【第二章 -ブラックホール事件-】



「まぁ! すごくお似合いですわ♪」


 茜色の袖を伸ばしながらMQR・そしてベルガの前で

モールから貰った一着を披露する。


こういうのってなんだかすごく照れる。

と、下を向きっぱなしのカイに対し、ベルガは遠慮なしにガン見していた。

「可愛い」

口に出しはしなかったが

もうちょっとで言うところだった。



全身を茜色と黒を基調にした長めのコートにホットパンツ。

宇宙でのトレンドだが、

身長が低いカイのために全部コンパクトに作られている。

ブーツも黒い膝上まであるタイプで

小さいカイだからこそ

「めちゃくちゃ可愛い」


こんなことを思っている自分はどこかおかしいのだろうか。

とベルガは自問自答をするものの、すぐに面倒になってやめた。


「それとこれ……」

カイはベルガに左足の太ももを見せる。

ホットパンツなので足は露わになっていて恥ずかしそうだ、

それもまた可愛い。

「なんだ?」と見ると、

太ももの側面に宇宙文字でベルガの名前がフルネームで入っていた。

「ああ、あたしの髪が入ってる所に目印が現れたんだろう、

そういう風な言い伝えを聞いたことがある、

ふーん、ホントに現れるんだなぁ」

とマジマジ見ていると

「あんまり見られると恥ずかしいんですけど」

と言ってカイが座り込んで足を隠した。


「その印はカイちゃんが宇宙に居る間は消えないよ♪ 

地球に降りた時には自然と見えなくなるんだって!」


MQR、そしてベルガとカイが一斉に振り返ると、

そこにはエッヘンという顔をした光が立っていた。

「光様~♪ セキュリティをまた勝手に突破されましたね? 

扉は……壊してますね、はい」

とMQRは後方をチラ見するような仕草でガクリとした、


MQRは屋敷の全システムを把握していて、

数メートル離れていても監視システムで状況は把握できるらしい。


「光さん!?」

カイがビックリして近寄って行くと同時に

光の背後の様子が見えた。


扉が全て大破されている。


「え……」固まるカイ。

ベルガがふわっと前に来て惨状を覗きこみ

「お前来るたびに人んち壊してくな、請求するぞ」

と呆れた低い声で光を見ずに言う。

「ごねんねぇ~どうも力の加減がうまくいかなくて♪ 

セキュリティーは光の集合体になれば

MQちゃん呼ばなくても通れるからいいかなぁ~って♪」

と全然悪びれもなく笑う。

「こいつ、宇宙一の怪力」とベルガが光を親指で示す。

「やだーーそんな紹介はいらなーい!」

と可愛い顔で叫ぶがすでに被害が広がるなかでは納得するしかない。


「わたしの母がすっごい怪力だったのね、

なんかうつっちゃったみたいで♪」

アイドルの顔からは想像もできない力があるらしく

カイは言葉を無くして突っ立っている。

「えっと、私はほとんど腕力ないんで羨ましいです」

「フォローいらないぞぉカイ~」ベルガが光にげんこつをくらわす。

そんな笑っていたい状況の中、

カイはさっき光が言った

「地球に降りたら」

の言葉を飲み込めずにいた。



自分は家族を、生まれた惑星を捨てて出てきた。

もう、地球に降りることはない。そう決意したんだから……。

光を殴り終わったベルガが

自分の席に着くときにカイの肩を少しポンッと叩いて行った。

ベルガは多分、わかっている。




「で、また被害が出たみたいなんだけど」

光が通された部屋の奥で、

ゆっくりカップを手に持ちながら真剣な顔になって言う。


「被害?」カイが首を傾げるとベルガが説明する。

「いま、宇宙は治安が悪化してるって言ったろう? 

