【第十章 -神の子-】



 地球では夏休みを迎えようとしている時分。


カイは、夏休みも過ごして宇宙でも自由な時間があって、大変なこともあるけれど得られる時間もすごく重要なのだな、とスケジュール帳を見て思っていた。


「普段二重生活で大変な分、しっかり休みなさいね」先日タクミからもそう言われていた。


 鏡を見て自分の顔を見る。「私、老けてないよね?」恐る恐る顔のハリを確かめる。

二重の時間を生きてる分、他の同級生より精神年齢はあがりもしかしなくても身体年齢もあがっているんでは? と以前から心配していた。


前にクロノスにそのことを相談した折は

「過去に一人いたイヴの人は全然変わらなかったから、宇宙に来ている時の君の時間も身体的には止まってるんだと思うよ」あのクロノスを持ってしても確信のない返事であった。


「う~ん」鏡とにらめっこする。

すると部屋にカサカサッという嫌な音がした。

「へっ?!」鏡越しにカイはとんでもないものを見た。

「きゃーーーーーーーーーーー!」


カイの過去最大級の大きな悲鳴にすかさずベルガが飛び込んできた。

「カイ! どうした!」


ベルガが部屋に飛び込んだ瞬間にカイがそのままベルガにむかって突進してき、やはりそのままベルガを押し倒して部屋の外へ一緒に倒れこんだ。

ベルガは急なことに真っ赤になりどうしたらよいのかあたふたとして両手のやりどころに困っている。

と、部屋の奥を見るとゴミ箱の側にゴミ箱と同じ大きさの黒い物体が立っていた。

とりあえず自分の上に乗っているカイの頭を支えながら

「おお、宙虫そらむしか。なんでカイの部屋から入ったんだ」と普通の声のトーンで言ったものだから今度はカイがブワッと顔をあげて

「あれ! あれ、虫ですよね?! おおおお、お友達なんですかっ??」と涙目で宙虫を指して叫んだ。ベルガは呆気に取られカイはもう泣きじゃくりそうになっていた。



「宇宙に虫がいるなんて……」

地球でも諸説、宇宙虫の存在の有無は言われているがカイが見た宇宙虫は「宙虫」と呼ばれる「宙虫の星」から来たいわゆるエイリアンらしい。


 宙虫は身体を丸め器用に用意された小さな椅子に着席している。

「失礼ですねぇ、あなただってエイリアンじゃないですか。某は紳士なのですよ」と身体に付いたすすをハンカチで払った。


 カイは普通の女の子であれば大抵がそうなように虫は大の苦手で、その器用に丸められた身体を見ては嘔吐しそうになり完全に背中を向けている。

宙虫はたくさんある足を使いMQRから渡されたカップに口をつけている。


カイにとって一番我慢ならないのはその大きさも最たるものであった、地球では考えられない大きさ。カブトガニより大きい。

「そういえば地球の虫は話さないし、すごく小さいなぁ」とベルガは勉強熱心なご意見だ。


「某はベルガ様に頼まれてここまで来たんですからね」とまだプリプリと怒っているが

カイも珍しく仲よくするつもりがないのかソッポを向いている。


「で、天界の様子はつかめたか?」とベルガが問うた。

天界というキーワードで先日までの騒動を思い出し、ベルガは何かをまだ注意しているのだ、

ということを初めて知りえた。


「カルメイラは壊れた天牢からは出され、どうやら本当に補助宇宙戦士の席を勧められているようですねぇ」と宙虫は上品に答えた。

「本当に!」とカイが嬉しそうにそちらを見そうになり慌てて背中を向けた。

宙虫はチロリ、と目を細めてカイを見てから「それからこのカイさんが天牢の格子をベルガ様の武器で壊したということですが……」というと、ベルガがすかさず「あのProtect Eveはカイの武器だ」と言い直した。

