【第一章 -イヴ-】


「イヴ、迎えに来たぞ」


そう呼ばれてカイは非常に困った。

それはもちろん自分が“イヴ”という名ではないからだ。


「あ、あの。私は“イヴ”ではないです、多分」

精一杯声を絞り出して言った言葉に、

首筋まである短くウェーブした金の髪の彼女はカイの足を指さした。


「あたしの髪がある、お前のサインもある」

「???」

「あたしの名前はベル・ガート。ベルガでいい。

魔の宇宙戦士だ! お前たちの世界でいうところの……」

ちょっと考えてから


「宇宙人だ!」と


爽やかすぎるほどに笑ってみせる。



 “ベルガ”の説明によると、

「宇宙戦士」は現在九人居て、全て女性らしい。

宇宙では女性が強さの象徴で、

能力を持たない普通の民はほとんど男性であるという。


また、宇宙戦士の生みの親、自らも初代宇宙戦士にして神に作られし最初の人

〈アダム〉に当たる「神子かみし」。

が歴代最強と謳われるその理由には

“イヴ”と呼ばれるパートナーがいたからだと伝えられていて、

全ての宇宙戦士にはこの“イヴ”という人物が存在すると言われているらしい。


だが、広い宇宙の中、人間のように短い寿命の中では特に、

永遠を生きる宇宙戦士と異惑星のパートナーが巡り合える確率はないに等しい。

気付いたらパートナーはもう生まれ死んでいた、

なんてことはままあることらしいが、それを確かめる術もない。


確実にわかっているのは

「これまでに“イヴ”がいたのは初代宇宙戦士・神子のみ」



「それがどうだ! あたしの“イヴ”はここにいる!

飛び降りてもピンピンしてる!」


そこを喜ばれると複雑な気持ちになる、というか

このベルガはいつから自分のことを見ていたのだろうか。


「あの、なんで私が“イヴ”なんですか?」

「お前さっきから割とノーリアクションだよな……

まぁいい、ここにあたしの髪が入ってる!」

骨折したギブスを指さしてニヤリと楽しそうにベルガは笑う。

「髪??」足をうかがう。が、わかるはずもなく説明の続きを聞く。


「宇宙戦士は人間ほどに成長しない、だから髪も生えかわったりしない、

髪型は自在に変えられるしな。

だから宇宙戦士の毛髪が大気圏を突破して惑星や地球、

人間界に落ちることは稀なんだ。

その毛髪が生命に何らかの要素で受け入れられ体内に入り込んだものが、

その髪の持ち主のパートナーとなる、これが“イヴ”の宿主の証拠だ。

だがそれも簡単ではない、

というのも体内に潜んだ髪は存在を隠そうと

宿主の身体の奥底・例えば骨の中、そういうところに隠れる。

お前はたまたま骨を折り、その近くにその髪が潜んでいて

あたしにその気配を察知されたんだ。ようは隠れんぼだな!」


なんだか話がいきなりすぎて自分だけが会話の外側にいる気分だった。


「それにお前は“永久とわの誓約”までしてるじゃないか」

「永久の……誓約?」

ベルガが指さした先には

先ほど自分が書き殴った無数の「サイン」が……。


「まさか……」と顔を上げると

ニッコリ悪そうに笑うベルガがベッドに腰をおろして

実に嬉しそうにしていた。





「あの~私って何かされるんでしょうか?」

二人は病院を抜け出して近くの公園にいた。

カイはベルガにおんぶされている。


「だいじょーぶ! 殺したりしないよ! さっきも言っただろ?

イヴは貴重な存在なんだ、あたしの姿もお前にしか見えてない」

その言葉を聞いて真っ青になった。

さっき夜道をおんぶされて歩いてる時、

コンビニ帰りと思われる通りすがったおじいさんが

腰を抜かして見ていたのだ。

なるほど、自分は宙に浮いて見えてたのか……とゲッソリしていた。


「あの、ベルガさん?」

「ん?? “さん”はいらねぇ」

多分、前後の事情から察するにこのベルガが本当に宇宙の生命体なのなら、

自分は宇宙に連れて行かれるんだろう。

……本当なら。



クラス委員長には先に説明された宇宙戦士の説明で

なんだかモヤモヤしている点があった。

なので、肩越しに質問してみる。

少なくとも自分をどうこうしようとしてる悪い人には見えなかったし

カイはベルガの話に少し惹かれていた。

「こんな私なんかがそんな特別な何かになれるわけがない」

という気持ちと

「こんな私でも変われるのかもしれない」

それから

「この……首の傷から、逃げられるかもしれない」

そういう気持ちが胸の中で渦巻いていた。


「さっき初代宇宙戦士の神子さんの話をしてくれたじゃないですか?」

「ああ、したなぁ?」

「でもその人、宇宙戦士なのに男性なんですよね?

