▼Overture partⅣ


 ノォバ・ジュウシロウは焦っていた。

 俺の〈びゃくりゅう〉が沈むかもしれない…………それはまだいい。

 だがレイカ達【ANESYS】の少女達が、〈びゃくりゅう〉と運命を共にするのは許容できなかった。

 自分達大人が、大人としての使命を果たせないばかりに押し付けた任務によって、まだ年端もいかない少女たちを死なせてしまうなど、あって良い事ではない……絶対に。

 だから新造艦と共に〈ヴァジュランダ〉護衛作戦の増援に向かっていたノォバは、〈ヴァジュランダ〉を巡る野良グォイド群との最初の戦闘が終わり、たった一隻だけ生き残った〈びゃくりゅう〉より、救援を呼びに来たテューラやレイカの妹達とランデブーすると、顔を合わすなり彼女達が大騒ぎで進言してきたことを、即許可することにした。

 いかにそのに作られた戦艦だからといって、本来はそんな短時間で許可して良い事柄では無かった。そもそもノォバ自身に許可する権限があるかも怪しい。

 なにしろ人類初のオリジナルUVDを搭載した航宇宙戦闘艦を、彼女らに与えようというのだから。

 だが、元から旧式となりつつあった〈びゃくりゅう〉に代わり、レイカに任せるつもりで計画され、建造した艦でもあった。

 【ANESYS】を使える彼女達ならば、オリジナルUVDを搭載したこの艦の性能を想定以上まで引き出してくれるかもしれないからだ。

 だからといって、SSDFの上層部が、いかにしてこの計画を許諾したのかは大いなる謎であったが、ノォバの知りえるところでは無かった。

 今は、一刻も早く増援を送るべきだ。

 それに、たった一人の肉親である姉を、永遠に失ってしまうかもしれない恐怖にカタカタと震える少女の願いを、面と向かって無碍にはできなかった。

 もし、明日からずっと姉のいない人生がはじまってしまったなら、それは悲しいとか絶望するだのの以前に、ただ途方にくれるしかない。

 目の前にいるまだ12歳のレイカの妹――ユリノの瞳は……そう確信しているようにノォバには見えた。

 と同時にレイカの妹と、レイカの親友のテューラは、そもそも自分とあと数名だけを、増援を呼びに行かせるという口実で逃がしたことに、とてもとても腹が立っているようにも見えた……。

 だからこそ、必死になってレイカの命令した通り、増援を呼んだ上で駆けつけようと試みているのだろう、後でレイカに思いっきり恨みをぶつける為に。

 その恨みはとても正当なものなので、ぜひともレイカにぶつけると良い……とノォバは思った。

 ノォバ自身にも、彼女達を絶対に見捨てられない理由がある……個人的に。

 いかに生き延びるためとはいえ、第三次グォイド大規模侵攻迎撃戦での絶体絶命のピンチの最中、レイカ達の【ANESYS】で〈びゃくりゅう〉を操艦させようと言い出したのは自分であった。

 それがそれ以降の彼女達の運命を大きく狂わせてしまった事は、言い逃れのしようも無い。

 だから、ノォバはレイカと彼女の仲間を救う為なら、なんでもするつもりだった。

 ノォバは自分の判断が感情的過ぎることを百も承知で、自分の魂を込めて建造したといっても過言では無い新造航宇宙戦闘艦SSDF‐JXX〈じんりゅう〉を、テューラとレイカの妹達に託した。

 もちろん、ただ彼女らが望むから〈じんりゅう〉を使わせたわけでは無い。

 小惑星密集エリアたるここ【ゴリョウカク集団クラスター】内を、数々の障害物を回避しつつ、最初の戦闘から予測しうる二度目の戦闘開始までに〈びゃくりゅう〉と〈ヴァジュランダ〉がいる位置まで向うことは、彼女らの【ANESYS】と〈じんりゅう〉の性能がなければ到底不可能だからだ。

