♯2
「惑星間レールガン……クラウディアンとの遭遇のお次は……惑星間レールガン……だとぉ? ユリノ、それは本当なのか!? この空間全体がそうだと言うのか? 本当にぃ!?」
「ホントのホントなんですか艦長!? この【ザ・トーラス】自体が惑星間レールガンになって……その上UVキャノンにまでなるだなんて……」
「……はは……ははは……ワタシが寝てる間に、偉ことになったものデスなぁ……」
艦尾上部格納庫からバトルブリッジへと続く通路内――ユリノが走って戻る道すがら、現状判明したことを説明すると、カオルコ、フィニィ、ルジーナがそれぞれの感想を漏らした。
「やっぱりそう思うよね! 普通はさ!」
ユリノは木星が、それそのものを巨大シンクロトロンとした超巨大惑星間レールガンへと変貌したという事実を聞いた三人のリアクションに、思わず謎の感動を覚えて逆に聞き返してしまった。
いくらグォイドと戦う時代だとはいえ、さすがに驚くべき事柄というものもある。
ブリッジでのブリーフィングで、シズやサヲリがあまりにも淡々と事実を受け入れることに、自分の方がおかしいのではと悩んでいたユリノは、三人の感想に深く安堵した。
「ですが…………よく考えてみれば、この【ザ・トーラス】の存在はさておき、我々人類がメインベルトに〈テルモピュレー
「え……」
ポツリと告げたルジーナの言葉に、ユリノは間の抜けた声を漏らした。
言われてみれば、確かにルジーナの言う通りである。
その規模に差はあれど、人類もグォイドも、UVテクノロジーを駆使して小惑星を惑星間で移動させることで、この
人類はグォイドに対し、自らが行った手段で倍返しを受けようとしているとも言える。
ユリノはその事実に、なんとも言えない薄気味の悪さを感じずにはいられなかった。
「ともかく、差し迫った危機はUVキャノンの方よ。惑星間レールガンの方は大質量実体弾の加速までまだ時間があるから」
ユリノは自分自身の思考を整理するように告げた。
「ふむん……で、おシズよ、連中はなんで今すぐUVキャノンを発射しないのだ?」
『カオルコ少佐、正確なところは不明ですが、それは仮に今すぐ大赤斑をUVキャノンの
仮に〈第一アヴァロン〉が標的だと仮定すると、大赤斑の向きと、〈第一アヴァロン〉の位置、そしてUVキャノンを発射するであろう〈じんりゅう〉後方の超巨大物体の位置、それらのもろもろのタイミングが合致するのが今から最短で約4時間半後だからなのです』
カオルコの問いにシズが艦内通信で答えた。
「なるほどね、いくら木星の中でUVキャノンの発射態勢が整っても、発射口である大赤斑が、標的のある方へ向いてくれないと、撃っても無駄だものね……」
ユリノはカオルコと共に走りながら、脳内で
どちらかといえば、これは朗報と言えるかもしれない。
発射までにまだ時間があるならば、それまでに木星上空
「だが……この事態を無理矢理上に教えられたとしても、このような超強力なUVキャノンから身を守る術などあるのか? UVシールドで守れるれレベルではないのだろう?」
『……残念ながら。もし〈第一アヴァロン〉が身を守れる可能性があるとすれば、ガニメデかカリストの影に隠れる位しかないのです。常に木星の大赤斑の反対側に移動し続けるという手もあるのですが、〈第一アヴァロン〉には無理な相談なのです』
「Oh……」
カオルコの疑問へのシズの答に、一緒に走っていたルジーナが呻いた。
〈第一アヴァロン〉は人類が保有する中でも屈指の巨大宇宙基地だ。移動能力はあるものの、その機動性は極めて低い。
「そっちも大問題ですけれど……ボク達自身の心配もしなきゃですよね」
フィニィが不安げな顔で言った。
確かに、〈じんりゅう〉の後方からは惑星間レールガンの弾体である超巨大物体だけでなく、その前後を多数のグォイド艦が守っているという……。
当然、敵に発見され戦闘となれば、数の上で〈じんりゅう〉は不利だ。
薄々その可能性に気づいてはいたものの、いざそれが現実となると、ユリノは憤らずにはいられなかった。
まだそんなたくさんに潜っていたの!? と。
