♯4
ガニメデ基地を出立するまでの三日間、〈じんりゅう〉と〈ラパナス改〉の改修作業に追われて一睡もできず、ようやく30分の仮眠がとれたのは、作戦名【紅き潮流】開始から二時間後のことであった。
ジャリジャリするあご髭を撫でながら、仮眠室から〈ヘファイストス〉中央作業指揮所に戻ると、ノォバ・ジュウシローは驚いた。
「テューラ……お前さんここにいて良いのか!?」
「私がいなくても〈リグ=ヴェーダ〉にゃ問題は無いが、技術支援チーフが〈ヘファイストス〉から離れたら、作戦に支障をきたすだろう?」
ノォバの問いに、ホログラムでは無い生身のテューラは、コーヒーの香りが漂うマグカップを傾けながら答えた。
「それにホロ通信にはもう飽きたしな」
作戦状況を投影したビュワーを見上げながらそう言うVS艦隊司令に、ノォバは呆れると同時に、司令が留守の〈リグ=ヴェーダ〉を任されたであろう彼女の
確かにいちいちホロ通信で話すより、こうして直接会って話しあった方が、色々と効率が良いような気がしなくもない…………が。
――……ってことは、この〈ヘファイストス〉が【紅き潮流】の
ノォバは “それはそれで面倒そうだなぁ” という感想を、辛うじて呑みこんでおいた。
――――〈じんりゅう〉潜航開始から二時間破半と少し――――。
テューラは早くも痺れを切らしかけているらしかった。
いつもの宇宙での戦闘ならば、待つのが仕事と言っても良いくらいなのだが、今回は状況が違う。
〈じんりゅう〉は未だかつて人類が到達したことのない領域……それもオリジナルUVDが無ければ生きてはいられないよう、高温高圧かつ強大な電磁波が飛び交う場所で任務中なのだ。
一刻も早く任務を達成し、あんな危険極まりない場から帰還してほしいと、ノォバも思っていた。
「エクスプリカ、〈じんりゅう〉の様子はどうだ?」
[……のぉば・ちーふ……現在……りゅう〉ハがす深度2020キロ、大赤斑中心部カラ300キロ西南西ヲ降……中]
数秒のタイムラグの後に〈じんりゅう〉から返ってきたノイズ混じりの報告に、ノォバはふ~むと鼻から息を漏らして腕組みした。
[……事態ニアラタナ展開ナシ………ハ敵航跡ト思ワレ……UVえね……ヲ…跡中]
クルーにガス潮流内の操艦に集中してもらう為に、木星上空
その音声には、潜航深度が下るにつれてノイズが混じり始めていた。
「やはり、思っていたようにはいかない……か?」
テューラがノォバの顔を窺いながら訊いて来た。
ノォバは何も言わなかった。が、沈黙はイエスと答えたのと同じだった。
先行偵察プローブが発見したガス潮流に乗り、再び敵UV推進の航跡と思しきUVエネルギーを検知し、追跡を開始した〈じんりゅう〉は、【ANESYS】製
しかしガス雲深度2000キロを超えてもなお、グォイドとの会敵は果たしてはいないかった。
この時点で、木星上空の〈ヘファイストス〉他の艦と〈じんりゅう〉との意思疎通は、リレー通信の中継を行う無人艦〈ラパナス改〉と〈ラパナス改〉の間隔を限界ギリギリまで広げることで辛うじて確保されていたが、ガス雲深くに潜航したことにより、送受信可能な情報量は辛うじて音声言通話が可能なレベルにまで落ちていた。
問題はそれだけでは無い。
オリジナルUVDを搭載していることで、人類史上最強といっても良いUVシールドが展開できる〈じんりゅう〉とは異なり、UV出力に劣る人造UVD搭載の無人艦〈ラパナス改〉は、無人であるが故に必要とされない生命維持用のリソースを回すことで、辛うじてガス雲深部への潜航を可能にしていたのだが、それにも限界があったのだ。
ガニメデ基地での改修により、辛うじて二隻の〈ラパナス改〉だけ潜航可能深度を底上げされたD型へ改修されてはいたが、残りの三隻までは物理的な改修が間に合わず、深度1800キロで潜航限界を迎え、リレー通信を形作る単縦陣の上方へと回されてしまっていた。
