♯4

 ケイジは三半規管を襲う不快感の最中、【ザ・トーラス】内に突入して初めて、それまで自分達がいかにうるさい場所にいたのかを知った。

 真空中とは違い、濃厚な木星深深度大気中では当然、そのガス潮流による風の音と振動がコックピット内に盛大に響き続けていたのだが、【ザ・トーラス】内に入った途端それらが消え去り、耳がキーンと痛くなるような静寂が訪れたからだ。

 奇妙極まることに、ここは間違い無く木星のガス雲の奥底なのだが、同時に宇宙空間と同じ真空の空間なのだと、ケイジはそれで実感した。


「何事だ~ッ!!」


 【ザ・トーラス】に入った途端に〈ユピティ・ダイバー〉を掠めた十本程のUVキャノンらしき光の柱に、クィンティルラ大尉が叫んだのがやたらクリアに聞えた。

 そして彼女は叫びつつも〈ユピティ・ダイバー〉を切りもみ自由落下状態から脱出させようとしていた。

 しかし、それは彼女が思うように上手くは行かないようだった。

 原因はサティであった。

 〈ユピティ・ダイバー〉にくっついているサティが重りとなって、クィンテイルラ大尉の操縦を妨げているのだ。


「こらサティ~! ちょっとは踏ん張りやがれ~!」

『す……すいませ~ん! でも、ここではワタクシ上手く泳げないみたいなんですぅぅ!』


 怒鳴るクィンティルラ大尉に、サティが彼女にしては切羽詰まった声音で答えた。

 雲の人クラウディアンたる彼女は、木星の濃厚な大気をその肉体で物理的に後方に押しやることによって推進している。

 だがその推進方法は、低気圧空間たるここ【ザ・トーラス】では、前から後へむかって押し出す為の大気が無いために使えなくなってしまったのだ。


「お前ぇ~! ここに来るのは初めてじゃないだろうに……」

『ああ、もうしわけありませ~ん!』


 憤るクィンティルラ大尉にサティが平謝りする。

 確かにサティが発見されたのは【ザ・トーラス】内航行中の〈じんりゅう〉格納庫であり、彼女は木星上空作戦指揮所MCと〈じんりゅう〉の通信を繋げるべく、そこから飛び出し、紆余曲折を経て〈ユピティ・ダイバー〉と出会ったのだから、彼女は一時とはいえこの【ザ・トーラス】内を飛んだことがあるはずであった。

 ケイジはその事実に、今の状況から脱する重大なヒントがあった気がしたのだが、ランダム回転中の今は頭を働かせる余裕など無かった。


「ケイジよ、今のやっぱUVキャノンか!? オレ達狙われてる!? 」

「っ…………!」


 落下しつつも〈ユピティ・ダイバー〉のランダム回転をなんとか止めようとしながら、まずは敵の攻撃の有無を尋ねるクィンティルラ大尉の問いに、ケイジはまともに答えることができなかった。

 ケイジの動体視力と三半規管では〈ユピティ・ダイバー〉の外で何が起きているかをハッキリと確認するどころでは無かったのだ。

 しかし、クィンティルラ大尉の尽力により、コックピットから見える景色の回転が落ち着きはじめると、ケイジはようやく外を見る余裕ができてきた。

 そして【ザ・トーラス】内の景色に目を奪われた。


「…………すごい」


 UVキャノンに狙われている可能性を忘れて、ケイジは思わず呟いた。

 それは〈じんりゅう〉クルー以外の人間では、ケイジが初めて見る光景なのだ。

 それは位置情報視覚化LDVプログラムによって描かれた景色ではあったが、間違い無く美しいと思えた。

 直径約1万キロのチューブが輪となった空間は、木星中心核を光源としてできたありとあらゆる黄金色でできた雲の回廊であった。


 ――ついに……とうとう……ここまで来てしまった……ただの三等宙曹の俺が……


 一瞬、しみじみと感慨にふけりそうになる。

 だがそれは許されなかった。

 思わずケイジがその景色に見とれている中を、再び幾本ものUVキャノンの光の柱が〈ユピティ・ダイバー〉の周りを通過するのを、ケイジはようやくハッキリと視認することができたからだ。