 それらの決断を、ノォバはチューラやレイカの妹達とランデブーしてからものの数分で下すと、直ちに〈びゃくりゅう〉増援の為に〈じんりゅう〉を発進させた。

 もちろん、通常より少ないクルー数での操艦をフォローする為に、自分もそのまま乗り続けた。

 そして【ANESYS】起動時の凄まじい艦の挙動に、乗ったことを少し後悔した。








 ――とはいえ、〈じんりゅう〉が発進した時点で、予想される再戦闘開始時刻まで二時間を切っていた。

 距離的にだけ言えば、その時間内で〈じんりゅう〉が〈びゃくりゅう〉と〈ヴァジュランダ〉の元に到達することは、充分可能である。

 だが、ここでは不可能なことが分かっていた。

 すくなくとも通常の手段では……。

 いかにオリジナルUVD由来の推力をもつ〈じんりゅう〉といえども、小惑星という障害物だらけのここ【ゴリョウカク集団クラスター】では思うように加速ができない。

 これに対し、臨時艦長となったテューラは、〈じんりゅう〉が加速し、艦の速度に対し小惑星回避コースの算出が間に合わなくなる直前のタイミングで、【ANESYS】を実行し、〈じんりゅう〉索敵範囲内の小惑星回避コースを導き出し、理論上可能な最大限の速度で進むという手段を提案した。

 【ANESYS】の超高速情報処理能力ならば、高速航行中の〈じんりゅう〉の行くべきコースを探し、操舵することができる。

 が、すぐにその手段にも限界があることが判明した。

 目的地到着時の戦闘で【ANESYS】を使うことを考えると、残り二時間弱では、航路算出の為の【ANESYS】は一回しか使えない。

 【ANESYS】は一度実行する毎に約一時間の間隔が必要だからだ。

 しかも、通常の半数のクルーで行なう【ANESYS】では、クルーの疲弊度も高くなることが予想される。

 つまり間に合う為に【ANESYS】を二回使えば、戦闘で【ANESYS】が使えなくなり、戦闘時用に【ANESYS】を控えれば、戦闘そのものに間に合わなくなる。

 加えて言えば、宇宙では目的地に到着する為には加速と同じだけ減速をせねばならない。

 さもないと目的地を通過するだけになってしまうのだ。

 【ゴリョウカク集団クラスター】内で【ANESYS】無しで高速移動することは、自殺行為に等しい。

 しかし、レイカの妹はそんなことで諦めたりはしなかった。

 レイカの妹ユリノは、〈じんりゅう〉に新たに搭載された飛宙艦載機による航路の事前探索を提案した。

 〈じんりゅう〉が一回の【ANESYS】で目的地到着までの小惑星回避コース航路が算出しきれないのは、ここ【ゴリョウカク集団クラスター】内がジャミングエリアとなっている為に、〈じんりゅう〉の前方航路の索敵範囲が狭められているからだ。

 ならば、前方に艦載機を飛ばし、進路上の小惑星位置データをレーザー通信で〈じんりゅう〉に送ってもらえば良い……とユリノは言い出したのだ。

 そうすれば〈じんりゅう〉単独の数倍の距離まで、小惑星の位置情報を把握し、一回の【ANESYS】で航行可能なコースを算出できる。

 だが彼女のこの案には、小惑星密集エリア内を〈じんりゅう〉を上回る速度で先行するという、離れ業をやってのける飛宙艦載機のパイロットが必要であった。

 そんなパイロットは、そうそう転がってはいないはずであった。





 ……が、結論から言えば、そんな離れ業をやってのけることを厭わないパイロットはいた。

 というかノォバ自身が〈じんりゅう〉に乗せて連れて来ていた。

 新たに選抜されていた〈じんりゅう〉内艦載機隊のパイロットの中の、クインなんとかというちっこいやかましい少女パイロットと、フォなんとかという寡黙な大女パイロットが、自分らがやる! と、名乗り出てきたのだ。

 しかも二人の女性パイロットは【ANESYS】適正まで持っていた。

 それ故に〈じんりゅう〉のパイロットに選ばれていたのだ。

 彼女らの志願により、ユリノの案はすぐに実行された。

 〈じんりゅう〉が適度に加速したところで、彼女らの乗った昇電二機が発艦。

 〈じんりゅう〉を上回る速度で目的宙域に向け先行、同時にレーザー通信を中継し、〈じんりゅう〉に進路上の小惑星位置データを送信。

 そしてその情報を得た〈じんりゅう〉が、予定戦闘宙域到達まで一時間以上の余裕を持った上で【ANESYS】を実行。

 戦闘時用の【ANESYS】を確保した上で、戦闘宙域までの完全な小惑星間航行コースを算出した〈じんりゅう〉は、物理的実現可能な最短時間での戦闘宙域到着が可能となった。

