▼短編 『カオルコ少佐の災難 あるいはVS艦隊クルーの服装事情』
……それは、ボクが夕食後のシフトの交代の時間になっても、未だにブリッジに現れない彼女を、当直であるユリノ艦長と共にブリッジでお腹をすかせて待ちわびていた時のことだった。
突然、艦のドクターAIが、けたたましい警告アラームと共に、交代要員として来るはずだったカオルコ少佐がバイタルに異常をきたし、意識を失ったことを知らせてきたのだ。
ボクらが任務中に着こんでいる
ボクらにしてみたら、相手が機械とはいえ乙女の体調を常に知られているのは良い気分では無いのだけれど、今回ばかりはそのシステムがおおいに幸いした。
大慌てでユリノ艦長と共に、ドクターAIが示したカオルコ少佐が倒れた位置へと駆けつけると、その日の夕食を終え、ブリッジ勤務へと向かっていた彼女は、通路の途中で両手で胸をかきむしるようにして倒れ、ヒクヒクと痙攣していた。
「ひ……」
「うわあああああああ……」
ユリノ艦長は真っ青になって引きつった悲鳴をあげ、ボクは倒れていたカオルコ少佐のあまりの惨状に、思わずドン引きして呻いた。
白目をむいて泡を吹くカオルコ少佐に、一体何が起きて倒れたのだろうか!?
その瞬間のボクらに、当然分かるわけが無かった。
これは、数多あるVS‐802〈じんりゅう〉艦内でおきた出来事の中でも、まだ語られていなかった一つを描いたものである。
それは今から半年と少し前、メリクリウス作戦よりも木星【ザ・トーラス】内での戦いよりも、〈ワンダービート〉での慰問イベントよりもケレス沖会戦よりも前、まだボクたちが【特別懸案事項K】とは遭遇せずに、これから第五次グォイド大規模侵攻の迎撃へと向かう途中に起きた出来事だ。
土星圏からの五度目のグォイドの大規模な侵攻が観測され、その迎撃の為に大慌てで母港の宇宙ステーション〈斗南〉から発進し、これからメインベルトを突っ切ろうという直前の〈じんりゅう〉の艦内で、カオルコ少佐は突然倒れたのだ。
……とその前に、なぜこんな話を突然書き始めることになったかを、少し長くなりそうだけれども記しておこう。
この文章を執筆しているのは、カオルコ少佐が倒れた事件から半年と少し後、メリクリウス作戦が成功し、俗称【サティの謀反】事件によって【特別懸案事項K】が記憶を取り戻してから数日後の、土星圏へと向け慣性航行中の〈じんりゅう〉が、もうすぐメインベルトへと突入するころの事だ。
テューラ司令の命令も、内太陽系人類圏からの数々のニュースも娯楽関係のデータも届く事は無い。
再びデータのやりとりが出来るのは、一カ月後、再び〈じんりゅう〉がメインベルトの内側に入る時までだ。
それまでは、土星圏のグォイドに発見されないよう、一切の通信を控え、息を潜めているしかない。
それはつまり、〈じんりゅう〉が孤独となると同時に、クルーにとっては滅茶苦茶暇になるということでもあった。
退屈を紛らわす外界との繋がりが消えてしまったからだ。
思えばケレス沖会戦の直前に、カオルコ少佐が突然言いだした〈じんりゅう〉回顧録執筆のアイデアが、よもやそれから半年後の今、このタイミングで蒸し返されるだなんて思いもよらなかった
この暇な時間を有意義に活用しよう! とカオルコ少佐が言いだしたのだ。
そりゃ、思い出を文章化して記憶から記録に変換するのは大事だとは思うし、出版すれば需要だったあることでしょう……でもまさかこのボクが書くことになろうとは……。
ボク――ことVS‐802〈じんりゅう〉主操舵士フィニィ・アダムス少佐が、何故、〈じんりゅう〉回顧録の執筆者に選ばれたかというと……一言でいえば、消去法からだ。
