【第九章 -芽生え-】




 アマゾンの事件は一旦保留となった。過去の経緯、そして今回の罪は明らかではあるが

奪われた宇宙戦士の刀や刀鍛冶・そして黒点も無事に回収されたことにより

話は思ったほど大きくは膨れ上がらなかった。


 なによりこの事件を掘り起こして出てくる民の暴動を抑えたい、という皇族の思惑も働いたらしい。


また、操られた皇族の存在とアマゾンが幾年と潜伏していたとされる光合邸内の根城だが、

「上で処理」された案件らしくその後については宇宙戦士に公表されることはなかった。


 アマゾンによってモールの小屋に投げ入れられていた刀鍛冶も無事で、本人は事件の間、何があったかてんで覚えていないらしく家に帰った後で「儂の家が半壊しとるんじゃが」と髭をひっぱりながらいつものように小話をしながら色んなところを転々としているのだとか。


 結局、刀鍛冶に遅めのメンテナンスをしてもらった紅炎・ベルガ・コロンの刀もちゃんとご主人様の元へ戻った。

 紅炎はベルガが事件の際に自分の剣を使った事をめっぽう怒っていたが唯一の家族でもある黒点が目を回してモールの小屋で見つかってからは毎日慌ただしく看病に走り回っている。

誰にもお咎めなし、と宣告されていたような宇宙戦士であったが実質的にこの紅炎だけが、上司のクエから淡々とお説教をくらうという目に遭っていたというのは、後から本人に聞いた話である。



「カルメイラ、元気にしてるかなぁ」と、ベルガの屋敷のファンシーが目印の自室で宿題をしながら窓を見上げる。するとコンコンッと開いているドアがノックされる。


ベルガがカップとティーセットを両手に提げて立っていた。

「ベルガ!」手からこぼれそうになっているカップを受け取り可笑しそうに笑う。

「なんだよ?」

「ベルガこそどうしたんです? MQRさんはいるでしょう?」


とカップを並べて中にハーブのような茶葉が入ったティーセットからお茶をすすぐ。

日本に居る時の習慣からか、豪華な洋室なのにベルガとカイがお茶を飲むときは

地べたにちょこんと座ってお茶をすすることがよく見られる。

今日もそんな風景だ。


「すまなかったな」途端にベルガが謝った。


「え」余りの急なことにキョトンとしてベルガを見る。

「思いつきでお前を危ない目に遭わせた」ベルガは瞳を下に落したままカップを手にしている。

「なんで謝るんですか!」

「一歩間違えればお前は死んでたんだぞ!」


ふいに出てしまった勢いのいい言葉にもっと勢いよくベルガの言葉がかぶさった。


「ベルガ……」困った顔になったカイだが「すごくすごく助けてもらいました」と柔らかな表情で答えた。

指輪をさすって大事に両手で包みこむ。ベルガも指輪を見下ろし


「でもそれがあったからお前は知らなくてもいい恐怖も味わった……」

カルメイラから聞いたのであろう、自分が意識をなくすほど放心していたこと。

少し恥ずかしげに口を開く。

「でもベルガに守ってもらったと思ってます」

「……」

「それに、最後にアマゾン様に攻撃しなかったのは私がいたからなんですよね?

カルメイラが言ってました」と優しい声で微笑んだ。


「……カルメイラにはよく会いに行ってるのか?」

「はい、たまに。宇宙戦士にっていう昇格の話もあったらしいんですけど本人が断っちゃったらしくて。でも皇族の方からはモールさんと同じ“補助宇宙戦士に”っていう声が上がってるらしいんです」自分のことのように嬉しそうにカルメイラのことを話すカイに