 これで戦闘宙域到着までの問題は全て解決したはずであった。

 計算外だったのは、〈びゃくりゅう〉と〈ヴァジュランダ〉がいる方角に、戦闘再開を示すUVエネルギーの輝きが、予想よりほんの数分だけ早く観測されたことだ。





 何故予想よりも早く戦闘が再開したかについては、予想した段階での情報が古かったからとしか言えない。

 なにしろ6時間近く前に出された予想なのだ。誤差もありうる。

 しかし予定よりも数分早いだけであったが、戦闘の雌雄が決するのに充分な時間であった。

 そして〈じんりゅう〉が戦闘に間に合わなければ、戦力比からいって〈びゃくりゅう〉が撃破される可能性は非常に高い。

 戦闘再開を示す光が観測された時、レイカの妹……ユリノは大いに慌てた。

 が、あっけない程にすぐ冷静さを取り戻すと、すぐにまた新たにロクでもない案を考えた。

 今すぐ【ANESYS】を実行すると同時に加速、【ANESYS】が終わる前に戦闘宙域に到達し、〈びゃくりゅう〉を支援し、敵野良グォイドを殲滅しようというのだ。

 当然、余計に加速してしまえば、それだけ減速が間に合わなくなるはずであったが、そこは先行させた昇電を中継して〈ヴァジュランダ〉を強制遠隔操作オーバーライドし、外部から減速させれば良い……などという無茶を言い出してきたのだ。

 テューラもノォバも、他の誰かも、あっけにとられつつもこの案以上のアイディアを持ち合わせていなかった。

 そして直ちに【ANESYS】は実行された。

 【ANESYS】に統合できないノォバは、それ以降の〈じんりゅう〉の行動が、いかな判断で行われたのかは分かりようが無い状態で、バトルブリッジで事の推移を見守ることしかできなかった。

 出来たことといえば、どうやら野良グォイドの一隻に体当たりを敢行しようとしていたと思しき〈びゃくりゅう〉に、通信で早まるなと伝えるくらいであった。

 そして〈じんりゅう〉は、ノォバが説得するまでもなく〈びゃくりゅう〉を強制遠隔操作オーバーライドで止め、残っていた二隻の戦艦級野良グォイドを瞬時にして沈めた。

 強制遠隔操作オーバーライドによる〈ヴァジュランダ〉からの外部減速に加え、スマート・アンカーを敵艦に打ち込んでいた気がするが、正直気を失わないでいるだけで精一杯だった。

 ノォバはできることならば、二度と【ANESYS】中のブリッジにはいないでいようと心に誓った。





◇◇◇





 六筋の眩い光の柱が、吸い込まれるようにして最後の戦艦級グォイドを貫くと、彼のグォイドは思い出したかのようにじわりと膨らみ、次の瞬間、爆発四散した。

 その閃光に〈びゃくりゅう〉バトルブリッジのクルーらが照らされる。

 レイカは今一度、目の前でおきたことを理解しようと努めたが、もう少しばかり時間が欲しいところであった。

 ノォバ・チーフの声と共に突然現れた謎の航宙艦〈じんりゅう〉によって、〈びゃくりゅう〉は辛くも救われた。

 だが〈びゃくりゅう〉の索敵圏外から高速で急行すると同時に、〈ヴァジュランダ〉とスマートアンカーを駆使して減速、二隻の戦艦級グォイドを瞬く間に屠るなど、これまでのごく常識的な航宙艦の戦いではあり得ない所業であった。