「今のがUVキャノン……? ホントに!?」


 視認に成功した光の筋に、ケイジの呟きは驚きと疑念の声に変った。

 その光の柱は、確かにUVエネルギー独特の薄らと虹色に染まった光を放ってはいたものの、自分の目が確かならば、円環状回廊の西の彼方――惑星で言うところの水平線の彼方から、恐ろしく緩やかな弧を描いて伸びて来たように見えたからだ。

 そして〈ユピティ・ダイバー〉の周囲キロを通過し、回廊の東へと弧を描き続けたまま消えていった。

 この間、体感で約二秒ほど。

 少なくとも、通常のUVキャノンではありえないことであった。


「オレ達を狙ったにしちゃ、お粗末な照準だな……」

「……確かに」


 クィンティルラ大尉の呟きにケイジは同意した。

 この艦を狙ったにしては、今通過したUVエネルギーの束はあまりにも〈ユピティ・ダイバー〉から距離があった。

 とりあえず今は心配はしなくても良さそうであった。


「だったら……とっととこの落下をなんとかしないと……!」

「UVシールドの出力をメインスラスターに回します!」


 クィンティルラ大尉が〈ユピティ・ダイバー〉のスロットルを上げ木星重力から抗おうるすと、それにあわせ、ケイジは木星深深度の高圧に耐える為のシールドに回していたUVエネルギーを推進エネルギーへと回した。

 ここではもう圧壊の心配は無い。

 謎が多少あれどもUVキャノンに狙われてないならば、一刻も早く木星中心部への落下を止めなければ、新たな危険が〈ユピティ・ダイバー〉を襲いくることを、二人は思い出していた。


「サティ、しっかりつかまってろよ」

『は……は~い!』


 クィンティルラ大尉が叫ぶと、若干の怯えの混じったサティの返事が響いた。


「ケイジよ……今はまだ無事だけれども、やっぱこのままここにいたら……やっぱアレだよなぁ?」


 クィンティルラ大尉が曖昧模糊としたことを尋ねてきたが、不快なランダム回転が止み、頭が働きはじめたケイジには彼女の言わんとすることが分かった。


「大尉、艦を南東に向けて加速させて下さい! 可能な限り速く!」

「あいよ!」


 ケイジの言葉に、クィンティルラ大尉が何故かを問うこともなく答えると、艦首を木星の南東へ向け加速させた。

 シールドから回したUV出力により増した推力により、〈ユピティ・ダイバー〉の落下速度がみるみる減じていく。

 と、同時に南東方向へとへ向かう加速は、艦を【ザ・トーラス】内の円環外周側の下面へと向かわせた。


「…………艦が言うこと聞いてきたぜ!」


 クィンティルラ大尉が力みながら呻くように告げた。

 【サ・トーラス】のシンクロトロンとしての加速方向である東へ〈ユピティ・ダイバー〉を向かわせたことで、〈ユピティ・ダイバー〉が増速された上に遠心力によって高度が上がり始めたのだ。


『あ~、お二人とも、もう少し急いだほうが良いかもしれません……よ』


 二人が安堵しかけたところをサティがおそるおそる告げた。

 サティもまた、UVキャノンで狙われる云々とは関係無しに、クラウディアンとしての感覚器官で〈ユピティ・ダイバー〉に迫る危機に気づいているようであった。

 それが間も無く〈ユピティ・ダイバー〉の元に到達するであろうことも……。

 突如コックピット内にけたたましい衝突警報が鳴り響くと、まず無数の黒い粒のような物体が〈ユピティ・ダイバー〉艦尾方向、【ザ・トーラス】西側回廊のカーブの彼方に見えたかと思うと、次の瞬間には左舷側を擦過して行った。


