♯5

 キルスティは生まれて初めて胃がキリキリと痛む感覚を味わいながら、船体にかかる負荷の数値を見守り続けていた。

 断続的に〈じんりゅう〉を揺さぶるUV衝撃破は、幸いにもまだ距離がある為に、船体を危うくするような物理的な脅威とは無っていなかった。

 それでも〈じんりゅう〉に衝撃破が襲う度に、思わず歯の隙間からしゃっくりのような悲鳴を漏らさずにはいられなかったのは、船体にかかる恐ろしいまでの木星大気の圧力を、〈じんりゅう〉機関長として把握しているからだ。

 オリジナルUVDの驚異的出力に支えられたUV防御シールドは、木星ガス雲深度2000キロを超えてもなお、〈じんりゅう〉の船体をガス圧による圧壊から守り続けていた。

 だがキルスティは知っていた。いかにオリジナルUVDに無限の出力があっても、それをUV防御シールドに変える装置には限界があると。

 ノォバ・チーフはあらかじめガニメデ基地にて〈じんりゅう〉船体各所のUVシールド発生グリッドに、外付け式UV防御シールド発生装置コンバーターを増設改修することで、この問題に対処していた。

 が、キルスティはそれで安心など到底できなかった。

 ここは確かに気体の海の底であったが、環境で言えば、地球のマグマの底とでも言った方が良いくらいなのだ。

 キルスティが見守る中、機関部コンソール上のモニター内で〈じんりゅう〉を包むUVシールドが衝撃破に翻弄され、OG空間に浮かぶ涙の粒のようにフルフルと震えていた。

 この状況下では、いかにオリジナルUVDの出力で展開されているといえど、UVシールドなど嵐の中のシャボン玉のようなものだとキルスティには思えた。

 そんな所で戦闘を行うなど、正気の沙汰ではない……そう声を大にして言いたかったが、グォイドがそこにいる以上、逃げることは許されないのだとも理解していた。

 しかし、どうしても膝が震え、冷や汗が止まらない。

 昨晩、先任クルー方の潜水艦映画のハシゴに付き合ってしまったのもまずかった。

 第二次大戦中の潜水艦戦闘を描いた作品内で、圧壊の恐怖に怯えながら敵爆雷を避ける為に限界深度を超えて潜航していくシーンが、何度も脳裏にフラッシュバックする。

 もし、万が一〈じんりゅう〉のUVシールドが限界に達したならば、自分達ごと〈じんりゅう〉の船体はクシャリと潰れ、残るのはオリジナルUVDだけとなるだろう。


 ――グォイドとの戦闘なら、もう経験したのに!


 キルスティの初陣たる、三日前の〈ナガラジャ〉の援護に駆けつけた時の戦闘では、色々と反省すべき点は多々あったかもしれないが、概ね上手くいったと思っていた。


 ――……なのに、なぜ初めてよりも二度目の戦闘の方が怖いの!?


 キルスティ自席のコンソールにしがみ付きながら、不可思議に思わずにはいられなかった。

 それは自分だけが、技術的な面での今の〈じんりゅう〉の危うさを理解してしまっているという事情もあれば、グォイドとの戦いが怖いものだということを、もう知ってしまったからという理由もあるのだろう。

 今のキルスティには、ただこの作戦が早く終わってくれることを祈ることしかできなかった。

 彼女には、まだ他にも懸念していることがあった。

 今度また実戦で【ANESYS】戦術マニューバを行った時、はたして私は彼女達とちゃんと一つになれるのだろうか? と。

 キルスティは木星赤道雲海上で行った初陣での【ANESYS】戦術マニューバの時の記憶を思い出した。


 ――あれは……まるで……。


「キルスティちゃん!? キルスティちゃん答えて!」

「は、はいッ!」


 考え事に夢中になり、ユリノ艦長に呼ばれていたのに一瞬気づかなかった。


「キルスティちゃん、今すぐ分析して教えて欲しいの。あそこに浮かんでるオリジナルUVDはなぜ勝手に稼働し続けているのか? あのUVエネルギーの噴出を止めることはできるかを」


 恐怖で指示を訊き逃したキルスティを咎める様子もなく、ユリノ艦長はただ真剣な表情で尋ねてきた。


「は、はいぃ?」

「キルスティちゃんよろしく頼むわね!


