第38話 Level 2:走って走って走って、走る!

「は……は、はぁぁぁぁ……」

 言葉にならない。

 まるで中学生の女の子が木の陰から愛しの先輩を眺めているみたいな、感じといったところか。甘ったるい部分は総ざらいで天引きして、辛いのとすっぱいのと苦いのをまぜたのが今の状態、だろう。

「……………………………」

「み、み……」

「……セミ?」

「ち、ち、ちが。み、みんな……だいじょうぶか……?」

 シロウくんは汗だらけだった。私たちは、といえば。

 私は全身泥だらけである。泥かかしといういわく言い難いモンスターに抱きつかれたのだ……両手をつかまれて一緒に踊らされるとだんだん疲れてきてHPが減るというどうしようもない敵である。

 ノアは言葉もない。ぴくりとも動いてないけど、たぶん生きてるだろう。

 あれからものすんごい絡まれ方をした。モンスター全員集合である。冒険者歩けばモンスターに当たる、なんて冗談事じゃすまされないレベルの絡まれ方だった。あわや全滅かと、自分の運命を一割、シロウの運の悪さを十三割恨んだときだった。


「大丈夫、ですかぁ~!?」

「あ、ピンチみたいよ。助けてあげようよ」

と登場してくれた、二人組がいたのである。


 一人はエルフだった。エルフの魔法使い。まつげが長くて、マッチ棒が三本は余裕で乗せられそうだった。夢見がちな瞳とはまさにこのこと……のんびりした口調でばんばん炎の魔法を唱え、敵を一掃してくれた。

 そしてもう一人はなんだか生徒会長とかやってそうなサワヤカな青年で、戦士だった。両手に装備した剣でずばずは敵をほふっていく手腕は鮮やかそのもの。スライスされていく敵の方が哀れなくらいだった。

 二人ともなぜか私の手を握って離さない泥カカシを倒すのは最後にまわしたんだけどね……笑いながら。

「ごめんね、助けてあげられるのは一回だけなんだ。そういうルールになっているんだよ」

 謝られてもこちらはお礼を言うことしかできない。経験値も全て向こうにいく。私たちは「助けてもらう」ことを選択したんだから、文句の言い様もない。

 私たちは枝振りのいい木まで移動した。金色の葉をつけている木の下にいれば、モンスターに襲われないのである。二人もついてきてくれた。アンジェさんは気さくに話しかけてくる。

「あ、ハチね。ハチのナビって初めてみたわ……すごい」

 エルフにほめられ……てない。バッチョは私の肩の上で

「ウヘへ」

などとなんとも言えない言葉を返した。しつけのなってないナビだって笑われるのは私なのよ、とハチミツをしぼろうとしたら止められてしまった。



「すっかりギムダから遠ざかってしまってるわね。私たちあのときすぐに町にとってかえすべきだったのよ。なのに、バカみたいに真面目にモンスターにあたっちゃったから!」

「うーん、確かに」

「でも、私たちそんな余裕なかったじゃない。最初っから取り囲まれてたから、逃げようもなかったし」

「うーん、確かに」

「確かに、じゃないでしょう」

 きらっとノアの目が光り、その光はシロウを刺し貫いた……ちょっとしたナイフのような威力だ。

「そうよ、誰のせいだと思ってるの」

 私たち二人の視線を受けてシロウはしおしおとちぢんだ。

「いじめるな……」

 縮んだ肩の上でモンタが言う。今回ばかりはその極悪面に負けてられません。

「あんたがちゃんと『教会に入ったら呪われるかもしれないよ!』て、注意しないのが悪いんでしょうがっ!」

「…………訊かれなかったから」

「私たちはねぇ、初心者なのよ?! これは絶対分かってるなぁーてことでもいちいちいちいち説明するべきなの。『剣は装備するんですよ』とか『朝の次は夜が来ます』とか『体力回復には薬草を使って下さい』とかっ。うざがられても負けずにおなじ説明くりかえすくらいの覚悟が足りないんじゃないっ? そこらへんの認識が甘すぎるのよ、この無口ハム! くやしかったら鳴き声でもたててごらんなさいよ!」

「は、はむ~?」

「……それは違うと思うな、モンタ……」

 モンタはそれ以上抵抗せず、シロウの肩の上で丸くなった。シロウがあああ、モンター! と声をあげる。

「モンタのせいじゃないだろ!」

「せいよ!」

「そうよ!」

「まあまあ、パーティの中でケンカしない。な? これから仲良く戦っていかないといけないのに」

 私たちの間に割り込んだのは戦士の青年。名前はランドさんというらしい。エルフの方の名前はアンジェさん。

「そうよ、ケンカは、良くないわ……」

 エルフに注意されちゃった。と、ときめいてしまった。


 そうだ。雰囲気険悪にしてる場合じゃないんである。呪いだ、呪い。

「あ、今、この矢を抜いたら呪い解けないかナって目で見ただろう!?」

 勘の鋭いやつだわ。

「無理だよ。コンクリートにささってるみたいに微動だにしないよ」

 試しに思い切り引っ張ってみたけど、シロウが痛がるだけだった。

「焼いてみようか?」

なんて意見が出てシロウが冷や汗たらしながら首をぶんぶん振る。


 そのときランドさんが口を開いた。

「あのぅ、僕たちで良かったら……」



■ ■ ■



「呪い、解いてくれるんですか!」

 私たちの声がシンクロした。期待のあまりハチをもみしぼりそうになる。

「ううん、だめ」

 アンジェさんがあっさり首を振った。

「ああ、違うのよ。意地悪とかルールとかでダメって言ってるんじゃないの。ね、見れば分かるでしょう。私は、魔法使い。そしてこの人は戦士なの。呪いを解くことができるのは神官系の職業だけだわ」