宙虫も目礼し「失礼、Protect Eveで牢を壊されたことについて調査いたしましたが

カイさんの腕力やProtect Eveの特性から考えてもまずあの牢を壊すことは出来なかったでしょう」と、コホン、と話し終えた。


カイは「え」と発して止まった。

ベルガはカイからProtect Eveで天牢を破壊したことについて聞いており、

不可思議に思い事故後の天界にこの宙虫を使って調査にやっていたのだ。


{Protect Eveは打撃系に優れている武器ではない。どう考えても一撃必殺の単純な武器だ……}そう考えていたのだ。

{イヴの力……とかいうものなのか?}と頭をひねらせていた。


「ところで」

「何故、あたしの部屋ではなくカイの部屋から入った? それはビックリもするだろう」と、宙虫をやんわりと叱った。

{出来ればカイには内緒にしときたかったんだが……}


「それが、なにやら可愛らしい部屋に目が行きまして、某は可愛いものがだぁいすきですからねぇ♪」と目を平らにして思い出すように語った。

カイの部屋はこの宇宙一、ファンシーな部屋であろう場所だったのだ。


 宙虫が帰り、カイがほっと胸をなでおろしているとさっきのことを思い出したのか

ベルガがくっくっと笑いだした。

「お前は宙虫の惑星へは行けないなぁ」といじわるを言った。


カイは先程のことが急に恥ずかしくなり「そ、そんな星行きたくないです!」

と突き放すも、自分が言い過ぎなのはわかっている。この宇宙では不平等がまかり通っているが平民は皆、平等なのだ。自分は「祈りの女」や「イヴ」という称号を持たせてもらってる以上、きとんと周りにも気を配らなければいけないこともわかっていた。

 なにより大袈裟かもしれないが委員長精神がそれを自分に強いていた。

ちょっと言葉に詰まりながらも「ごめんなさい、ちゃんと今度から仲良くするようにしますから……」と窓の外に視線を落として呟くと

ベルガの腕が伸びてきて頭をボサボサと乱暴に撫でられた。


カイの部屋の窓のサッシには、地球出身のカイのためにお月様のイミテーションの飾りが吊ってある。頭に置かれたままのベルガの手を両の手で掴むと、相変わらずベルガの手はひんやりとしている。

「お月様みたい」お月様のようなひんやりとした手の指には今でもブルーのリボンが結ばれていた。




 その夜、カイが自室の寝室で眠っていると夢を見た。

サラサラの長い金の髪を下の方でまとめた男性で、手を引きつれて歩いているのは

対称的に黒髪の美しい女性だ。夢の中でもほんわかとした空気があってとてもお似合いだなぁ~と思っていた。


この日、カイの部屋には宙虫以外の予定外の来客が他にあった。


ポタポタ、と何か温かいものが頬を滑り落ちる感覚でまだ夜の闇が深い頃カイは目を覚ました。すると、寝ているカイの髪をそっと撫でる人がいて、ビックリして起き上がろうとしたが先程の温かいものが涙だとわかるとカイは頭を起こすのをやめて「どなた様ですか?」と恐る恐る聞いた。


逆光で窓から入る惑星の外の光に、その長い金の髪はスルリとほどかれていたが

優しいまなざしで笑う彼が先程の夢の中の男性ではないか、ということにはすぐ思い当たった。逆光でも光り輝く金の髪。まるで初めて病室でベルガと出会った日みたいだ、と思い出す。


男性はゆっくり口を開いて小さな声で「驚かせてすまない」と首を少し倒してどこか可愛く微笑んでいた。でもその瞳にはまだ涙が乾かずに残っていた。

明りをつけないで、というそぶりを見せるとその男性は「わたしが誰かわかるかい?」

と不思議な質問をしてきた。

申し訳なさそうに首を横に振る。


男型なので皇族でなければ平民だろうが、知り合いはいない。それに皇族はお年を召した人が多いのだ。こんなにも若々しい男型はクロノスや門番のロンくらいしかわからない。

でもなんと言ったらいいのだろうか。とても温かく、そして寂しいオーラ、

それから着ている物もそうだけれど気品を感じた。


カイの回答を聞くと「そうだね」とわかっていたように頷いたものの

寂しそうな表情は変わらない。

何かを聞こうと思った時、部屋の扉が大きな音を立てて開きベルガが大車輪をすでに振りかぶっていた。


その男型はヒラリ、とベルガの一太刀をかわし窓の方へ走り寄ったがベルガが次の瞬間には男型の前に跳び、目にもとまらぬ速さで男型を貫いていた。

サァァ、っと砂のように崩れる男型の形がなくなっていく。

手応えのなさに「なんだ?」とベルガは砂を払う。

「大丈夫か?! 何をされた?」とベルガが心配してくれるも

「それが、何もされてなくて」とあやふやに答えることしかできなかった。




 朝食をMQRから受け取りベルガと大きな食卓を囲んでいる。

MQRは「昨日の侵入者! わたくしめの監視の目も見事に掻い潜ってカイ様の部屋に到達したんですのよ!」とちょっと興奮して「一大事ですわ!」と話している。


屋敷内はMQRの網が張っているので侵入者などあり得ないのだ、ということは以前から聞いている。

ベルガはボーッとMQRの話を聞いているカイの様子を、心配そうに見ていた。

「カイ、今日は例のアマゾンの件に最終決議が出される。お前も出席しろ」と、声をかけられると今起きたかのように「は、ハイッ!」と反応した。


 すでにアマゾンの地獄への投獄。そして、カルメイラの補助宇宙戦士の列への登壇は大体の宇宙戦士に伝えられていたことであり、カイは昨夜のことを一旦忘れカルメイラに笑顔で会おうと決めていた。