 エクスプリカ、あなたは〈じんりゅう〉の周りに漂っている肉片を分析。

 おシズちゃんは電算室へ移動して、稼働状態のオリジナルUVDがグォイドの仕業だとして、その現象が導くグォイドの企みを、メインコンピュータの【グォイド行動予測プログラム】にかけてみて。

 フォムフォムとクィンティルラはおシズちゃんに変って無人艦の指揮をお願い。

 ルジーナはグォイドとその交戦相手の補足を急いで」

 口をパクパクさせて絶句しているキルスティを放置して、ユリノ艦長は縦板に水のごとく指示をくりだした。

 指示に従い、シズ大尉が座席ごとバトルブリッジの床下に沈み、バトルブリッジ直下の〈じんりゅう〉メインコンピュータ・ルームへと移動すると「やった~!」「フォムフォム了解……」と今まで出番の無かったパイロット二人が、予備シートを引き出してシズ大尉の無人艦指揮席へ半ば無理矢理収まった。


「ミユミちゃん、無人艦の通信ラインは生きている? 上から何か追加情報は?」

「艦長、さそれがっきからのUV衝撃破でますますノイズだらけになっちゃって、上方の潜航限界になった〈ラパナス改〉3号艦との通信ラインが途切れちゃってます。追加メッセージは受信不能です。現状での作戦指揮所MCへの連絡は、〈じんりゅう〉を上昇させるかプローブを打ち出すしかないと思います」

「……分かったわ。上昇はまだしないからプローブ射出の準備だけしといて」


 とうとう作戦指揮所MCとの連絡がとれなくなった事実にも動じることなく、ユリノ艦長はそこまで指示を下すと、唇に拳をあてるようにして長考に入った。


 ――艦長には何か考えがある……?


 キルスティはそう願いつつ、自分も〈じんりゅう〉が孤立した事実から目をつむり、艦長より指示されたことを行った。

 キルスティは一応オリジナルUVDと【ANESYS】を専攻していることを買われて〈じんりゅう〉クルーになった身だ。

 幸いなことに、恐怖に身体は震えていても、オリジナルUVDに関することには思考は正常に働いてくれた。というより他のことを考えることで恐怖から目を背けただけかもしれない。

 現在、〈じんりゅう〉から観測される稼働しながら回転し続けるオリジナルUVDのデータをもとに、ユリノ艦長の問いに対する答えを導き出そうと試みる。


『オリジナルUVDはなぜ勝手に稼働し続けているのか? あのUVエネルギーの噴出を止めることはできるか?』



 キルスティは結論を出すとユリノ艦長の方を向いた。


「艦長、分析から結論が出ました」

「よし、聞かせて」

「あそこにあるオリジナルUVDが、なんの機械的補助が無いにも関わらず稼働し続けているのは、木星特有の強力な電磁波が、疑似的にオリジナルUVDを稼働させる電磁的アプローチを再現しているからだと思われます」


 キルスティは艦長から見える位置のビュワーに、観測されたオリジナルUVDの分析図を投影させた。

 画像の中で、オリジナルUVDの周りに強力な磁場が働いているのが、周囲を流れる粒子で描写されている。


「御存知のようにUVDやUVキャパシタのUVエネルギーは、磁気によってコントロールされています。

 どうやって稼働が始まったのかは分かりませんが、今、オリジナルUVDの周りには、オリジナルUVDにUVエネルギーの噴出を即す磁気の場が、故意か偶然か形成され、オリジナルUVDが回転することで大気がかき混ぜられることにより、それが維持されている状態です」