ベルガは少し焦れた。


ちょっと厭味を言いたくなる。

「オルバのことはもう忘れたのか?」

その言葉に真っ赤になって慌てて「カルメイラはそういうのじゃないです!」と

口をとがらせて怒る。


「あ、そういえばベルガって本当にお勉強家さんなんですね♪ この間の蛇のことわざ! 私でも出てきませんよ? あれって黒点のこと心配し……」

急に空気が圧縮した。


自分の片手をベルガが掴んだのはわかったけれど、その後にベルガの髪が自分の髪と交わるのが見えた他はしばらく何が起こっているのかわからなかった。


すごく柔らかく温かい。


急なことでどれくらいの時間だったのかわからなかったけれど三回目の瞬きをした時

綺麗な綺麗な錦糸のような髪が頬にあたって、自分が痛いくらい強く抱きしめられてるのだとわかった。

何故か自分からは力が入らなくて、ファンシーな自分の部屋には一つになってる影が落ちた。


こちらから何か声をかけようとした時、「危ない目に遭わせて、ごめん」


そんな子どものような拗ねた声が耳元に降って来て思わずお腹の奥がかゆくなった。

ベルガの後頭部を、ポンポンといつも自分にしてくれるように真似して撫でながら

「だから怒ってないですってば」と気持ちよく笑った。

「それよりも、もうすぐ私は夏休みで学校がお休みになるんです。宿題先に全部終わらせるんで残りは私と地球で遊んでくださいね♪ それで充分です」と

ベルガのさらさらの髪をかきわけてそれでもまだ不安そうな瞳の宇宙戦士にカイはどうしようもないほど「可愛らしい」と思ってしまった。

いつもは虎のように凶暴なのにいきなりチワワのようになった自分の相棒は、カイの手首を掴んだまま「わかった」と妙に真面目に返事をした。

それがまた可愛く思えた。








 ベッドに横になって宇宙戦士の名前を暗唱する。

宇宙戦士の名前はどれも複雑で全てメモに書き記していたが、最近は見なくても覚えれるようになってきた。もちろん、呼ぶ時は愛称で呼ぶので覚えなくても弊害はないのだが

クラス委員がクラスメイトの名前を言えないのではお話にならない、


ベルガたちはクラスメイトでも何でもないがもっと大事な存在なので、委員長としてはやっておかねばならぬ仕事であった。

 宇宙ではファーストネームや苗字といった名前への概念が曖昧であり自由に名乗れる、

アメリカ形式の名前や日本形式の読み方呼び方様々で、面白いがゆえに覚えるまでは大変だった。


B・レディなど名前がそのまんまなので

ベルガがふざけて「レディ♪」と呼ぶとB・レディが「下の名で呼ぶな」とすごく不機嫌になったことなどを思い出して笑う。


「あの時もベルガが……」ハッと先日のベルガの体温が蘇る。反射で目をキュッとつむった。暗唱に戻る。


光の宇宙戦士から順に円を描く風に彼女たちは座る。

顔を思い浮かべて……


光の宇宙戦士。光合光 光合プラ イザ・ベルリナ コロン・アート

天の宇宙戦士。紅炎

魔の宇宙戦士。ミスイ・ド・カラモンティア ビルナセントハブリー アメシイヤ・サイト ブラック・テナー ブラック・レディそれから最後に

ベル・ガート


私を常に守ろうとしてくれる人。


もし私が傷ついたら、

あの人はどんな顔をするのだろう。


そうやって熱のこもった左手で首をなぞるように触った。今でもしっかりと残るあの感覚。

リアル(現実)に残してきた違和感。カイは目をつむり、その違和感を手放さないようしっかりと手を握り締めたまま眠りに落ちた。




 翌日はベルガと未だ調査が行われているモールの小屋まで訪れた。

指揮を務めるクロノスがさっと手を振って挨拶すると慌ただしく調査団を連れて

島を巡りに行ってしまい、普段は滅多に人の訪れないモールの島が思いもよらぬところで賑わいを見せていた。


「事件直後のガサ入れみたいですねぇ」とカイが呟くと、ベルガに「ガサ入れってなんだ?」と聞かれたので今度刑事もののドラマでも貸します、と先を急がせた。


ベルガが「入るぞ」と言って小屋に入ると、相変わらず背中を向けて座っている少女の後ろ姿があった。

「ベルガお姉さま、カイ様、いらっしゃいませ」感情の読めない電子音だが

それでもいつもより感情穏やかならぬ、といった風に聞こえるのはモールの心細さが伝わったからだろうか。座ったままこの地に縛られ口もきけず、ただただ宇宙を監視しているモール。

 先日の事件の鍵は、まさにこのモールを襲った洗脳という点で、今までにない緊張感を残し、事件の後もモールの件は大きな問題となり今、光合邸ではそのシステムの見直しや再調整などで大露わになっていた。

刀鍛冶もベルガたちの剣もそして黒点も、アマゾンにとってはゴミ箱に捨てるかのようにこのモールが住まう小さな小屋に放り込まれていたのだった。


元々、大きなゴーグルで目も塞がっているモールであったがモールはその特異な性質から、脳全体の視野で宇宙を見ている。いわば、視野が宇宙全体なのだ。

しかしシステムに介入のあったこと、自分のすぐ側に人質があったことなど、それら全てを感知できないままモールは通常に稼働し続けていた。灯台もと暗し、この小屋には滅多に来客もない。

盲点を突かれた攻撃であった。


 この事件があり、いまモールは声に出さなくとも盛大に落ち込んでいたのである。

「お前のところに大車輪はあったんだな」と、ベルガが辺りを見回しながら小さな小屋をうろちょろする。

このモールとベルガは宇宙での義理の姉妹なのだ。カイはベルガとモールが話すところを初めて見る。

「ベルガお姉さま」電子音は申し訳なさそうに小さなノイズを放ちながら義姉の名を呼んだ。

「お前は上の指示通り動いてたんだから責任はないぞ、なんか言われたらあたしのところに話を通すよう伝えろ」と誰が運んで来たんだか、部屋の中にあった小さなボールをポーンと手から手へ投げながらそうモールに力強く言った。

「はい」そう短く返事をしたモールの声はすでにベルガに守られていた。


カイはほっこりした気分になり自分もこういう姉にならなければな、と思ったが

すぐに想像した力強くて頼もしい姉像の自分をしばし眺めてから、無理そうだわ、と慌てて脳内からかき消した。









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