第50話 Level 2:この魔法で世間を教えてやるわ!
通りを、私たちは疾走していた。
人々の驚いた目が痛い。だけどそんなこと気にしてられない。猫と来たら私の追うのをひらりひらりとかわして路地裏に駆け込むわ、袋小路に突撃していって追いつめたと思ったら私の額を踏んづけて乗り越えて行くわ、さんざんだけど嘆いている暇はない!
「サラ! ハチを……!」
そうか! ノアの指示で気がついた。バッチョをむんずとつかんで呼吸を止めて一秒。思いっっ切り手首をひねらせて肩を振りぬいて。
「ぷぎゃあああああああああああ!!!」
弾丸と化したナビは猫を猛追する。白猫は、ひらりとかわした! 弾丸は哀れに道に転がっていた樽に激突して目を回す。
「たあああ、バッチョさぁぁん~~~!!」
カンナが悲鳴を上げるが、そんな、そんな些細なこと気にしていられるものか!!
シロウは呪いが目覚めたらしく、屋台に積み上げられていた商品の「魔法リンゴ」の山をひっくり返してしまった。怒る店主にぺこぺこ謝りながらリンゴを拾い出すシロウは戦線離脱である。
「俺を置いて行ってくれ……!」
「だったらあんたのハムを貸しなさいよっ!」
怒鳴るとシロウは目を見開いて両手をつきだし、首をぷるぷる振った。
「絶対いやだ! モンタを殺す気かよ!」
「ハチが死んだことなんて一回もないわっ」
「お断りだ!」
「意気地なし!」
「ナビを犠牲にするのか意気地なのかよ!!」
ああくだらないケンカをしている場合ではない。シロウを置いて走る。ノアはついてくるので精一杯だ。
ちなみに個人的な足の速さは関係ないみたいだ。
猫をつかまえるミニゲームに突入している、のである。私たち自分のステータス通りの速度で走っている。ノアはのろい。シロウは装備のせいでとろい。
しかし私は武闘家! 素早さこそ我が生き様。
そして私はブルーリボンなんてものを装備しているのである。樽を踏んでジャンプして壁を走り、猫のそばに着地するなんて造作もない。
だけど、
「にゃっ!」
ぎりぎりでつかまらないのよね!!
「ああああ、イヤな予感がするぅぅ」
ノアがうめいて隠れた猫を探している私の背中を引っ張った。
なによと振り向くと、ノアが見ているのは道に布をしいて商品を並べている、路上商人である。それはドジョウヒゲのオヤジだった。難しい顔をして正座しているが、客はいない。布の上には本が、本だけが並んでいる。
『口べたなあなたに』
『いつか理解される日のために』
『悲しいことを考えないで』
『いつか乗り越えられる MESSAGE』
『愛の詩集 --季節によせて』
『愛の詩集2 --夏の軌跡』
あああなんとも言い難いラインナップ。この詩集、書いたのこのドジョウヒゲじゃなかろうな!? いや、それっぽい。
ノアは怒ってそれじゃない、と指さす。
その赤い表紙に金文字のかわいい本は、タイトルを『猫ちゃんとおしゃべりする』といった。それだけ一冊きり。そして値段は、書いていない。
「………おじさん、この本買いたいって言ったら、いくらになるの?」
きいてみた。するとドジョウヒゲはこちらをちらとも見ずに答えた。
「それは私が橋の下で修行をしていたとき川を流れてきた箱の中に捨てられていたミューちゃんとの、奇跡の出会いを経て培われた猫語の理論。そのアイテムを使うだけで、猫ちゃんとおしゃべりができてしまうすぐれもの。
おいそれと売るわけにはいかんな……ちなみに」
話の途中だったけど白猫が箱の下から飛び出してきた。もちろんすぐさま追いかける。
ほんとにもう、私、猫いじめてるみたい!
■ ■ ■ ■
そしてノアが戦線離脱した。疲労がたまったもようである。
私はなんだか元気いっぱいだから追いかけ続けている。けど、どうにもこうにもつかまらない。
何度も道を行き来しているせいで、冒険者さんたちに応援されてしまう始末だ。
「がんばってー!」
「猫はあっちに行ったわよ」
「ただ単に追いかけてるだけでいいのー? アイテムとか使わないといけないんじゃないー?」
ああんアドバイスがありがたいけど、アイテムを手に入れようにも財布が! 財布、ノアが持ってるみたいなのよね!! ということはもうシンプルに追いかけるかどす黒い策略で陥れるか、どちらかしかない。
三度目に通りかかったときものびていたバッチョを拾い上げて、揺さぶった。
「ねぇ、猫つかまえたいんだけど!」
「う……っ? キャアアアア悪魔ァァ!!」
手の中のハチをそっと撫で、つんと額をつついた。
「ね? 怖くない」
「ボクは迷子のキツネリスじゃない!! あんたに虐待されているナビだァァ!!」
手の中でぶぶぶぶ暴れるハチである。
「してないから。虐待なんて。大丈夫だから。ネッ」
するとバッチョは不満げに右側の上から二番目の手であごをなでた。そして私を指さす。
「次ボクを投げたら、あんたリンダポイント5割増しだぜ! 分かったね!?」
……不満いっぱいです、なんて答えたら今すぐ10割り増しになってしまう気がする。
「はぁーい。
で、なにをどうすれば猫は捕まるの?」
「うん、ソウダネェー」
ハチは、そのままぷぃーんと飛んでいった。瞬きして見つめる私を振り返り、べぇと舌を出す。
「知るもんかー、自分で考えなよォー、頭使ってこそ冒険だよーー!」
とても汚い言葉を使って今度はナビゲータを追っている私を、通りがかった魔法使いのお兄さんがなだめてくれた。レベルが高そうな人だった。ナビなんて鷹だよ……。
「ほら、君、猫はあそこにいるから、早く捕まえるといいよ。
蒼き地より疾風の風来たりて、かの者を守りたまえ……スピードアップ!!」
人様の親切に慰められながら(そしてナビは遠くに行ったまま)私はかけだした。
猫はつかず離れず、一定の距離を保っているが、お兄さんの魔法のおかげで「もうちょっと!」「尻尾をかすった!」くらいのところまで追うことができるようになった。
嬉しくなりながら走っていると今度はシロウ、どこかの貴婦人にいちゃもんをつけられていた。可哀想だけど助けない。
■ ■ ■ ■
「サラさ~~ん! ステータスを、ステータスをチェックしてくださぁぁい!!」
追いかけてくるウサギがいると思ったら、カンナだった。言われたとおりにチェックすると、ミニゲーム用のミニステータスがある。
人にぶつからず猫を捕まえろ!