「うひゃぁぁ!」


 UVシールド同士の干渉でコックピットが乱暴に揺さぶられ、ケイジは思わず間の抜けた悲鳴をあげた。

 それは数が多い為に遠くにあった時は一見小さな粒のように見えたが、幾つかの〈ユピティ・ダイバー〉のすぐ隣を通過した物体を見れば、それが〈ユピティ・ダイバー〉と同等かそれ以上のサイズの塊であることが分かった。

 しかしケイジの動体視力ではそれ以上のことは分からなかった。


「例のちっちゃなグォイドの群だ!」


 クィンティルラ大尉がケイジに教えるように叫んだ。

 途切れることなく〈ユピティ・ダイバー〉の横を通過し続けているのが、本当についさっき大赤斑下の大渦内を通過して行く所を目撃した小型グォイドの群と同じものなのか、ケイジには俄かには信じられなかった。

 しかし、もし彼女の言う通りならば、この軽駆逐艦サイズのグォイドがとんでもない数存在することになる。

 ケイジがその事実を何とか受け入れようとした時、さらなる物体が小型グォイド群に続いて〈ユピティ・ダイバー〉後方から迫って来た。

 それは艦尾方向、【ザ・トーラス】西側回廊のカーブの彼方から猫目型の明灰色のシルエットとして現れ、それが『見えた!』と感じた頃には、一瞬コックピットを暗闇にするほどの巨大な影となって〈ユピティ・ダイバー〉を覆い、艦の真横を通過すると、そのまま東側回廊へと緩やかにカーブしながら消えていった。

 あまりにも巨大かつ速い為に、ケイジには黒い影がコックピットを過ったようにしか見えなかった。

 が、一瞬遅れて〈ユピティ・ダイバー〉がUVシールドの干渉によって盛大に弾き飛ばされ、今横を通過していったのが、超巨大な塊であったことを否が応にも確認させられた。


「あっぶねぇ!」


 クィンティルラ大尉が毒づきながら艦の態勢を再度立て直した。

 その横を、またしても大量の軽駆逐艦サイズのグォイドが延々と通過していく。

 ケイジは駅のホームで通過する快速列車の車体に、ギリギリまで顔を近づけたらこんな気分になりそうだと思った。

 ともあれ、ヒヤリとはしたが、済んでの所でとりあえずの危機は脱したようだ。今助かったのはまさしく幸運以外の何物でもなかったように思えた。


「い……今のが、アレなんでしょうか? 大尉」


 ケイジは早鐘のように脈打つ心臓を手で押さえながら尋ねた。


「ああ、どうやらそのようだなケイジ、あれが例のグォイド・スフィア弾らしい……それも飛んでも無い数の子分を引き連れてやがる……」

「ああ、やっぱり、速度差があるとは分かっていたつもりですけど、こんなふうに見えるなんて……」


 ケイジは今自分が味わった恐怖を上手く言葉にできなかった。

 月と同等のサイズの物体が、シンクロトロンとしての【ザ・トーラス】の加速能力により、惑星間レールガンの砲弾として発射直前まで加速され、少なくとも秒速百キロ前後で通過したのだから、無理も無い話であった。

 もしこの速度差で、【ザ・トーラス】に突入したばかりで、まだほとんど加速がなされていない〈ユピティ・ダイバー〉が衝突すれば、〈ユピティ・ダイバー〉は塵も残らないところであった。

 ケイジとクィンティルラ大尉は、〈ヘファイストス〉での準備段階で、事前に【ザ・トーラス】に突入時にこのような危険があることを予測してはいたが、予測するのと実際に遭遇するのとでは大違いであった。


『まちがいありませんよケイジさん、クィンティルラさん。あれはワタクシが前にここで見たものと同じでしたから……でも』


 話に加わったサティの言葉はそこで途切れた。


「なんだサティ、最後まで言ってくれ」

『は、はいクィンティルラさん、今通過したのは間違い無くグォイド・スフィア弾でしたが、ワタクシが最後に見た時よりもUVシールドが覆う面積が増しています! 前に見た時は球体の前面だけだったのに……今はもうほとんど全体を覆っちゃっています……』