 自分が“祈りの女”にあがったときと同じ大神殿にて宇宙戦士が序列順に、そしてその周りを皇族らが固めて座っている。自分は何処へ座るのかと思ったらなんとタクミの隣であった。


これには仰天して「こんないい席には座れません!!」と大騒ぎしたものの

クロノスが珍しく吹き出して静かにお腹を抱えている。

タクミは「クロノスったら」と恥ずかしそうにし、クロノスが笑いを堪えコソッと教えてくれた。


「カイちゃんはまだ誰からも聞いてなかったみたいだけど、君の地位“祈りの女”はタクミの“大地のマザー”と同列なんだよ♪」

「“大地の母”……タクミ様らしい二つ名ですね♪」と、返したもののまさか自分の地位がこんなに高いとは思っていなかった。簡単に言うとなれば上から三姫、そしてタクミ様・自分である。こうなってくると上段がやたらに近く感じて三姫を充てる照明も熱い。


下を見るとすぐ隣にはクロノス、そして半円を描くように宇宙戦士が鎮座しておりベルガは魔の宇宙戦士トップとして左端に座り、三姫の中に上司がいるからであろう不機嫌そうに腕を組み座っていた。

「私がベルガより上に居るなんて」とどんどん顔色が悪くなる。


ふっとベルガがこちらの視線に気付き顔色の変化に早々気付いてる風で心配な顔をしている。

「大丈夫か?」そんな声が聞こえる気がする

カイは小さく頷いて息を整え、きちんと小さく座った。


宇宙戦士の後ろには皇族が居並んでいるがふとクロノスはあそこではないのだな、と思った。

「タクミ様の婚約者で皇族。それから宇宙戦士の筆頭指揮官」現役と言うことでこの位置なのだろう。実際に喋ったことのある宇宙戦士の光たちを除いた皇族は、タクミとクロノスだけだ。