 キルスティは自分の説明がちゃんと伝わっているか、若干不安になりながら説明した。

 しかし、人類がグォイドに遭遇し、オリジナルUVDを手に入れ、グォイドの残骸からそれがグォイドの動力源であることを解明し、再現し起動に成功するまでの過程を説明している暇は無い。


「結論だけを言えば、オリジナルUVDの周りの磁場を、一瞬でもかまわないので消しさることができれば、あのオリジナルUVDからのUVエネルギー噴出は止まります」


 キルスティは言いきった。この説明には肝心なことが抜けていることを承知で。


「……で、具体的にはどうすればいいの?」

「え……え~と」


 その肝心なことそのものズバリを艦長に問われ、キルスティは言葉に窮した。

 あのブンブン回転しているオリジナルUVDから、周りの磁場を引き剥がす方法なんて、そもそも存在するのだろうか……?


「艦長! 索敵圏内左舷九時方向にナマコ・グォイド発見! それと大変デス! コレを見て下さい!」


 キルスティの思考は、突然のルジーナ中尉の叫び声でかき消された。

 バトルブリッジ中央に、〈じんりゅう〉から左舷九時方向にある大赤斑中心部のオリジナルUVDにかけてのホロ総合位置情報図スィロムが投影された。

 〈じんりゅう〉と先頭を航行している〈ラパナス改〉一号艦、さらにその〈ラパナス改〉から発射された先行偵察プローブによって得られた位置情報が、位置情報視覚化LDVシステムによって視覚化されたもののホロ総合位置情報図スィロム版だ。

 〈じんりゅう〉と台風の眼にあたる大赤斑中心のオリジナルUVDとの中間よりやや大赤斑よりの一点で、ルジーナが操作していると思われる矢印型ホロカーソルがブルブル震えていた。

 そのカーソルで示された薄ピンク色の雲流の中に、確かにナマコ型潜雲グォイドが航行しているのが見えた。


「こ、こここここにいたのデス」

「落ちついてルジーナ、ナマコ・グォイドなら見えてるわよ」

「違います! 見えたのはグォイドの交戦相手デスゼヨ!」

「え、なにも見えないわよ?」


 ホロ総合位置情報図スィロム内のカーソルをグルグルと動かし続けながら、ルジーナ中尉は切羽詰まった声で訴えた。


「それで、どんな姿だったのだ?」

「それが……」


 カオルコ少佐の問いに答えようとしたルジーナ中尉の言葉は、途中で途切れた。

 クルーが見守る中、ルジーナ中尉が指示したカーソルの下、ホロ総合位置情報図スィロム内の雲流の一点から、真っ白い蛇のような物体が、弧を描いて浮上し、また雲海へと沈んでいくのが見えたからだ。


「い、生き物ぉ……?」


 ユリノ艦長が、皆の胸中を代表するかのように呟いた。










 同時刻――〈ヘファイストス〉作戦指揮所MC――。


「どうか落ちついて下さい! 私共としましても、他意があって情報を小出しにしていたわけでは無いのです」

 

胸倉を掴まん勢いでテューラに詰め寄られ、クロヴチは初めてうろたえた顔を見せながら訴えた。


「なら知っていることをちゃっちゃと話せ!」

「はい……」


 クロヴチはスーツの襟を正すと、咳払いをしてから口を開いた。


「ドクター・スィンの研究資料については、不完全ではありますが資料を入手することができました。ですが……その……控え目に言っても荒唐無稽といいますか、信用することに対抗を感じる内容でして……」


