあることに気づいたからに違いない。

 アミはそのまま上方ビュワーを凝視した。

 〈ウィーウィルメック〉はほぼ黒い影のシルエットにしか見えないが、その向こうに見える太陽表層は、猛烈な光が減衰されたことで、思いのほか複雑なディティールが見える。

 それらは基本的に、太陽表層を高速で流れる無数のプラズマガスの潮流だった。

 それらが、ほぼ白色の明暗で表現されているのだ。

 ガス潮流は、有に地球直径を超える太さで東西方向……つまり黄道面にそって、様々な速度と密度で、太さの違う水平な線となってアミには見えた。

 もっと太陽から離れたならば、そのガス潮流はいくつもの巨大な渦となって太陽を覆っているのが見えたのかもしれないが、〈じんりゅう〉からでは直線の集合した縞模様にしか見えなかった。

 その光景は、色合いこそ違えどアミには見覚えがった。

 

「【ザ・トーラス】だ…………」


 アミは座席から思わず立ち上がろうとして、装甲宇宙服ハードスーツごと固定されていた座席に引き戻された。


「え、なんですって?」

「木星にあった【ザ・トーラス】ですよ!」


 聞き返すユリノ艦長に答えると、艦長はたちまちそのままフリーズして考え込み始めた。

 彼女にはそれだけで十分伝わったのだ。

 〈じんりゅう〉は半年以上前に、木星の赤道直下のガス雲深深度に、突如誕生した巨大円環状真空空間に侵入し、そこでグォイドと死闘を繰り広げたことがある。

 その巨大な円環状空間は、それ自体が巨大な円環状磁気加速装置シンクロトロンであり、木星のガス雲の奥底でありながら、〈じんりゅう〉ふくむあらゆる物体を、木星の内部でありながら、衛星速度で加速周回させることを可能としていた。

 もし今、太陽表層でも同じようなことが起きていたとしたならば………。

 太陽表層のすぐ下に、【ザ・トーラス】と同じものがあるのかは分からない。

 だが【ザ・トーラス】は、木星で〈じんりゅう〉が回収したオリジナルUVDをエネルギー源にして生み出されていた。

 そのオリジナルUVDをグォイドが有していたならば…………【ザ・トーラス】と同等の行いも可能かもしれない。

 ましてや、野良グォイドが有しているオリジナルUVDが一柱とは限らないのだ。

 アミはクルー達の表情が変わるのを感じた。

 皆、程度の差はあれアミの言葉の意味を理解したらしい。

 事態は想像を超えて深刻かもしれないのだ。


「総員、【ANESYS】スタンバイ!」


 ユリノ艦長が叫んだ。

 もし、この窮地に対処できるとしたら、今度こそ【ANESYS】を使うしかなく、確証はなくとも野良グォイドの謎の鍵にたどり着いた今ならば、【ANESYS】の統合思考体ができうる限りの対処をしてくれるはずだ…………そう信じるしかなかった。


「【ANESYS】エンゲ――」

「待って下さいユリノ艦長」


 覚悟を決めた表情のユリノ艦長が、そう叫ぼうとしたその時、【ANESYS】起動を止める声が響いた。

 アミはその声に聞き覚えがあった。


「お話は聞いていました。私は〈ウィーウィルメック〉クルーの【ANESYS】のアヴィティラ化身……アビーといいます。

 〈じんりゅう〉は【ANESYS】を温存してください。

 ここは私達の【ANESYS】で対処します!」


 アミ達が茫然とする中、彼女はそう告げた。

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