後の皇族はいつも大きな布と宝石で顔も身体も隠していて誰が誰だか判別もつかない。

そんなことを思っていると三姫の現れる鈴が鳴らされる。


 壇上が開き、三姫が現れると、いつものように感嘆の声と拍手が沸いた。

これもよく上から見ているとほとんどが皇族からのもので宇宙戦士は特に沸いてはいないのが明らかにわかってしまい委員長は「こらこら」と内心ひやひやした。

 ちなみに光だけがやけに楽しそうに手を叩いて、皇族と一緒に、三姫と謁見できる喜びを身体ごと表現していた。


 光の姫・マリーがいつも通り最初の挨拶をし後の指揮はクロノスが取った。

「以上、これらの件を全て検証した結果、首謀者・アマゾンには皇族永久追放の上、宇宙においての全ての権限のはく奪並びに地獄への投獄を命じます」と、読み上げた。

そしてマリーが「アマゾンをここに」と指を持ちあげると壇上に大きな檻が現れ

乱れた髪をそのままにしたアマゾンが姿を見せた。


 会場内の宇宙戦士は一気に殺気立つ。

マリーがカツンカツンと美しい音を立て歩み寄り、再度書状を読み上げた。


「わたくしの大事なアマゾン、その罪を己の身で清めなさい」と「双子の姉妹」を諫めた。


「姉上、姉上、我はもう光合邸にそのような憎しみは持っておらぬのじゃ

どうしてもあの御方に近付きたかったのじゃ」と髪を振り乱して許しを乞う。

しかし、アマゾンにはマリーの指示で兵士がにじり寄りアマゾンや宇宙戦士にとって「特別」である髪を切断しようとした。


カイはギュッと目をつむった。


すると、目をつむってた先から「なんだあの光は!」という声が聞こえてきた。

アマゾンを押さえていた兵士はバタリと倒れて行き、牢の格子も四方に倒れた。


宇宙戦士が武器を手に様子を見ている。

苦痛に顔を覆っていたアマゾンに誰かが優しい手を差し伸べた。


「アマゾン」


その声にアマゾンはハッと顔を上げる。


そうして皇族、そして宇宙戦士はとんでもない名前をアマゾンの口から聞いた。


「神子様!」


カイは瞬きも出来ずにその「神子」を見ていた。ベルガももう気付いている。


神子と呼ばれたその男型は、紛れもなく昨夜カイの部屋にいたものだった。



 神子。初代宇宙戦士にして神が作りし最初の子〈アダム〉

 そして歴代最強と呼ばれた彼の傍には初代“イヴ”がいたと言われている。

宇宙でもすでに伝説と化しているがその姿は昔と変わっていないのであろう、

下々の皇族が次々に平伏し三姫もが「神子様!」と驚きの表情を隠せないでいる。

初期からの宇宙戦士であるベルガも神子の顔を見るのは初めてらしく

大車輪を構えたまま、その光景に気を取られている。

そうして神子は告げた。


「此度の一件は全てわたしの顔に免じて不問にしてはもらえないだろうか」そう言ったのだ。

これには三姫も宇宙戦士も、それから当のアマゾンも驚きの目で見つめる。

「わたしがこの宇宙から姿を隠している間、アマゾンは何億何千年と私のことを探して追ってきていたのだよ、そうだね? アマゾン」握る手のアマゾンを見る。

すると泣き崩れるようにアマゾンは

「ずっと、我は、アマゾンは神子様をお慕いしており申します」と涙を流した。

「大きな事件さえ起こしていれば泣き虫なアマゾンを懲らしめようとわたしが姿を現すと思ったのだろう」と神子はアマゾンの頭を撫でた。

もう、アマゾンは泣き崩れており言葉が出ないようだった。

その膝もとに頭を寄せ声を殺して涙を落としている。


この一件があり、場は騒然としこの後に控えていたカルメイラへの議題へは移ることなく閉会した。



 謁見場には三姫と神子、タクミとクロノスにカイ、そして宇宙戦士が残されている。

アマゾンはすでに持てる力を使い切り放心したまま神子の裾を握っていたが

「安心おし、もう遠くへは行きません」と言う神子の声を聞くと、呪文でも解けたかのようにクタリと眠りに就いた。


「やぁ、新しい顔ぶれがこんなにもたくさん。今回はわたしの愛弟子が苦労をかけました」と、申し訳ない、といった表情でハッキリと告げた。

三姫もさすがの神子、自分たちを作りし存在には頭が上がらずアマゾンの件はすでに容認しているようだ。


「恐れながら」

と、宇宙戦士から声が上がった。

クエが珍しく「誰だ、本当に恐れ多いな!」と声を荒げたが、声の主はベルガであった。

皆が一斉にベルガに注目した。


「昨晩、我が屋敷にこられたのは神子様でお間違いありませんか」と、ベルガはすでに確信は得ていたが敢えて皆の前で公言した。


すると周りも「えぇ?」「なんで!」と言った空気に包まれる。三姫も神子を振り見る。

「ああ、間違いないよ」とニッコリ笑った。笑ったかと思った瞬間、ベルガの目にも誰の目にも神子は捉えられず気付くと神子はカイの背後に立ってカイの手を取っていた。

「えっ? え」カイが戸惑ったまま手を取られそのまま壇上へと誘われる。


「“二代目イヴ”が出現したと聞いてわたしはまたこの宇宙に誕生した」

カイに触れる神子に、ベルガは持ってる大車輪を折れそうなほど強く掴んだ。


「あの、」思わぬところから声を出したのはカイだった。

「“初代イヴ”さんのこと! 私、もっとよく知りたいんです。お話しくださいますか?」それを聞くと神子はこれまでにないほど顔を崩して微笑み

「ベル・ガート、しばしそなたのイヴを借りうけよう」と言ってベルガがハッと目を見開き手を伸ばそうとした時には、神子とカイはその場から風に舞う砂のように消えてしまった。

ベルガが、かき消える前に最後に見たカイの瞳は、自分ではなく神子を映していた。

「カイーーーーーー!!」





「ここは?」

カイが聞くと神子は優しくカイの手を引きながら

「天国みたいだろう?」と笑った。


 足元はフワフワしていて本当に地球人が思い描く天国のようだ。

「場所は光合邸と変わらないけれどここは異空間だから、他のものは入れない、

わたしの能力は空間を作ることで、こうやって幾億の宇宙を見ていたんだよ」そう謳うように話した。

そして「私のイヴは……」と、表情をそのままにでもやはり寂しげに語りだした。


「君とは違う惑星の娘だったんだが、地球とよく文化が似ていて。ただとても貧しい国に生まれた娘でいつも長い黒髪はボサボサにほつれていたし着ている着物も薄っぺらいものだった」