 ノォバはテューラに睨まれて脂汗を浮かべながら語るクロヴチを見て、初めて彼に幾ばくかの共感を覚えた。

 グォイド発見の報の直後から〈じんりゅう〉との連絡が付かなくなっていた。しかも発見したグォイドは何者か交戦中であったという。

 〈じんりゅう〉との連絡途絶は、そのグォイドと何者かとの交戦に巻き込まれた結果としか思えなかった。

 こういう状況下でテューラに逆らうのは得策では無い。


「御託はいいから早く話せ! 下に潜ったグォイドは一体何と交戦しているんだ!?」

「あ~……こういう事は準を追って話さないと誤解を招くと思うのですが………………」


 クロヴチはテューラの殺意を帯びた視線に、結論から話す道を選んだようだ。


「あ~こほん! 誤解を恐れずに、私個人の主観に基づいた見解を述べるならば……今、下でグォイドと戦っているのは……ドクター・スィンが大赤斑の奥底で発見し、培養した原初のグォイドを培養した【木星産のグォイド】……の一種だと私は考えています…………いますのですが~……」


 クロヴチはそこまで話したところで、ノォバとテューラの反応を窺った。


「……おや、怒ったり笑ったりしないんですね?」


 ノォバはクロヴチの問いに、しばし答えられなかった。

 もちろん、クロヴチが言うように、怒ったり笑ったりしたくなかったわけではないが、今の状況ではどちらもできず、なんとか「続けてくれ」と絞り出すのが精いっぱいであった。


「……いいでしょう。その結論にいたった経緯を説明しましょう。

 私共の入手したドクター・スィンの研究資料によれば、彼はオリジナルUVDとグォイドの関係を解き明かすことで、【グォイドの起源】の謎を解こうと考えていたようです」


 クロヴチは説明を続けた。










 深宇宙より飛来し、土星圏衛星タイタンにグォイド・スフィアグォイド艦建造基地を構築し、地球にシードピラー播種柱を打ち込むことで惑星改造テラ・フォーミングを行んとする謎の敵性異星体【グォイド】は、人類の駆る航宙艦のような機械というよりも、生物に近しい存在であることが、これまでの戦闘で手に入れた残骸の研究から判明していた。

 例を上げれば、グォイド艦を構成する物質は、残骸になると急激に劣化し脆くなる。

 これはグォイドの船体が、生物でいうところの血液の代わりに、UVエネルギーを循環させることによって強度が維持されているからだ。

 またグォイドの残骸を調べた限り、グォイド艦が、部品を組み立てられることによって建造された形跡が見付からなかった。

 そしてグォイド艦は、グォイド本拠地であるタイタンの構成物質と同じ物質で構成されていることが分かっていた。

 それはつまり、グォイド艦の巨体が、タイタンに構築されたグォイド・スフィア内で、タイタンを原材料にして成長あるいは培養されることによって建造されたことを物語っていた。

 これらの事実から、グォイドは進化の果てに到達したある種の知的生命体か、またはどこかの母星にいるまだ見ぬ知的生命体によって送り込まれた、バイオ自立行動兵器・兼惑星改造マシンなのではないかと思われていた。

 しかし、この説には、組み込まれていない謎の存在が一つあった。


 オリジナルUVDである。


 絶対破壊不可能にして無限のUVエネルギーを放出するオリジナルUVDは、最初のグォイド船に搭載される形で太陽系に飛来したものの、グォイドが持つ様々な特性との間には、UVエネルギーの存在以外、一切の関連性が認められなかった。

 その謎の解明に挑んだのがドクター・スィンであった。

 彼はオリジナルUVDが初期グォイドに搭載されて太陽系にやって来たわけではなく、グォイドがオリジナルUVDに寄生するかたちで太陽系にやってきたのではないか? という仮設をたてていた。


「ドクター・スィンーの仮説によれば、オリジナルUVDの方が最初に宇宙を旅していて、そこにグォイドの先祖にあたる原始的生命……あるいはそれに近い存在、いわゆる微生物的なものが寄生し、進化していった結果、現在のグォイドになったのではないか? と唱えています。

 そして、その仮設を裏付ける為には、最初期に飛来したシードピラー内にあるオリジナルUVDを仔細に調査すれば良いと語っています」

「なんでよ?」

「もう人類との戦いで太陽系使用に進化してしまったグォイドでは無く、まだ人類との戦闘を味わっていないグォイドを調べれば良いってことだろ?」


 テューラの疑問に、ノォバはクロヴチに先んじて答えた。


「だが最初期に飛来したオリジナルUVD搭載グォイドなんてもう存在しないし、したとしても調査なんて現実にゃ無理な話だ……だが、木星大赤斑の奥底で見つけてしまったわけだ……まっさらなオリジナルUVDを……」

