第28話 Event1:そして扉は開かれる

 名前を求める子供がいるなら、名前を与える親がいる。

 いたじゃないか。ゴーストと化して、さまよい続けていた親が。……ノアが聖水ぶっかけて浄化させちゃったんだけど。

 ドーラはまなじりがさけるほど大きく目を見開いた。

 そして両手を私に差し伸べる。

「あ、あ、あ……私の名。私の、名前!」

 そして嬉しげに、涙目になって、叫んだ。


「メアリー、それが私!

 ありがとう。ようやく私は帰ることができる……ああ、でも私はまだあなたたちに最後に伝えなければならない……私の記憶は、夢見る鍵に。どうかあなたたちに、伝わりますように」


 彼女の身体が光の固まりみたいになって、はじけ飛ぶ。そもそも彼女を構成していたのが光みたいな粒子だったらしい。その、核となっていたものがミノタウロスゾンビの手からずるりと抜け落ちた。

 人形だった。にんぎょう、というよりは、ひとがた。顔もろくにかかれていないような薄汚れた手足をもつもの。

 それを見たとき、ものすごく暗い想念を感じた。これはドーラだったもの。ドーラは誰かによって動かされていたとするなら、これをつくった者がドーラをそんな目に遭わせたとするなら、そいつは……完全に、悪役だ。


 ミノタウロスゾンビが怒りの咆哮をあげる。

「ドーラがいないならば……助けよう」

 画家ゾンビが言った。そしてそれから私たちの見たものは、恐ろしいというか胸がすくというか、たまげた風景だった。


 画家ゾンビはミノタウロスゾンビの攻撃を一身に受けるため、まずモンスターを挑発した。

「お前も牛の端くれならば赤いものに突撃せよ!」

  画家ゾンビは、ゾンビだけあって全身赤かった。

 ………いやそれでほんとにミノタウロスゾンビはいきりたって画家ゾンビを狙いだしたのである。

 挑発というのはスキルである。敵を怒らせて正気を失わせたりとか、攻撃を集中させる効果をもつ。すると魔法詠唱中の魔法使いを守れたりするわけよ。

 そしてミノタウロスゾンビは炎を吹き出す。

 身軽に画家ゾンビは炎を避けた。そして、彼はなんと武闘家だったのである。目にも止まらぬ早さでミノタウロスゾンビに攻撃を加える。


「百烈爆破流星乱舞!」


という長い名前の付いた、攻撃だった。

 単なる連続攻撃なんだけど……それがもう、すごかった。まずミノタウロスゾンビの両目を狙った攻撃。目つぶしを加えた後はパンチの連打。何十発もパンチを打ち込んだ後は、気合いもろともに蹴り。蹴り。なおかつ蹴り。そしてとんぼ返りをしたかと思うとひらりと宙に舞い、錐もみ状になった蹴りをしてフィニッシュ。それが百烈爆破流星乱舞である。

「サラっちがあれを修得したら……あんた、強くなるぜ……」

「したくないです」

 いつしか頭に止まっていたハチに、即答してしまった。

 グ、グモオォォ! とミノタウロスゾンビは呻く。どん、どんと地面を打つ強烈な拳が彼の苦痛を示している。画家ゾンビは

「む、まだ生きているか……」

と呟き、両手を合わせた。彼はハァッ! と一声すると、再び百烈爆破流星乱舞を見舞った。

 そんなものを受けて、生存できるモンスターなどこの世にいるわけがない。ノアは手を叩いて感心していた。ついでに「画家とは思えない!」と歓声を送っていた。確かに。

 あとで知った話。その百烈なんたらは武闘家の最高レベルの技のひとつであり、それを使うと自分のHPが1になるのだ。二回続けて使えば、死にます。そんな技を無造作に使うことができるのは彼がゾンビだから。……死なないから。