「でも恐いくらい色の白い娘でねぇ、君にわかりやすく言うと雪女のような見た目の子だった。わたしは最初何故、そんな娘がわたしのことが見えるのかわからなかったんだよ」と当時を思い出して苦笑した。


「彼女の方もわたしが諭しても一向に宇宙に慣れようとしない、誰とも仲良くしようとしない、それどころか言語も彼女の国では不自由でうまくコミュニケーションがとれないでいたんだ」ちなみに! と人差し指を上げて自慢気に言った。

「わたしは当時から両性でもちろん宇宙戦士だったころは可愛らしい女型だった♪」

というと、ポンッと背の低い若い女の子の形になった。


「わたしは彼女とうまくやって行きたくて色んなアプローチで彼女に話しかけたんだけど

彼女はあまり喋ってくれなくて困ったものさ」と若い女型の神子は高い声で続けた。


「わたしは女型になるととたんに背が低くなるんだが君と同じくらいだな! 本当に珍しい」と笑った。「彼女は最後まで名前を教えてくれなくてね、実は今でも彼女の名前を知らないんだ」カイはビックリした。


「だからわたしは勝手に“白雪”と呼んでたんだよ。白雪はとても背が高い娘でわたしと並ぶと白雪の方が飛び出て見た目にも変な“イヴ”だったよ」と苦笑する。

「白雪は元々短命の一族だったけれど、宇宙に無防備で連れて来たせいだろう、すぐに弱っていってね、最後にはほとんど笑顔も見せてはくれなかった。だけど……」

「だけど……?」カイが覗きこむ。


「彼女が亡くなる前の晩にわたしが白雪の絵を描いたんだよ、いつものたくさんのアプローチの中の一つだったんだけどこれをすごく喜んでくれてね。

最初で最後の“ありがとう”だった」

カイは黙って聞いていた。初代イヴは何も分からず宇宙へ来て神子と過ごしていたのだ。



「わたしは今でも思うんだよ、白雪は幸せだったのだろうか。彼女の本当の名前はなんだったんだろうか。彼女は……少しでも幸せだったんだろうか」最後の一文で神子からはまた温かい涙がこぼれていた。小さい女型の神子はしとしとと泣いている。


これまで長すぎる時を白雪を失ってから、神子はずっとここで泣いていたのだろう。

その頭をそっと撫でながら

「白雪さんのこと、全部はわかりませんがでも、絵をもらうことはきっと白雪さんにとって初めてのことだったんだと思います。だから、嬉しかったんだというのはわかります。

つい顔がほころんでしまうほどに」


神子はそれを聞いて当時のことを思い出していた。確かに白雪があんなにも笑ったのは最初で最後、あの時だけだったかもしれない

笑って「ありがとう」と言ってくれたのだ。


「二代目イヴ、そなたの名前はなんというのです」

「夏目カイと言います」ここに来て自己紹介ばかりしているので若干苦笑しながら名乗ると

小さい神子はギュウッとカイを抱いて「そなたが現れてくれて、わたしは嬉しい」と

泣きながら笑った。

「でも、そなたはわたしのイヴではないのですね」と残念そうに言うと「外で騒ぎ散らしている後輩がいるのでそろそろ戻りましょうか」と涙を拭って満面の笑みを見せた。



 周りが諫める中、ベルガが怒りにまかせ大車輪を振り回し時空を目測なく切り刻んでいると背後からフッとカイを抱きかかえた小さな女型が降り立った。


身長はカイと同じくらいでミニマムな二人が現れると一気にミーハーが取り柄の宇宙戦士が「可愛い~~♪」と周りに溢れかえった。

光などはいつもカイにしてる癖で「神子様の女型、かわいいー♪」と頭を撫で撫でしている。

 三姫が慌てて出てきてお小言を放つも神子が中に割って入り「よいよい」とどちらにも笑顔を向ける。ベルガが大車輪を下ろして無事に帰ってきたカイの姿を見て安堵の息を落としていると一瞬にして間合いを詰めてきた人影に動けずにいた。