現在、限界潜航深度に達した物理改修のなされていない〈ラパナス改〉三隻は、〈じんりゅう〉の真上を、三層の環状にそれぞれの深度で大赤斑を周回し、リレー通信の中継に務めていた。
残る〈じんりゅう〉と〈ラパナス改〉D型の三隻の単縦陣は、先頭に〈ラパナス改〉
つまり、いざこれからグォイドを発見、戦闘となった場合、〈じんりゅう〉の前には一隻の無人艦〈ラパナス改〉しかいないことになる。
総数不明の敵ナマコ・グォイドと相対するにはいささか心もとない状況だ。
後衛の〈ラパナス改〉D型も前方へ回してしまう選択肢もあったが、後方への索敵に難がある関係上、現在はこの配置が採用されていた。
できることならば、会敵と戦闘自体は、無人艦に任せ、それを〈じんりゅう〉が後方から指揮するという形にしたかったのだが、もうそれは無理な相談という他無かった。
「思った通り…………というか願望通りにはならなかった……と言うべきかな」
ノォバはポツリと呟くようにして、思い出したようにテューラに答えた。
我々は事を焦り過ぎたのかもしれない……と、思わずにはいられなかった。
無人艦全てを改修してから、あるいはもっと多くの艦艇を確保してからじっくり木星大赤斑を調査するべきだったのでは? とどうしても考えてしまうが、そうはできない事情があった。
まず、偵察プローブが発見したグォイドのUV推進航跡は、時間が経てば経つ程消えていってしまい追跡が困難になってしまう。
作戦開始は今でもギリギリのタイミングだったのだ。
さらに、大赤斑が木星赤道の直上まで移動しているという異常極まりない現象が迫っていた。事態の楽観は許されない。
一体、何をどうすれば大赤斑がこのような短期間に移動するというのか? その答はまだ出ていないのだ。
人類初の木星深部潜航は、新たなデータを膨大にもたらしはしたが、それは謎の手がかり以上にはなってはくれなかった。
「グォイドの位置や目的について、何か仮設は出て無いのか?」
テューラの問いに、ノォバは無精ひげを撫でながらふ~むt考えこむと口を開いた。
「追跡しているUV推進航跡の濃度からみて、大赤斑中心部の奥底にグォイドがいることは間違い無いとは思うがな。
あと手がかりと言えるか分からないが、グォイドがいると思われるエリアに近づく程、ガス潮流内に一種のケイ素化合物が含まれていることが分かったくらいだな。今、こいつ利用してグォイドの位置を絞ろうとしているところだ」
「ふ……ふ~ん」
テューラに今の説明の意味が分かったか怪しいが、ノォバは一応報告しておいた。
ケイ素化合物については、おそらく、グォイドの放つUV推進のエネルギーが、木星大気と科学反応した結果なのだろうとノオバは考えていた。
これが事実ならば木星内のグォイド追跡に有用かもしれないが、なにしろまだ発見されたばかりの事象である為、今すぐには役に立たない。
何か情報が欲しい。事態を前に進める為の何かしらのヒントが。
ノォバは顔には出さなかったが、切実にそれを望んでいた。
自分達は時間に追い立てられるあまり、あまりにも無策に〈じんりゅう〉を木星深部へ送り込んでしまったような気がしてならなかったのだ。
グォイドは無策に撃破されるのを待つ程、考えなしに木星に潜ったなどとは思えなかった。
これまで人類は、グォイドの知略を虫か獣レベルのものと考え甘く見てきていた。
だが、第五次迎撃戦でのグォイドは、別働隊に分離し、ケレスを狙ったシードピラーを慣性ステルス航法で送りこむ等の絡め手を使ってきている。
今回もグォイドなりの企みと勝算があって木星に潜ったのではないだろうか……。
このまま、なんの謎も解明されない状態でグォイドと遭遇して、はたして〈じんりゅう〉は勝利し無事帰還してこれるのだろうか……?