「つまりそれだけグォイド・スフィアとしての機能が上がってるってわけか……」


 サティの言葉に、クィンティルラ大尉がうんざりしたように続けた。

 サティの言葉は、そのままグォイド・スフィア弾の前に通過していった無数の小型グォイドの群の存在の説明にもなった。

 あの小型グォイドの膨大な数は、グォイド・スフィア弾のグォイド艦生産能力がそこまで増したが故になのだ。


 ――あれが……グォイド・スフィア弾だったんだ……


 ほんの一瞬しか見えなかったが、ケイジにはUVシールドに覆われたグォイド・スフィア弾が、巨大な白っぽい飴玉のように見えた気がした。

 すでに全体がUVシールドで覆われているということは、それだけ攻撃して破壊することが難しくなったということでもある。

 いやそもそも、破壊が可能なのかどうかもケイジには疑わしく思えてきた。

 しかもグォイド・スフィア弾の前後は、軽駆逐艦サイズのグォイドがわんさかと守っているのだ。


『それとさっきのすれ違った時のワタクシ達とグォイド・スフィア弾との距離ですけど、まだ10キロ以上ありましたから、そんなに怖がらなくっても大丈夫でしたよッ』

「……」「……」


 朗らかにそう伝えて来るサティに、ケイジとクィンティルラ大尉は返す言葉が無かった。

 あまりの巨大さに距離感が麻痺していたらしい。

 結局、今のすれ違いが思う程に危険な出来事だったのかなかったのか、ケイジにはよく分からなかった。

 だが、もう過ぎ去った危機のことを考えている場合では無い。

 可及的速やかに、グォイド・スフィア弾の発射を阻止でねばならないのだ。一刻も早く〈じんりゅう〉と合流することで。

 一瞬、予想を上回って深刻化していた事態を目の当たりにして、コックピットが沈黙に包まれた。


『ああ、ですがクィンティルラさんケイジさん、ちょっとですが朗報もありますよ!』

「なんだよサティ」「なに?」


 まるで二人を元気づけようとでもしているかのようなサティの言葉に、クィンティルラ大尉とケイジはわりとぞんざいに訊き返した。


『ワタクシの推進能力をちょっとですが復活させることができそうですよ! グォイド・スフィア弾に弾き飛ばされた勢いで、このまま【ザ・トーラス】外周部の遠心力で大気が溜まった部分に行けたらですけど! これで〈じんりゅう〉まで急げますね!』


 ケイジとクィンティルラ大尉の心境など一切関せずに、サティは朗らかに告げた。

 







