第四章『極大射程』 ♯1
ケイジはその後のアビーの言葉を、まるでどこか遠くの出来事のようにろくに聞いてはいなかった。
聞こえてはいても、まったく頭に入ってこなかった。
凄く………………ふざけた夢を見ていたような気分がした。
補給の為〈じんりゅう〉に来るいけすかない印象を持っていた〈ステイツ〉の〈じんりゅう〉級・〈ウィーウィルメック〉のクルーの目を欺くために、半強制的に女装させられたあげく、出会ったその艦のクルーに半ば脅迫されて〈ウィーウィルメック〉に乗り込まされ、知りたくもない〈ウィーウィルメック〉クルーの悲しいこと極まりないこれまでの経緯を聞き、さらに人類を襲わんとする最大の脅威【
「ウソだ………………」
ケイジは我知らず呟いていた。
なぜ自分の……いや三鷹ケイジが性別と身分を偽った立川アミの名が、未来予測の中に現れたのか……訊かれたからといって分かるわけが無かった。
『お~いアミちゃ~ん? アミ一曹~? 大丈夫? ねぇちょっと返事して!』
『あ~あ、やっちまったなアビー』
『だからアタシはやめておこうって言ったのに……』
『ま、普通はこうなるわな』
『か~わいそうなアミちゃん』
『いや……だって私はそんなつもりじゃ………』
『な~に死んだわけじゃないんだから気にすることぁ無いさ』
『それに【
『あの~みんなぁ? ところでそろそろ例の時間じゃない?』
ケイジ……もといアミは、周囲からのそんな好き勝手なコメントを聞きながら、両の頬をペチペチと忙しなく叩かれ、ようやく再起動した。
気を失っていたわけではない。
ただ、情報のオーバーフロウで、それ以上外界からの刺激を一時的に受け付けなくなっていたのだ。
ケイジは自分が再び副長席に腰を下ろし、ただ茫然自失していたことに気づいた。
先ほどからケイジの頬を、両の掌で連打していたのはジェンコ少佐であった。
その周囲を、ホロウとかいう状態となった〈ウィーウィルメック〉クルーが囲んでいた。
彼女らがまたゾロゾロと現れたということは、とりあえずアビーからの話は終わったらしい。
アビー自身は、集まったクルーの後ろで、心配そうにこちらの様子をうかがっていた。
思考が再回転を始めたケイジはそんな結論に至ると同時に、ふと違和感を覚えた。
今、何かここまで聞いた話に対して、ありえないことが起きた気がする。
『あ、目が覚めた………………』
気が付くと、ケイジは両頬を連打するジェンコ少佐の手を、両手で上から握っていた。
『あ…………』
その瞬間、心配気だったジェンコ少佐の表情が変わった。
あきらかに『しまった……』という心の声が顔に出ていた。
同時にケイジは自分の覚えた違和感の正体が分かった。
ホロウとかいう存在となった彼女達、〈ウィーウィルメック〉のクルーの本来の肉体は、ここメイン・ブリッジ直下のバトル・ブリッジで再生中であり、これまで見えていたのはホログラムで再現された姿であったはずだ。
…………ならば、ジェンコ少佐はなぜ自分の両頬を好き勝手に叩くことが出来ているのだろうか?
そもそも、ホログラムでしか現れることができないのに、どうやって〈じんりゅう〉艦内に現れて、アミに化けたケイジをこの艦にまで呼びに来たのだろうか?