それの原因は元々、少し前に現れ始めたブラックホールの出現にある。

いきなりブラックホールが村に現れ、一夜もしないうちに村全体を飲み干す。

それだけ大きいブラックホールは滅多に出現しないし、

あたしたちの監視上、そうは頻発しない。

だが、立て続けに起これば民衆はその矛先をあたしたち宇宙戦士に向けてくる、

質の悪いやつも中にいる」


前に見た戦闘シーンを思い出す。

あの時戦っていたのは目の前にいる光なのだ。

「でもブラックホールだなんて……民衆の皆も絶対怖いと思います」

「それはあたしたちも同じだ」

「次の瞬間に飲み込まれたら終わりだもんねぇ」

ベルガに続いて光も言う。


「というわけで! 只今を持ちまして~

ベルガの謹慎を解きます♪」

ベルガとカイが光の突拍子ない台詞に怪訝な顔になる。

「……ってタクミさまが仰ってました♪ 伝言は伝えたよ~」

「それを最初から言え!」と、

ベルガは光の首根っこ捕まえて部屋から放り出した。

「あの!」

カイの大きな声に光もベルガも目を大きくして振り返る。

「私にも何か出来ることってありますか」

私はベルガの“イヴ”なのだ、

此処へ来てまだなにも実感がない。

少しでも役に立ちたい、そう思っての発言だった。

ベルガがふふん、と鼻で笑って「いい心がけだな」と笑った。





 光合邸ではここにきて新しい噂が立っており、

城中がなんだか慌ただしかった。


「主犯はアマゾン様」そういう噂である。


 アマゾンとは宇宙界・三姫の一人、マリーの双子の姉妹で

以前に、大罪を犯し今は皇族から追放され、消息が知れない。

そのアマゾンが先日、

ブラックホールが発現した村近くで目撃されたというものだった。


「私は怪しいと思いますね」

大きなアクセサリーを耳から下げ、

茶色いドレスに身を包んだミスイという宇宙戦士が言う。

「この時期にこんな名が浮上するだけでもう疑いの余地はないです」

それを聞いているのはクロノスだ。


そこに扉が容赦なく開けられる。

ベルガとカイが入ってくる。

初めて見る宇宙戦士に会釈するカイを、クロノスが手招きし

「魔の宇宙戦士のミスイ・ド・カラモンティア、

主に薬液を作ってる宇宙戦士だよ」

と紹介してくれる。


黒の長い髪を特殊なくくり方でアップにしている。

やはり美人で唇の左下に知的なほくろがあった。

「……ミスイです、初めまして」

笑顔だけれど何故か他人行儀に思えて、

今は大切な会議の途中なのだろうと思い至った。

ミスイ、と言えば以前ベルガから

「本物の魔女」と聞かされていた人物だ。

もしかしたら気難しい人なのかもしれない、神妙に大人しくしている。


「なぁ、アマゾンがブラックホールを自在に操れるわけないじゃん、

あの人の能力はいかずちでしょ、

誰か協力者がいるか、別のやつなんじゃないの?」

ベルガたちにも城に入ってすぐに噂は伝わっている。

「と言ってもなぁ、情報が少なすぎる。

ブラックホールは突然現れてすぐ消えるらしいからね、

僕たちを待ってくれない。あっベルガ謹慎解けてよかったねー」

クロノスの話は後半を茶化していった。

「謹慎?!」そこで思わぬ声がミスイからあがった。

「ベルガ、あなた謹慎くらってたの?」

声が本気で怒っていてカイは何も言えない。

「ほら~お前残して地球行っちゃったじゃん、それそれ」

カイの名前をわざと挙げないように話してくれているのがわかった。

しかし、それを聞いたミスイはカイを一瞥した。

「あなたはそそっかしいんだから、

厄介事に首を突っ込まない!」

そう言ってベルガの首からぶら下がっているネックレスを手で揺らした。

カイはその仕草を見てなんだかあまりよくない気持ちになった。


{仲良くなれないかも……と言っても地球でもはぐれ者の私なんだけど}

と自分のこれまでの宇宙での扱いがとても無条件に優しかったことに

今更気付いた。

{やっぱり私が“イヴ”だから……}



「話戻していい~? 宇宙戦士総動員で探索隊出すからね」

クロノスは透明なテーブルに乗った宇宙図に

マーカーらしきもので配置図を書いていく。

「ベルガはミスイとカイちゃんと消失した村の跡地へ」

「彼女も行かせるんですか!?」

ミスイがクロノスの言葉を切ってあからさまに反対姿勢を見せる。

クロノスはニッコリ微笑んで

「彼女は“ベルガのイヴ”だよ」と諭した。


複雑な表情のままのカイをベルガが連れ出る。

「すまん、ミスイは姉さん肌なところがあって

あたしの行動にちょくちょく口出すんだよ、

仲良くやれとは言わないから、

厭味言われないとこに避難してろ?」

そうは言われてもなんだか非常に悔しい、

自分のことを部外者だと言わんばかりの口ぶりだった。

……そうに違いはないんだろうけれど。


部屋にはミスイと残ったクロノスがいる。

「彼女は未知数だ、いじめるんじゃないよ?」

優しく笑って出ていく。

「そんなこと、わかってますわ」

カツカツと高いヒールが音を立てて反対方向に去っていく。






 消失した村には言葉通り何も残ってはいなかった。

粉塵と化した空気がにわかに辺りの異変を知らせている。


カイはベルガに

危ないから、と近くの村にいるよう指示されていた。

「これじゃあ、一緒に居る意味あるのかな……」

そう言って初めて歩く宇宙の村というものを見て周っていた。


「本当にみんな男性なのね」

お年寄りから、青年、子どもに至ってまで皆、男型をとっている。

行き交う人たちは皆活気にあふれ、

まるで反政府団体との抗争もブラックホール事件も他人事のようだ。

というより「生きるのに必死で構ってられない」という風にも見えた。

「以前、光さんが格差が激しいって言っていたけれど」

確かに暮らしぶりは戦前の日本のように、

農作などが盛んな状態で止まっている。

路地裏には、そのまま座り込んでいるものも見えた。

ベルガの「治安が悪い」という言葉も浮かんでき、

少し怖くなって後ろに下がった。


すると後ろから進んできていた人にぶつかり

「わっ!」と声をあげてしまう。

皆が一斉にその声に振り返る。

しまった、ここでは女型は珍しいんだ。

目立っては不審に思われたり、

反政府団体をよしとする人に睨まれるからって

折角大きい布を全身に巻いて迷惑にならないようしてたのに!

という後悔は遅く


「おい、なんで宇宙戦士様がこんなところにいる」

「でも知らない顔だ、本当に宇宙戦士か」

「よそ者だ、怪しい」

どんどん自分を疑う声が挙がって行く、怖い!

