【第五章 -あの日の約束-】



 家族とテレビを見ていた。


 カイは今日の夜からまた宇宙へ行く。

試験前なので荷物にはたんまりとテキストと参考書を詰めこんで

既に準備は済んでいる、こうやって家族と過ごしながらベルガの迎えを待っていた。


ふいに男女の逃避行的な内容のドラマを観ていた母が言った。

「カイちゃんは覚えてないだろうけど、小さい頃お母さん、

カイちゃんをお嫁にあげるって約束しちゃったんよねぇ~」

「はいっ?!」

目をむいて母の方を見る。


妹のマイは「なにそれっ! 超面白そう! マイには? マイにはいないの?」

と急かして聞いているが母は「カイちゃんだけなんよ」と笑った。

「カイちゃんがまだお腹の中にいる時、小さい男の子がお母さんのところに来てねぇ、

“お腹の子を将来僕にくれないか”って言うもんだから、

あんまりにも可愛い男の子でねぇハーフみたいな美少年やったわぁ、

やからつい “僕がすんごい美少年になったらねぇ”って言ったったわ~」

クスクス可笑しそうに笑う。


「えっ! お姉ちゃんがお腹の中にいる時? 怪しくない?」

今度は不気味なものを見る目つきで「やっぱ許嫁なんていらな~い」ととっとと出て行った。


「許嫁なんて、大袈裟なんだからマイは」と、腰を上げた時、

リビングの扉越しにベルガが来てるのがわかって、

{この家とベルガがなんだかいつ見ても不釣り合いで可笑しい}

と笑いながら出て行った。

リビングを抜けてベルガのところへ向かう。

「準備できたか?」

「はい」

家族にベルガの姿は見えなくても、自分の声は聞こえてしまうので小声で、

でも笑顔で返事するとベルガは満足そうに廊下を進んだ。



 部屋へ戻ると魔法陣が床に浮かんでいて、すでにベルガの手で荷物は中に移動してあった。

「行くぞ」

そう言って手を差し伸べる。

その手をとり、ベルガの懐におさまると、辺りは色を無くして静かになった。

着いたのは宇宙の光合邸である。

誰もいない奥の神殿の中にこの移動空間は存在している。



「わっ、なんか寒いですね」

「ここは人の出入りも少ないしな、それに地球はもう夏になるんだろう? 

温度差には気をつけろよ」

「はい」といいつつ、さっきまで半袖だったのでなんとなく気兼ねする。

「それはそうと……」ベルガが口を開く。

「さっき言ってた“許嫁”ってなんだ?」

「聞いてたの?」と思い、なんでもないない! と言おうとした時、

大きな声がした。

「許嫁~?! カイちゃんに?!」


 カイたちの到着を知っていたのか、迎えに来たと思われる光が大きなリアクションで扉から顔を出している。

「お・ま・え・は! たまには静かに現れろ」

ベルガが握りこぶしを作っているのを確認したカイは

「光さん! なんでもないんです、昔の話だから」と慌てて制止に入った。




 宇宙時間で翌日、

カイはMQRが淹れてくれた紅茶を飲みながら試験勉強をしていた。

ベルガも今日は非番らしく、自室にいるようだ。

静かな朝、大層勉強に集中できたらしく

気付いたら明るさの度合いから惑星は午後になっていた。


 大きな噴水のある庭に出てお散歩をしていると

「よく眠れたか?」とベルガが部屋着のまま降りてきた。

「ベルガ、今起きたんですか? もうお昼ですよ?」と笑う。

「昨日まで任務が立て続けだったんだよ」と台詞を放り投げてそのまま欠伸する。

噴水の前にあるベンチに腰掛けまだうつらうつらとしてるベルガは日の光で金の髪が透けて見えて消えてしまいそうだ、と思った。

ちょこん、と遠慮がちに横に座る。


何か話そうと思った時、

ベルガの細い髪が顔にあたった。

朝に弱いのか、ベルガはカイの肩に頭を預けて目をつぶっている。

「あの、あの……」

緊張で胸がドキドキする。

ベルガは寝ているのか何も言わない。

サワサワと草木が優しく揺れる音がする。


なんだか自分まで眠くなってきた。

どれくらいか時間が過ぎた時、ベルガの声が肩越しから聞こえてきた。

「昨日の許嫁の話だけどな」と、言いかけた。

「こんにっちは~!」

「こんちは~」

愉快な二人の乱入でベルガの話はそのままになった。

「カイちゃんに“フィアンセ”がいると聞いちゃったわよぉおお♪」

「聞いちゃいましたよぉおお♪」

昼ののどかな時間はアメシャとビルの到来によって終了された。


「フィアンセって……!」

慌てて訂正したいところだが、ベルガはさっき何を言いたかったのだろう?

「話が大きくなりすぎです! それにフィアンセなんていませんよっ」

そうバッサリ言い切った。

言い切った後、なんとなくベルガの反応が気になって窺ったが、

まだ眠いのか顔を、髪を、四方にグシャグシャしていてわからない。


「なんだぁ~誤報なの? ざんねーん」

「残念ー」アメシャとビルのコンビは口々にブーイングを投げかける。

「で、それは誰から聞いたんだ?」ようやくベルガが話に入ってくる。

「誰だったかしら? 宇宙戦士はもう皆知ってるしね?」

「だねぇ?」

それを聞いてギョッとするカイ。

「皆って……ミンナ?」


「地獄耳のコロンはともかく、イザベルや紅炎こうえん

皆知ってると思うわよ?」ニヤニヤ顔のお姉さんはそう笑う。

「ベルガ! どうしよう、変な噂が」半泣きで泣きついたがベルガは

「すぐデマだって情報も廻るだろうよ」と言って屋敷に戻ってしまった。

「おもしろくなぁい」

「おもしろくなーい」

愉快な二人もベルガの反応を楽しみに来たのかチェッと帰ってしまった。




 カイは隕石タクシーに乗ってとある森に来ていた。

B姉妹は宇宙戦士となり、居住権を得たが、普通の惑星には住みつかず、この辺境の森の洞窟に住んでいる。

元々、ここで生まれ育ったそうでその家を離れなかったのだ。

近隣の民からこの森は「暗黒の森」と呼ばれるほど危ない地帯で、

ベルガはカイがここに来ることはあまりよく思っていない。

「でも緊急事態だから」と、森を抜けてきたカイが息を切らせて説明している。


「我らはあまり他の宇宙戦士とは交流を持たないが、その話は聞いている」

B・レディがお茶を差し出しながらゆっくりそう言った。

「ナツメカイ、フィアンセいない?」テナーも心配そうに何度も聞いてくる。

テナーの方を見てコクコク頷きながらお茶をすする。

「でもなんでこんなに広がっちゃったんだろう……」



「お前だろうな、ていうかお前しかいないだろうが」


ベルガがげんこつを振り下ろした先には

光が「ごめんなさい~」と頭を抱えていた。


「私はプラにこそっと話しただけなんだよぉ? 

双子の間で秘密事なんてないんだからねっ」

光は早くも弁解しつつ開き直ったが

「プラに話したら音声拡張器でわめき散らしてんのと同じだろう!」

ともう一発げんこつをくらわせた。


 光合プラは光の双子の姉だが、プラは光とは対称的に口数が少なく

戦闘要員向きの光の宇宙戦士だ。


 ブラックホール事件の折もベルガやビルと一緒にオルバを追う役目を担っていた。

光と同じような肩まで伸ばした髪は外向きにハネており、

目も光の垂れ目とは対称にツリ目で光とは似ても似つかない。


しかしここの双子が仲の良いことは知られており、皇族であることをおいても「ある案件」を除いては、二人は優秀な宇宙戦士である。


「ある案件」とは宇宙戦士の中の七不思議でもある一つで

「何故、妹の光が光の宇宙戦士トップなのか、光合邸の跡継ぎがなぜ妹の光になっているのか」である。

力的には戦闘要員であるプラの方が有利に見えるが、

光もまた光を生産するという独特の能力で互角である。

しかし、宇宙間では産まれた順はかなり憂慮される。双子であっても、だ。

なのに、光合邸の後継者は光合光に遠い昔からすでに決まっている。

そんなプラに光は「話してしまった」らしい。


 プラに難点があるとすればただ一つ、ゴシップ好きで有名なのである。

そして口数が少なく、ゴシップが大好きな彼女は、超シスコンでもあった。

光から聞いたことは、声を大にして広めていく。

それがプラの評価の下がったところではないか、などの笑い話もあながち笑えない。


「プラには黙っててね、って言ったもん!」と主張する光に、

「人の口に戸はなんとやら、だな」とベルガが呆れて言った。




 定期的に行われる宇宙戦士会議に出席した時も、カイは他の宇宙戦士から質問攻めにあった。

「誤解なんです」と、ぶんぶん首を振るカイにベルガは

「おいっ、プラ! お前が噂を広めたんだから、お前が収拾しろ!」とせっついた。

「私が何を収拾つける必要があると?」ツンっと返される。


皇族だからとは言わないが、そのシスコンの性質から光以外には割と冷たい。

「噂巻き散らしたのはお前だろうがぁ」ワナワナと怒るベルガをカイは

「大丈夫だから」と慌ててなだめる。


喧嘩になりそうなので委員長であるカイがすべきことは一つである。

「わ、私! フィアンセとか許嫁とかいませんからっ! 全くの誤解ですから!」

噂の真偽を明るみにするときに大事なもの。本人による発言は有効である。


「なぁんだ~」という声がちらほら聞かれ、

次第に話は他のことへシフトしていった。

ふぅ、と一息入れると、ベルガに

「ちょっと来い」と呼ばれ、部屋を出た。


「その、なんだ。むし返すわけじゃないが許嫁の話だがな……」

そう言えばベルガは先日からずっとこの話をしようとしていた。

神殿の廊下は響くので他の部屋に入っている。

頭にハテナマークを乗せたカイが真っ直ぐにベルガを見ている。

ぽりぽり頭を掻き恐る恐る口を開いた。

「お前は何も聞いてないんだな?」

「は?」なんのことだろうか。

「母親に何も聞いてないんだな?」

「? はい、ていうか何かあるんですか?」

ホッとするベルガとは裏腹に今度はカイが不審顔になる。

「なんでもない。話は以上! 戻るぞ」

とご機嫌に部屋を出てしまった。







――あの日。いつだったろうか、

最近のことだったようにも思うし、随分前のような気もする。

ベルガはその日も変わらず宇宙戦士だった。


 その頃のベルガの好きな遊びは地球に遊びに行くことで、

本当は許可が必要だけれども、ベルガからすれば地球に遊びに行くことは

なんなく簡単なことだった。


もちろん光合邸からは降りずに、自分の屋敷からこっそり地球に降下する。

その日、ベルガはいつものように地球の公園にいた。

なんとも自分の屋敷の庭に似たこの公園が好きなのだ。ただし、ベルガの遊びの醍醐味はここにもあって、人間に自分の姿が見えるよう能力をセーブする。

セーブした能力のせいで地球では男型になってしまうが別に構わない。


すると、ベルガはこの時今までで感じたことのないざわめきを覚えた。


その違和感をたどって行くと、公園のベンチに小柄な女の人が座っていた。

妊婦だ。

大きな胎動があったのだろうか、お腹をさすって身体をずらしている。


ベルガは直感でわかった、わかってしまった。


あのお腹の中に自分の“イヴ”がいると。


お腹の中にいる赤ん坊の中にすでに受け入れられている自分の毛髪は

今の胎動で主人に向かって反応するかのように呼応していた。


なんということか、見つけてしまった。

感動と、知りえぬ怖さで手が震える。

どうしても声をかけてみたい……


地球人と会話などしたことないが、会話能力は身につけている。

ただ、男型になっているとはいえ金髪の男だ。

多分、恰好もちょっと変わってる。

妊婦に近付くにしては怪しくはないか?

そう考え、


「おばちゃん」そうかけた声は幼い子どもの声だった。


ベルガはさらに力をセーブし、小さい男の子になっていた。

女の人はちょっとビックリしてからニヤッと笑い


「お姉さん! 芳美お姉さん!」と笑った。

「ハーフの子かしら、可愛らしいわねぇ」と髪をサワサワと撫でられる。

「赤ちゃんがいるのか?」

「そうよー、もうすぐこの子のママになるの」優しい笑顔で歌うようにそう言った。

「触ってもいい?」怖いながらも聞いてみると、

拍子抜けするくらい芳美は簡単にお腹を触らせてくれた。

「元気に産まれてこーい♪」そう言ってベルガの手を使ってお腹をさする。

「この子、なんていう名前なの?」

「うーん、まだ旦那にも内緒なんだけど、実はもうとっくに決めてるんよっ」

お腹をワンテンポで軽くなでるように叩きながら、

しばらく考えて

「この子の名前はカイ。カイちゃん、カイくん、

どっちでもいけるでしょう?」と恥ずかしげに笑った。

「カイ?」

「そう、世界のカイ、深海のカイ、和解のカイ。いい名前でしょ??」

照れながら話すのはまだ誰にも言った事がないからだろうか。

「カイ」そう言って今度は自分の力でお腹に手を伸ばして呼んでみた。

「あっ! 芳美、この子女の子だっ」

「ほんとぉ? だったら君のような美少年と恋をさせなきゃね!」

ベルガが女だとは知らない芳美はなんとも嬉しそうにそう言う。


ベルガは思った。この子の存在が上にばれたら赤ちゃんのうちに親から引き離されて

宇宙に連れて行かれるかもしれない。

それほど“イヴ”は稀な存在なのだから、

どうしよう、自分が連れて行ってしまうんだ!