ノォバは義妹にして、娘の叔母を亡くすことだけは避けたかった。
――手がかりをくれ! なんでもいいから! 手がかりを!
ノォバが切実に望む物がもたらされたのは、意外にも木星ガス雲の奥底からではなく、突如〈ヘファイストス〉に来訪してきた一人の人物からであった。
「SSDF後方支援部・情報調査室・別室のクロヴチ中佐……ですか」
一枚のカードに書かれている情報を音読しながらテューラが尋ねた。
UVD搭載の高速シャトルに乗って〈ヘファイストス〉を訪れたその人物は、とってつけたような感情のこもっていな笑みを浮かべながら、「こういうものです」とその名刺を指しだしてきた。
「御存知無い方も多いようですが、私共は、いわゆるSSDF航宙士の方々が、心おきなくグォイドと戦えるように、人類側からの妨害を取り除くのを仕事としている部署です」
木星赤道上空には全く似つかわしく無い、黒スーツの細身の中年男性はそう語った。
「ああ、内部調査部とは違いますよ。すくなくとも今回訪れたのはそれが理由じゃありません」
とってつけたように言い添えるクロヴチとやらに、ノォバとテューラは何と答えたら良い物か、すぐには声が出てこなかった。
〈ヘファイストス〉内、人払いされた休憩室の一画。
はるばる地球から来たと言う突然の来訪者は、二人に火急の用件があるといい、ここで話しあいを持つことになったのだった。
作戦中にそのような事をしている暇は無いと言いたかったが、そのクロヴチ中佐という人物は、見た目の胡散臭さとは裏腹に、SSDF上層部からの正式な許可を得てきていた。
「あ~、え~っと、その情報何とかの方が、何故、今ここに?」
急用ならばなぜ長距離通信で伝えないのか? という念を込めながら、ノォバはテーブルの反対側に座るクロヴチに尋ねた。
「話せば長くなるのですが、どうもこの木星大赤斑の近傍で、何者かによる陰謀……というか企みが進行していたようなのです。
いや~、それにしても、ようやく追いつくことができて良かった良かった。〈じんりゅう〉が〈斗南〉を出発した直後に地球を旅立って、〈ワンダービート〉でもガニメデ基地でもあと一歩の所で追いつけなかったものですから、はっはっは」
そう言ってハンカチで額を拭いながら、出されたコーヒーをすするクロヴチに、ノォバとテューラは、ただ「は……はぁ」としか答えることができなかった。
要するに直接じゃないと伝えられない内容であるらしい。
――木星で何がおきているって?