あなたには30ポイント与えられています。
人にかすれば1ポイント
人に当たれば2ポイント
全面的にぶつかったら4ポイント
減っていきます。0になればゲームオーバー。猫は逃げていってしまいます。
もう一度ゲームに挑戦するのに、300ゴールドかかります
詳しく読むと、猫は直線を三秒走ると速度が増す。曲がり道に至ると速度が落ちる。
落ちた速度なら、私の足の速度なら、距離を縮めることができる。でも曲がり道は私も速度が落ちてしまう。えーと、猫の最大速度は100、私の最大は80。お兄さんの魔法効果があるから10アップしてるみたい。ちなみにブルーリボンは単にかっこよく動くことができるってだけで、ほんとになんの加算にもなっていない。
「20も差があったら、いくら走ってもかなうわけないじゃないの!!」
と怒るのは素人の浅はかさだった。
「よく読んでください、サラさん。ポイントを使うことによって速度を3秒間あげることができます。1ポイントにつき、10あげることができます」
「も………もっと早く言わない? というかポイントじゃなくてナビを捧げたら100くらい速度あがらない?」
カンナは尻尾をふるわせた。
「サラ、なにしてるの、行くわよ!」
ノアが戦線復帰した! 懐かしい顔を見る思いで眺めるとノアは顔をしかめた。そして走り出す。
「あの猫、ぜったい捕まえるわよ!」
「つ、つかまえてどうするの……」
迫力に、やや不安をおぼえて聞き返すと、ノアは答えた。
「かわいがるっ!」
そしてシロウが追いついてきた。だけど、だけど、なんてことだろう。やつ、私の目の前に突然現れたのだ。正確に言うと猫を追う私がよそ見をしてたときにいつの間にかそばにいたんだけど。
「うわっ」
「きゃ!」
………ぶつかってしまった。2ポイント減ってしまった。
「なんでこんなときに現れるのよ!」
「だ、だってさ、俺だって何かしたいだろ……!」
「味方のポイント減らしてどうするかーーー!!」
ああ、叫ぶと疲れてしまう。
そして直線にさしかかった。あと3ポイントしかない。0になったら終わるから、あと2ポイントしかスピードアップに使うことができない。
使っても、猫のスピードに並ぶだけだ。
ああ、どうすればいいんだろう!!(ノアとシロウの分のポイント私にくれないかな!)と悩んだときだった。
「走って、サラ! スピードアップ!!」
ノアの声のとおりにポイントを使う。並木通りを走り抜ける猫が速度を上げたのに合わせて私の足も速くなる。同じ速度じゃ、追いつけないじゃないの……と思ったときだった。
「この魔法で、世間ってものを教えてやるわっっ!!」
ノアが一喝する。そして目を閉じて杖を構えた。
「大地の深きに眠る足なき虫どもよ、目覚めて足を取れ……スピードダウン!!」
聞いたことのない呪文だった。
さっきのお兄さんの風の魔法と対になる、土の魔法だ。
ノアが魔法をかけたのはもちろん私ではなくて猫、猫は揺らぐ大地に足を取られた。スピードダウンしたところに飛びついていく。こうなるとなりふりかまっていられない。尻尾をつかまえ、耳をとり首を取り、体を抱きしめる。チョウチョみたいな繊細さだけど、ごめんなさい構ってはいられなかった。
白猫は私の腕の中で「にゃあああ」と悲しげに鳴いた。
ミニゲームクリア! である。特典経験値が入った。私の素早さがあがった。
「ノア……その魔法……」
「今、店に飛びこんでって買ったのよ。ほんとは風の魔法にするつもりだったのよ、なのにこんなことに……!」
「いいよいいよ、ありがとー……」
もう猫は逃げはしなかった。かわいいー! と抱き上げたノアが、あ、とその首輪に挟まっていた白い紙をとる。
結び目を作っていたそれほどいて、シロウが読み上げた。
「どうかこれを読んだ方は、私を助けてください。私のことは、白猫のヴィクトリアにきいてください。とても賢い子です。………アリーゼ」
アリーゼ、て。きいたことがある。
ラガートが隠したんじゃないかって、ライナーがつめよっていた。確か……
「貴族のお姫様……だよね?」
二人とも、ごくりとのどをならした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます