第67話 Event2:頼む、呪いを解いてくれ



「わたくしに手紙をくださったのは貴方ね」

 少しだけ恐れながら、頬をこわばらせながら姫は問いかける。

 その相手は、震える男だ。

「ひ、姫……私はあなたのことを愛しています。手紙に書いたとおり……泡沫の宝石をつくるための道具として貴方を見ているわけではない。だって、宝石は貴方の夢を糧とする。それはつまり、貴方の生命力を奪うということなのだ! 人形のようになった貴方は、ニーデルラントの大臣の元へ行ってしまうのだろう、それだけは、それだけは……!」

 男は髪をかきむしり、姫に近づいていく。姫はすばやく身を引き、男の震える指は姫のドレスにかかることもなかった。男は一瞬ひどく傷ついた表情を浮かべるが、すぐに自嘲の笑みをたたえる。

「こんなに醜い私があなたを好きだとは……汚らわしいと思われるだろうか」

「…………」

「どうぞ許して欲しい、アリーゼ。この醜い恋心は貴方を卑しめ、貶めるとお思いかも知れない。だが、貴方を守りたいと思う、この気持ちは……決して、嘘ではないのだ」

「…………」

 アリーゼはかすかに目を細め、無言のままだった。

 激情のあまり顔をおおうジャンは、その指の隙間から己に向かって一歩踏み出す彼女の足のつま先を見た。肌が震える。だが、恐ろしすぎて姫がどんな表情を浮かべているか、観ることはできなかった。

 そして伸ばされた手が届く前に。


「ふふふふふ、ありがとうジャン。姫をここまでおびきよせてくれて」


 この中央庭園に現れたのは、不似合いな赤い髪をした女だった。

 シャーリーは妖艶な笑みをたたえ、恐怖に顔をひきつらせる姫に、舌なめずりして近づいていく。そしてシャーリーのそばにいるのは、

「お母様……」

 青くなるのを通り越して、真っ白な顔をしたクラリーネだった。アリーゼにそっくりな綺麗な顔をしているのに、全然綺麗ではなかった。歪んだ表情、見開かれた目。

「お前という子は……わたくしをうらぎって……」

「お母様、違います」

「言い訳など、聞きたくありません! しかし……そこの醜い男、お前はこう言いましたね。姫の生命力を奪う……と」

 血走った目が、笑ったままのシャーリーを見る。

「どういうことなのです」


「それは、つまりこういうこと……猛り狂う風が我らの城をうち崩す! 風よ敵の動きを止めよ!」

 シャーリーは魔法を発動させた。

 ジャンも、クラリーネも、アリーゼも動くことができないまま、シャーリーの続いての魔法を受けることになった。

 シャーリーは右手の指にはめた宝石をきらめかせる。

 それはオパール。

「緑の手よ。その指はかの姫君の眠りを守り……」


「あ、ああ、あ……!」


 アリーゼの身体に、草がまとわりつく。この庭園の巨大な樹木の枝だった。枝はアリーゼの身体を包み込む。

 そして崩れた体勢を整えたジャンが、その右手のオパールを輝かせる。


「我が信仰よ、悪神の左の薬指の血を受けた呪いの力よ……」


 シャーリーは顔色を変える。ジャンは勝ち誇った笑みを浮かべたが、しかし、その呪いの力は……



「名を! 記憶を! 過去を未来を! 奪い去るッ!! そしてその姿は醜いものと化すッッ!!」

「魔の守りよ! 蛇の鱗よ、魔力をはじく盾となれ!!」

 すさまじい魔法合戦だった。

 ジャンの呪い魔法はシャーリーの前に現れた盾によってはじかれた。まがまがしい光がふたつに割れる。一筋はジャンに、一筋はクラリーネに……。

「あああ、いやぁぁっ、アリーゼ! アリーゼ……!!」

 激しい反応を示しながらクラリーネは愛する娘の名を呼んだ。

 アリーゼはもう眠りについていた。その胸には赤く光る石……しかし、それをくわえて彼女の胸から飛び出した影があった。

 シャーリーが悲鳴を上げる。

 飛び出したのはヴィクトリア、泡沫の宝玉になるはずのそれをくわえ、そしてクラリーネは飛びついてきた猫を抱きしめた。発動する呪いに苦しみながら壮絶に笑み、走り去っていく。

 倒れ伏すジャン。

 眠りについたままのアリーゼ。



 すべては崩壊し、誰も想像しなかった事態になってしまった……。

 ネズミの話は、そういうことだった。

 ヴィクトリアはもう宝石を持っていない。つまりもっているのは行方不明のクラリーネ。オパール団が彼女を捜すのは当たり前だ。オパール団は宝石を手に入れて泡沫の宝玉を完成させたいのだ。