〈じんりゅう〉クルーは大きく分けて、少佐以上の佐官と、大尉以下の尉官に分けられる。
他の艦であればこれに下士官がいるはずなのだが、VS艦隊の〈じんりゅう〉ではその役割はヒューボットが担っているので、【特別懸案事項K】という例外中の例外を除けばいない。
その内〈じんりゅう〉回顧録は、艦の指揮権限を持つ佐官の中からとりあえず執筆者を選ぶことになった。
まぁ妥当な判断だと思う。佐官ズが艦の行動内容を決定しているのだから、回顧録を書くには相応しいはずという理屈だ。
大尉以下の尉官ズ連中も書くこと自体は自由なのだけれどね……。
で、佐官ズのうち、最上級士官たるユリノ艦長は、回顧録に執筆に乗り気だった割に自分が執筆することは頑として固辞した。
曰く、『だって私もう毎日毎日【艦長日誌】書いてるもん!』だそうな。
言われれ見ればそうだ。
もしいつかの未来、実際に〈じんりゅう〉回顧録が世に出ることがあったら、ユリノ艦長の書いた艦長日誌をメインにすれば、大体の中身を埋まりそうだ。
無理に頼まずとも、すでに充分ユリノ艦長は執筆を行っているともいえる。
だが、艦長日誌だけで回顧録は出来ない。
100%艦長日誌な回顧録は回顧録じゃなくて“艦長日誌”だ。
それに、ユリノ艦長の艦長日誌は、読み物として面白いかはその……なんというか……いや、今は語らないでおこう。
ではサヲリ副長に執筆を託そうかというと、そうもいかなかった。
土星圏へと向かう慣性航行中の〈じんりゅう〉の、とりあえずグォイドとの戦闘が予定されていない通常航宙シフト中の日常では、艦とクルーのコンディション管理を担当するサヲリ副長が、クルーの中で一番忙しい人間だからだ。
一日、一周間、一か月のタイムスケジュールを組み、木星でのグォイドとの戦いを終えた〈じんりゅう〉の船体整備を指揮し、クルーの健康とシフト調整を行う……とてもじゃないけど今はサヲリ副長に回顧録の執筆など頼めそうにない。
じゃ言いだしっぺのカオルコ少佐はというと……残念ながら、彼女の書いた数々の報告書を読んだことのあるユリノ艦長とサヲリ副長の判断から、それは即却下されてしまった。
『カオルコの書いた文章で本を世に出したら、〈じんりゅう〉クルー全員の恥になりかねないわ……』
……と割と辛らつにユリノ艦長はその理由を教えてくれた。
確かに、カオルコ少佐の書いた報告書に目を通すと『ドカ~ン! バリ~ン! グシャ~ン!』と、とても真空無音の宇宙で戦ってるとは思えないような擬音ばかりの文だった……。
……ので、この判断もしかたないとは思うのだけれど…………ということは、残るはケレス沖会戦後に、シアーシャ姉さんの枠を埋める形で少佐に昇進したボクしかいないわけで、ボクは自分の意思とは無関係に、〈じんりゅう〉回顧録の執筆を任されることになってしまったのだ。
いくら少佐に昇進したとはいえ、ケレス沖会戦以前はまだ大尉だったんですけど! などという言い訳は通用しなかった。
うっかり『SSDF-VS第802〈じんりゅう〉クルー・オフィシャル・ホロ・トレーディングカード』の自分のプロフィールの趣味の欄に“日記を書くこと”だなんて書いてしまったのもまずかった。
日記は趣味じゃなくて日課だよ! だなんて言い訳も通用しない。
幸い、僕の個人日記をクルーの誰かに読まれる事態は避けられたけれども……ただ毎日日記を書いているというだけで、ボクは回顧録を書くに値する人間ということにされてしまったのだ。
べつに命令というわけでは無かったのだけれど、ボクにはオフィシャルにこの要望を断る理由は無かった。
けれども……だからといって、すぐさま回顧録を頭から書くのは危険だ。