その時、

強く手を引っ張られ

反動で転びそうになりながら、

自分の手を引き、走る男の子の背中だけが見えた。



「危なかったね」

サラッと汗一つかいていない顔が満面の笑みで微笑む。

「あ、ありがとうございました!」

年は同じころだろうか、

少し年下にも見える。

他の民と違って民族衣装のような短いズボンに

カイと同じように布を羽織っている。

褐色の肌がさらに若々しく見せる。

「あんなところに女型一人でいては駄目だよ」

それだけ言って、村はずれまで走って連れてきてくれた少年は

そのまま走り去ろうとした。

「待って! 名前を」そう言うと、少年は走ってきて小声で

「声だしちゃ駄目!」と叱った後、

「僕はテナー、君のお名前は?」と可愛らしく微笑んだ、

確かに少年なのに女の子のように可愛らしい。

「……カイ。夏目カイです、あの、本当にありがとう!」

「ナツメカイ、珍しい名前だね。じゃあね! ナツメカイ」

また風のように走って行った。




「お前、なんで移動してるんだよ! 探したじゃねーか」

ベルガがやはり汗一つなく怒る。

「ごめんなさい、ちょっと色々あって」

自分が墓穴を掘ったことはあまり言いたくないのが人間だ。


「で、どうでしたか? 跡地」

「駄目だな、特に怪しいものはなかった。

ただ辺りの風景からして、あれは“突然現れてる”な」

「突然?」

「ええ、自然発生したブラックホールならゆっくり進んで

周りをも吸収しながらあの村を飲み込んだはず、

でも辺りは綺麗なものだったわ。

カイさんがいた村も無傷でしたでしょう」

後からミスイがついてきてそう話す。

「はい、隣の村で起きたことなのに

全然知らないくらいの平常さでした」

「でしょうね」

「ってことは~」ベルガが天空を仰ぐ。

「宇宙戦士か、それ以上の能力があるものの仕業」

「厄介ね、アマゾン様の件もあるし」

ベルガもカイも無言で顔を見合わせ、そのまま光合邸に引き返した。



「これ、アメシャとビルが調べてくれたんだけど」

そう言って宇宙語で書かれた資料をクロノスがベルガとミスイに渡す。

アメシャ、ビル。

二人とも魔の宇宙戦士だよ、とクロノスと一緒に居た光が教えてくれる。

カイは先日から気になっていたことを聞いた。


「ベルガもミスイさんも魔の宇宙戦士だーって前に聞きました、

他にも別の所属があるんですか?」

光が「ああ! そっか、説明するね♪」

と会議の端の方で話してくれる。


 まず、宇宙戦士は三つに分けられるということだった。

「魔」・「天」・「光」この三つで構成される。

魔の宇宙戦士は凶暴性が高く、魔界の使いとして君臨することから

「魔女」と呼ばれる。

天の宇宙戦士は天界をつかさどっており、

「閻魔大王」の元、いかなる時も中立の立場にある。

光の宇宙戦士は宇宙創世に関わる皇族に縁のあるものがなることが多く、

地球や惑星を産む

「天使」なのだと。

温厚な性格の持ち主が多いらしい。


「光さんは……“光”ですよね? やっぱり」

「あ! わかっちゃうよね!! 名前のまんまだもん~」

とつまらなそうに膨れる。


「でね、~光の宇宙戦士が惑星を作り人が生まれて死んで、

天に召されそこで天の宇宙戦士に天秤にかけられる、

最後は魔の宇宙戦士に地獄に連れて行かれ~

っていう歌が宇宙ではメジャーな子守唄?? 

なんだけど、これってすごい寂しい歌! 

それに光は闇、つまり魔の対だからきっと天国よね♪

この宇宙はこの三角形によって成り立ってるんだって♪」


それを聞き、宇宙の秘密を大いに知ってしまった気がした。

以前に居たという初代“イヴ”

その人はどうやってこの宇宙で生きたのだろう、

そう思わずにはいれなかった。




 翌日、寝ているカイの部屋にベルガが突っ込んできた。

「またブラックホールだ! しかもこの前の隣の村! 

お前が待ってたあの村だ!」

カイは飛び起きた。

{そんな! あの少年……テナーが居たのに……

彼も飲み込まれてしまった?!}

そう頭の中を嫌な空気が流れ、ベルガについて現場まで駆けつける。

少年の笑顔が脳裏をよぎる。

その風景はカイを奈落に突き落とした。


昨日見た村はごっそり無くなっていて、

元々そんな惑星と村があったことが嘘のように綺麗に片付いている。

「テナー……」

「こんなに立て続けに近辺が狙われるのは初めてね」

先に来ていたミスイが言う。

「とりあえず光合邸に召集かかってるから行くぞ」

ベルガが筆頭に、光合邸のあるポイントへ跳ぶ。

ベルガに手を引かれ、両手をベルガの手のひらに乗せる。

するとベルガは力強くその手を握った。

カイはベルガとの日常の訓練で

最近では以前のようにベルガの背中におぶさることも少なくなっていた。


ベルガは繋いだ手と顔色が悪いカイを見て

「まだ酔うのか?」と顔を窺ったが

カイの気は違う方へ向いていた。

カイは、あの日出会った親切な少年のことを思っていた。





「今回のこのブラックホール事件は、ただの自然現象ではありません」


 光合邸の大神殿の広間で報告会が行われ、

モールの電子音が何かの電波を介して

ここまで伝わってきている。

「先日のベルガお姉さま、ミスイ様、カイ様の派遣で、

あの村には重点を置いてポインターを残していましたが、

わたしの監視システムが動いている中、

そのポインターが途切れる瞬間まで村は正常でした」

「やはり、誰かがブラックホールを制御しているのね」

タクミが沈痛な面持ちになる。

「しかし、アマゾン様でもそれは可能なのでしょうか?」

「ミスイ、むしろ彼女であるから可能、そう考えた方が賢明でしょうね」

ミスイとタクミの会話を聞いていてカイは

「アマゾンは雷を使う」という話を思い出していた。



 カイは途中で会議を後にした。

「テナー」

そう声に出してみるとあの笑顔が浮かんでくる。

広間から近い庭に出て草花を見つめる。

そう、前にもこんなことがあった。

あの時は急に男の人が出てきて……。

そう言えば彼は誰だったのだろう。

今日の会議で主要な宇宙戦士メンバーはほとんど揃っている、とベルガに聞いていたがやはり皆、女型だった。

「皇族になら男性もいるのよね?」

もしそうならば……彼にいつかまた会える。

そう思うと胸が苦しくなっていた。


「カイ!」ベルガの声だ。

庭から顔を出すとベルガもテラス越しにやってきて庭に降りる。

「どうした?」心配してくれているのが声色に混ざって伝わる。

「あの村で、男の子にあいました。テナーと言う子。

でも、きっと死んでしまった……」

ベルガが頷くでもなし、聞いている。

「私、“イヴ”なのに何もできない」

カイが足元に目を落としてこぼした。

「存在の意味なんてそのうちわかる」

「でも私は……! 過去を全て捨ててきたんですよ? 

そんな人間が自分の価値を知りたがってる、虫のいい話です」

「過去を捨てたんだろう? 