いま一つ彼の言っていることができないノォバを余所に、クロヴチはまず自分がどにような仕事をしているのかを語りだした。
グォイドとの遭遇から半世紀、人類はこの未曽有の危機に国家、人種、文化の垣根を超え、手に手をとって強力しあい一丸となって戦っていた……というのは、人類の願望であり現実では無かった。
実際のところは、グォイド遭遇以前から宇宙進出に成功した〈ステイツ〉〈アライアンス〉〈ユニオン〉〈ASIO〉そして〈日本〉の五大国家間同盟と、
それは同時にグォイドとの戦いに参加しなくて済むというメリットでもあったが、ただ受け身にならざるおえないグォイドによる被災と、五大国家間同盟が独占したUVテクノロジーをはじめとした先進技術の恩恵に授かれないことによるストレスは、一部の
「……まぁグォイドによる被災で家族と金と健康を無くしてしまった人々の憎しみが、遠い宇宙から来る謎のグォイドと、先に宇宙進出し、UVテクノロジーを独占している他の人類とのどっちに向きやすいか? と言われたら、たとえ理屈では憎むべきはグォイドだと分かっていても、人の心は憎しみやすい方を憎んでしまいがち……という話ですな」
クロヴチは少しも割愛されていない前置きを続けた。
「もちろん、レフト・アウトの人々はいきなり宇宙で戦う人類を憎みだしたというわけではなく、そういう人々の悲しみや苦しみにつけこんだ新興宗教やら犯罪組織やらが、違法な利益を得ようと誘導した結果なのですがね。そういった人々から、SSDFの航宙士の方々の任務遂行を守るのが、我々の仕事なわけです」
「噂程度には聞いている。血なまぐさい話だったがな」
テューラが嫌そうな顔を隠さずに言った。
そういった様々な理由によって、地球の
SSDFの人間は、基本的にその手の地球の事態について語るのを好まなかった。
グォイドに滅ぼされるか否かの時に、人間同士で争う愚かさは、自分達がこの宇宙に存続するに値しない証拠のように思えてしまうからだ。
ノォバも地球の一部地域でのそういう荒んだ事態は知ってはいたが、それが今の木星とどう繋がるのかまでは分からなかった。
「一方で、新興宗教や犯罪組織に属することなく、自力で五大国家間同盟に匹敵する技術を手に入れ、宇宙開拓に挑む
今から約六カ月前、いわゆるケレス沖会戦の直後、我々がマークしていたとある民間企業内から匿名での内部告発がありました」
クロヴチはそこまで話すと、携えたアタッシュケースを開け、何枚かの大判の二次元モノクロ写真を取り出し、テーブルへと並べた。
「その告発のあった企業というのが、今、我々の下にある大赤斑のそばに軌道エレベーターを建造した〈ユピテルOEVコーポ〉でして、その告発内容……匿名で送られてきた情報の一つがこの写真なわけです」
ノォバはテューラと共に差し出された写真を手にとって見てみたが、それは一目見ただけではなにか靄が渦巻いているようにしか見えなかった。
「ああ、これを使って下さい。それはどうやら木星軌道エレベーターの最下部から撮影されたものらしいのです」
クロヴチはそう言って、二人にアナログ式ルーぺを指しだした。
ただの枠のついたレンズでしかないそのルーぺは、何らかのトリックを仕掛けたわけでは無い事を証明する為なのかもしれない。
言われるがままに、そのルーぺを使って写真の隅々を睨むこと数秒、その写真の意味することを、二人は発見できた。
「これっ……てアレか?」
自分の目が信じられないかのようにテューラが訪ねた。
ノォバはすぐには答えられなかった。が、口に出さずとも結論はすでに出ていた。
「〈ユピテルOEVコーポ〉は、表向きは民間企業でしたが、実質は
しかし、私の専門外なのですが木星に軌道エレベーターを建設するのは、静止衛星軌道の位置と衛星イオの軌道が近過ぎて大変難しいそうですね?」
「ああ、まともに木星赤道上に軌道エレベーターを建設しようとすると、衛星イオに衝突してしまう高さのものを建てなきゃらん。だから〈アライアンス〉も〈ユニオン〉も自前じゃ建てなかったんだ」
ノォバはクロヴチに即されるがままに答えた。
「ええ、そこでこの〈ユピテルOEVコーポ〉は、ファウンテン方式というので無理矢理に木星軌道エレベーターを建設したのだそうです。宇宙後進国たる
その木星軌道エレベーターも一応建設には成功しましたが、大した利益を上げる間もなく例の第四次グォイド大規模侵攻時に、その無理矢理な建設方式が祟って倒壊してしまった……と」