〈じんりゅう〉の歴史を最初から長々と書いて“なんか……思ってたのと違う”だなんて言われたらショックだし…………書く人、読む人双方にとって良く無い。。
というわけで、ボクはまず回顧録のお試し版として、〈じんりゅう〉でおきた印象に残るエピソードを書いて見ることにしたわけなのだ。
ボクに回顧録を書かせるとこんな感じになりますよ~……どうなっても知りませんよぉ~……的なのをね。
ではなぜ、半年と少し前、よりによってこれからグォイドとの
これを読む人にとってのボクの印象がどんなものか、ボクに正確に知る術なんて無いけれども、キャラの濃い他の〈じんりゅう〉クルーに比べたならば、せいぜい〈じんりゅう〉の運転手さんくらいのイメージしかないんじゃないかなと思っている。
ボク自身は、そのことに不満は無い。
なるべく普通に常識的に生きていきたいと思っているから。
……というか、他のクルーのキャラが濃すぎるんだと思うんだけれどもね。
仮にも冷たい方程式が支配する宇宙で働く航宙士ならば、キャラ作りとはいえ破天荒さにも加減をなさいよ……などという勇気はボクには無かった。
とはいえ、ボクなりの主義趣向も確かに存在してもいる。
ティーンエイジャーの女子としての夢や願いもある。
……例えば、容姿に対する願いだ。
ボクだって綺麗になりたい、美しく魅力的な、ボクの理想とする女になりたいと人並みに望んではいる。
御承知のように〈じんりゅう〉のクルーは、身内のボクが贔屓目で見ても、とても器量良し揃いのクルーだと思う。
そんな中にあって、ボクことフィニィ・アダムスが、ややパンチに欠けるスタイルであろうことは重々に自覚している。
具体的に言えば、他のクルーに比べ、少々……いやだいぶボディにメリハリが無い。
なにせ、少し前に行われた〈ワンダービート〉での傷病航宙士慰問イベントでの握手会では、何故かボクだけ一九世紀の伯爵遺族の礼装みたいな衣装が用意されていて、その姿で七割が女性のファンと握手をしていたくらいなのだ。
ようするに僕は女の子的な服装よりも男装が似あっていて、男性ファンよりも女性ファンがつくような容姿をしているということだ。
テューラ司令やVS艦隊の広報部の人らも、そういう需要を承知の上で衣装を用意し、艦隊の宣伝に使っているのだろう。
ボクが男の子みたいな短い髪型にしているのも、そういう理由があるからだ。
……イベント時にはファンの女の子達がボクのことを指して『ヅカヅカ』言っていたけれど、一体どういう意味だったのだろう……?
別にファンの多くが女性であったとしても、誰かに好かれることに不平があるわけでな無い……けれども、ボクとてこんな一人称をしてはいても、女の子に生まれた以上、理想とするプロポーションというものがあり、憧れもするのだ。
特に……クルーの皆と大浴場に入った時なんかはね……。
需要があるかは分からないけれど、ここで文字数稼ぎに、まだ記憶に新しい俗称【サティの謀反】事件時に、大浴場でボクが目撃した最新のクルーのベストプロポーションランキングでも書いておこう。
なにせクルー全員が大浴場に揃うなんてことはとてもレアな事だったしね。
なんだかルジーナめいたことを書き始めた気がするけれども、気にしないでおこう……。
断わっておくけれど、いかに女子のみで構成されたVS艦隊のクルーといえども、ボクに~
☆第一位 フォムフォム中尉、カオルコ少佐
所詮は個人の意見なので、厳密に順位付けすることは控えるけれども、まぁべスト1は同列一位でフォムフォムとカオルコ少佐で異存は無いことだろうと思う。
彼の二人は別格なので多くは語るまい……虚しくなるだけだから。
はいはいバルバスバウ!バルバスバウ!