だったら新しい場所で意義を見つけたいと思うのは当然だ。

あたしにも覚えがあるよ」

「ベルガにも?」

「あたしは大昔、誕生した時から破壊神でな、

魔の宇宙戦士は荒っぽい奴が多いが

あたしは極め付けだった。

それをクミ……光の母が止めた。

彼女は皇族で“祈りのむすめ”だったからかな。

スッと懐に入ってきてあたしの心を変えていった。

時間はかかったがあたしは宇宙戦士として新たに生を受け、

真っ当なやつになれた」

ベルガの昔語りは一体どれほど気の遠くなる記憶なのだろう。

深い緑の瞳が遠くにいた昔の自分を見つめている。


「そのクミは体が弱くてな、ポックリ逝きやがった。

だがあたしは今でもクミに救われてる」そう言って左腕をあげる。

ベルガのスラッと伸びた左腕には

三連に巻かれた金色の輪が腕を這っている。

「それは……?」

「これはお守り。破壊バカに戻らないための」そう言ってニカッと笑う顔は

いつものベルガと違ってとても温かい笑顔だった。


つられて微笑むカイを見て

ベルガは

「こいつはあたしが守ってやればいい」

そう漠然と思った。







「カイ殿には護衛をつけて過ごしていただきます」

タクミが柔らかく、でも真っ直ぐに「決定事項だ」と伝える。

ベルガは反論してくれたがカイには反対する理由もない。


 その日、ベルガ邸には光合邸から派遣されてくる男型の護衛がやってくることになっていた。


「チッ、このベルガ様だけでは役不足だとでも思ってんのか!」

ベルガはまだ不機嫌だ。

「大丈夫ですよ、ベルガ。多分、ベルガがいざという時、動けるように

私にお守の方がつくんだと思います」

少し情けなさそうに言ったが、ベルガが顔をうかがうと「大丈夫」と笑った。

「ベルガって意外と心配性」口を覆って笑う。

お茶を持ってきたMQRも笑っている。

フン、と照れてあさっての方向を向いてしまった、そんなところもとても遥かに年上には思えない。


 三人でいつものように談笑しているとカラーン、と鐘が鳴って

「お客様ですわ」とMQRが走って行く。

MQRが今度は客人とともに一緒に部屋に入ってくる。


「ご主人様、光合邸からの使者様だそうです。」そう言って後ろの男性を迎えた。

カイはその姿を見てカップを落としそうになった。

「あ……」


MQRの後ろから現れたのは、初めて宇宙に来た日、光合邸のパティオで会った青年だ。彼はカイを見ても顔色一つ変えない。


ベルガとカイに片膝をついて

「光合邸から派遣されました、カイ様の護衛にあたらせていただきます、

オルバと申します」と意外と低い声で淡々と挨拶する。


カイはもう鼓動が外に漏れているんじゃないかというほどドキドキして見つめていた。

その様子を後ろからつまらなそうに見ているベルガ。


「お前がカイの護衛か?」

「はい」

と、次の瞬間、ベルガの手元から長剣が現れ、一気に頭を下げているオルバに振り下ろされた。

「きゃーー!」

「ご主人様?!」カイとMQRが叫ぶ。


しかし叫び終わったころにはもう元の場所にオルバは居なかった。

寸の間で横に飛び、剣先から逃れていた。マントからは手も出していない。

「ふん、少しは使えるようだな」ベルガが剣を時空にしまう。


オルバは黙って真っ直ぐにベルガを見ている。

「カイがもし傷を負うようなことがあれば、わかっているな」

今まで見たことのないベルガのプレッシャーを身体全身に感じる。

止めようとするが声が出ない。


「私の全身全霊を持ってお守りいたします」

初めて会ったときと変わらぬ無表情な目なのに、カイは自分を守ると言った青年から目が離せない。

「いいだろう」そう言ってまた座りお茶をすする。

一気に部屋に立ちこめていた冷気がひいていく。




「ビックリしました」庭で草木に水や見たこともない肥料を撒くMQRに

庭園の隅にちょこんと座ったカイが、「怖かった」と言う。

MQRはすでにカイの日常の話し相手になっていた。


「それはそうでございます」あどけなく笑って続ける。

「ご主人様が出されたあの剣は

大車輪だいしゃりん”と言って

ご主人様が所有する三本の剣の中でも最強の剣ですわ、怖くないほうがおかしいです」

ふふふ、と笑って教えてくれる。

「宇宙戦士は皆様、自分の剣をお持ちです。

私が勉強した限り、地球の刀や剣とは少し違います。実際に斬るのではなく波動で斬られます。

一本の剣を持つことでも大変なお力なのに、宇宙戦士で唯一、

ご主人様だけが複数の所有を許されております。

カイ様はまだお聞きになっていないかもしれませんが

魔・天・光にはそれぞれ筆頭となる“トップ”が君臨されます。

ご主人様は魔の宇宙戦士トップなのでございますよ」

自分のことのように嬉しそうに言う。

ここでは強いことが何においても揺るがない誇りなのだ。

そう肌で感じた。




「カイ様」

 翌日、ベルガが光合邸に出向いている間、城に居残っていたカイの部屋にオルバが声をかける。

カイは日記をつけていた手を止め、ドアへ近付く。

すると、「このままで」

オルバは部屋に招きいれようとするカイを制止した。

閉まっている扉越しにオルバが口を開く。「あの日のことを覚えてらっしゃいますか」


待っていた、待ち焦がれた質問だった。


忘れるわけがない、あの日からカイはこのオルバのことをずっと探していた。


「忘れてはいません」


胸に手を当てて自分がいつもと同じでいれないのがわかる。

声が震える。オルバは何を言いたいのだろう。

「では、あの時くださった花も……?」

花、そうだ。

自分はあの時オルバに、つい手元にもぎり取ってしまった見たこともない紫の小さな花を渡していた。オルバは黙っている。

なんと答えていいのかわからない。


「あの花を信じてもよろしいですか?」


ドア越しなのに自分の頬が紅潮してるのが怖いくらいわかる、

心臓も痛い。

今まで経験がないのでわからないけれど、

自分の気持ちを受け入れる、と、そうオルバは言っているのだろうか。

そう思っただけでもう声が出ない。


「……は い」


ようやく声が出た時、

カイは扉越しに初めて味わう緊張から崩れ落ち、座り込んでいた。

しばらく沈黙が過ぎ行き

「お守りします」そう聞こえた後、オルバが姿を消したのがわかった。





「熱? 熱ってなんだ」

カイのベッド脇に座り込んで顔を覗きこむベルガに

「ああ、宇宙戦士は病気もしないのかしら」と嘆かわしい顔を向ける。

「アホ! 熱の意味はわかる、なんで熱出してるんだって聞いてんの」

そう言いながら額に手を当てる。

「ひんやりしてて気持ちいい」カイがそう言うとベルガはギョッとして手を払いのけた。

「お前、熱あるだろう!」

「だからそう言ってるじゃないですか」

カイが怪訝な顔になる。


自分でもこの自分の変化に笑いたいくらいである。

「多分、頭が沸騰したんだと思います……」何を喋ってるのか、頭が重い。


ベルガは、息が荒く汗をじんわり滲ませるカイを無言で見ていた。

初めて会った時よりも昨日よりも

カイはずっと綺麗になった気がする。

それはなんだか誇らしいことだし、よくわからないが瞳でも姿を追ってしまう。

こうやって看病と言いつつ傍に居てやりたいとも思う。

だが、「何がカイを変えたのか、はたまた変えているのか」

を考えると無性に苛立つ。


「今日、何があった?」

ベルガとカイが離れていることは少ない。

カイに変化があればすぐにわかるという意味不明な自信もあった。

カイから離れていたのはちょうど今日だ。

聞かれてもしばらくボーッとしていたカイだが、何かを思い出したのか、急に布団で顔を覆い隠す。

「おい! だからそのリアクションはなんなんだ!」

フギャーと布団を暴こうとするベルガに部屋に入ってきたMQRが

「まぁまぁ、仲がよろしいことで」と笑っている。


笑い事じゃない、そうだ、笑い事じゃない!

カイが変わってしまう。

あたしの隣であたしの“イヴ”が勝手に変わってしまう!

あたしじゃない奴のせいで!!


 オルバはベルガが在宅中は城の警備にあたっていて、普段は門のところにいる。

その門の内側から白い燕尾の上着を羽織る主が、細く白い足を隠すブーツで蹴り開ける。

オルバはその場に跪く。

「カイに何かしたな?」既に手には大車輪を携えている。

「いいえ、何も」淡々としている口調はあくまで変わらない。

「では何故カイが寝込んでいる」ベルガの声も低くなる。

「私は存じ上げません」


ビュッ

一瞬空を裂く音がして、オルバの左腕が飛んだ。

先ほどからハラハラと現場を窺っていたMQRが「ご主人様!!」とオルバの元に慌てて駆け寄った。

しかし飛んだように見えた腕はきちんとオルバの胴と繋がっていた。

「次にカイに不審な真似をしたら今度は本当に切り落とす」そう言って屋敷に上がる。

あわわ、とMQRがうろたえているとオルバは

「大丈夫だ、首が繋がっているなら問題ない」

それは仕事のことを言っているのか身体のことを言っているのか。




――これが恋なの?