「断わっておきますがノォバ大佐、私も件の連中が、何故木星の大赤斑の底にオリジナルUVDがあると分かったのかは知りません。心あたりもありません。

 ついでに何故、件の木星軌道エレベーターが倒壊したのかも皆目分かりません」


 クロヴチは弁解するように言った。


「まぁ過程はさて置き、レフト・アウトだか〈ユピテルOEVコーポ〉だか知らないが、そいつらは大赤斑のそこにオリジナルUVDがあることを知り、人知れず回収を企て、ドクター・スィンはその軌道エレベーターの底で、自分の仮設を証明すべく研究をしていたわけだ……そして……」


 テューラの言葉の続きを、しばらく誰も口にはしたがらなかった。


「……で、ドクター・スィンは見つけてしまい、そして……育ててしまった……ってのか? その微生物的グォイドの先祖を」

「そう考えていますテューラ司令」

「それで育てた結果どんな生物になったのかは分かっているのか?」


 クロヴチは首を振った。


「私共が入手できたのは、ドクター・スィンが木星軌道エレベーターでの研究を行う以前の研究資料のみでして、木星大赤斑の底でドクター・スィンが何を発見し、どう育ててしまったかについての情報は入手していません」

「ドクター・スィンからの内部告発じゃ何か言っていないの?」

「匿名での内部告発は、〈ユピテルOEVコーポ〉の封筒に入れられ郵送されてきたものです。

 中身は同社の不振な動きを密告して許しを乞う短い文書と、16文字の暗証コードらしきものが書かれた紙片、先ほどお見せした大赤斑奥底のオリジナルUVDの写真……のみでした。

 その16文字の内、最初の8文字は、倒壊した木星軌道エレベーター内のドクター・スィンのラボの部屋の位置を示すものだと分かっています。残りの下8文字は、他の何かしらの暗証コードの類いではないかと……」

「ドクター・スィンの木星軌道エレベーターラボでの研究資料でも、その暗証コードで開けってのかい? 木星の雲海に沈んじまったラボまで行って?」

「さぁ、そこまでは……。そもそも、レフト・アウトと〈ユピテルOEVコーポ〉の不穏な動きを追っていたところ、内部告発と同時にドクター・スィンが不審な事故死をし、ぶち当たってしまった案件でして……分からないことだらけなのはご容赦頂きたいところですな」


 クロヴチは、どこか晴れ晴れとした表情で言った。言うべきことを出し切ってスッキリしたのかもしれない。


「ああ! ですがドクター・スィンの仮設では、現在知られているグォイドが、人類との戦闘に対応するよう進化しているように、木星雲海の底で発見されたグォイドの先祖も、木星の雲海の底の環境に適応するよう進化していくんじゃないですかねぇ? 私見ですが」


 クロヴチはどこか他人事のようにそう言うが、ノォバには木星環境に適応したグォイドなどそう容易く想像など出来なかった。









「今の……何か……ヘビっぽかった?」

「長くて白かったぜ」

「竜の背中みたいだったな」


 ――〈じんりゅう〉バトル・ブリッジ。

 一瞬だけホロ|総合位置情報図スィロムに見えた謎のグォイドの交戦相手に、ユリノ艦長が誰ともなく尋ね、クィンティルラ大尉とカオルコ少佐が、自分の見たものを確かめるよう答えた。が、誰も自分が見たものに明確な答など出せなかった。


「ルジーナ、グォイドにもあの白くて長いのにも、こっちはまだ見付かっていないのよね?」

「はい艦長、こっちはただ潮流に乗って移動しているだけなので、すくなくとも索敵結果からは被発見の兆候は見られませんデス」


 ユリノ艦長の懸念にルジーナ中尉が答えた。

 グォイドにも、あの白く長く気味悪い物体にも、まだ見付かっていないことが確認できて、キルスティはほっとした。


「分かったわルジーナ。エクスプリカ、今の記録を呼び出して分析、スペックを割り出して」

[モウヤッテイル]