☆第三位 ユリノ艦長
バストサイズだけでいえば、ルジーナが第三位でもおかしく無いのだけれど、ボク自身の憧れを言うならば、断然ユリノ艦長なのだ。
その……なんていうか凄いのだ。
ウエストや首筋や背中は細いのに、太腿とかは程良くむっちりしていて、たまにハグされるとたまらなくなるのだ。
仮になれるとしても、持てあましそうでカオルコ少佐やフォムフォムみたいなプロポーションになりたいとは思わないけれど、もしも叶うならば、将来ユリノ艦長のようなスタイルになれるものならなりたいと思ってしまうのだ。
艦長はもう少し胸が欲しいなぁ……などと思っているらしいけれど、とんでもない! 贅沢言うのも大概にしてくださいよ! と思う。
☆第四位 ルジーナ中尉
というわけで、ボクと同い年にして同期で親友のルジーナである。
貴奴はボクと背格好も同じで、しかもスレンダーなくせに、バストサイズはユリノ艦長と同等にあるのでやがる。
いつもシズと一緒に風呂タイムの時に、他のクルーの背中を『洗いませう~!』とか『触診しませう!』などと襲いかかって来る癖に、当人が充分にエロい身体してる……釈然としない。
彼女はけして外せないHMDゴーグルを常に着けてることをひけ目に感じているのか、自分の魅力に無自覚なところがあるけれど、それは大変な間違いである……凄く釈然としない。
☆第五位 サヲリ副長
ルジーナとどちらを上位にすべきかとても悩んだのだけれど、ことプロポーションでだけいうならば、サヲリ副長は五位に入る。
プロポーションではなく、美しさや儚さや、心の清らかさのランキングであったならば、順位はもっともっと上だったはずだ。
彼女の場合はハグされたいというよりも、ハグしたくなってしまう感じなのだ。
☆第六位 ミユミ少尉
正直六位以下はドングリの背比べという気もするのだけれど、それでも順位をつけるならば、第六位は彼女だ。
さすが成長期まっただ中! ボクよりも年下なのに……年下なのに…………。
正直【サティの謀反】時にこの目で確認するまでは、ボクと同等か、まだボクに分があると思っていたのだけれど、人の世が、人が作りし法の元以外では何一つ平等なことが無いように、個人個人の肉体の成長度合もまた平等では無いらしい。
思えば【特別懸案事項K】との再会が、彼女の成長に影響を与えたのではないか? と思ったり想わなかったり…………。
☆第七位 以下……は、今度こそ似たりよったりである。
おシズちゃんもクィンティルラも……そしてこのボクをふくめて……。
けれども、クィンティルラはさておいて、おシズちゃんが現段階でボクらと同等であるということは、近い将来ボクとクィンティルラを追い抜くのはもう確定してるんじゃないのかな……などという戦慄すべき事実に行きついてしまうわけで……。
……………………なんだかとても悲しい事実を再確認してしまった気がする……けれど、人は自分が持っていないものを他人が持っているかが、気になって気になって仕方が無い生き物なんだ! と気にしないでおこう…………。
この〈じんりゅう〉クルーのベストプロポーション・ランキング……というか事実上のバストサイズ・ランキングの信頼度にいついては、ボクの個人的主観のみならず、【サティの謀反】時の【特別懸案事項K】のリアクションから言っても、割と正確な方であると思っている。
【サティの謀反】のその時、ステルス化したサティの影から姿を現した【特別懸案事項K】は、ユリノ艦長が我に返るまでの十秒前後のあいだ、大浴場にいるボクら全裸のクルーを充分にガン見していた。
その時、ボクはあまりに突然の出来事に固まってしまうのと同時に、【特別懸案事項K】の視線が、クルーの中の誰に集中していたかをつぶさに観察してもいたのだ。
それがこのランキングに加味されている。
あの時、ボクだってめちゃくちゃ恥ずかしかったんだけれど、【特別懸案事項K】の視線の正直さの前に『ああ、そうなるよね~やっぱり……』とも思ってしまったのであった。
そしてついでに【特別懸案事項K】の裸身もガン見していた。
ちなみに【特別懸案事項K】に対し、直後に我に返ったユリノ艦長は、まずそばにいたおシズちゃんが身体に巻いていたバスタオルを瞬時に引っぺがし、鞭のようにふるって【特別懸案事項K】の頭に巻き付け視覚を封じると、続いてそばの湯船に浮かんでいた桶を頭に投げつけて
これにより、最後までバスタオルを身に着けていたおシズちゃんも、一瞬だけれど、あえなく【特別懸案事項K】の前に裸身をさらすことになったわけだ。
こうして【特別懸案事項K】の記憶が戻ったわけなのだけれど、これってサティの企みが成功したからじゃなくって、桶を頭にぶつけられたのが原因なんじゃ……という疑惑があるのもまた無理無からぬ話だよね。
それから数日がたち、【特別懸案事項K】は皆と顔を合わせる度にとてもとても気まずそうにしつつ、日々の仕事をこなしている。
顔を合わせる度にボクらも超気恥かしいんだけれども、
記憶喪失前後の二人分の人格が、同時に存在しているようなものなのかな?