 新しい朝を迎えた大赤斑の周囲を、雲霞のごとく舞っていた百隻近い軽駆逐艦級グォイドの群に、新たな動きがあった。

 大赤斑周囲の東西二か所、赤道と大赤斑が接する位置の上空に集まりだしたのだ。

 大赤斑周囲の雲海の中へと潜伏した人類艦艇が、大きく二手に分かれその下に移動したからだ。

 人類にとって幸いだったのは、新たに“レギオン”と名付けられた軽駆逐艦級グォイドが、防御力と攻撃力において大きく劣っていることであった。

 防御力に劣るということは、ガス圧力に耐えて木星大気内に潜航することが不可能でもあるということであった。

 しかも人類艦隊が隠れ潜んだ位置は、ガス潮流が激しく渦巻く赤道潮流と大赤斑の接点だ。レギオンには到底潜航不可能な場所であった。

 故に、人類はガス雲の中で、同じように潜航して来た大量のレギオンに追い立てられる心配はしなくて済んだ。

 “レギオン”をグォイド・スフィアが生産性優先で生みだした結果であった。

 さらにレギオンの群は低出力UVキャノンしか攻撃力が無く、その射程距離では、雲海の底にいる人類艦艇を上空から撃って仕留めることも不可能であった。

 だからこの状況は、ただ場所が二か所なっただけの膠着状態と言えた。

 しかし、レギオン・グォイド群はそれでかまわなかった。

 彼らの最大の使命は時間稼ぎなのだ。

 惑星間レールガンの発射まで、人類に発射妨害が出来ぬよう足止めできればそれで良かった。

 たとえ大赤斑周囲の人類艦艇が沈められずとも、惑星間レールガンの発射にさえ成功すれば、それでグォイドにとっては勝利であった。

 だからレギオンの群は、大赤斑の東西二カ所の雲海の底に集まった人類艦艇が、上空に出て来れないように、いましばらく蓋となってさえいられればそれで良かった。

 眼下にいる人類艦艇は、これまでの戦闘から、多数の敵を仕留めるのには不向きな実体弾兵装しか残っていないことがわかっていた。

 たとえ人類の攻撃を受けても、数で勝るレギオンの群の全てが仕留められる可能性は限り無く低く、その使命はほぼ達成したとレギオン・グォイドは判断しかけていた。

 が、しかし――










「今度は“レギオン”ですか……確かにいちいち軽駆逐艦級グォイドと言うのは面倒ですがね……」

「やっぱりコルベット級とかか群狼型グォイド……とかが良かったか?」

「……」


 自分から尋ねてきた副官に対し、テューラが割と本気で訊くと、彼は何も答えかった。


 ――〈リグ=ヴェーダ〉内CIC中央情報室――

 大赤斑の西、木星赤道部潮流と大赤斑との接点の雲海、浅深度――


 テューラがレギオンと名付けたグォイドは、目論み通り人類艦艇の上空を覆うように集結しつつあった。

 ノォバ・チーフから託された砲撃方法でレギオンの群を殲滅するには、多数のレギオンの群に、一カ所に固まってもらう必要があるものであった。

 テューラはレギオンにそうさせる方法に悩んだが、考えてみれば答は存外に簡単であった。

 レギオンの目標が一カ所に集まれば、射程の短いUVキャノンしかもたないレギオンもまた、自動的に集まってくるはずなのだと。

 だからテューラは艦隊を大赤斑東西二カ所の、赤道との接点部に移動させたのだ。

 結果、ここまではテューラの目論み通り進んでいた。

 しかし、この手段は何も苦労せずに敵を仕留められるという訳では無かった。

 問題は時間だ。

 惑星間レールガン発射に間に合うかという問題もあったが、自分達の艦が、いつまでこの潜航状態を維持できるかという問題もあった。

 現在、実体弾投射艦を中心とした木星表層部SSDF『一つの指輪ワン・リング』作戦攻撃艦隊は、本来航宙艦には想定されていない木星のガス雲海内への潜航を行い、レギオンから隠れているわけだが、これから反撃を行うにあたり、テューラはレギオンから隠れる為に必要な深度よりもさらに深く、UVシールドがガス圧力に耐えられる安全保障限界を越えた深度へと、ゆっくり潜航降下させ待機させていた。

 もちろん、この状態はいつまでもは維持できない。

 UVシールドの耐久限界が来るまでにガス雲から脱出しなければ、レギオンに沈められるまでも無く、全艦が圧壊することになるだろう。

 しかも大赤斑と赤道潮流が接するここのガス潮流は激しい、木星重力とガス潮流に耐えながら位置を維持していられる時間はのこり僅かであった。

 副官との下らない会話は、この恐怖を紛らわせる為のものに過ぎない。

 だが、テューラは忍耐強く待ち続けた。

 レギオン全ての艦が、望みのエリア内に納まるのを。

 実体弾投艦の砲口でもある艦首を真上に向けさせた状態で。

 そして反撃開始に最適な瞬間が来ると叫んだ。

 「撃ち方はじめ!」と。








「まずは艦長達との合流を急ぐ! ケイジ、〈じんりゅう〉に呼びかけを開始しろ! オレ達が来たってことをな!」

「了解」


 【ザ・トーラス】突入直後の混乱から落ちつくと、ケイジはクィンティルラ大尉の指示にしたがい、すぐさま通信機で〈じんりゅう〉へのを呼びかけを開始した。

 〈じんりゅう〉からの通信によれば、彼女達は【ザ・トーラス】外周部のグォイド・スフィア弾のすぐ横のガス雲内に隠れているとのことであった。

 ということは、つい先ほどのグォイド・スフィア弾とのニアミス時に、〈じんりゅう〉ともまたニアミスしていたということになり、〈ユピティ・ダイバー〉の計器の記録には、確かに一瞬だけ〈じんりゅう〉のトランスポンダー・シグナルを捕らえた記録があったのだが、今となってはどうしようも無い話であった。