 シズ大尉が電算室で他の分析中な為、ユリノ艦長はエクスプリカに命じたが、彼は既に分析を始めていたようだった。


[ホロ|総合位置情報図スィロムニ映ッタノハ、〈らぱなす改〉一号艦ガ放ッタぷろーぶノ索敵情報ヲ可視化シタモノダッタ。今、当該でーたノミヲ抜キ出シテミル]


 エクスプリカの言葉と同時に、メインビュワーの隅に別ウィンドウが開き、先ほど見えた白く長い物体が投影された。


[全長約1500めーとる、直径約80めーとるノちゅーぶ状ノ軟質ノ物体、構成物質ハ先程分析ヲ命ジラレタ前方ヲ浮遊シテイル軟質物体ト同ジ、珪素化合物ノ一種ト考エラレル]

「ながっ!!」

「全長1500メートルって言ったか? 〈じんりゅう〉の四、五倍はあるじゃないか!」


 クィンティルラ大尉とカオルコ少佐が、ビュワーに映った物体を見るなりそう漏らした。


「こいつがナマコ・グォイドと戦っているっていうの?」

「そうみたいデスよ艦長! ナマコ・グォイド及びその交戦相手、大赤斑中心部に続々発見デス!」


 ルジーナの報告と共に、ホロ総合位置情報図スィロムに映るオリジナルUVDの周囲に、ナマコ型潜雲グォイドと白い蛇のような物体が、アイコンのポップアップと共に次々と投影されていく。

 先頭の〈ラパナス改〉一号艦の放ったプローブが、大赤斑中心部のオリジナルUVDに近づいたことで、索敵範囲内にグォイド共が収まったのだ。


「ナマコ・グォイド七隻、例の交戦相手……え~と白ヘビ状アンノウンは三……匹確認!」

「うぇ、まだそんなに潜っていたのか、ナマコ・グォイドの奴は」


 無理矢理謎の交戦相手に命名しながらのルジーナの報告に、カオルコ少佐がぼやいた。

 木星赤道上空で〈ナガラジャ〉と共に多数沈めたナマコ型潜雲グォイドは、把握されていた以上の数が、すでに木星に潜航していたのだ。

 残りは七隻かもしれないが、先ほどからの白ヘビ状アンノウンとの戦闘で沈められた数も含めると、相当数のナマコ型潜雲グォイドが人知れず木星雲海の底に沈んでいたことになる。


「でも、あの……白ヘビ状アンノウンは、どうやってナマコ・グォイドと戦っているんだろう?」


 ユリノ艦長がホロ総合位置情報図スィロムを見つめながら呟いた。

 その答は、すぐに知ることができた。

 ホロ総合位置情報図スィロム内で、一匹の白ヘビ状アンノウンが、その恐ろしく長い身体をくねらせながらナマコ型潜雲グォイドの後方から近づくと、頭の部分長さの二割程を残して身体の後ろ側が縦に避けて六本の触手のようになり、前方のグォイドに絡みつかせた。

 その光景を見守っていたクルーたちから、小さく「うげっ……」という悲鳴が漏れるのが聞こえた。

 一見、ナマコ型潜雲グォイドに対し、サイズはあるものの、見るからに柔らかそうな白ヘビの触手が巻き付いたところで、効果など無さそうに見えた。

 実際、白ヘビの触手はナマコ型潜雲グォイドのUVシールドに阻まれ、その船体自体には直接触れていないようであった。

 しかし、白ヘビの触手に巻きつかれたグォイドのUVシールドは、クルー達の見守る中、まるで力が出なくなったかのようにみるみるしぼんでいき、船体への触手の直接接触を許すと、ナマコ型潜雲グォイドの船体は触手に締め上げられるままにグシャリとひしゃげて圧壊した。


 ――UVエネルギーを吸っている!?