 にわかには目の前でおきたことが信じられなかった。

 しかし、レイカはそれが行える事情に、少しばかり心当たりが無いこともなかった。


「至急、あの艦…………えと……〈じんりゅう〉と通信を――」

『おねえちゃ~ん!!!! 生きてるぅ!? 返事してよぉぉぉ!!!!!』

『コラコラ、少し落ち着けユリノ!』


 レイカが〈じんりゅう〉との通信を繋げさせる前に、向こうの方から聞きなれた我が妹のヒス寸前の声と、我が盟友にして〈びゃくりゅう〉副長の通信音声が届いて来た。

 レイカはもう二度と聞けないかもと思った声に、思わず鼻の奥がツンとするのを感じた。


「…………ユリノ、それからテューラ、こちら〈びゃくりゅう〉バトルブリッジ、艦の被害は甚大なれど、ともあれブリッジクルーは無事です……」

『レイカか! 無事なんだな!? まったくお前という奴はっ!』


 鼻を啜りあげているのをばれないように通信に返答すると、テューラの安堵と怒りがごちゃまぜになった声が返って来た。


『待ってろ、今映像回線を繋げる……まったく!』


 テューラの声から程なく、ビュワーに〈じんりゅう〉のバトル・ブリッジを正面やや上方から捉えたと思しき映像が届いた。

 同時に〈びゃくりゅう〉のバトルブリッジの映像も届いたらしく、双方のブリッジから溜息と感嘆の入り混じったクルーの声が聞こえた。

 〈じんりゅう〉のブリッジも、〈びゃくりゅう〉と大差ない各座席やコンソールの配置だったが、新造艦なだけあって、デザインが無駄が無く洗練されているように見えた。


『…………ホントに……まったく……お姉ちゃんてば……』


 ユリノはカメラに最も近い操舵席に座り、泣きそう7割、怒り3割な顔で向こう側のビュワーに映る〈びゃくりゅう〉ブリッジの映像を睨んでいた。

 腕組みして艦長席に掛けていたテューラとは、目が合うと、彼女はムスリとして目を反らしてしまった。

 だがレイカは、彼女の目じりに光る粒を見つけてしまうと、もうひたすら「ありがとう」と「ごめんね」しか言えはしないのであった。


『あ~レイカよ、感動の再会のところ悪いんだが…………』


 しんみりしてしまいそうになっていたところで、画面下からノォバ・チーフが億劫そうに顔を出してきた。

 どうやらブリッジの床にへたり込んでいて、今まで見えんかったらしい。

 はたから見た〈じんりゅう〉の機動を考えれば無理もないところであったが、それよりも何よりも、レイカは彼の顔を見た瞬間、急に鼓動が早まり、顔が熱くなるのを感じて自分でもどろいた。


「ジュ……ジュウシロウさん…………じゃなかったノォバ・チーフも来てくれたんですね……」


 思わず声が上ずってしまい、ノォバ・チーフと見つめあったまま、変な沈黙が流れてしまった。

 彼が来ていることは、通信音声で聞いた段階で自明であり、今さら驚くようなことでは無いはずなのだが…………。

 自分らを助けてくれたという意味では、ユリノもテューラも他の〈びゃくりゅう〉クルーも変わりないはずなのに……。

 レイカは静かにグォイドと遭遇した時と同じくらいパニックになっていたが、画面の向こうのノォバ・チーフも、急に固まったレイカに熱く見つめられ、ぽかんとしてしまっていた。

 何か伝えたいことがあったようなのだが……。


「あの……チーフ?」

『あ~ごほん! それよりも……だレイカよ…………え~と』


 ノォバ・チーフは何かとてに重要なことを伝えたいらしい。

 その内容について、レイカはまったく見当はずれなことを何故か想像していた。

 例えば、愛の告白的なアレとかである。

 しかし、当然の如く彼が言いたかったことはそんなことでは無かった。


『お前達、早く〈びゃくりゅう〉からこっちに移れ! その艦はもうもたないぞ!』


 レイカは何故か強い落胆を覚えると同時に、彼の言ったことにとても納得した。

 ノォバ・チーフの言う通り、主機関の人造UVDも補助エンジンのん燃料も失い、戦闘で穴だらけになった〈びゃくりゅう〉の船体は、もうクルーにとって安全な場所とは言えなかったのである。







 ――その数分後――。

 〈じんりゅう〉と接続されたボーディングチューブを通り、レイカはまず負傷者を最優先で〈びゃくりゅう〉から移乗させ、自分は艦に残ったクルーがいない事を確認してから最後の一人として〈こじんりゅう〉へと乗り移った。

 そしてエアロックを抜けた途端、ほぼ体当たりのようなユリノやテューラのハグを受け止めた。

 ひとしきりハグを終えると、瞳を潤ませながら手を振り上げるも、どうしても手を振りおろせないユリノに代わり、自分がレイカの頬を引っぱたこうとするも、どうしても自分もできないテューラの手を、レイカは自分で掴み、思いっきり自分の頬を引っ叩かせてやった。

 レイカはユリノのテューラが目をまるくするしているのを見て満足しながらも、自分で少し強くし過ぎたかも……と微かに後悔した。

 が、でもこれでチャラにしてくれるなら安いものだろうと思い直した。

 テューラもレイカも、とりあえず今はこれで納得してくれたようだ。

 レイカは号泣しながら再度抱きついたユリノを引きづりながら、皆と共に舷窓から見える〈びゃくりゅう〉に別れを告げた。

 〈びゃくりゅう〉の船体は、事実上空気の抜けつつあるただの箱と化しており、まだ決定ではないものの、回収修理、再使用までの手間を考えれば、廃艦処分となるのは間違いないだろうと思われた。