〈じんりゅう〉は、それら多数のグォイド艦の相手をしつつ、惑星間レールガンのカタストロフを阻止せねばならなくなってしまったのだから。
「どちらにしろ、まずは敵勢力の全容と目的を把握した上で、木星上空
ユリノは自分に言い聞かせるように呟くと、カオルコ、フィニィ、ルジーナと共にバトルブリッジへと駆け込んだ。
「おシズちゃん! 後ろの敵の詳細は分かった?」
水平距離にして100メートル以上は走って来たユリノは、艦長席に飛び乗るなり、早鐘のように鼓動を打ち続ける心臓をおさえつつ尋ねた。
「はい、〈じんりゅう〉からの直接索敵はまだ不可能ですが、後方警戒用に飛ばしたセーピアーからより詳細な光学観測情報が届いているのです」
シズがメインビュワーにセーピアーから捉えた最新映像を映しつつ答えた。
「セーピアーの存在はばれてない?」
「はい、今のところ大丈夫です。その兆候はみられません」
「ふう……」
ユリノは溜息をつきながら、ビュワーを睨んだ。
ビュワーの彼方に広がった淡い黄金色から虹色に輝く雲で囲まれた巨大なトンネル、その奥、画面上方の緩い雲のカーブの影から、ゆっくりと真っ黒い球体の弧が姿を現しはじめていた。
その光景は、強いて言えば地球の低軌道で見る日の出や
その球体は少なくとも月の半分のサイズがあるのだ。
「あれが……その……惑星間レールガン用の大質量実体弾だというの?」
「はい艦長、おそらく太古の昔に木星に落下した小惑星……いえ準惑星を利用したものなのです。今拡大するのです」
シズの声にあわせ、画面上方の球体がズームされた。
「なんか……黒いのね」
「
ユリノの球体――大質量実体弾を見た第一印象にシズが答えた。
ユリノはもっと大きい可能性もあったの!? などとは、今さら訊かないでおくことにした。
【ザ・トーラス】を形成させている超巨大リングの直径を考えれば、確かにもっと巨大でも不思議ではなかった気もする。
「シズよ、ひょっとして……あの手前をふよふよ漂っているのが護衛のグォイド艦なのか?」
カオルコが、その球体の手前に、虫か何かのように小さな物体が幾つも浮かんでいるのを指して尋ねた。
「そうなのです少佐。比較対象が大きすぎるおかげで豆粒程にしか見えませんが、少なくとも30隻が確認されています」
「陣容は?」
「幸い、ほとんどが駆逐艦クラスしか確認されていないのです……ですが、それもまだまだ増え続けているようなのです」
シズがすまなそうに告げた。
「増え続けてる? 増え続けてるというのは発見され続けてるという意味なのだよな? まったく〈
カオルコが呆れたように言った。
確かに彼女が言う通り、慣性ステルス航法を駆使しているとはいえ、これだけの数のグォイド艦艇を見逃し続けていたなど、いくらなんでもあんまりだとユリノも思った。
「申し訳無いのですがカオルコ少佐に艦長、おシズ殿の言葉は、その意味の通りのようでございますデスぞ。確かに観測されている駆逐艦級グォイドは増え続けていますデス」
電側席に座ったルジーナが、電側用HMDゴーグルで位置情報を確認しながら、ユリノとカオルコに無情な現実を突き付けた。
「それに、あの小さなグォイドは微妙に駆逐艦級グォイドとも違うようデス」
ルジーナはそう続けながら、バトルブリッジ中央にその大質量実体弾をホロ投影させた。
「なんだこれは!?」
カオルコが、投影された惑星間レールガン用大質量実体弾の全容に思わず驚嘆の声を上げた。
セーピアーが捉えた映像では。その三分の一が雲壁に隠れ、ただの黒い球体と思えた大質量実体弾であったが、ホログラムで映されたその全体像では、その球体中心部に、直径の1割ほどのサイズの光るドーム状の物体が輝いていたのである。
ユリノ達が見守る中、その光るドーム状の部分から、例の護衛用グォイドと思われる白い粒が、ゆっくりと飛び出していくのが見てとれた。
「これって……ひょっとしてぇ……」
ユリノの言葉は途中で途切れた。そこから先を口にするのが躊躇われたからだ。
「各種観測データから言って、これはおそらくグォイド・スフィアであると思われるのデス」
ルジーナは無情にも告げた。
グォイド・スフィア――それはグォイドがシードピラーを惑星上に打ち込むことによって誕生する半球状空間にして、グォイド艦