具体的に言えば、ケレス沖会戦時に彼の者が〈じんりゅう〉のオリジナルUVDの再起動に成功した直後に、【特別懸案事項K】は記憶を失い、〈じんりゅう〉が無事にシードピラーに勝利したことを【特別懸案事項K】は知らなかった。
だから記憶を取り戻した瞬間、〈じんりゅう〉が無事にケレス沖会戦で勝利し、クルーも全員無事なことを今さらながら実感して、【特別懸案事項K】はめちゃくちゃ嬉しくなったらしいのだけれど、すでに〈じんりゅう〉がケレス沖会戦で勝利したことは、
記憶と感情のパラドックスがおきちゃったんだな。
そして同時に、今まで分からなかった“何故〈じんりゅう〉に連れてこられたのか”の謎が解け、【特別懸案事項K】は半年ぶりに再会したボクら〈じんりゅう〉クルーに対し、曰く言い難い感情を抱いたようだ。
そこのところについてはボクら側も変らないんだけれどね。
けれど、なにしろ
でも、互いに上手く言葉にはできなかったけれど、【サティの謀反】後に目を覚ました【特別懸案事項K】のぽろぽろと涙をこぼしながらも、とても嬉しそうな、ほっとしたような笑顔を見せられると、それで充分な気もしたのであった。
クルー全員分の裸を見たことについては、これが一体一なら将来責任をとってもらおうとしていたところなのかもしれないのだけれど、九対一ではそういうわけにもいかず(バトルロワイヤルが始まったら困る)、それにボクらが先んじて【特別懸案事項K】の裸を存分に見まくって、改めてケレス沖会戦で
サティはユリノ艦長にめちゃくちゃ怒られてしゅんとなっていたけれど、結果的に【特別懸案事項K】の記憶が戻せたので、もう二度とこんなことはしないと約束させた上で放免となった。
なにしろ人間のルールからは外れた存在だし、親切心からの行動を責めることは出来なかったのだ。
その代わりサティに協力したエクスプリカは、命綱を繋いだ状態で、艦のエアロックからっまる一日放り出されっぱなしの刑に処された。
それから戻って以来、エクスプリカはトラウマが蘇るのか時々カタカタと震えるようになっている。
同じく共犯だったサヲリ副長とおシズちゃんは、一日分のおやつ抜きの刑に処された。
軽いようでボクらにとっては充分重い刑だ……。
……とまぁ、こんな感じで【サティの謀反】事件を越えて、ボクらはまた新たな〈じんりゅう〉での日常生活を送り始めたわけなんだけれども……そんな日々の中で【特別懸案事項K】の取り戻した記憶の齟齬は他にも色々あることが分かった。
最後に会ってから半年以上経過しているわけだから、改修された〈じんりゅう〉に
なにしろボクらは思春期で成長期だ。
半年もあれば各々がそこそこに成長し、外見的変化もある……
【特別懸案事項K】がまず驚いたのは、おシズちゃんのことだった。
半年でおシズちゃんは身長が5センチも伸び、体つきも変りはじめていたからだ。
【特別懸案事項K】はその想像外の急激な変化に、ホントに彼女がおシズちゃんなのか自信が無くなってきてしまう程だった。
あげくの果てに『随分とでっかくなんたんですねぇ……』などと口走ってしまい、おシズちゃんを不機嫌にさせたあげく、そばにいたミユミちゃんにお尻を蹴飛ばされ、慌てて『こほん! 随分と綺麗になったんですね!』と言いなおし、おシズちゃんのご機嫌をとっていた。
そしてもう一つ、【特別懸案事項K】にとって決して無視できぬ変化が〈じんりゅう〉クルーには起きていた。
「カオルコ少佐って
【特別懸案事項K】はなるべく顔には出さないよう努めていたらしいけれども、
まるで目の前にニンジンをぶら下げられたお馬さんのごとく、【特別懸案事項K】は
これが同等のバストを誇るフォムフォムの場合は、
確かにその時、カオルコ少佐は
いかに〈じんりゅう〉一、二を争うボディの持ち主といえど、一応はVS艦隊のクルーなんだから、ちゃんと自分の身が納まる
それは
カオルコ少佐は【特別懸案事項K】の前では船外作業以外では常に常装服姿だった。