ノォバはそろそろ、このクロヴチが言わんとすることが分かってきた気がした。隣に座るテューラも同様だろう。
宇宙進出に出遅れ、UVテクノロジーも持たない
「倒壊の経緯はさておき、
そう言って、クロヴチは自分が持ってきた写真の中心を指した。
ルーぺが乗せられ拡大されたその部分には、見覚えのある中心部のくびれた円柱状のシルエットが、白い靄のような木星大気と思われるガスを背景に浮かんでいた。
「木星の大赤斑中心部の奥底に、オリジナルUVDが存在しています」
クロヴチは断言した。
「はいぃ? 何ですって? 今オリジナルUVDって言った?」
ユリノは思わず素っ頓狂な声でエクスプリカに訊き返した。
[ダカラソウ言ッテイル。てゅーら司令カラノ緊急連絡ダ。〈じんりゅう〉進路上ニおりじなるUVDガ存在シテイル可能性ガアルノダソウダ]
〈じんりゅう〉バトルブリッジ――木星ガス雲深度2200キロ
地球の深海を遥かに超える気圧と高温が襲う中、〈じんりゅう〉は最初の難関、大赤斑の手前にある幾つかの渦で出来た乱流エリアを何とか通過し、グォイドのものと思しきUV推進航跡を追いかけながら大赤斑中心部の底へと向かっている最中であった。
上層部にあった激しい雷もその数は減り、時折襲いかかる上下への乱気流も、
各外景ビュワーには、
大赤斑を反時計回りで周回しつつ見るその光景は、赤白青の三色シャーベットで出来た恐ろしく巨大な台風の端にいるかのようにユリノには思えた。
自分とクルーの命がかかってさえいなければ、幻想的な光景と言っても良いだろう。
その〈じんりゅう〉左舷前方の遥か彼方には、十数分前から、蛍光緑色の眩い輝きが、雲を透かして毎秒数回の間隔で明滅しているのが見え始めていた。
蛍光緑色は、
「おシズちゃん、左舷前方のあの緑の光点を拡大、五秒程録画して、
その光源まではまだ距離があるが、ユリノは影としてならば、その光源の正体を知ることが出来るかもしれない思ったのだ。
「や……やってみますのです」
ユリノの指示にシズがすぐさま左舷前方のビュワー映像を拡大。雲の影に隠れる緑の光点の画から、コンピュータ処理を繰り返し、〈じんりゅう〉と光点の間にある雲を消してリピート再生した。
雲無しで見る光点は、今度は眩しすぎて何があるのかよく分からなかった。
「露出を抑えて、眩しくなくしてみるのです」
シズが自発的にその画像から輝度を下げていくと、今度こそ光源の正体が見えた。
最初は白い光を背景に、∞に似た形の黒いシルエットにしか見えなかった。がそれはその光源が傾いたまま回転しているからだ。光が明滅して見えるのもその回転が原因だろう。
「スロー再生にしてみるのです」
映像スピードが減速すると、そこにはよく見なれた中心のくびれた円柱が、傾いた状態でゆっくりと回転していた。その両端と中心部から、猛烈なUVエネルギーが噴出していることが、輝度を下げた映像からでも良く分かった。
「ようやく、謎が一つ解けたわね……」
ユリノは蛍光緑色の光源を見つめながら呟いた。
知ってしまえば、むしろもっと早くに気づくべき結論だったかもしれないと思えてくる。
そもそも大赤斑を移動させることが可能な動力源があるとしたら、それは無限のUV出力を持つオリジナルUVDをおいて、他にあるはずが無かったのだ。
今までグォイドのものと思って追いかけてきていたUV推進航跡は、グォイドが潜航してから三日以上経ったにも関わらず検知できる程に残されていた。
UVエネルギーはこの宇宙ではたった二秒で消えるはずなのにも関わらずである。
つまり、自分達が追いかけていたのは敵の航跡などではなく、無制限に溢れ出してくるオリジナルUVDからのUVエネルギーだったのだ。
そしてそれは、新たな問題発生も意味していた。
進路上にあるオリジナルUVDは稼働している。
むき出しのオリジナルUVDがなぜ単独で稼働し続けていられるのかは分からないが、稼働しているからこそ、大赤斑を動かし、自分達がUV推進航跡と勘違いさせる程のUVエネルギーを垂れ流し続けているのだ。
木星に潜航したナマコ型潜雲グォイドの目的も、これで予想が付いた。
無限のUV出力をもつオリジナルUVDを欲しているのは、なにも人類だけでは無いということだ。
つまり目標のオリジナルUVDのそばに、グォイドもいるということになる。
「全艦、戦闘配置へ! フィニィ、おシズちゃん、敵にもう近くにいるはずだわ。
敵に気づかれないよう〈じんりゅう〉と前方の〈ラパナス改〉の推力は最小にして。潮流に乗って接近する!