「芳美! お願いがあるんだ! この子を将来、僕の元にちょうだい! 

大きくなってからでいいから! ちゃんと守るから!」

ビックリしていた芳美だけれども、ふふん♪ と笑って

「僕が将来とびきりの男前になったら考えてもいいわぁ♪」

と笑った。

「ホント? 約束だからね!」


この子が大きくなるまでは宇宙にカイの存在を秘密にするんだ。

きっと自分以外は気付かない。カイが宇宙に来れるようになるまでに

あたしは地球について少し勉強するんだ。カイが宇宙で困らないように!


 それから度々、ベルガはこっそりと地球に降りて

カイの様子を見ていた。

あの、カイが自身の教室から飛び降りる日まで。


けれど決して近付きすぎず、言語が違えば困るだろうとも思い

日本語や、漢字も書けるように学習した。いつぞやのモールのときにはその漢字も役立った。

ビックリしたのは“イヴ”であるカイは宇宙人の言葉を理解できる能力を備えていたわけだが。

まぁお風呂の慣習の違いは学ばなかったけど。――



「芳美は覚えてたんだな……」

ふっと空を仰いで昔を思い出す。


「ちょっと! こんな号外まで出してっ! 誰ですかぁ!! 第一なんて書いてあるんです? もう! 漢字で書いてください!」

カイが大仰に宇宙戦士を怒鳴っている。

さすがは委員長様だ、とクツクツ笑って席に戻る。

光がカイの威勢のいいどなり声に「漢字なんて宇宙戦士は書けないよぉ~

カイちゃんはどんどんベルガに似てくるねぇ」と笑った。




「カイ」


そう呼びかけると、あの日お腹の中にいた小さな生命体はこちらに笑顔で振り向いた。

傍に走り寄ってくる。


ああ、この子のことをずっと守れるだろうか。


あの日、この宇宙から逃がし隠した存在は、ようやく今自分の懐におさまる距離にいる。

ただ、自分と彼女の生きている、いや生きられる時間が違いすぎることもまたわかっていた。

ひたむきに後ろから支えられるならそれでいいじゃないか。

本当に……? それだけで満足なのか、あたしは?


「どうしたんです? 黙りこんじゃって」

カイが横に座って顔を覗き込む。

ん~、と背伸びをしてからベルガは急にこちらになおり手を出した。


「お手」キッパリそう言った。

「???」

ちょっと吹き出してからカイは素直に手をベルガの上に重ねた。

「ベルガって変に地球のこと詳しいですよね」

笑いを堪えるのが大変といった風にあきれていう。

添えられた手をギュッと強く握った。

カイは今度はちょっと心配そうに「どうしたの?」と窺う。


「最初に言ったろう? 一緒にいてやるって。

お前がばあさんになっても傍にいてやるよ」

握り締めた指をもてあそびながらひとり言のように言うと、

聞こえていたのだろう。カイが笑いながら

「じゃあ、約束です! ゆびきり! 知ってます?」

「知らん」


するとカイがベルガの手をとりなおし、

小指を自分の小指と絡めた。「ゆ~びき~りげんまーん♪」

と妙なメロディを歌いだす。

今度はベルガが吹き出した。


「あっ笑った! ひどい、もう一回やり直します!」

その二人の小指にはブルーのリボンと

黄金の細いリングがお互いにはまっていた。




いつだったか、カイがイザベルにこっそり教わったこと。


――宇宙人は見つめることが最上の愛情表現なので

その視線を逃さないで♪――


今のベルガの瞳は破壊神と恐れられていたころよりも数段に落ち着き

カイが現れる前までの魔の宇宙戦士トップのベル・ガートその人の目でもなかった。


いつの間にか人懐っこく子どものように笑っていて、

その瞳の先にはいつもカイ《イヴ》がいた。


カイはそんな風に自分を見つめるベルガを微笑ましく見つめながら




なんの気なしに、

首を掻いていた。









                                 第一部 完

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