「もう………シードピラーが打ち込まれていたっていうことなの……?」
「どうやらそのようなのです艦長、幸いまだ構築されて間もないらしく、建造スピードはまだゆっくりではありますが、護衛用グォイド艦は木星の外からでは無く、あのドーム状空間内で生みだされたものと思われるのです」
ユリノの呟きに、ルジーナに代わり、今まで
それはつまり、木星外からの増援が無くても、グォイドは材料が続く限りいくらでもグォイド艦を生みだせるということであった。
「幸いあのグォイド・スフィアは構築されてからまだ本調子では無いようなのです。あの護衛用グォイド艦が駆逐艦級に似てはいても、それより小さくて白っぽいのは、生産性を優先した結果、あまり成長しきる前に生みだした結果かもしれないのです」
シズの言葉に、ユリノはサナギから出たばかりの昆虫の姿を連想した。
シズが言う通り、あのグォイド・スフィアが本調子では無いという予測は、この低気圧空間たる【ザ・トーラス】が形成されて間もない以上、グォイド・スフィアもまた構築間もないと考えるべきであり妥当に思えた。
とはいえ、その半球の直径は、現段階で300キロはあることになるのだが。
「か……数は多いけど、幸い戦闘力についてはさほど驚異じゃなさそうね」
ユリノは良いニュースを探すように呟いた。
「あそこに打ち込まれたシードピラー自体も、グォイド・スフィア構築能力が低い小型のものだったのでしょう。でなければ、慣性ステルスを使ったとしても、さすがに土星から木星にくるまでに発見されているはずなのです」
「ちょっ……ちょっと待ってくれおシズよ、ということは……この惑星間レールガンの弾をそのまま発射させてしまえば、グォイドは望むところにグォイド・スフィアを持って行けるということか!?」
「どうもそれが今回の敵の本来の目的のようね……」
呻くように尋ねるカオルコに、ユリノは答えた。
グォイドという存在は、太陽系にやってきたその時から、シードピラーを地球に打ち込み、地球をグォイドの巣にしてグォイド艦
何故、地球に固執しているのかは不明だが、少なくともグォイドの大規模侵攻の最終目標は地球であるとされてきた。
そして人類はシードピラー擁する大規模侵攻艦隊を何度も迎撃し、その目論みを阻止してきたわけだが、ここに来てグォイドは考え方を変えてきたようだ。
「シードピラーじゃなくてグォイド・スフィアそのものを送ろうというのか!?」
「そのようなのですカオルコ少佐、普通はこのような惑星サイズの物体を移動させようと思っても、崩壊しないようゆっくり加速させねばならず、結果、移動に時間がかかりすぎて、迎撃破壊されてしまうリスクが発生してしまうものなのですが、この【ザ・トーラス】のシンクロトロンで加速させれば、崩壊させずに高速まで加速が可能であり、我々人類に迎撃破壊させる時間を与えずに、好きな場所へグォイド・スフィアを移動させることが可能です」
シズがカオルコに説明すべく、木星を中心とした太陽系内星図をビュワーに映すと、木星から飛び出たグォイド・スフィア弾が、地球や火星へと移動していった。
そして現段階では、まだ大質量実体弾の直径の一割程度のサイズしかないグォイド・スフィアではあるが、それは時間経過とともに猛烈な速度で巨大化し、大質量実体弾である準惑星全体を包むことであろう。
そうなればグォイド・スフィアのグォイド艦
太陽系人類圏の好きな場所に打ち込まれたグォイド・スフィア弾から、シードピラーが無尽蔵に発射されてしまったならば……ユリノはそこから先を考えるのはやめた。
「どれがグォイド・スフィア弾の標的かは分かったのか?」
「地球か火星のどちらかだとこの艦の【グォイド行動予測プログラム】は言っているのですが、今の地球と火星の配置から言って、そのどちらかはハッキリとはしていないのです。このグォイド・スフィア弾をどれくらい加速させ、どのタイミングで発射するかによって、どちらに向かわせることも可能なのです」
カオルコの問いにシズはすまなそうに答えた。
「まぁ、どちらに行かせても大変なことには変わりないだろうけれどな」