〈ウィーウィルメック〉艦内はさておき、〈じんりゅう〉艦内は観測ウイングをはじめ、そんなそこら中にホログラム・エミッターは無い。
ケイジはその疑問の答えを、彼女達に尋ねるまでもなく、何となく分かりそうな気がした。
答えは、痛み出した両頬と、握りしめた彼女の両手の感触が教えてくれた。
「あの……」
『ん、なにアミちゃん?』
「ジェンコ少佐達って…………ひょっとして――」
ケイジは思ったことをそのままに問おうとしたが、最後まで口にすることはできなかった。
『アミ一曹、疑問や質問も多々あるだろうが、今すぐこの艦を降り、〈じんりゅう〉へ戻っていただきたい……急いで!』
『え、アビー……もうそんな時間? ……大変!』
アビーがそれまでとは打って変わって緊迫した表情で告げると、その言葉に顔色を変えたジェンコ少佐ともう一人のクルーに、ケイジは両脇から抱え上げられ、問答無用でメインブリッジから移動を開始させられた。
「わぁ! ななな!? 何事なんですか!?」
『ゴメンね~唐突で! 事情は道々話すからさ!』
左右から抱えられながら、艦内通路を人力では考えられない速度で移動し、〈じんりゅう〉から〈ウィーウィルメック〉へとやってきた道を引き返す中、ケイジは当然のごとくジェンコ少佐に尋ねたが、返ってきた答は期待したものではなかった。
「…………あ――」
『ユリノ艦長、会談中にすいません。
本艦前方28000キロを航行中のSSDF輸送艦部隊より、野良グォイド襲来からの救援要請を受信しました』
「なな、なんですって!?」
――〈じんりゅう〉食堂――
ユリノはようやく導き出した答えを告げようとした瞬間、突然メイン・ブリッジ響いたサヲリからの報告に、ただそう訊き返すことしかできなかった。
『当該輸送艦部隊は輸送艦二隻と無人護衛駆逐艦二隻の小規模艦隊。
現在、本艦進路前方28000キロの位置を火星軌道に向けスカラゲック【
それに対し襲撃が予測される野良グォイドは、その後方約1000キロの位置から追跡中。
推定敵種別、巡洋艦級グォイド三隻。
本艦との進路角度差21度。相対速度差、秒速12キロ。
本艦でのインターセプト難易度指数75%。
本艦の射程に敵艦を納める前に、輸送部隊が殲滅される可能性極めて高し』
ユリノはサヲリからの立て板に水のごとき報告を聞きながら、大慌てで位置関係を脳内に描いた。
現在、〈じんりゅう〉はメインベルト外縁で〈ウィーウィルメック〉とランデブー中だ。
それに対し、火星へと向かう輸送部隊が狙われたのは回廊と呼ばれる小惑星密集エリア【
これに対し、敵野良グォイド集団は小惑星密集エリアに潜伏し、輸送部隊が近づくのに合わせて接近を開始したのだろう。
『
最近の貴奴らは、慣性ステルス膜を進歩させ、ある程度ステルス膜を展開した状態での進路変更を可能にしているのだという。
ゆえに、襲来する野良グォイドの発見が遅れ、今回のような事態に陥るケースが出てきてしまうのだ。
問題は、理屈の上ではどう考えても〈じんりゅう〉に出来ることは無いということであった。
位置、速度、方向、どれをとっても条件が悪すぎる。
どんなに加速したとしても、野良グォイドが輸送艦を攻撃圏内におさめる前に、〈じんりゅう〉が敵を攻撃できる距離まで移動することは物理的に不可能であった。
メインベルトの外縁にいる〈じんりゅう〉と、小惑星密集エリア
たる【
相対速度差だけなら、〈じんりゅう〉の推力でねじ伏せることが可能な範囲かもしれないが、現在の両艦の進行方向の角度が、修正可能範囲を超えていては、どんなに推力があっても意味がなかった。
つまり〈じんりゅう〉および〈ウィーウィルメック〉では、当該輸送部隊の救援に向かうことはできない。
「あのサ――」