実はこの事実こそが、半年と少し前に起きたカオルコ少佐が倒れた事件と深く関わっていたのである。
つまり【特別懸案事項K】の問いこそが、今回このカオルコ少佐についてのエピソードをボクが書いてみようかと思った切っ掛けだったのだ。
十層前後の特殊素材を一センチ以下にまで圧縮してできた特殊生地によって縫製されており、ブーツ、グローブ、ヘルメットを着用することで、宇宙空間での生命維持を可能とし、またごく微小サイズのデブリであれば、衝突からを着用者の身を守ることができる。
VS艦隊クルーの身を守る最後の砦であり、VS艦隊クルーの象徴でもある。
VS艦隊といえば、〈じんりゅう〉級航宇宙戦闘艦えはなく、
最大の特徴は、着用者の体に密着したその着用時のシルエットだ。
真空宇宙では、着用者と生地の間に空気が入っているとパンパンに膨らんでしまい、身体が動かせなくなってしまうので、従来の
これに対し、この
これにより、着用者は宇宙空間においても普段と同じ身のこなしが可能となる。
そんな
まず、裸同然とは言わないまでも、当然〈じんりゅう〉一、二を争うスタイルのカオルコ少佐のような人間が着れば、当然その肉体凹凸は激しく強調される。目の毒に思われても仕方ない。
また男性用の
それに、さすがに
高コストという問題もある。なにしろ、着用者の体に密着しないことには意味の無い服なので、自動的にオーダーメイドとなってしまうからだ。
高コストになってしまう原因はそれだけではない。
着用者となるボクらVS艦隊クルーが、十代前半から二十代前半までの女子であることもまた、
ボクらはVS艦隊クルーであるとはいえ、四六時中常に
通常航宙シフトでは装着するのはブリッジ勤務の時のみで、待機中は常装服を着、自由時間と就寝時は規則の範囲内であれば、自由な服装が許されている。
けれど半年前、【特別懸案事項K】が乗ったケレス沖会戦の時に、カオルコ少佐以外のクルーが常に
第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦からそのまま非減速メインベルト突入の危機を迎え、そこでシードピラー擁するグォイドと出会ってしまっては、第一種戦闘配置を解除する間も無かった。
だが、そんな中にあっても当時のカオルコ少佐だけは、
当然ボクはその事情を知っている。
彼女は着たくても着れなかったのだ。
ことは半年と少し前、宇宙ステーション〈斗南〉にてグォイドが第五次大規模侵攻を行ったことをボクらが知る前までさかのぼる。
前述の〈じんりゅう〉クルーのベスト・プロポーション・ランキングが、クルーの成長の結果変動したように、半年前、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦へと向かう前のボクらクルーのプロポーションも、変動の真っ最中であった。
なにしろボクらは個人差はあれど成長期まっただ中だからさ! ………………。
あの時、グォイドの新たな大規模侵攻の報を受け、〈じんりゅう〉の緊急発進が決まったのは、ボクらは定期身体測定を終え、己の肉体的成長具合を噛みしめていた直後のことだった。
いつかは来ると覚悟を決めていたはずの事ではあったのだけれど、いざその時が来てみると、ボクらはとても万全とは言えない状態で、グォイド迎撃の為に出発しなくちゃならなかった。
シアーシャ姉さんの一件もあったしね……。
地球ラグランジュⅢ上の宇宙ステーション〈斗南〉にいたボクらが、迎撃戦闘に間に合わせるの為には、あまりにも準備の時間が残されていなかったのだ。
結果からいえば、なんだかんだで何とかなったんだけれども、ひっそりと何とかならなかったこともあったわけだ。
その一つが、カオルコ少佐が倒れた事件なのだ。
しかし、十代後半のクルーらの肉体は成長期の真っただ中であり、数カ月単位で変動している。
ボクらVS艦隊クルーは定期的に身体測定を行い、成長に合わせて新たな
あらかじめ伸縮性のある布で