可愛らしい神子であった。


「そなたが今の最強の宇宙戦士だな」と、周りをグルリと見てそう言った。

ベルガの肩に手を伸ばしポンポンッとして「カイが“そなたのイヴ”であって良かった」

と言って「イヴは返したぞ」と言い、奥神殿へ帰って行った。




 ベルガ邸へ帰る瞬間移動で何度もベルガに「何もされてないか?」と聞かれたが

カイは「お話聞いてただけですよ」とだけ言うので今度はベルガが若干拗ねてしまった。

でも、イヴの話はベルガにする話でもない、そう思っていたのでカイは頑なに他のことは話さなかった。

あまりにもカイが頑ななので、ベルガが怒りだす前に神子が初代イヴを大事にしていたこと、

イヴは生まれて初めて絵をもらい喜んだことなど、当たり障りない程度のことを喋って機嫌を直してもらった。


「それを思うと私はベルガに色々貰い過ぎですね」と指輪をさすって苦笑した。

「お屋敷にあんな広いお部屋も貰ってるしこの服も、ベルガが私のために作ってくれた」

ベルガはふん、とまだ面白くなさそうにそれでも自分の小指を見せて「これはお前から貰ったものだ」と言った。

ブルーは親愛なる家族へ


カイはその青い色を見て、少しばかり複雑な感情を抱いていた。


{私からあげた色だけど……}その色を違う色にしたい、と無自覚な欲の声が自分の中で沸いてきてそんな自分が嫌になった。

いきなりベルガの指を掴んでそのリボンを外そうとしたので、ベルガが慌てて「おいおい、なんだよ」と指を引っ込めた。

そこでカイは我に返り「なっ! なんでもないです」と平静を取り繕ったが、カイはベルガがそのブルーの色を自分に嬉しそうに見せるのが凄く嫌だった。


「私ってなんて勝手なの……」




 翌日、カイが朝起きて大食堂に向かう途中、庭のテラスに目をやると思わぬ人の後ろ姿があった。

「B・レディ!」


カイの声に振り向く黒髪の艶やかな彼女は、切れ長のバッチリとした目が本当に美しく

褐色の肌も一段ときめ細やかにベルガとはまた違った美女であった。


B・レディの様子からテナーは来ていないことがすぐにわかった。来ていたら寝ているところを起されていただろう。どうやら一人で訪ねてきたらしい。


「どうしたんです?」カイのその言葉に答える前に庭先からベルガが大車輪を携えて出てきた。

「えっ??」

「カイ、離れていろ」とB・レディが言う。

「なんで二人が戦うの?」オロオロしながらも言われた通り数歩下がって見ていることにした。



 ベルガは先日に「歴代最強」の神子の早技を直に見ていた。

{このままじゃ、カイを守り抜けない! もっと強くならないと……}


「行くぞ」と言うとベルガの長剣がなぎ下ろされた。

応戦するB・レディの剣は魔剣といった風で禍々しい柄に刃の部分は黒く色が浮かんできている。

ベルガの剣先をその剣で受け止めた。その切っ先を弾き飛ばすがベルガの大車輪は微動だにせず横から即座に攻撃してくる。B・レディは横に跳びそこから自分の剣を振りかざしたが