『なお、当該輸送部隊にもっとも近くにいるSSDF戦闘艦艇は〈じんりゅう〉および〈ウィーウィルメック〉であり、救援可能範囲に他のSSDF艦はいません』
「ヲリぃ…………」
ユリノの願いを込めた問いは、尋ねる前にサヲリによって否定されてしまった。
他のSSDF艦艇に、当該輸送部隊の救援に向かってもらうことは出来ない。
『
まさか、その災厄にこのタイミングで自分達が出くわすとは思わなかった。
とはいえ、今回ばかりは自分達にできることは無い。
少なくとも思いつかなかった。
宇宙の自然法則は、推測精度が上がる分だけ、覆すことが困難になるのだ。
「…………分かったわ」
ユリノに出せうる答えは一つだけだった。
ユリノは覚悟を決めるとまず、〈ウィーウィルメック〉の二人に向き直った。
何をするにせよ、彼女達に断りをいれる必要がある。
が、しかし――
「ユリノ艦長、話が途中になってしまいましたが、私とセヴューラ少佐は、ただちに〈ウィーウィルメック〉へ戻り、当該輸送艦部隊の救援活動に入りたいと思います」
「…………はい?」
突然立ち上がり、敬礼しながらそう宣言したキャスリン艦長に、ユリノは間の抜けた声を返すことしかできなかった。
その時、食堂の端で給仕代わりに立って控えていたアミ一曹が、小さな声で「あ、ヤバッ」と呟いたことにはまったく気が付かなかった。
「輸送艦部隊に……野良グォイドの……襲撃ぃ!?」
『そういうこと!』
――〈ウィーウィルメック〉船体左舷通路――
アミは両脇から抱えられながら左舷エアロックへと向け移動するなか、ジェンコ少佐から自分がこうも雑に運ばれる理由を聞き、なんて自分達は運が無いのだろうと天を仰いだ。
「でも、こっち……からじゃ……何ともできないんでしょ?」
『そうね、遠いし、こっちの進行方向とも違うし、速度差もあるし、間に【
「じゃなんで……慌てて……ボクを追い出そうと……するんですかぁ!?」
アミの中のケイジは尋ねた。
出来ることがないなら、もっと落ち着いてゆっくり安全に〈じんりゅう〉に帰して欲しかった。
そして、だから下ろして自分の足で歩かせて! と言いたかったが、絶対聞いてもらえそうになかったのでやめておいた。
それに下手に今しゃべると舌を噛みそうだった。
それから、基本ホログラムでしかないはずのジェンコ少佐達がどうやって〈じんりゅう〉艦内に現れたり、今こうして自分を左右から抱え上げているのかも訊かないでおいた。
わざわざ訊かずとも、もう完全に分かっていた。
ケイジは無理に尋ねて、彼女に答えさせるのが気が引けていたのだ。
『え~とねアミちゃん、もうすぐ〈ウィーウィルメック〉は〈じんりゅう〉との接舷を解除して、独自の行動を開始するからよ。
だから早くあなたを〈じんりゅう〉に返してあげないと、ちょ~っと面倒なことになるかも……』
「ええぇえ~!? ……ああ、やっぱりぃ!」
ケイジは思わず素っ頓狂な声をあげ、それからよく分からないがなんだか納得した。
それから運んでもらっている身ながら「なら急いで~!」と思った。
しかし、その願いが叶うことはなかった。
『あ、ヤバ!』
ジェンコ少佐はそう呟くと、〈ウィーウィルメック〉左舷エアロック手前で急停止し、極めて急激に後退すると、最初にあったT字路の横道で、ケイジを乱暴に放り捨てた。
理由はケイジにも分かっていた。
つい今しがたエアロックを通り、〈じんりゅう〉からこの艦へと戻ってきた人影が一瞬目に入ったからだ。
――その数分前――
「あ、あの……キャスリン艦長、いったい〈ウィーウィルメック〉に戻って……その……どうするおつもりなのかしら?」
「大変申し訳ないのですがユリノ艦長、それについてお答えする事が私には許可されていません…………」
