第80話 Level 3:タンポポの綿毛みたいに


 なんかね、元気いっぱいに疑いもなく

 絶対絶対絶対ぜっっったいこいつらをこのイベントに参加させてやるぞ!


て、うららかでさわやかで断固とした決意に満ちた姿を見ると。

 うん。なんかあるんじゃないかなーーと……いやな予感にかられたりするわけですけど。



 一応言っておくと、ユリアさんいやなひとなんかじゃ全然ない。積極的に人を陥れてやろうとか、俺様の策にはめてやろうとか、とある女神像収集家みたいなところは全然ない。

 でも多分、善意と真心で人を陥れてしまうタイプの人とみた。結果的に、そんなつもりじゃなくても、相手をのっぴきならない状況にしてしまう……

 まあ私の野生のカンが告げているだけですけど。


「まあ! トルデッテのイベントをクリアーされたんですか?

 あれはまだほとんどクリアーしたひとがいないので有名なんですよ! まあ、おめでとうございます。すごいですよ!」

 誉められて悪い気はしない。


「だったら、アリエッタ様と直接会ってイベントをもらうことができますね! ええ、アリエッタ様関連のイベントの八割は、直接会うことができればただで貰うことができるんですよ」


 なにそのありがたみのなさ。

 ああ、最近私性格が悪くなってる気がするわ? ダメよ心うららかに平らかに生きていかなきゃ!

「それは面白そうですね、『世界で一番我が儘な姫君』に会えるなんて!」


 ノアが手を叩く。

 そっか。アリエッタ姫ってそういうあだ名があったっけ……、それは是非。


 会いたくなくなくないそれ!!?

 是非ともなんて言うほど素晴らしいものかなそれ!?? 確かに面白そうではあるけどさ!


 ちらりと見るとシロウも目を閉じて悩んでいる。ノアはのりのりだけど。もうこの子を止めることはできない……。



「それはおいといて、このイベントをクリアーしたら手に入る『青の美姫』のことですけど」

 それは確かこの前会ったときにユリアさんが言ってた。青の美姫っていうアイテムが手に入りますよーって。



「あ……はい、えっ……と。う……」


 しかし返事ははかばかしくなかった。

 ぴくっとノアが反応する。


「じゃ、行こうかサラシロウ。さよならユリアさんお元気で」


 なにその即断即決ーーーーー!!

 待ってください待ってください待ってぇぇぇ!! とユリアさんの声がかなりせっぱ詰まって追いかけてくるまでノアは足取りをゆるめようとしなかった。

「だったらなんであんな微妙な返事するんですか」



「だって、その、ちゃんとクリアーしないとそのアイテムは手に入らないんです……。このイベントをとても綺麗な形で終わらせることができなければ……」



 しどろもどろになりながらユリアさんはそう言った。

 なんとなく、ヒントを貰った気がした。覚えておくことにしよう。ううん、ノアが覚えてるだろう。



 しばらく会話をしたあと、ユリアさんは

「じゃあ、城に行きましょうか?」

と提案した。


 ふわっ……とまた風船がまき上がる。幾千幾万の色彩が空の水になじむような美しさに、何度でも酔いしれることができる。


「どうやってあの城に入るんですか?!」

「入城資格をもつひとだったら、誰だって簡単に入ることができますよ」

 こともなげにユリアさんは言う。

「あ、でも簡単……ではあるけど、ちょっと難しいかもしれないかしら」

「なんですかその微妙な……あっ」



 広場の向こう側に何かを見つけたらしく、ユリアさんはいきなり走り出した。私たちは慌てて追っていく。風船、風船、たくさんの風船の中から……あ!



「あの金色の風船をつかんでください!」



 一番そばにいたのは、ノア。慌ててそれをつかむと、ふわっと足がそらに浮いた!


「きゃ……!?」


 びっくり顔のお互い。そのままノアの身体は風船と共に空に浮かんでいく。周りからは「あはははは、飛んでくー!」なんて声が上がっている。



「金色の風船を探して、掴んでください。風船の固まりが飛んでいくのは数分に一回です。別に珍しくありませんけど、誰かに先をこされたらとても悔しいので……お気をつけて!」



 ユリアさんは風船を見つけると綺麗な足取りで飛びついた。そして髪をなびかせながら空を飛んでいく。

 私も、私も飛んでくぞ! シロウと顔を見合わせ、ニッと笑うと互いに走り出した。金色の風船、金色の風船……

「見つかった?」

「あーん、次のタイミングを計るしかないね。一緒にいると、絶対取り合いになるから……逆方向に走ろう!」

「そうしよう、城で待ち合わせだな!」





*******






 広場を、シロウとは逆方向に走っていく。なんとなく興味を引かれて出店のひとつに近づいていった。

「それなに!?」


 ピエロの格好をしていた店員が「ラッキーキャンディ……5ゴールド」と言ったそれを思わず買ってしまった。仲間のお金に手をつけたわけじゃなくてね! おこづかいをそれぞれ分担してもってたんだ。

 赤くて可愛いそれは、装備すればボタンにもなるすぐれものだった。

 食べると甘くて美味しいらしい……。あははは。



 そしてまた空へ向かって流れていく波のような風に乗って、千の風船が飛んでいく。その中に金色の風船を見つけるのは簡単なことだった。私は上機嫌なまま、それをつかもうとする……それをひょいと、伸びてきた手に奪われた。

「……………」

「……………」


 それはこともあろうにスライム型のかぶとを装備している背の低い戦士、だった。人と言うよりドングリに誓いタイプ。ぎょろりとした目が私を見て、

「へへへ。すまんねお嬢ちゃん」

と濁った声で言い、舌を出す。


「だれかにさきをこされたら とてもくやしいので……」


「だれかにさきをこされたら とてもくやしいので……」


「だれかにさきをこされたら とてもくやしいので……」


 心の中にこだまする。

 ち、ち、ちくしょーーーーー!! なにそれなにそれ。短い足で地面にけられたような思いだった。なにこの悔しさ。なにこのやるせなさ!


「分かるヨサラたん! ボクもなにをかくそう」

「隠したままでいろ」

 ハチがなにかさえずり出すのを一言で止めながら、次の波を待ち、その一本をつかんだ。



 身体が浮いていく感覚。わ、わわわなにこれ! おもしろ!! さっきのくやしさなんて一瞬で吹っ飛んだ。広場が足下で遠ざかっていき、小さくなっていく。でっぷりした男の像を見ながら、その顔よりもなお高く飛んでいく。

 自分の重さが感じられない。タンポポの綿毛になった気分! だけどそんな爽快さは、ほんの数秒で終わった。



 エメラルド色のお城の入り口は、ぐんぐんと風を吸い込んでいく。風船はその中に濁流のように飲み込まれていき……ぼふんっ! と口の中の広がった中にたまって、着地した私のクッションになった。

 お城の入り口にしては暗い……。風船とともに流れ込んできた空間。

 見ていると風船はまた空気にのって、あちらこちらの入り口から外へぽん、ぽんとおちていく。でもここにはある程度たまっているから、クッションになって飛んできた旅人も安全ってわけだ。



「サラ、ようやく来たのー?」

「俺より後に来るとは思ってなかったよ」


 迎える声をきいて、ごっめーん、と返した。



 そのときの私、占い師に見て貰ってたらきっと

「オッサン運が悪めでしょう。

 いろいろなオッサンにラッキーを吸い取られる傾向にあります。対策は……」

なんて言われてたことだろう。

 うん、でも、もちろん、占い師なんていなかったわけだけどね。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る