もちろん、仕立て直しである程度の成長率はカバーできるようになってはいるけれどね。
あの時〈じんりゅう〉が発進したのは、その最新バージョンの
その時は後々になって、それが問題になるだなんて誰も思いもしなかった。
あの時はてんやわんやでもっと優先すべき事柄が他に沢山あったのだ。
ではそろそろ何故カオルコ少佐が倒れたのかを記そうと思う。
半年前のあの時いったい何が起きたのか、もう薄々気づいた読者もいることかもしれない……。
繰り返しになるが、
そしてボクらは今も半年前も成長期の真っただ中だった。
カオルコ少佐もまた、ああ見えても成長期まっただなかの女の子なのだ。
そして彼女の成長に合わせた
ついでに言えば、ボクの見る限り、半年前のベスト・プロポーション・ランキングの一位と二位は、今回のと指して変らなかった。
ただし、それはクルー内での比較であって、クルー全体の身体のサイズは皆、今よりも過去の方が当然小さかった。
――約半年前、第五次グォイド大規模侵攻迎撃戦へと向かう途上の〈じんりゅう〉内・食堂~ブリッジ間の通路――
「ひ……」
「うわあああああああ……」
ユリノ艦長は真っ青になって引きつった悲鳴をあげ、ボクは倒れていたカオルコ少佐のあまりの惨状に、思わずドン引きして呻いた。
白目をむいて泡を吹くカオルコ少佐に、一体何が起きて倒れたのだろうか!?
その瞬間のボクらに、当然分かるわけが無かった。
が、すぐに察しがついた。
〈じんりゅう〉が出航して以来のここ最近、カオルコ少佐が食事で顔を合わせる度に、胸のあたりを摩っているいるのを目撃していたからだ。
――人は、自分が持っていないものを他人が持っているかが、気になって気になって仕方が無い生き物なのである――。
ボクは一度深く溜息をつくと、無言でカオルコ少佐が着ている
「うヴぉぶぁあああああああああ!」
途端に身体をそっくり返らせていたカオルコ少佐が、色んなものをまき散らしながらバネのように上体をはね起こして蘇生し、ユリノ艦長は「ひゃ!」とビックリして尻餅をついた。
そのままカオルコ少佐は、ぜ~は~ぜ~は~と荒い呼吸をたっぷりと繰り返した後「あ~死ぬかと思った……」と漏らした。
この一件の真相を文章にして語るのは、多少はばかられる気がしなくもないが、それでも簡単に説明しておくならば、答えはこうだ…………。
カオルコ少佐のバストは、〈じんりゅう〉が出航した後も絶賛成長継続中であった。
カオルコ少佐はああ見えてもまだ十代の育ちざかりなお年頃なのだ。
けれども、そのバストを包む
その結果、成長した己の乳圧が今、このタイミングで限界に達して彼女の肺に襲いかかり、彼女を窒息死させかけたのだ。
恐るべしカオルコ少佐の乳圧!
もちろん、倒れる直前に彼女が加減を知らずに夕食をかき込んだことも原因の一つであろう……というよりこのタイミングで起きた主因でありそうだ。
ともあれ、カオルコ少佐は己のバストに殺されかけたという結論で間違いはない。
ミステリーのような劇的な答を期待していたなら、ごめんなさいと思う。
当事者だったボクらには笑いごとではなかったが、クインティルラやルジーナなどは大爆笑でこの話を聞いたものだ。
けれど真実とはそんなものであり、この宇宙での生活では、敵はグォイドだけでは無いのだ。
その後、カオルコ少佐は常装服に着替えることであっさりと元気を取り戻し、あとは御存知の通りだ。
ケレス沖会戦後に〈斗南〉で新たな
【特別懸案事項K】の視線を翻弄しながら……。
この一件について、なにかしらの教訓めいた結論を書くとしたら、テクノロジーの進歩が人に牙を剥くこともある……ということなのか、はたまた、バストサイズがあれば良いってもんじゃ無いってことなのか…………あるいは………………。
けれど! ボクがもうちょっと胸に膨らみを欲する気持ちは、全然変わりは無いんだけどね!
おしまい
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