キャスリンは速足で〈じんりゅう〉右舷エアロックへと向かう最中、慌ててクルーを伴って追いかけてくるユリノ艦長の質問に対し、かなりの罪悪感を覚えながらもそう答えることしかできなかった。
ユリノ艦長の疑問はもっともであったが、答える事はまだ許されていなかった。
〈ウィーウィルメック〉はまだ機密多き最新鋭艦であり、建造した〈ステイツ〉の上層部は、まだその性能の全てを公開するつもりはなかった。
その決断に、一介のまだ十代の艦長が抗えるはずもなかった。
「…………ただ、この後の私達の艦の行動を見ていてもらう分には構いません。
本来であればそれも回避したいところなのですが……状況からそうも言ってはいられなせんから……」
「あ、はぁ…………了解しました。
じゃ、私達の方から何か手伝えることはないかしら? できることがあるなら協力させて欲しいの」
「…………」
なんとか譲歩した答えを捻り出したキャスリンに、それでもユリノ艦長から問われると、彼女はすぐには答えられなかった。
キャスリンは一瞬の逡巡の後に「何か思いついた時は、お願いいたします」と答えた。
そしてそう答えるうちに、一向はエアロックへと到着していた。
「船体補修中の当艦のヒューボは後で回収します。
皆さん、お世話になりました……」
キャスリンは別れのあいさつもそこそこに、
何か凄く後ろ髪をひかれるような思いを感じたが、それが何故なのかは自分でもよく分からなかった。
ただ、罪悪感の正体については心当たりがあった。
キャスリン達は、正確にではなかったがこの事態を予想していた。
予想外だったのは、思っていた時間よりも、野良グォイドの輸送艦部隊の襲撃が早かったことだ。
おかげで多少忙しなくなってしまったが、それは想定の範囲内でありリカバリーは可能であった。
キャスリンはその事実を隠しながら、〈じんりゅう〉のクルーにもてなされたことが申し訳なくて仕方なかったのだ。
そして無重力となった蛇腹状チューブ内を漂いながら、二人はものの一分もかからないうちに、我が家へと帰ってきた。
たとえ一分弱とはいえ、メインベルト近傍のあまり奇麗とは言えない空間で移乗を行うのは、無視してはならないレベルの危険が伴う為、
軽い緊張からの解放感を覚えながら、何故かとても久しぶりのように感じる我が家へと足を踏み入れると、珍しいことに、ジェンコ副長以下のクルーに出迎えられた。
キャスリンは瞬間的に思った。
“何か企んでる?”と。
アミを演じ中のケイジは、すぐに絶望的となった状況を理解した。
キャスリン艦長とセヴューラ少佐が〈じんりゅう〉から戻ってきてしまったのだ。
「やぁ艦長にセヴィ、お帰りなさい!」
「た……ただいまみんな…………あ……今日は皆してお出迎え? 珍しい……何かのサプライズ?」
「滅相も無~い! 艦長達の帰りを待ちわびていただけだよ~」
「キャスリン艦長、それよりも早くブリッジへ、事態は進行中です」
「だよね~セヴィー! 早く行こう艦長! 私らが艦内を移動するのなんて一瞬なんだからさぁ、急がないといけないのは艦長らなんだよ!?」
ジェンコ少佐の、キャスリン艦長を明らかにごまかす気満々の会話がケイジにも聞こえてきた。
今更だが、ジェンコ少佐達は、アミたる自分を〈ウィーウィルメック〉に呼んだことは内緒だったらしい。
なんとなくそんな予感はしていた。
常識的な艦長ならば、どこの馬の骨とも知れない技術一曹に、〈ステイツ〉が機密にしている様々な情報を、まだ確証もない未来予測を理由に、こうもバカスカ教えることなど許可するとは思えなかった。
ケイジは、昔見たスパイ映画みたいに、後で口封じされやしないかと心配になったくらいであった。
軽く二~三回は口封じされても不思議ではないことを、半ば無理矢理教えられてしまっていたからだ。
だからケイジは、もし自分の乗艦がキャスリン艦長にも内緒ならば、その秘密は維持した方が良いと判断し、息を潜めて隠れ続けた。