 仮にあの時に〈じんりゅう〉の存在を確認していたとしても、秒速百キロ近い速度差があってはランデブーのしようが無いからだ。

 〈ユピティ・ダイバー〉が〈じんりゅう〉と安全にランデブーする為には、まず〈ユピティ・ダイバー〉が〈じんりゅう〉と同速度まで加速せねばならない。

 そのうえで〈じんりゅう〉と通信を繋げ、落ち合う必要があった。

 もちろんそれらの行いは、【ザ・トーラス】内のグォイドに発見されないよう行わなければならない。

 いかにオリジナルUVDを搭載し改装した〈じんりゅう〉といえども、まともに戦って勝てる相手でもシュチュエーションでも無かった。

 クィンティルラ大尉は、一度追い越していったいったグォイド・スフィア弾に追いつこうと〈ユピティ・ダイバー〉に猛烈な加速を開始させていった。

 【ザ・トーラス】のシンクロトロンとしての物体加速力が〈ユピティ・ダイバー〉にも作用し始め、艦は猛烈な勢いで加速していった。

 〈ユピティ・ダイバー〉にとり着いた状態のサティは、【ザ・トーラス】外周部のガスが遠心力で溜まった部分に近づくと、まずその身を半球形のパラソルのように変化させ、帆のようにその身に追い風を受け、〈ユピティ・ダイバー〉の加速を助けた。

 【ザ・トーラス】外周部のガスもまた、シンクロトロンにより、グォイド・スフィア弾ともども猛烈に加速されているからできたことだ。

 それにより〈ユピティ・ダイバー〉がグォイド・スフィア弾らと同速度まで加速されると、サティは再び巨大な筒状に姿を戻し、加速の足しにはならないまでも、希薄な大気を推進力に変え、足かせにはならないようになった。

 惑星間レールガンの発射まであと僅かであったが、それまでに〈じんりゅう〉に追いつくことは充分可能に思えた。

 だが、グォイド・スフィア弾との距離がマイナスからプラスに転じても、〈じんりゅう〉との通信が繋がることは無かった。 


「ケイジ、まだ〈じんりゅう〉と繋がらないのか?」

「はい、ウンともスンとも返事は来ません……」

『ワタクシが持っている通信機でもダメですぅ』


 クィンティルラ大尉の問いに、ケイジと、ついでにサティが答えた。

 まだ通信を試みて数分しか経っていないとはいえ、ケイジは焦りを覚えずにはいられなかった。

 最後に木星上空作戦指揮所MCに届いた〈じんりゅう〉からデータによれば、〈じんりゅう〉は【ザ・トーラス】内に等間隔でプローブとセーピアーを飛ばし、円環状空間の偵察を行っていたという。

 ならば、その〈じんりゅう〉が放ったプローブを中継することで〈ユピティ・ダイバー〉は〈じんりゅう〉とすぐ通信できるようになるとふんでいたのだ。

 だが、状況はそこまでケイジ達に優しくは無かったようだ。

 ケイジは〈ユピティ・ダイバー〉の索敵装置を駆使し、すぐに何故〈じんりゅう〉と通信できないのかの答を知った。


「クィンティルラ大尉、〈じんりゅう〉が放ったというプローブが発見できません!」

「え、なんでぇ!?」

「分かりません! 分かりませんが…………シンクロトロンの加速が激し過ぎて、外周部にある小惑星群に衝突したか……あるいは例のちっちゃなグォイドに見付かって沈められたか……」