カオルコが肩をすくませながらぼやく様に言った。
「その通りなのです。どちらにグォイド・スフィア弾が向かったとしても、シンクロトロンで加速され高速弾と化している為に迎撃体制を整える時間が作れず、人類はグォイド・スフィア弾に地球と火星のいずれかを奪われる結果となるでしょう。そしてそのどちらか一方を奪われた段階で、現状の人類にそこから戦況を挽回することは非常に困難と言えるのです」
「つまり、この惑星間レールガンの発射を何としてでも阻止しないと、人類は滅んでしまうってことね?」
「……はい、艦長」
シズはユリノの問いを切なげに肯定した。
ユリノは多少うんざりはしていたが、別に驚きはしていなかった。
木星が惑星間レールガンにされた時点で、どういう手段かはさておき、人類存亡の危機くらい訪れることはなんとなくは想像できていたからだ。
しかし、解せないこともあった。
この惑星間レールガンの成り立ちだ。
「この惑星間レールガンは、ドクター・スィンやサティの話からすると、数十億年前からあったってことになるのよね?」
ユリノはぽつりと呟いた。
「そうですね艦長、ドクター・スィンが見つけたオリジナルUVDと、惑星間レールガンのシンクロトロンを形成している超巨大リング状物体が、同時期に木星に訪れたとしたならそうなりますが……」
サヲリはユリノの真意を尋ねるように答えた。
「その数十億年前に太陽系に来て、木星を惑星間レールガンにしたというオリジナルUVDを作った連中は、一体何者で、それで何をしたかったのかしら……?」
ユリノの問いに答えられる者はいなかった。
その答は、知ろうとするにはあまりにも昔であり、あまりにも壮大な出来事すぎた。
だが分かっていることもあった。
グォイドはその答について、少なくとも人類よりも深く知っており、それ故に木星まで来て自分らの目的の為に利用しようとしているのだ、と。
それは人類にとって、とてもよくない状況といえた。
『あの~バトルブリッジの皆さん! お仕事中にすいませ~ん!!』
しばし沈黙に包まれたブリッジの静寂を、少しばかり緊張感に欠ける……されど明らかに漁ったような艦内通信によるサティの声が破った。
「な、何事? どうしたのサティ……さん?」
ユリノはビクリと跳ね上がった胸の鼓動を手で押さえながら、艦尾上部格納庫から届くサティの声に尋ねた。
そして一瞬とはいえ、艦尾上部格納庫において来た人外の友人の事を、忘れていた自分に驚いた。
それに、いつの間に艦内通信の使い方を覚えたのか? まぁ彼女なら何でもすぐに覚えて出来そうだけれども。
『あ、あの~ここに今、柳瀬ミユミさんという少尉さんがいらしたんですけれど、ワタクシを見た途端にふらふら~っと倒れてしまって……ワタクシは一体どうしたらいいのか……』
「あ~……」
ユリノはしばし、返す言葉が出てこなかった。
カオルコ少佐やフィニィ少佐、ルジーナ中尉と共にしばしの休息を命じられたミユミは、自分ごときが艦長らをさしおいて休むことに多少の罪悪感を感じたが、抗うことも出来ずに、シャワーと軽い食事を終え、自室のベッドで眠っていたところを艦長からの艦内通信で叩き起こされた。
ミユミは一瞬のパニックと、心臓が飛び出るような恐怖を味わいながら跳ね起きた。
上手く行かなかった時の【ANESYS】
慌てた様子のユリノ艦長の命によれば、なんでも急いで艦尾上部格納庫に向かい、そこにいるクラウディアン(??)のサティ(??)から軌道エレベーターのピラーについての話を聞き、それを利用して、同じく艦尾上部格納庫に向かわせたエクスプリカと協力して、なんとかして木星上空
聞き覚えの無い単語と人名があった気がするが、ミユミには他に選択肢があるはずも無く、言われるがまま艦尾上部格納庫へと向かい、そして…………
『あなたが柳瀬ミユミ少尉ですね? ワタクシはクラウディアンのサティ。よろしくお願いしますね!』
「ひぃ~!!!!!」
艦尾上部格納庫の奥一杯に詰まった不定形の蠢く塊に話しかけられ、ミユミはふらりと崩れ落ちた。
[ゆりのヨ、モウチット丁寧ニ説明シテカラみゆみヲ会ワセルベキダッタト違ウカ!?]