キャスリン艦長とクルー達の会話は、見つかる心配をする間に、程なく移動して聞こえなくなった。
会話の内容通り、野良グォイド対応のためにブリッジに移動したのだろう。
ケイジが恐る恐る通路に顔を半分だけ出し、エアロック前に誰もいないことを確認してから大急ぎでそこまで駆け寄ると、今まさにエアロックの向こうで、〈じんりゅう〉と〈ウィーウィルメック〉を繋いでいたボーディング・チューブの接続が、軽い振動と共に解除され、それぞれの船体に格納されていったのが確認できた。
「…………」
ケイジはもっとも恐れていた事態が現実となったことを確認した。
これで少なくとも、しばらくの間は〈じんりゅう〉に帰れなくなってしまった。
頭を抱えながら振り返ると、アビーだけが、クルーの中でキャスリン艦長について行かずに残っていた。
「まままままままずいじゃん! どうすんですか~!?」
『……………………申し訳ないアミ一曹』
「!」
『だが必ず君は〈じんりゅう〉に送り返す…………だから…………』
ケイジはアビーのその言葉から、この事態が実は想定の範囲内で、なにかこの状況からでも自分を〈じんりゅう〉に返す算段がある……というわけではないことを理解し、思わずその場にへなへなとヘタりこんだ。
『な! だ……あ、アミ一曹! しっかりしてくれ! 今すぐは無理だが、まだチャンスはあるから!』
「…………はは、はははは……」
床に座り込んだケイジを見てアビーが狼狽えたが、ケイジは自分でもよく分からない乾いた笑い声で答えていた。
どうもまさか女の子化したグォイドに慰められるとは、思ってもみなかったかららしい。
彼女のこうした仕草を見る限り、アビーは普通の女子と違いなど無いように思えた。
『アミ一曹…………大丈夫か? 医療室に案内しようか?』
「それは結構! 大丈夫です!」
ケイジはアビーの提案を、立ち上がりながら即固辞した。
医療室は自分が今最も行ってはならない場所だった。
医療室の診断機器で変装が露見したらさらに面倒なことになりかねない。
それよりも……………、少しだけ冷静さを取り戻したケイジは、気になって仕方なかったことを尋ねることにした。
「それよりもアビー……さん、〈ウィーウィルメック〉は、どうやって手が出せな程遠くの野良グォイドをどうにかするつもりなんですか?」
『ああ、それなら…………見える位置に案内しよう』
これも機密だったりして……と思いながら言ってみたケイジの問いに対し、意外にもアビーは、そう告げながら回れ右をすると歩き出した。
――〈じんりゅう〉メイン・ブリッジ――
「サヲリ、〈ウィーウィルメック〉の様子は?」
「現在、僅かに加速して本艦右舷前方に遷移した以外は、特に変化は観測されず」
他のクルーらと共にメイン・ブリッジに入るなり、尋ねたユリノに対し、サヲリの答はすぐに返ってきた。
キャスリン艦長達は、自分達の艦のヒューボを置きっぱなしにして即自分の艦へと帰還してしまったが、いったいこの状況で、どう問題を解決しようというのか? ユリノはもちろん気になった。
ユリノはサヲリの報告を聞きながら、
何度考えても、今自分達に与えられた材料から、野良グォイドに襲われつつあるSSDF輸送艦部隊を助ける術は思いつかない。
いや、一応できることならば思いついたことがあるにはあるが、それで輸送艦部隊を助けられるかは不透明だった。
「ユリノ艦長、〈ウィーウィルメック〉より連絡です。
“貴艦はその位置から動くなかれ、危険を伴う可能性あり”だそうです」
「な…………」
メイン・ブリッジに残っていたミユミが通信士席から告ると、ユリノは言葉に詰まった。
せめて〈じんりゅう〉を最大推力で現場宙域まで加速させようかと考えていたからだ。