* * * * * * *




「今のアリーゼは、魂と身体がバラバラになってる状態で……しかも、まがまがしいイバラに守られている。

 頼むよ……彼女の目を覚まさせてくれ」

「何でそんなこと頼むの?」

 ノアが問いかけるとネズミはうなだれた。


「あんたが、ジャンだから?」


 返事はなかったけれど。

 それは、もちろんそうだったのだ。




 この屋敷はアリーゼを眠りにつかせるためにつくられた建物らしい。シャーリーが発動させた魔法によって、アリーゼの魂は「置物」に閉じこめられている。それがどのような形をしているかは分からない。けれど、アリーゼの魂をその置物から解放することによって、目を覚まさせることができる。

「外側の扉、全部鍵が閉まってたよね……」

 ジャンはそれ以上ヒントをくれなかった。何度話しかけても、「姫は俺が守る……」とかぶつぶつ言うだけで。庭園から出ようとしない。私たちはそこを後にし、外に出た。



「あ、西の扉が開くよ!?」

 中央への道が開いていると、鍵が外れるシステムになっているらしい。

 どういうシステムかというと、ここは魔術師の館だということで納得ができるだろう。そして向こう側は壁、

「目つぶし五回」

という紙が貼ってあった。


 三人で、声をそろえて。ま、た、かー! ってね。


* * * * * * *




 恨みを込めてデカイ顔の両目に指をつっこんだ。眼球が向こうに押されるとカチッと音がして、五回ならした。

 そして廊下が動き、西側の扉の向こうの壁が開いた。


 狭い正方形の部屋だった。赤い絨毯がしいてある。

 真ん中に女の子の像……。「イノシシのぬいぐるみを抱いた姫」て、タイトルが付いている。

「ニャー……よく寝たにゃ」

 そのときノアの荷物からひょっこりとヴィクトリアが顔を出した。


「あっ、アリーゼの像だね。ニャーン……ゴロゴロゴロ」

「これアリーゼって思う!?」

「うにゃーん」

 像を取ろうとしたところ、ノアに止められた。ノアは首を振り、


「いくらそれっぽく見えても、まさかひとつめの部屋に本物が置いてあると思う!?」


と言った。た、たしかに! まんべんなく部屋をあけさせてこそイベントよね。いやな作り手よね。ほんとに、ダンジョンなんて一本道でよろしい。扉なんて入り口だけでよろしい。ラスボスなんてスライム一匹でよろしい!!

「そんなゲーム楽しくないし」

 うーん、それが難点……。


 像を取るとなにかはじまりそうだったから、おいておくことにした。

 外に出て他の扉を調べると、北の扉が開いた。

「でこぴん十回」

 もう、いっそ刺したい。これ考えたやつ。

 でこをつつくとまたカチカチと音がした。そして扉の向こうにあったのは、「バニーガールの格好した姫君」。

「アリーゼってときどき友達に服借りてこんなかっこうしてたんだよ!」

 ヴィクトリアは姫の黒歴史(?)をはきはきとばらす。

 あの美少女が……似合う、けど。

 なんかめまいだってしちゃうよね。シロウはしーんとしている。

 そして東の扉を開けるのに必要だったのは、

「あなたの蹴りを食らわせてください」

 心情になんともマッチした要求だった。顔の像には思いっきり蹴りを味わっていただいて、扉を開けた。すると向こうにあったのは、

「四つ葉のクローバーを探す姫」

だった。


「イノシシのぬいぐるみを抱いた姫」

「バニーガールの格好した姫君」

 そして、「四つ葉のクローバーを探す姫」。

 どれかが姫の魂をもっていて……で、外れたのを選んだ場合、きっと戦闘だチュー! なんつってネズミがいっぱい現れたりしないか。いや絶対、絶対だわ。

 でも選択するにしてもこれは何よ。


「まずバニーガールはなんとなく違うような気がする」

 シロウが言った。

「確かに、そうね。でもあのくしゃみとめてくれとか、デコピンとか目つぶしとか、全体的にまとわりつくばかばかしさからして、それもまたアリかもしれない」

「いやいやいや、ないから。ないに決まってるよ!」

「んで、クローバーを探すってのも……」

「なんだか記憶に引っかかるんだけど。ね、クローバーってあたりなんか、気になるんだけど」

 ノアが言った。

 私とシロウは顔を見合わせ、そしてノアを見た。

「別に何も……?」

「え、何?」

「なんだかとっっても記憶に引っかかるの」

「別に……でも、なんだか、イノシシのぬいぐるみを抱いた姫っぽくない?

 アリーゼ姫好きな動物イノシシって言ってなかった? そのときから私、アリーゼって実はジャンのこと好きなんじゃないかなーって思ってたんだけどー」

「あ、俺も俺も。なんだ、気づいてるの俺だけかも! て思ってたのに」

 シロウをひじでうりうりしつつ、気づくよーと言った。ノアはまだ悩んでいる。


 ノアはおいておいて、イノシシ抱いた姫を取りに行くことにした。

 それがあんな馬鹿馬鹿しい目に遭うことになるとは……!




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