「ああそうね、私が悪かったわよ! ミユミちゃんごめんなさい、大丈夫?」
艦尾上部格納庫からの非難がましいエクスプリカの艦内通信に、ユリノは逆切れ寸前で同意しつつもミユミに謝った。
彼女には、自分が艦尾上部格納庫からバトルブリッジへと向かう直前に説明したのだが、どうも説明が少しばかり簡潔過ぎたようだ。
ただでさえ少ないクルーが二人も減った今、クルー一人一人に任さねばならない仕事が多々あり、外部との通信連絡手段の構築は、通信士たるミユミに動いて欲しかったのだ。
『か、艦長……あたしなら大丈夫です……よ? ……あたし大丈夫ですよねぇ? ……これ夢じゃ無いですよねツ?』
あまり大丈夫でなさ気なミユミからの通信が返って来た。
思い返してみれば、ミユミのリアクションは自分がサティを初めて見た時とほとんど変わらないので、まったく彼女を責める気になれない。
「ごめんねミユミちゃん、驚くことがたくさんあるだろうけれど、分からないことはエクスプリカに訊いて、何とか上との連絡方法を探して欲しいの! それも3時間以内に!」
『りょ、了解しました。自信は無いですがベストを尽くしま――』
『お任せ下さいユリノ艦長! ワタクシ達できっと良いアイデアを見つけてみせます!』
『ひぃ~、艦長、この人、人を食べたりしませんよね!? よねぇ!?』
ユリノの言葉に、艦尾上部格納庫から不安になってきそうなミユミとサティの声が返って来たが、ユリノはそのまま彼女らに任せておくことにした。
バトルブリッジでは今、徐々に後方から近づくグォイド・スフィア弾に対し警戒と監視を行わねばならず、ミユミ以外に割ける人手は無いのだ。
ミユミとサティの二人で通信手段を思いつくことができずとも最低限、サティから軌道エレベーターを利用した木星外との通信方法の詳細が訊き出せるだけでも良かった。
あとはエクスプリカがいればなんとかしてくれると信じることにした。
木星赤道上――大赤斑の西、20000キロ――雲海表層――。
「あ~……やっぱりバランスがおかしいわ!」
「それはそうでしょう姫様、実際左右で重量バランスが違っているのですから」
イライラと蛇輪を動かすアイシュワリアに、傍らのデボォザ副長が答えた。
――VS805〈ナガラジャ〉バトルブリッジ――。
〈ヘファイストス〉で失われた左舷
元から容易には発見できないであろうと予測されていたことではあったが、徒労に過ぎゆく時間に、クルー達の心は沈んでいった。
「もうちょっと操舵プログラムで補正してじゅれると思ったのに……」
「ノォバ・チーフは充分な仕事をしてくれましたよ姫様、それに対し、左舷
「ううう、それはそうなのだけれどぉ……」
「心配せずとも、操舵プログラムは随時更新されていきますから、操舵経験を積んでいるうちに違和感は無くなるはずです」
徐々にイライラを募らせていくアイシュワリアに、デボォザが慰めるように告げた。
「……にしても……にしたって……こんな状態じゃ、操舵経験もへったくれもないじゃない……」
「仕方がありません、〈ナガラジャ〉で〈じんりゅう〉とリバイアサンを探すには、この手段が現状最適なのですから」
頬を膨らませるアイシュワリアに、デボォザはにべもなく告げた。
現在、〈ナガラジャ〉は90度ロールし、左舷を下方に向けた状態でガス雲の上ギリギリを航行中であった。
そしてその左舷からは、長さ20キロまで延ばされた
「こういうの、地球ではツリって言うんでしょ?」
「そのようです姫様」
「これで見つけられたとしても、見付かったのがリバイアサンの方だったら、こっちが引き摺りこまれそうで怖いんだけど」
アイシュワリアは口をへの字に曲げながら言った。
「リバイアサンに下に降ろした〈ゲミニー〉の片割れを掴んで引っ張り降ろす機能などありませんから心配ご無用です」
「本当にぃ?」
アイシュワリアは疑わしげな顔をしたが、一応納得はしていた。
グォイドに腕でもあれば別だが、デボォザの言う通り、グォイドに〈ナガラジャ〉を引きずり下ろす手段があるとは思えない。
「……ですが、こちらが発見するように、向こうに発見される恐れはあります」
「でしょ! でしょ!」