――こんなに苦しいの?

自室で寝込んでいたカイはうつろとする頭で今日あった事を繰り返し思い出していた。

自分は夢を見ている。

オルバとあのパティオで二人、花を見るために夜毎会うのだ。

オルバが頭に花の冠を乗せてくれる。その手を掴み、顔に引き寄せる。

「オルバ……」

引き寄せたその手はひんやりと冷たく、女性のようにか細かった。





 翌朝。

「ご主人様……昨晩はどうなされたのです、

今までこんなことは一度もなかったではありませんか?」


MQRがカップにお茶を注ぎながら聞く。

「MQ、お前は破壊神だったころのあたしを知らないしな、

知ってたところであたしにも今のこの感情が何なのかわからん」

アンドロイドのMQにはもっとわからんだろうな、と

呟きお茶をすすると、MQRが

「それって恋ですの?」

盛大に口に含んでいたお茶を吹き出すベルガ。


「こ! こ、こ、こ恋だと?!」大きな声で怒鳴りつける。

「違いますの?」きょとんとした顔で首をかしげる。

「わたくしめの搭載されてるデータからすると “恋”で合致する行動なのですが?」

あっけらかんと言う。

グワシッとベルガの腕が伸びてきてMQRの肩をガッチリ掴む。

「MQ~? 今回のことは今の発言含め誰にも言うんじゃないぞ~?」

引きつりまくった顔で笑顔を作ると、

掴んでる手がギリギリと脅しを利かせていた。

「まぁ! 使用人のわたくしめがそんな口の軽いアンドロイドにお見えになりまして?」と完璧なまでの笑顔で返してきた。

うなだれてソッポ向いてしまったベルガの背中を見てMQRは思った。

{でもご主人様、カイ様が見ておられるのは恐らく……}

ふぅ、とため息をつき自分の主人のカップに香り立つお茶を注いだ。




 しばらく奇妙な同居生活が続いた。

カイはすぐに体調を取り戻したが、よそよそしいくらいオルバに近付かない。

でもふとした時、目でいつも姿を追っているのがわかった。

それがベルガを妙に苛立たせる。

「カイを見つけだし、宇宙に連れてきたのは自分だ」

だからこんなに苛立つのか? カイは地球で人生を諦めていた。

ここで新しい自分を掴もうとしてるのなら、応援するのがあたしの役目じゃないのか?

それとも自分が連れてきたカイだから

あたしの所有物だとでも思ってるのか……


「ベルガ! 聞いてるの?」


城にはミスイが例のブラックホール事件のことで訪れていた。

「ああ、わるい。聞いてなかった」

「悪びれもなくよく言ってくれるんですのね」

ふぅ。とため息をつき資料を片付け、ベルガを見た。

「前のあなたは何処へ行ってしまったのかしら?」いじわるにミスイが問う。

「前の……? あたしは何か変わったか?」装飾の豪華な手鏡を寄せて自分の顔を見る。

「あきれますわ、しばらく自分の顔でも見てらしたら」

そう言って足早に出ていってしまう。

庭に目をやるとカイとMQが洗濯物を干している。

しばらく微笑ましい顔で見ていたが、

よくよくカイの視線を追っていると

窓の下、ベルガから死角になっている部分に護衛としてオルバが居ることが分かった。

「……」

手鏡を持ちあげ、自分の顔を見る。

「なるほど、人には見せたくない顔だな」そう言って鏡台に鏡を伏せ、自分も部屋を出た。


多分、自分は「恋」をしている。


そして同時期にカイも「恋」をした。


でもカイのそれと自分のそれは決定的に違う。

カイが「恋」したことで、自分は失恋しているんだ。

何千・何億と生きてきても、今までこんな気持ちになったことはなかった。

カイが来てあたしの世界が変わった。

“イヴ”だからなのか? カイは元から特別だった、でも今はもっと特別なのだ。


笑っていてほしい。

「オルバならそれが可能なんだろうか」

そう口にしていた時、回廊から庭にいるカイの笑い声が聞こえてくる。

ああ、笑っている。こっちにきてあんな風に笑ってることはそんなになかった。

「ならば、あたしはそれを守るまで……!」踵を返して庭とは反対に進む。

それが今あたしに出来ること――。





 ブラックホール事件は何の進展もないまま依然、光合邸を緊張に包んでいた。

「人為的なものなら必ず誰かの思惑が働いているはず、

最終的にはこの光合邸を狙ってくると考えておいてよいでしょう」

「そうだね、だからと言って相手が攻め込むまで待ってるわけにもいかないからね」

タクミとクロノスが話していると、光が疑問を投げかけた。

「最初からここを狙ってこないわけってなんだろうねぇぇ?」

タクミもクロノスも顔を見合わせる。

「ここはそうは簡単に落ちないからね、むしろ民衆をたきつけるほうが効率いいのかもしれない」クロノスの言葉にタクミも頷く。






「お祭りですか?」

カイが顔を上げた。

「そうそう~♪ ちょっと離れた村なんだけどね! 