 ついでにこの技を修得するにはレベルを72まであげないといけないとか。72まであげるとRPの高さゆえに普通の冒険が不可能になる、という。

「でもサラっち、この世界のどこかには『あきらめた者たちの町』がありますよ」

「へ? なにそれ」

「ゲームをクリアーするのをあきらめた者たちが集う場所。みんなレベルばんばん上げてて怖いですよ。そんな人たちが挑むイベントなんかもあるし」

「……うーん、それもまたちょっと興味あるかも……」

「『3ターンでドラゴンを倒せ!』とか『魔法使い一人でゴーレムを倒せ』とかめちゃくちゃなイベント揃いです。行きますか?」

「私ゃまだあきらめてないっての!」

「さっき言ったボルカノリスト、というのは、そのあきらめた者たちの町にいる冒険家ボルカノがつくりあげたモンスターリストです。一体一体丹念に戦って調べ上げた強力なモンスターベスト30が載ってますが。それを全部倒すと……」

「倒すと!?」

「冒険者ボルカノと戦う挑戦権を得ることができます。めでたく彼を倒したあかつきには、ボルカノバスターとしてリストに名を連ねることができます」

 一瞬、豪傑みたいなおっさんが「きゅう」て倒れてるのに足を乗っけて勝利のガッツポーズをしている自分が一ページにおさまってる情景を想像してしまった。

「いやよそんなモンスターの一種みたいな!!!」


 なんてリンダリング世界との関係を深めている場合ではなかった。

 画家ゾンビが勝利のポーズをびしりと決めている後ろでミノタウロスゾンビが崩れ落ちていく。もとは、絵の具だったらしい。ぐすぐずにとろけていく後ろの壁にはもともと描いてあった絵があった。

 ……どっちみち、見て嬉しい絵じゃないんだけど……でっかい木にちらりとのぞける女の足と、それを見ている子供の絵、なんて……て、絵が変わってる? 黒髪の女と金髪の女。

 金髪の女は黒衣を着て黒髪の女に背を向け、黒髪の女は座り込んで祈りを捧げている。

 その絵の前にぽつりと倒れていたのはドーラの人形。シロウがその人形を拾った。

 シロウがその人形を手にしたところ、さらさらとそれは崩れ落ち、一本の木でできた鍵が残った。


 私たちは、夢見る鍵を手に入れた。


「この絵は、間違いだ。私は間違いを描いた」

 画家ゾンビが言った。

「どうしてこんなことに。しかし、私は絵を完成させねばならない。

 絵の具を……くれるか」


 ノアが私たちを見る。これでいいかな、と尋ねるように見回しつつ、手に入れた花を全部出した。すると画家ゾンビはそれを受け取った。絵筆で花びらを撫でる。そして花の色を塗り込めるように壁を塗る。

 祈る女のひざまづく地面に花が咲き乱れる。色を使われた花の花弁は白くなり、白くなった花はノアに渡される。白い花は4本。

 私たちは白い花を4本手に入れた。


 画家ゾンビは絵を描き終わる。そのままため息をつき、立ち上がる。私たちを見てシニカルに微笑すると(ゾンビ顔だけど)、肩をすくめて去っていった。

 なんというか、濃いキャラクターだった彼。画家なのに武闘家だったこともあるけど。……まぁ、いい。絵に向き直る。


「祈りは通じたり」

と声が聞こえた。絵の中の女が二人並んでこちらを向く。そっくりな顔をした二人。

「さぁ、夢見る鍵をください」

 二人はぴったりとよりそって左に立つ黒髪の女が右手を、右に立つ金髪の女が左手を、ふたりは手をぴったりくっつけて差し出してきた。ここの絵は、ほんとによく飛び出てくる。描いてる奴が悪いんだろうか。

 シロウが私たちに確認するように目で問いながら、その手に鍵をのせた。


 すると二人の女は目を閉じて、互いとは逆の方向に倒れていく。絵が彼女たちの間でばりばりとやぶれていく。

 絵は失われ、その向こうに扉が。鍵穴に鍵の刺さった扉があった。

 

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