 確かに……肩をずどーんと落としてしまう。ああ、これからどうすればいいってんだろ。まるでハマリ状態。にっちもさっちもどうにも……ギムダに戻るのも、次の町に行くにも、どうしてもモンスターに当たらずにはいられない。襲われて、囲まれて、全滅だ。ああ! やだやだそんなの。

「うん、私もせっかく助けたパーティが全滅だなんて、いやだわ。

 だからこれをあげるわ」

 ひょい、と無造作にアンジェさんはアイテムを取り出した。それは、なんの変哲もない……ロウソクに見えた。


「これはですねぇ、『魔物よけのロウソク』です! 赤いのと緑のと青のがあるんです。これに火をつけると黄色い煙がたちのぼるんですが、それが魔物をよせつけません。このロウソクだと……どれくらい保ちますかねぇ、バッチョさん……」

 カンナの説明に続かずバッチョはぶいーんと飛んだ。エルフのお姉さんの肩に止まってご満悦、といったおもむきだ。

「どれくらい保つでしょうかねぇ、アンジェさん」

 アンジェさんは目をくるくるさせながら笑った。

「そうねぇ……トルデッテに全速力で走れば、なんとかなるくらい、かしら」

「呪いを解きたいならギムダにいくより、トルデッテの方がいいと思うよ。教会が大きいし、もしかしたら呪いを解くアイテムを作ってる錬金術師がいるかもしれない」

 ノアが眉間にしわを寄せた。

「……もしかして、呪いを解くのには結構お金がかかるんですか」

「うーーーん」

 ランドさんは腕を組んで考え込んだ。

「かかるともいえるし、かからないとも言える……君たちがどういう判断を下すかによるかなぁ。お金を出すのが一番楽と言えば、楽だよ」

「ちなみにいかほど……?」

「呪いレベル1で、千ゴールドぐらいだったと思うよ。価格は変動するから」

「……………」

「……………」

 私とノアの視線を受けてシロウは乾いた笑みを漏らした。

「も、もしかしたら呪いを解くアイテムがあるかも知れないじゃないか……が、頑張ろうよ」

 そう、ねぇ。

 頑張るしか、ないか!


 ……で、私たちはロウソクに火をつけた。ぶすぶすと黄色い煙が立ちこめる。周囲から魔物の気配が消える。

 ランドさんとアンジェさんに丁寧にお礼を言い、見送られながら、私たちは走り出した。考えたりする暇はない。足を動かし続けて町へ町へ。一瞬でも躊躇すれば、町から遠い場所でロウソクが消えてしまう。そうなれば、全滅だ。私は一番素早いけど、こんな場合私だけ町に到着しても意味ないのだ。一番とろいノアがちゃんと着かないと。

 木々を抜け、街道を進んでいく。すれ違った冒険者たちをゆっくり眺めている暇とてない。台風みたいに通り過ぎていくだけだ。相手が目を丸くしているのが分かるけど、どうしようもあるまい!

「ああああ、火が、火が消えそうですぅぅ!」

 ぴょんぴょん跳ねながらカンナが叫ぶ。

 火が弱まるに従って、周囲にモンスターの気配が濃くなっていく。


 み、見えた! 街道の終わりが。視界に町があらわれた。赤と緑の色彩の、可愛い雰囲気の町だ。ああ、あそこに天国が待っているのに!

「消えるよ!」

「走れ走れ! 息が止まっても走れーーーー!!!」

 全身心臓みたい。シロウが必死になっている。ノアが、もう止まってしまいそう。足がからんで、転びそうになっている。あ、

「消えた!」

 あと少しだっていうのに。モンスターが集まり出す。

「ああん、仕方ないな! 私が後衛守るからとりあえず囲まれないように! みんなで町に向かいながら、適当にあしらうよ!」

て、構えたときだった。


「空から降りおりし滅びの大火は我々の希望をも灰と化す……舞い踊れ、サラマンダー……デスファイヤー!」


 幾筋にも分かれた炎が杖の先から飛んでいく。

 火の魔法、レベルアップしてたんだな。実に効果的に使ってくれて、憎い子ね! と振り返ったときノアがひっくり返るところだった。慌ててその手をひっつかんで全力疾走する。シロウが違う方の手をつかんでいる。

 私たちは、

「あれー、三人で飛行機ごっこですか、あはははは」

てぇ門番の言葉に迎えられた。


「は……は、はぁぁぁぁ……」

 言葉にならない。

 まるで中学生の女の子が木の陰から愛しの先輩を眺めているみたいな、感じといったところか。甘ったるい部分は総ざらいで天引きして、辛いのとすっぱいのと苦いのをまぜたのが今の状態、だろう……なんてね。

 まぁ、さっきよりはだいぶ、ちょっと、ましだったけどね。

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