 その光景を見守っていたキルスティにはそうとだとしか思えなかった。

 圧壊したナマコ型潜雲グォイドは爆発してUV衝撃破を発することもなく、後には心なしか前よりも巨大になった白ヘビの姿だけが残されていた。


「白ヘビというよりも白イカね……でも……」


 ユリノ艦長の呟きはそこで途切れた。

 彼女の視線はホロ総合位置情報図スィロムに映る別の白ヘビに移っていた。


「でも……あんまり強くは無いかも……」


 艦長が続きを呟くなか、別の白ヘビ状アンノウンが、ナマコ型遠雲グォイドの放つUV弾頭ミサイルによって、あっさりと粉々にれていった。


「攻撃手段があの触手による締め上げ攻撃しかないのなら、飛び道具のあるナマコ・グォイドの方が有利そうだな」


 同じ光景を見ていたカオルコ少佐が言った。それが観測されたナマコ型潜雲グォイドよりも、白ヘビ状アンノウンの方が少ない理由なのかもしれない。


「よし、これからはあのアンノウンのことはスネークイドと呼称しましょう!」


 唐突なユリノ艦長の宣言に、クルー達は「えっ!?」という顔で彼女の方を振り向いたが、まぁ名前はいずれ必要だし……と納得したようだった。


「……で結局この状況はなんなのだ? ナマコ・グォイドが木星に潜り、大赤斑が移動しているから追い掛けてみたら、ガス雲の底では稼働状態のオリジナルUVDがあって、それを巡ってナマコ・グォイドと白ヘビ……じゃなかったスネークイドが戦っていた……ってのは?」


 未だに出番の来ないカオルコ少佐が、状況に飽きあきしたかのようにぼやいた。

 だが、彼女の問いに答えられるクルーなどいはしなかった。


「おシズちゃん? 電算室での【グォイド行動予測プラグラム】の答は出た?」


 ユリノ艦長が〈じんりゅう〉電算室に向かって艦内通信で尋ねた。


『艦長、スネークイドの登場による新たな計算要素の追加で、【グォイド行動予測プラグラム】の信用度はかなり落ちてしまいましたのです。それでも良ろしければ、幾つかのグォイドの企みについての予想が出ているのです』

「かまわないわ。一番確率が高いのを聞かせてちょうだい」


 おシズ大尉からのユリノ艦長への答はとても自無さ気だったが、それでも艦長は気にしないようだった。


『……分かりました艦長、メインコンピュータが出した最も高い確率の予測によれば、18%の確率ですが、グォイドは木星の【恒星化】を目論んでいる……と出ているのです』

「恒星化ですって?」

『はいなのです艦長』


 スネークイドの映っていたビュワー内のウィンドウに、下から送られてきたと思われる大赤斑断面図の映像が投影された。


『木星は【太陽になりそこねた星】と呼ばれることもある程、太陽とよく似た構成物質で出来た星です。

 ですが実際は質量があと80倍程足りない為に、恒星化などありえないと言われています。

 しかし、逆に言えば、質量をあと80倍増やせば、木星は人為的に恒星化可能ということになります』


 ウィンドウ内の大赤斑の底で、オリジナルUVDがUVエネルギーを放出させながらさらに降下していった。


『オリジナルUVDは、御存知のように破壊が絶対に不可能な程頑丈であり、無限のUVエネルギー出力があります。そしてUVエネルギーは、我々人類が艦内の【人口重力】システムでも使っているように、疑似的重力を発生させることができます』


 UVエネルギーをふりまきながら木星中心部までオリジナルUVDが沈んでいくのに合わせ、画面がズームアウトしていき、木星全体を映していく。

 オリジナルUVDが木星中心部に到達すると、噴出したUVエネルギーは、もう木星の外に出ていくことも消滅することもできなくなり、木星中心部で際限なく蓄積されていく。するとクルーの見守る中、木星は中心部にUVエネルギーを溜めこむ一方で、急激に縮み始めていった。