「それにグォイドが引き摺りこまなくても、超ダウンバーストに下の〈ゲミニー〉船体が引き摺りこまれる可能性はあります。どうかお気をつけ下さい」
「うう~それは何度も聞いたけどさぁ」
アイシュワリアはデボォザの告げる無情な現実に、呻く他無かった。
〈ナガラジャ〉は超ダウンバーストが発生するタイミングに合わせ、下方の降ろした〈ゲミニー〉の双胴船体の片方を能動的に上昇下降させておくことで、自らが超ダウンバーストに引きずり込まれることを防いでいた。
が、それはとても心臓によろしく無い行いであった。
「ああ、この際どっちでも良いから早く見付かりなさいってのよ!」
「姫様……」
「〈じんりゅう〉が無事なのは確定事項だから良いの!」
アイシュワリアは発言をたしなめようとするデボォザに先んじて言ってやった。
あのユリノ姉様が駆る〈じんりゅう〉が、木星の底で沈んだ……など、最初から信じていなかった。必ず無事で、きっとロクでも無い形で自分達の前に再び現れるに違いない。
アイシュワリアは自分でも不思議に思える程、根拠もなくそう確信していた。
昇電で脱出してきたクィンティルラとキルスティによれば、〈じんりゅう〉は木星雲海深深度に突如生まれた低気圧空間に逃れたと言うが、いつ何時そこから脱出を試み上昇してくるかも分からない。
その時が来たならば、真っ先に自分が迎えに行くのだ、とアイシュワリアは狙っていたのであった。
「ユリノ姉さま達が戻って来たら思いっきり――」
「姫様! 降ろした〈ゲミニー〉左舷船体のセンサーに感ありです!」
「何ですってぃ!?」
アイシュワリアは唐突にやって来た電側員からの報告に、飛び上りそうになりながら尋ねた。
その直前まで自分が話しかけていたことなど、綺麗サッパリ忘れていた。
「で、どっちなの? 〈じんりゅう〉? それともリバイアサン!?」
「それが……」
勢い込んで尋ねるアイシュワリアに、電側員のクルーは言い淀んだ。
「それが……そのどっちでもありません」
バトルブリッジ中央のホロ
「信号確認、発見したのは〈じんりゅう〉貴下VS802艦隊所属の無人艦〈ラパナス改〉です!」
「な……」
予想外だった答に、アイシュワリアは返す言葉が出てこなかった。
そういえば、〈じんりゅう〉は【
今発見されたのは、その五隻の内の一隻に違い無かった。
超ダウンバーストを何とか潜り抜けた無人艦がいた事に、アイシュワリアはまず驚き、そして望んだものの発見では無かったことに、正直に言って落胆した。
「姫様、がっかりすることはありません。あの〈ラパナス改〉が、何か〈じんりゅう〉の居場所やリバイアサンの位置について、有用な情報を持っているかもしれません」
「そ……そうね」
デボォザが慰めるように告げた。
「〈ラパナス改〉にはデータブイで航行記録を木星上空
「うん……そうしてちょうだいデボォザ」
「姫様! 大変です!」
幾分、意気消沈しつつデボォザの案を了承しようとしたところで、またしても唐突にやってきた電側員からの報告に、アイシュワリアはまたもビクリとして振り返った。
「今度はなに!?」
「木星大赤斑上空を偵察中の無人偵察機セーピアーが、リバイアサンを発見しました!」
アイシュワリアは電側員に言葉の意味を瞬時に理解した。
〈じんりゅう〉ロスト以降、同艦捜索の為に多数飛ばした偵察プローブと無人偵察機の一つが、ついに功を奏したのだ。
電側員の報告と同時に、ブリッジ中央のホロ
「……」
アイシュワリアは息を呑んでそのホロ
超ダウンバーストの前から変化を続けていた大赤斑は、今や斑では無く巨大な渦へと変貌する直前であった。
渦の底はまだ塞がってはいたものの、際限無く降下を続けており、渦の底がどこへ繋がろうとしているのかは、想像もつかなかった。
その端に、渦の流れにそうようにして小さな光の粒が周回していた。
その光の粒がさらにズームされる。
大赤斑に比してあまりにも小さいが故に錯覚してしまいそうになるが、それは間違い無くシードピラーと同等かそれ以上のサイズがあった。
凹凸の激しい棒状のパーツを束ね、短いパイプ状にしたような船体、それは見まごうこと無きリバイアサン・グォイドであった。
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