副長、戦闘の〈ラパナス改〉一号艦に先行偵察プローブを発射させて。ルジーナはプローブからの情報に注視。グォイド共を探し出して!」
ユリノの指示にすぐに返って来る了解の声。
「ミユミちゃん! 木星上空
〈ヘファイストス〉への来訪者のことなど知らないユリノは、ミユミへの指示が途中から疑問になってしまっていた。
作戦要項プランAでは、グォイドの位置が分かり次第、上空にいる〈リグ=ヴェーダ〉他の艦に敵の位置を報告。上空の艦からの大型耐圧特殊UV弾道ミサイル攻撃でグォイドを沈めるわけなのだが……。
「オリジナルUVDはどうしよう……」
ユリノは行きあたってしまった問題を、思わず口にだして呟いた。
仮に、上空からの大型耐圧特殊UV弾道ミサイルでグォイドを沈められたとして、その際の爆発の衝撃破でオリジナルUVDは明後日に方向に飛ばされてしまいそうなものだ。
しかも、起動し大量のUVエネルギーを噴出し続けたまま……。
それに、なぜグォイド共は、まだオリジナルUVDを回収していないのだろうか? 〈じんりゅう〉よりも六日以上先行していたはずなのに……?
「艦長! 見て下さい!」
「なにフィニィ!? ……!」
ユリノは少し目を話した隙に、フィニィが指さしたメインビュワーには、ついさっきまではなかった物体が映し出されていた。
そのうち一つは、ユリノ達にも見慣れたものであった。
「グォイド……の残骸?」
「はい。でも艦長……なんかそれ以外のもあるっぽいよ……」
〈じんりゅう〉の進路上には、いつの間に例のナマコ・グォイドのものと思しき残骸が幾つも漂いはじめ、〈じんりゅう〉の艦首防御シールドに当たっては、艦尾に流されていった。
問題は、その中に混じり、何かパンか何かを千切ったような、柔らかく不定形な物体が混じっていたということだ。
「何かの……肉片?」
ユリノには、その物体がそのように見えた。
「艦長! 光源周辺から複数のUV衝撃破が来ますデス! 本艦到達まであと10、9、8……」
「な! ルジーナ……総員対衝撃防御~!」
突然のルジーナの報告に、ユリノはほぼ本能で叫んだ直後、〈じんりゅう〉バトルブリッジに真横から引っ叩かれたような衝撃が断続的に襲いかかった。
クルー達の悲鳴が響く中、ユリノは艦長席の肱掛けを握りしめながらそれに耐えた。
UV衝撃破が来たということは、UVDやUVミサイル等が爆発したということだ。それはつまり、光源たるオリジナルUVDのそばで戦闘が行われたことを意味する。
一方がグォイドならば、もう一方は何なんだ!?