輸送艦部隊の救援には間に合わずとも、野良グォイドを撃破することで新しい被害をなくすことが出来るかもしれないからだ。
だが、それを先んじて封じられてしまった。
上手く行くかもしれない〈ウィーウィルメック〉の行動を邪魔するわけにもいかず、ユリノは素直に支持に従う他なかった。
「いったい連中は、何をどうやって野良グォイドを倒すつもりなんだ?」
クィンティルラが焦れるように大きな声で呟いた。
ごく普通で自然な感想だとユリノは思った。
ユリノは「誰かあの艦が何をするのか思いあたる人いる?」とブリッジを見回したが、答える者はいなかった。
こういう時、ケイジ三曹と時折冴えた意見を言ってくれるのだが、今回は何も思い浮かばないようだった。
猛烈な勢いで顔を左右に振っていた。
……だが、逆説的に誰も思い浮かばないということは、これから〈ウィーウィルメック〉が行うことが、誰も推測できない行動……つまり〈じんりゅう〉級としての特殊性能を発揮するからなのかもしれない……と、ユリノは考えることができた。
食堂でのキャスリン艦長の「見るだけなら構わない」とう発言からも、その可能性が極めて高いと思えた。
そしてもしそうならば、それを見逃す手は無い、と判断した。
「エクスプリカ、おシズちゃん、〈じんりゅう〉の全センサーで、〈ウィーウィルメック〉の動向を観察・記録しておいて」
ユリノは指示への復唱を聞きながら、ビュワーに映る〈ウィーウィルメック〉に目を凝らした。
そしてつい先刻、キャスリン艦長から教えられた新たして人類最大の脅威の存在【
正直、話された通りならば人類に希望など無いように思えた。
だが、自分でも意外な程、動揺は少なかった。
それを聞いた他のクルーのリアクションについても同じだ。
単に感覚が麻痺しているだけかもしれないが、これまで人類の危機を最低三度も防いできたからかもしれない。
どの状況であっても、最初からなんとかなるとは露程も思ってはいなかったが、結果として何とかなった。
運の良さを別にすれば、それはきっと、ギリギリのところで諦めず、状況に抗い続けたからだと思う。
だから今回の危機も、もうダメだと諦めるわけにはいかなかった。
その為には目の前の出来事を観察し続け、あるかもしれない希望を見逃さないことが大切なはずだ。
その希望が、もしかしたら〈ウィーウィルメック〉の特殊性能な可能性だってあるかもしれない。
ユリノは祈りを込めて〈ウィーウィルメック〉を見つめ続けた。
「艦長、〈ウィーウィルメック〉後方、およそ10キロの位置に異常を発見デス」
「んん? ルジーナ、異常ってなにさ!?」
ユリノは電測席のルジーナからの報告に訊き返した。
「それが…………空間が歪んでると言いますデスか……、見覚えがある光景なんですけど……ああ!」
ルジーナからは要領を得ない返答しか戻ってこなかったが、彼女が何を言いたいのかは分かった。
〈じんりゅう〉右舷後方を映すビュワーを自分で拡大して見てみたからだ。
確かに〈ウィーウィルメック〉後方に広がっていた星野が、水面に映る景色のように歪んでいるのが確認できた。
そしてルジーナが言うように、ユリノもそれに見覚えがあった。
「ああ! あれって…………」
「分かりました! アレはグォイドの――」
ユリノはルジーナとほぼ同時に答えにたどり着き、それを声に出す前に、後方ビュワーにそれは姿を現した。
見覚えがあったのは、これまでの戦闘の数々で〈じんりゅう〉が遭遇し、時に模倣してきたグォイドのステルス膜だ。
今、ステルス膜によって覆われた歪んだ星野を破り、謎の物体が〈ウィーウィルメック〉の後方に姿を現したのだ。
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