 ケイジは思いつく可能性を答えたが、すぐにあまり意味は無いと思えた。

 どちらにしろこの【ザ・トーラス】内で〈じんりゅう〉と通信を行う為には、最低でも〈じんりゅう〉が見える位置までこっちから近づく他ないのだから。

 懸念すべき事案は他にもあった。

 【ザ・トーラス】突入時以来、何度も円環状空間を西から東へと向かって迸るUVキャノンの光の束だ。

 それはグォイド・スフィア弾とのニアミス後にも何度も確認されていた。

 それら十数本の光の柱は、〈ユピティ・ダイバー〉にかすりもしなかったとはいえ、無視できるようなものでは無かった。


 ――一体誰が? 一体何の為に? 何を狙って?


 ケイジはそれを解きあかさねば、これから何か重大な過ちをおしてしまうような気がしてならなかった。








 ガス雲の上空を木星重力に抗いながら滞空していたレギオンは、眼下に潜む人類艦艇を追いかけるうちに、自分たちが誘導され一かたまりになり過ぎたことに気づかなかった。

 だから眼下の茶褐色のガス雲が急に泡立ったかと思うと、次の瞬間、己の身に何が起きたのか理科できなかった。

 周りに浮かぶ僚艦が次々と爆沈し、続いて己自身も散弾のような細かい実体弾に貫かれ沈められたからだ。

 大赤斑の東西二カ所に、UV爆発の輝きが次々と瞬く。

 







「撃ち続けろ! 一隻も残すな!」


 テューラの声に答えるかのように、〈リグ=ヴェーダ〉下方で艦首砲口を真上に向けた実体弾投射艦が発砲を続けた。

 その発砲音が、〈リグ=ヴェーダ〉内CIC中央情報室にもズズンッ……ズズンッという二連撃の振動となって伝わって来る。

 実体弾砲撃が二発ずつの二点バースト射撃である為だ。

 その振動が伝わった数秒後に、雲海表層を真横から見た断面図のホロ総合位置情報図スィロム内で、雲海上層に浮かぶレギオンを示すアイコンが次々と消えていった。

 さらにその数秒後にCIC中央情報室に伝わって来る敵艦の爆沈による衝撃破の振動。

 テューラは木星雲海内で行う戦闘の騒々しさに、軽く閉口した。

 だが、ノォバ・チーフから授かった変則二点バースト射撃は、一度の発砲で複数のレギオンを極めて効率的に沈めていった。

 テューラは拳を握りしめ、この一方的と言っていい攻撃の行く末を見守った。

 ノォバ・チーフが【ビリヤード射撃】と便宜上呼んでいたこの射撃方法は、SSDFの実体弾投射艦に二点バースト射撃させることであった。

 が、もちろん、ただの二点バーストではない。

 大昔の火薬を持ちいた実体弾砲と違い、電磁加速で撃ちだす実体弾投射艦の砲は、その特性の一つとして、発射する実体弾の速度を自在にコントロールすることが可能であった。

 そしてSSDF実体弾投射艦は、重量数トンの高密度大質量弾体を、フルオート射撃とまではいかないまでも、数発までなら連続して撃ちだす機構を有していた。

 広大な宇宙空間での戦闘において、最適なタイミングで可能な限り多くの弾を発射し、命中確率を上げる為だ。

 ノォバ・チーフはこの二つの実体弾投射艦の特性を利用し、雲霞のごときレギオン・グォイドの群を殲滅する術を考え出したのだった。

 事前のシミュレーションによって算出された末広がりの円錐状予想破壊エリア内に、目標のレギオンの群が納まると、SSDF実体弾投射艦の砲口を兼ねた艦首から、まず一発目の実体弾が発射される。

 続けて二発目の実体弾が放たれる際に、電磁加速による発射速度変更機能により、一射目の弾体よりも遥かに速い速度で二発目の弾体を発射する。

 当然、一発目の弾体は、目標たるレギオンの群に突入する手前で、後方から己を上回る速度で迫って来た二発目の弾体に追いつかれ、激しく衝突し、同じ弾体であるため強度に差が無い両者は粉々に破壊される。