 なにしろ艦内重力まで切れており、全クルーの〈じんりゅう〉への移乗は割と命がけだった程のだ。

 どちらにしろ、〈じんりゅう〉といえども倍のサイズの〈びゃくりゅう〉を曳航する機能は無く、〈びゃくりゅう〉はここに放棄せざるをえなかった。


「さよなら……〈びゃくりゅう〉……」


 ふとユリノが呟いた。

 レイカもまた同じ気持ちだった。

 きっと同じように舷窓で見送る〈びゃくりゅう〉クルー達全員が同じ気持ちだろう。

 〈びゃくりゅう〉は自分たちにとって初めて乗った航宙戦闘艦であり、なによりも“我が家”であった。

 もう二度と、自分達が〈びゃくりゅう〉と再会することは無いだろう。

 だからレイカもまた、〈びゃくりゅう〉に「さようなら……今までありがとう」とテレパシーを送り続けた。

 そして……、


 ――自分は……自分達の戦いは、これからどうなるのだろう?――


 命の危機が去ると、そんな思い沸き上がって来た。

 今、自分らが乗りこんでいる〈じんりゅう〉が、新しい我が家となるらしい。

 目の前でまざまざと見せつけられた〈じんりゅう〉の恐るべき性能は、確かに心強く頼りになるものであった。

 が、同時にそれは、これからのグォイドとの戦いがより苛烈になることも予感させるのであった。

 今後、今日のような絶体絶命な状況が起きることはもう無いなどとは思えなかった。

 その時が再び来た時、自分は最善の行動を出来るだろうか……?

 レイカは先ほどの戦闘での自分の判断に、過ちを見つけることは出来なかった。が、同時に激しく後悔もしていた。

 もう少しで多くのクルーを意味無く道連れにするところだったからだ。

 だから、たとえそれが人類の存続に関わるような状況であっても、レイカは二度と同じことはしないと心に誓った。


 ――もし、今後またグォイドと指し違えて、自分が死なねばならない時が来たとしても、その時に死ぬのは自分“一人”だけだ――と。


 自分が死ぬ時が来たとしたら……それは皆といる時じゃない……自分一人の時に、一人で死ぬのだ……レイカは微かな予感めいたものを覚えながら、そう心に刻んだ。

 と同時に、レイカは二度目の戦闘開始直前に、冗談半分に考えていたことを思い出していた。

 もし、今回の危機を生き延びることができたならば…………。


 ――子供の一人でも……生んでおきたかったかも……。


 それまでは思いつきもしなかった願いが、死の危険を乗り越えた今だからこそ、急に現実味を帯びてきてしまった。

 それは一人の生物として、また女性の本能として当たり前の願いなのかもしれない。

 いかに人間が、子孫をつくる以外でも、自分が生きた証を後世に残す手段をもっていたとしても、自分がこの世からいなくなった時、血を分けて生き残るものが誰もいないのはあまりに寂しい。

 妹や他の誰かの心に、自分の記憶が残るのだとしても、ただそれだけでは不安なのだ。

 しかし、子供を作るには原則として相手・・が必要だし、自分の立場から言ってクリアせねばならないハードルが数多ある……というより禁止された行いだと言っても良いい。

 だが、それでも、身勝手なことを百も承知で……その願いが叶ったことを考えていると、何故だか少しだけ未来への恐怖がやわらぐ気がしたのだ。

 そして、なによりも困ったことに、子供を産む為に必要とされる相手・・に、今は少しばかり心当たりがあった。

 その人物は無事生還したレイカ達の姿を見て、ハグするでも話かけるでも怒鳴るでもなく、ただレイカ達の傍で安堵のあまり床にあぐらをかいて座りこんでいた。

 少しばかり【ANESYS】を用いた〈じんりゅう〉の機動にへばっていたから……という理由もあったかもしれないが……。

 レイカは泣き疲れて眠ってしまったユリノからそっと離れると、下手をするとグォイドと戦うよりも勇気を振り絞りながら、ゆっくりとその彼へと歩み寄っていった。

 自分らの行く手に待つ未来のことなど、当然知らないまま…………。

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