『稼働状態のオリジナルUVDが木星中心部でUVエネルギーをふりまき、疑似的に木星の重力を増やせば、見掛け上の質量は、恒星化可能なレベルまで大きくすることが理論的には可能です。木星中心部で、疑似重力が恒星化限界点に達すると、木星恒星物質であるヘリウムが核融合反応を開始し、木星は爆縮し恒星へ……第二の太陽となります』


 急激に縮んでいった木星が、ある瞬間、爆発したかのように猛烈な光を放ち、クルー達が一瞬つむった眼を開けると、そこには新たな太陽が誕生していた。

 しばらくの間は、誰もなにも言わなかった。

 バトル・ブリッジには、ガス流の風鳴りと、時おり響くUV衝撃破だけが響いていた。


「ちょ~超~大事じゃん!」


 場の空気をぶち壊すようにクィンティルラ大尉が叫んだ。

 確かにこの予測が事実ならば大事だった。


「しかし、グォイドがなんで木星を太陽化したがるのだ? それは確かに人類にとっては大打撃かもしれないが、打撃を受けるのは短期的には木星近傍の人類だけだろう?」

『それは、土星圏タイタンにあるグォイド本拠地内の、オリジナルUVDを使用したUVDプラントに恒星化した木星のエネルギーを回す為ではないか? ……とメインコンピュータは予測していますのです』


 カオルコ少佐の当然の疑問に、おシズ大尉が答えた。


『人類が太陽近傍に人造UVDプラントを建造して、太陽のエネルギーを利用して高出力人造UVDを大量生産しているのに対し、グォイド本拠地の土星圏は太陽からあまりに遠く、恒星のエネルギーの恩恵を受けられません。

 グォイドは木星を恒星化することで、この事実を覆そうとしているのかもしれないのです』


 おシズ大尉の説明に、カオルコ少佐は納得したのか何も言わなかった。

 再び沈黙が訪れた中、クルー達の視線は、唇に拳を当てて、もう片方の手で三つ編みにした髪の毛の先をいじりながら、ただじっと考え続けるユリノ艦長へと集まった。


「キルスティちゃん!」

「は、はひぃ!」

「さっきお願いしたオリジナルUVDの止め方は思いついた?」


 唐突に話しかけられ、キルスティは席から飛び上りそうになった。


「は、はい……一応考え付きました。


 ……え~っとですね、要はオリジナルUVDの周りの磁場を無くしてしまえば良いわけなんです。

 それには、オリジナルUVDの周りの大気を吹き飛ばし、一瞬でも構わないので周辺を真空宇宙と同じ環境にした上で、オリジナルUVD周辺の磁場を相殺する磁力を当てれば、オリジナルUVDは再び停止状態になるはずです。

 それを現状で手っ取り早く行う為には、UV弾頭ミサイルをオリジナルUVDのそばで起爆させ、爆風で大気を吹き飛ばしつつ、同時に起爆時のEMPを利用して磁場を除去するのが最も有効でしょう……ですが」


「ですが何?」

「必要な破壊力と磁気コントロールの必要性から言って、本艦や〈ラパナス改〉搭載のUV弾頭ミサイルでは、全弾を一度に発射したとしても、一度に正確にコントロールして起爆しなければならない関係上無理です。

 この案を実行するには、上空の〈ヘファイストス〉に用意されている大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルを使う必要があります……ですがそのコントロールには……」

「【ANESYS】戦術マニューバを使わなければならないのね?」


 キルスティの言わんとすることを、ユリノ艦長は既に理解していた。

 【ANESYS】戦術マニューバを使い、大型耐圧特殊UV弾頭ミサイルの誘導と起爆タイミング、磁場のコントロールを行うということは、木星大赤斑の深々度という最悪の通信環境では〈じんりゅう〉が爆発圏のすぐ傍で、無線コントロールしなければならないということでもあった。

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