軽く大車輪に流されるように交わされ、そのまま大車輪がB・レディを攻撃した。

目の前で繰り広げられる真剣勝負に目に手を充てて直視できずにいると

MQRがやって来て椅子を持ってきてくれた。


「ご主人様はお強いでしょう?」確かにB・レディは宇宙戦士になったばかりだがまるで防戦一方だ。これが大車輪の力。ベルガの力。

MQRが、朝食は後になさいますね? と確認してから「以前は稽古なんて絶対しないお方だったんですが」と含み笑いを見せた。

双方の剣が幾度もぶつかり合い、ベルガの大車輪がそれを弾き飛ばしたところでその日の稽古は終了した。



「いきなりどうしたんです?」二人を交互に見て話を聞こうとするとB・レディが汚れた服をただしながら立ち上がり

「戦力強化のため、我がベルガと組むことになった」と不服そうに言った。


「えええ! 本当ですか?! じゃあテナーは……」すぐにとぉおっても不機嫌そうなミスイの顔が浮かび「あそこの二人は大丈夫かなぁ」とポリポリと頬を掻いた。

「だから一緒に稽古を!」と納得した風にカイはB・レディにタオルを渡している。

ベルガにもタオルを渡すと「いい、汗はかいてない」と言われて、ベルガを見ると確かに息の一つも切れていなかった。


「以前まではミスイがバディだったがあいつは戦闘要員じゃないからな、いい機会だからこいつの力も見極めておいた」とB・レディに向き直る。

それを聞いたB・レディもするどい目つきで「我は剣の扱いにまだ慣れていないだけだ。

すぐにお前など地に手をつかせて見せる」と、緊迫のバディが完成した。


カイが二人の真ん中で気まずい中、ベルガは{こいつは確かに筋がいいな、あたしの稽古相手にもすぐなるだろう}と確信していた。

さすがに宇宙一を争う紅炎は稽古相手には出来ないし

紅炎の使う太陽の技・プロミネンスは易々と使える技でもなかった。


「せいぜい、足を引っ張らない程度に働いてもらおう」と勢いよく喧嘩を売った。

B・レディは黙ってベルガを睨んでいる。


元から仲が良かったわけでもないのでカイはもう見てられないよぉ~、とMQRの助け船を待っていた。




 カイはカルメイラの面会に来ていた。ベルガが天界はまだ修復作業中で危ないから、と言うので一緒に付いてきてくれている。


「それじゃあ、補助宇宙戦士になることにしたんですね!」カルメイラが少し申し訳なさそうに笑うとカイは大喜びした。

それから「オルバにも知らせたいですね」と遠い星に流浪になったカルメイラの弟、自分の初恋の人のことを思い出していた。

カルメイラも沈んだ顔をあげて「そうだな、今の私を見たらきっと信じられない顔をするだろうな」と少し微笑んだ。

ベルガは格子に背を向けて話を聞いている。カルメイラは宇宙戦士選出の儀までは未だ刑囚であり、天界に収容されている。ベルガが足早にカイに帰るぞ、と促した。本来、カルメイラはお披露目前なので紅炎に口利きしてもらって会わせてもらっているのだ。


 帰り際、ベルガがカルメイラに一度だけ向き直り「次は光合邸の大神殿で会おう」と手を挙げた。



 カルメイラの面会の帰り道。

二人で天牢のあった場所へ寄った。

すでに上の方が瓦解しており修繕の準備がしてあるものの休憩中なのか人気はなかった。

しばらく無言で見ていたベルガとカイだが仲良く並んで帰ろうとした、その時。


足場が不安定な個所にカイが足を置いてしまい「キャアァアアア」一気に天界のもっとも高い場所から落ちそうになった。

キュウっとつむっていた目を恐る恐る開けるとベルガがカイを抱きかかえて岩の一つに手を掛けていた。「下見るなよ」と、ベルガが「クソッここは瞬間移動禁止区域だったか」と呟いた。掴めるヘリや足場か、せめてカイを安全に渡せる場所はないか頭を動かしているとベルガの腕が急に誰かに掴まれた。


「B・レディ?!」カイがベルガと自分を引き上げるB・レディを確認して驚いた。

「ごめんなさいベルガ! 傷が」と、手に負った小さい傷を見て不安そうに声をかける。

「これくらい数時間で治るよ」とポンポンとカイの頭を叩いた。

「それからB・レディも本当にありがとうございます!」と頭を下げる。

「いや、たまたま我は天界の主に呼ばれていただけでな」

恐らくカルメイラの補助宇宙戦士就任についての話しなんだろうな、とベルガは傷を舐めながら考えていた。B姉妹はブラックホール事件でカルメイラに操られていた経緯がある。


と、B・レディが「お前なら一人で上がってくると思ってたんだが一向に登ってこないので助けた」と、ツンと言った。

恐らくこの間の稽古での厭味返しだったんだろうが、これにベルガが簡単に喧嘩を買ってしまうものだからカイが「もうー! 仲良くしてくださいっっ」と両方に何故かお説教することになった。





 宇宙戦士選出の儀と言っても補助宇宙戦士であり正規の宇宙戦士ではないので

カルメイラのお披露目はごく小規模に行われた。

未だにブラックホール事件のこともあるのでB・レディはいい顔をしない。

テナーはすっかり忘れた風でお祝いのジュースをわんさか飲んでいる。

選出の儀と言うよりお披露目の立食パーティーのような感じだった。

カイはこの日も綺麗な衣装に着替えさせられ淡いメイクが施されている。


今回は意思が伝わったのだろうか。緑色に金の花が散ったモダンな振袖だ。

それでも宇宙アレンジで裾はドレスのように美しく幾重にも広がっている。

「ま、馬子にも衣装……」自分で自分に突っ込む。

緑はベルガの瞳の色でとても好きな色になっていた。金の花もベルガの髪のそれのようだ。


すると、三姫、そして今回から三姫のさらに上段に構えられた神子の席よりカイに声がかかる。神子はすでに自らを、宇宙戦士は引退してるよ、と言い張っており、威厳のためか、それとも亡きイヴのためか男型を取っている。