ユリノの疑問に答えてくれるものはいなかった。
しかし、先行したグォイド共が、なぜオリジナルUVDを未だに回収できていないかが、仄かに分かったような気がした。
「ちょっと待て……なんで今なんだ? なんでその密告者はこのタイミング……実際には半年前らしいが……内部告発したんだ?」
ノォバはクロヴチの言葉通り、オリジナルUVDが木星大赤斑の底で眠っているのが仮に真実であるとした場合に残る謎を問うた。
「大赤斑が動き出したから……いや、それだとちと早すぎる。大赤斑が移動を始めたのは確かに半年前くらいからだが、それに気づいたのは俺達だってここ最近なんだ」
思いついたままに自分で出した答を、ノォバはすぐに否定した。
「大赤斑の移動が理由なら、その密告者は常日頃から大赤斑を見張っていることになる。つまり大赤斑が動くかもしれないと前々から予見していたことになる……」
その〈ユピテルOEVコーポ〉にいる何物かは、その予見が現実になったから通報したのではないだろうか……だが、それだけではノォバは何か納得できない引っかかりを感じた。
「ノォバ大佐の疑問は最もだと思います。この話にはまだ続きがあるのです」
クロヴチの言葉に、ノォバは再び席に座ると、彼の言葉の続きを待った。
「その〈ユピテルOEVコーポ〉から内部告発があった直後、一人の同社研究員が交通事故で亡くなりました。
ドクター・スィン・ヌニエル、58歳男性。地球の今は亡き国出身のグォイド研究者です。
状況から見て、我々は彼がその密告者であり、同社に口封じで殺されたのだと考えているわけなのですが、おや、ノォバ大佐は彼を御存知なようですね?」
「面識はないがね、この業界じゃそこそこ名の知れたマッド・サイエンティストだったと聞いてる。なんでもグォイドに起源とやらについて研究していたとか」
「私共もそのように把握しております。彼は〈ユピテルOEVコーポ〉の研究員として、同社木星軌道エレベーターの完成から倒壊までの10年間、エレベーターのピラー最下部にあるラボで、【グォイドの起源】についての研究を行っていたと思われます。
〈ユピテルOEVコーポ〉が最初から木星大赤斑深部にあるオリジナルUVDを回収すべく建設されたのならば、彼の研究内容もまた、オリジナルUVDに関連していたと考えるのが自然でしょう。
……そして、五年前、第四次グォイド大規模侵攻時に木星軌道エレベーターは倒壊した。
これがドクター・スィンの研究に関連しているのかどうかは分かりませんが、この事件により〈ユピテルOEVコーポ〉は倒産。
彼はその後、地球に戻り
クロヴチはデータ流出防止の為か、紙製のスィン・ヌニエル博士の資料を、新たにアタッシュケースから出すとテーブルに置いた。
「状況証拠の上に推測を重ねてしまうことになりますが、私が考えるに、彼は半年以上前に何がしかの理由で大赤斑が動くことを既に知っており、それが原因で密告したとは考えられないでしょうか?」
その資料にのった彼の顔写真は、ノォバにはごく普通のマッド・サイエンティストに見えた。
【ごく普通のマッド・サイエンティスト】の定義にもよるが……。
「結局……クロヴチさん、あなたは何が言いたい? 何をどうしたいんだい?」
「私の仕事はあなたがたSSDFのグォイド殲滅が上手くいくことをサポートすることです。その為にこの資料を持ってはるばる地球から来たのです。
が、その資料と今私が話した情報をどう活かすかは、あなた方次第としか言えません」
クロヴチは肩を竦めさせながら、しれっとそう言いきった。
「クロヴチさん、あんた……」
ノォバがクロヴチに何か言い返そうとしたその時、席を離れて
「チーフ、すぐ作戦指揮所に戻るぞ! 〈じんりゅう〉オリジナルUVDの存在を確認したと同時に、グォイドと遭遇したそうだ! ……ただ……」
「ただ、何だテューラ?」
「先に潜っていたグォイドは、何者かと交戦中だったそうだ」
テューラは自分の言葉の意味が、自分でもよく分かっているのか自信無さ気であった。
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