きっと楽しいと思うよぉおお! 男装して行ってみようよー」

光がまたもや扉を壊してそれをMQRが騒いでいる横で話は進められる。


「ベルガ、行ってもいいですか?」治安が悪いというのも十分聞いているので、

少し困った風に尋ねる。

「ああ、行って来い。あんな辺境の地にまでブラックホールも反政府団体も出向かんだろう」

わぁ! と光がぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。

カイはベルガの言葉が引っ掛かった。


「ベルガは行かないんですか?」

「あたしがお祭りってタマかよ」

苦笑しながら続けて言った。

「護衛はつけて行けよ」

ニカッと笑って元気よく送り出した。



「カイのやつ、めちゃくちゃ嬉しそうだったよなぁ~」

紅茶のスプーンを口に入れながら未練がましく呟いてしまった。

「ご主人様ったら男前でしたわ! こう顔なんかいじらしくも引きつっちゃって。

ホント強がりなんですから」

ボスッ

ソファのクッションをMQにクリーンヒットさせ「強がりじゃねぇ!」

屋敷に思いっきり強がった台詞がこだました。





 光の屋敷は光合邸の一角にある。

「やぁぁぁ……可愛いよぉおお!」


光により男装させられたカイは、男性と言うより、まんま「男の子」になっていた。

「無理して褒めてくれなくてもいいですよ」

姿見で自分の恰好を見て自嘲気味に笑う。

「いや、でもホント小さいよねぇ~」頭をなでなでされる。

「小さいと皆からこうやって頭撫でてもらえるんで、それは嫌いじゃないかな」

「じゃあもっと撫でてあげるね♪」

人間界には友達なんていなかったけれど、光は初めての同世代のそれのようだった。

弾んだ声が部屋から溢れていく。

光が頭に乗せる装飾品をガタガタ探している隙に部屋の外で待機してるオルバのところへ行く。


「あの……、男の子の恰好したんです。変じゃないですか?」

恐る恐る身を翻してみせる。

「似合っておられます」

やはり、あの日以来何が変わったわけでもなくオルバは自分の位置を決して変えてこない。


{私の勘違いだったのかな……}

しばし黙っていたらオルバが初めて自分から発言した。


「私にも姉が一人おります」

意外だったので続きの言葉を待つ。

「……」

それだけだったようで、こけそうになりながらも{気を遣ってくれている?}とニコッと微笑んだ。その様子を見て慌ててオルバがつけたした。


「……私も幼き頃には姉に着せ替え人形にされました」

ああ、そういう話をしたかったのか! と理解して「ありがとうございます、話してくれて」とクスクス笑った。

「……私は今まで人とあまり関わりを持ってこなかったので、

会話に困ることがあります。すみません」

初めて、オルバが少し表情を変えて見せた。

それがカイにはとても嬉しかった。


「カイちゃんはアラブ系の民族衣装でまとめてみましたぁ♪」

頭から布をかぶって顔も隠せる程度の変装だ。

「女の子の衣装着せれたらもっとかわいいんだけどねぇ」

残念! と唸りながら光合邸で雑務をこなしていたクロノスをつかまえて光が喋っている。

「可愛い男の子だね」柔らかく笑うのはこの人の特徴だ。

オルバとは随分違う。

「あ、ありがとうございます!」

男性に免疫がないカイはすぐに真っ赤になってしまう。

「お祭り、楽しんできてね」

そうクロノスに送り出され光合邸を光と出た。



「えっと、私は瞬間移動でよく酔うので隕石タクシーに乗って行きたいんですけど」

言ってなかった! と思い、慌てて光にそう告げた。

ベルガとの宇宙飛行には慣れてきたが相手が違うとまた酔うかもしれない、そう思って光に進言したのだ。


「ああ、大丈夫! モールに服をあつらえてもらったでしょう? 