しかし、両性には寛容とあってテナーの男型を咎めたりしない。


神子が上段よりカイの手を取るとライトが一斉にこちらを向いた。

「へっ??」いきなり自分の側にスポットライトが当たり何事かとあわあわしている。

ベルガに助け船を出そうにも今日は光合邸についてから別行動していて、この会場にも姿が見えない。


「何が始まるんですか?」と困り顔で聞くと神子はいつもよりメイクで血色のいいカイの頬を触り「君のパートナーが羨ましいよ」と笑った。


「これより、“永久の誓約”の儀を執り行う!」と神子が高らかに宣言すると

宇宙戦士は皆すでに承知の沙汰であったようで大勢の笑顔と共に拍手喝采になった。

カイは「ドッキリ?!」と目をクルクル回している。



はて? でも「永久の誓約」とはどこかで聞いた事がある、と動かない思考回路で思っていた。

そしてハタッと思い当たった! そうだ! ベルガと初めて会ったときに自分が足のギブスにサインを書いてて。それをベルガが「永久の誓約」と呼んでいた。

じゃあ、自分はすでに「永久の誓約」をしていることになるんでは?

もうわけがわからなくなりやっぱり目を回していると

壇上の袖から細い手足がスッと出てきた。


 左の腕にはいつもの三連の腕輪が連なっていてすぐにベルガなんだ、と思ったけれど

ベルガは短い少しウェーブのある髪をキッチリと揃えていつもより金の髪は手入れされた分光沢を放っていた。そして全部出ている左腕とは対称的に右の腕は装飾のあしらわれた美しい袖に覆われており指先だけ綺麗に出ている。

全身にかけて金の刺繍が施された黒いスーツをこれは前のようにMQRが選んだんだろうか重たそうな、でもスッキリとしたデザインのブーツでまるで別人のような姿で登場した。


少し見ただけでもう直視できなくなっていた。


女型の、女の人の姿をしている人に失礼かもしれないけれど……


「かっこよすぎです」そう愚痴のように呟くと恥ずかしくて下を向いた。


 神子からベルガへカイの手が引き渡された

他の宇宙戦士からも感嘆の声が上がっている。

小声で、「永久の誓約したってベルガの口八丁か何かだったんですか?」と「ちゃんと覚えてますよ!」という顔でプンスカ見上げるといつもより数段まばゆいベルガは

「別に嘘でも間違いでもない」とニヤリと笑った。


なんでここでそんな謎かけみたいなこと言うかな、と前に向き直り、「永久の誓約」ってこれだけで終わりなのかな、と安心しきっていたところに急にベルガの手がカイの腰に回り

カイは身体を硬直させた。


「ベルガ……???」上ずった声で見上げるとフワッと身体が持ち上がりすでに壇上に用意されている大きな机のような台に乗せられた。

「べ、ベルガ!」もうわけもわからずこんなに人が見てる中で何をする気だ! とジタバタして見せたがふいにベルガの頭が下がった。


「えっ?」


自分が座らされている台座の前に片膝を折って座り、忠誠の証として伸ばした左手と右手の拳を合わせた。


「わたしの全てをあなたに」


カイは壇上から見える全ての祝福の拍手の鳴り響く音が聞こえないくらいベルガの言葉が身体に響いていた。涙がポタポタと落ちる。

なんだろう、これは。


するとベルガはカイの足を触り、左足の太もも、ちょうどベルガの髪が潜伏している箇所に浮き出ている自分の名前があるだろう場所を指でなぞった。

ベル・ガート と。


カイが涙を落としながら「……サイン?」と呆けた顔で納得した。

神子がやって来て囁く。


「そなたはサイン済みだと聞いたがベルガがまだだと聞いたので、きちんとした儀式にさせてもらいましたよ」と清々しく笑って神子も盛大な拍手をして離れて行く。

すると、ベルガは立ち上がりカイの涙を指で拭って抱き起こした。

二人、手と手を繋ぎ、カイとベルガはこの日この時を持って正式に「二代目イヴ」そして、そのパートナーとなった。




                                 第二部 完

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