 しかし、粉々になったとしても、二発の実体弾はレギオンの群に向う運動エネルギーを有していることには変わりなく、無数の実体弾の破片は、急激に広がりながらレギオンに突き刺さらんと飛んで行くことには変わり無かった。

 破片になってしまった故に、たとえ速度は落ちなくともその質量は減ってしまい、命中時の破壊力も減じてしまうことになるが、防御力が弱いレギオンが相手である限りはそれで充分であった。

 レギオンは無数の散弾によって次々と沈められる他無かった。

 それはこのシチュエーション、この相手でなければ意味を成さない攻撃方法であったが、ノォバ・チーフが【ビリヤード射撃】と名付けたこの戦術は、確実に雲海上空に集まったレギオンを実体弾投射艦の戦力だけで始末していった。

 テューラが実体弾投射艦を、レギオンから隠れるのに必要な深度よりもさらに深く潜航させていたのは、この【ビリヤード射撃】による円錐状の破壊エリア内に目標群を納めるには、ある程度距離をとる必要があるからであった。

 深く潜ればガス圧による圧壊のリスクもあったが、それが起きる前、UVシールドが耐えられる時間内にレギオンの群を殲滅し、雲海から浮上すれば問題無かった。

 さらにテューラはレギオンの群を可能な限り一カ所に集めるべく、座上する〈リグ=ヴェーダ〉や〈ナガラジャ〉、残弾ゼロとなったミサイル駆逐艦など、実体弾投射艦以外の使える艦の全てを雲海表層すぐ下まで上昇させ、囮となってレギオンを呼び寄せさせた。

 故意にUVエネルギーを雲海表層に向かって漏らすことにより、誘因させられたレギオンは、正に一網打尽となって沈められたのであった。

 大赤斑の東西二カ所の上空で、最後のレギオンが破壊され、木星重力によって無数の水母のような形の爆煙が雲海へと引きずりおろされていった。


「木星表層部および各衛星ふくむ全索敵エリア内に、レギオンおよびその他のグォイド確認されず! 木星内部を除く周辺宙域でのグォイドの殲滅を確認!」


 〈リグ=ヴェーダ〉クルーからの報告に、テューラは小さく溜息をもらした。








 【ザ・トーラス】内でも、無数のUV爆発の輝きが閃いていた。

 〈ユピティ・ダイバー〉が、一度は追い越されたグォイド・スフィア弾の後方を守る軽駆逐艦サイズのグォイドの群が見える距離まで追いついた時のことであった。

 またしても〈ユピティ・ダイバー〉後方、【ザ・トーラス】の西の彼方から閃いた十数本のUVキャノンの光の柱が、グォイド・スフィア弾後方の小型グォイドの群をかすめたのだ。

 ケイジ達は「あ……」と呟く以外、何もできずに景気良く爆散する無数のグォイドの輝きを見ていることしかできなかった。

 かすめただけにも関わらず、数十隻の軽駆逐艦サイズのグォイド艦が沈められていく。

 それだけその小型グォイドの数が多いということでもあり、また後方より閃いたUVキャノンが高威力であるということであった。

 〈ユピティ・ダイバー〉の三人には、ただ見ていること以外何もできな光景であった。

 だが、ケイジは今目撃した光景に、天啓にも似た閃きを感じた。

 先ほどから【ザ・トーラス】を周回するかのごとく迸る十数本のUVキャノンの輝きは、見たものが確かならば、〈ユピティ・ダイバー〉を狙ったものではなく、軽駆逐艦サイズのグォイド艦を狙って放たれたものということになる。

 それはつまり――


「〈じんりゅう〉だ…………」

「なんだケイジ? 今何か言ったか?」

「〈じんりゅう〉ですクィンティルラ大尉! 」


 思わず呟いたケイジは、尋ねてきたクィンティルラ大尉に再度繰り返した。


「〈じんりゅう〉なんです! このUVキャノンをぶっ放してるのは〈じんりゅう〉なんですよ! 大尉!」

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