あれ着てるならもう酔わないはずなんだよ♪」

そう言われてみれば、モールもそんなことを言っていた気がする。

すっかり忘れていて、日がな、ベルガに付き合って貰って瞬間移動の訓練をしていた。


「カイちゃんは瞬間移動は出来ないからしっかりつかまっててね♪」

と言うと、シュッと辺りの景色が消しとんだ。


 宇宙戦士が行う瞬間移動は、中継点を一気に跳ぶようなもので、

「辺境の地」であるその村に着くには数回の移動を繰り返した。

「どう? 気分悪くない?」

「はい! 全然」前はすごく酔ったので自分の身につけている服の凄さを実感する。

「ちょこっと噂で聞いたことあるんだけど、

初代“イヴ”はそういう服がなくて、どんどん身体に負荷がかかって

死んじゃった~とか」仰天告白にギョッとする。

「だからカイちゃんが来た時、

ベルガは一も二にも先に光合邸に来てモールに服を作らせるように頼んだんだよ♪」

ああ、自分がパティオで休んでいた時のことだ、と思った。

なんだかむず痒い。

自分はこちらに来てからずっとベルガに守られている。

普段そんな気を見せなくても、裏ではもしかしてずっと色んなことを考えてくれているのかもしれない。


「カイちゃんが来てからホント、ベルガは変わったよ~」

アハハと笑いながら村に入って行く光。

自分がベルガを変えたのだろうか、そうならば誰もに

「ベルガはいい方に変わった」と思ってほしい。

これは欲張りだろうか、そう思いながら後に続いた。




 村では宇宙文字で「古物フェスティバル」と書かれていて、一種のフリーマーケットなのだと光から教えられた。

少し離れた所からオルバがついてきている。後ろに気を取られながらも、光がさまざまなものを手にとって見せてくれるので興味深い。


「これ、なんですか?」

深海魚のような形をした置物のようで、触ってみると「グニュ」という音を出して後ずさった。

「それ食べれるんだよぉおお! ほら、光合邸では地球と似通った食生活だけど、

ここはもう文化が違うからねぇ」

聞いていた通り、格差が激しいらしい。

触ってしまったからなのか、売り子があまりいい顔をしていない。

慌てて頭を下げて次の店に移動した。


「カイちゃん♪ これはちょっといいかも♪」

そう言ってピンクの細長い紐を渡してみせた。

「リボン……?」地球でもラッピングなどに使うリボンだ。

「これはねぇ、意中の人の心と繋がっていたい! って意味で

恋人同士や片恋の人が相手に送るリボンなんだよぉ♪ 

ピンクは恋しい人へ、

ブルーは親愛なる家族へ、

ブラウンは縁を切りたい人へ!」


「へぇー、日本の赤い糸にちょっと似てるかも……」

「私も買うからカイちゃんも買おうよぉおお♪」

勢いに流されつつも、カイも興味があったのでピンクとブルーを買うことにした。

「うふふ! カイちゃんは誰にどの色をプレゼントするのかなぁ~」

光がやけに楽しそうにカイの分までお勘定をすませる。


カイはちらりと後ろに控えているオルバを窺った。

こっちの会話は人混みにまぎれて聞こえてない距離だ、ホッとする。

どんどん増える人混みの中に、ずっと気になっていた少年の顔を発見して「あ!」と叫んだ。光が「なになに? どうしたの?」と慌てて振り返る。


 向かいの路地を歩いている褐色の肌の少年は、消失した村で出会ったテナーだった。

人混みをかき分けて後を追う。光も後をついてこようとするが、人混みに負けて反対方向のオルバの方へ流れていった。さすがにこんなに大勢の人がいるところでは自慢の怪力を無暗に披露できないらしい。



「テナー!」

ようやく店と店のわずかな隙間でテナーをつかまえる。

「へっ??」

ビックリした様子で振り返ったのは、やはりあの時の少年・テナーだった。

「あれ? あ……あー、あっ!! あの時の!」わかってくれたのが嬉しくて思わず「よかった」と涙ぐんでしまう。

テナーはあの時と変わらないあどけなさで「恰好が違うからわからなかったよ!」

と笑って手を握りしめてくれた。

「無事だったんですね! あの村があの後事件に巻き込まれたから心配してたんです。」

「ああ、うん! 僕はあの村に住んでたわけじゃなくて、たまたまあの日はあそこにいただけだから」遠慮がちに頭をかく。

なにか言いづらいことでもあるのか、テナーは黙ってしまう。


「?」と次の句を待っていると、前方からやはり褐色の肌に見事な艶髪の長身の連れがいたらしく「テナー、いくぞ」と低い艶やかな声がかかってテナーがハッとする。

「ごめん、僕もう行くよ。またね! えっと……」

「夏目カイ」

「そうだ! ナツメカイ、じゃあね!」そう言って走って人混みに消えた。


後で合流した時には光はもみくちゃになっており「もう置いて行くなんて! カイちゃんひどい~」と文句を言われたが、

内心オルバも光もカイに何もなくて安心しているのがわかる。

「ごめんなさい! 知ってる人がいてつい……」

「知り合い?? 宇宙に?」

「はい、以前調査で行った消失事件の隣村であった子に。その村も事件でその後消えてしまって」

「そうだったんだぁ、でもその子、なんで生きてたんだろうね?」

「あっ、村の子じゃないらしいです。そう言ってました」

そっか、よかったよかった! と言い、光は帰り仕度をはじめた。

オルバがふいに近付いてくる。一気に意識してしまう自分が嫌だ。


「その少年は褐色の肌ですか……?」

「えっ、はい。オルバはテナーのこと知ってるんですか?」しばらく沈黙し「いいえ」とだけ返ってきた。


帰りもオルバはずっと黙っていた。と言っても普段から寡黙であるが。



「ベルガ!」

屋敷に着くと一番に主人の部屋に今日の報告に行く。

「おう、お帰り。いいもん買えたか?」にんまり意地悪に笑うのはこの主人の得意顔だ。

「とってもいいもの買ってきました! でも秘密」

そう言って意地悪顔に心ばかりの反撃をする。

MQRがお茶を運んできて、光とオルバにも席を勧めたが、光は話すだけ話すと、豪快に扉を壊し嵐のように帰って行き、オルバも報告をすませるとすぐに自室に下がった。


 カイは自分の部屋で今日買ったリボンを眺めていた。

「ベルガにはこのブルーを、ピンクは……」

そこまで言って、恥ずかしくなり押し黙ってしまう。

「……貰ってくれるかしら」そう言うなり、お風呂の準備をして部屋を出た。





 久々に開かれる宇宙会議。

もちろん議題は「ブラックホール事件」の続報だ。

最近被害は減っているものの、報告例は後を絶たない。

昨日など、あの古物フェスティバルのあった辺境の地域までも

消失したという報告があった。

この日のことがあり事件は急転直下をとげる。



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