〈アダム〉って言ってたし、〈彼〉ともベルガさ……ベルガ、言ってました」


はぁ~……と考え込んでから

「よくそんな細かいとこ聞いてるな」

と自分の説明の無責任さを全面に差し置いて頷く。


「んーっと、だな。

宇宙戦士に〈男性・女性〉っていう地球の概念は持ち込まないほうがいい。

だけど、なかなかするどいな! 確かに神子は〈男型〉だ。

でもまぁ色々あんだよ」

と、最後は詳しい説明がなかった。


白黒つかない終着駅に不満を感じながらも

なんとなく「宇宙人」や「宇宙戦士」についての

疑わしさは消えていた。

もしかするとベルガを見た時から全てを納得する用意があったのかもしれない。

――だからこそ、言ってみよう。

カイはある決意をしてベルガに質問をした。



「私という存在を、地球から、なかったことに……消すことは出来ますか?」



ベルガは真っ直ぐ前を向いたまますぐには返事をしなかった。


「今日、お前を見つけてから……ずっと見てた。お前には親しそうな人間が居た」

カイは黙って頷く。

「だからです、私はこれ以上ここにいたらきっとひどいことを引き起こす。

もう私は、舞台から飛び降りてしまったんです」

カイは自分の出来そこない具合に自分で笑ってベルガの肩越しに続けた。

「ここに居ちゃ、駄目なんです。私にはこの傷があるから」

そう首に手をやる。


ベルガはカイの白い首を見て「?」という顔をした。

首には傷一つない。

背中におぶさりながらも精一杯に真っ直ぐに前を向いていた。

遠くに光る月が怖いくらい綺麗だった。

これは、私のどこまでも続く逃走劇の幕開けなのか?






 夏目カイの首には自分にしか見えない傷口があった。

まるで首を真横にスパンと切り裂かれたかのような妙にリアルで、

今にも傷口が開きそうな生々しい一本の筋傷が。


最初はビックリして

大事な朝の朝礼もすっぽかし保健室へ駆け込んだが

保健の先生に怪訝な顔で見られた。


それから他のクラスメイトや家族の前でも何も言われないことから

その傷が自分にしか見えてないということを知った。

それも不気味な話で、傷が見えるのは学校に居る時だけなのだ。

学校にある鏡で自分を見るとフランケンシュタインのような首になっている。

奇怪な話なので親しい友人も特に居ないカイは誰にも相談できず

学校の七不思議を図書室で調べるくらいしか出来なかった。


そして、時が経つと

「これは心の傷なのだろうか」

と思い至った。

が、思い当たる節もなく、

やはり幽霊の類だと思い

自分なりにお守りグッズなどを買い漁ったが効果なく。


結果、教室から飛び降りることになってしまった。

傷は傷であって、たまにかゆくなる以外は不便もなかった。

学校で鏡を見ると自分だけ恐ろしい絵を見ることになるが、それだけで実害はなかった。



……なかったのだ、今朝まで。



 今朝、登校しすぐに学年集会のプリントを取りに職員室へ向かっていた。

ふと、洗い場の鏡が目に入り

「今日の傷はどんな具合だ」と覗きこむと

傷口は

息でもするかのようにパカパカと皮がめくれ、不気味に動いていた。


その時、自分はもう駄目だ、と思った。


いつか自分はこの傷口に呑まれ死ぬんだ、そう直感した。

そうやって観念すると段々泣けてきた。


誰にも相談できず、誰にも必要とされず

ただ、一心に「逃げよう」そう思った。

この傷は学校でしか見えないんだから。

そう思ったらもう、駆け出していた。

鞄を持って先生に早退届けを出して……

そんな風にいつもの委員長な自分はそう行動しているはずだったのに

気付いたら自分は

窓から身を乗り出し

外の世界に飛び出していたんだ。


窓から飛び降りたなんてことを知ったのは、飛び降り終えてからだった。

「怪我などするつもりはなかった」もちろんだ

「無傷で生還」その通り、生きるために逃げてきたんだから


そんな自分の前に「宇宙人だ」と登場した彼女は

私の物語に完全にイレギュラーだった。

さっきまでお化けで悩んでたのに

今度は宇宙人だ。


てんで「宇宙へ行くための理由」のお膳立てには相応しく似つかない。

何が何でも自分は地球から排除されているように思えた。

だから、「もう出て行くよ」

そう地球に言ってやりたかった。





ベルガはほんの間黙っていたが、

「いいよ、宇宙にもたくさんのやつらが居る。

あたしも一緒にいてやるよ」

快諾されるとは思わなかったので少し面くらいつつも

ありがとう、そううずくまって声に出したが、聞こえていたかわからない。

それほど小さな声しか出なかった。


「一気に跳ぶぞ」そうベルガの声が聞こえた。











「うっ……!」苦しい、息がうまくできない。

まるで全身麻酔にでも浸かってるかのようにどんどん意識が遠のいて

気がついた時、標高が高い山にでも登ってるかのようなうっすらとした意識下にいた。


飛んでいる、宇宙を。


「だいじょうぶか? もうすぐ光合邸に着くから目つぶって我慢してろ」

そっけなく言われたが、内心心配してくれてるのがわかる。

ベルガも人間を宇宙へ運ぶのは初めてなのだ。

自分の体の周りだけ淡い色に発光している。

外界を遮断してくれてるようだ。


目をつぶっていても苦しいものは苦しいし、そのまま目を開けていた。

すると、そこは真空の世界。地球の外。

眼下に自分が今まで住んでいた蒼い惑星が広がっている。

思わず息苦しいのを忘れて魅入っていると急に目の前のビジョンが変わった。


先ほどまでと変わらず隕石がゴロゴロしているが、

どことなく「桃源郷」などで聞く仙人などが住まうような不思議な空間で

ベルガはその中の一際大きい隕石の、岩に草木のベッドが敷かれた大地に着地するようだ。

その大地の周りにはしゃぼん玉のようなベールで一帯が囲われていて、

先ほどまでの真空空間と違って木も花も美しく咲き誇っている。


「綺麗……」

「入るぞ」

ベルガはそう言うとそのしゃぼん玉のようなバルーンの中へ入って行った。




「もうあんまり苦しくないんじゃないか?」

「えっあ、ほんと! さっきより随分マシです!」

背中のカイを見て安心してるベルガの横顔が優しくなっていた。


ベルガが果てなく続く草原のような大地に降り立ち、

すぐにカイを大きい岩に下ろした。


「やべぇ、何にも言わず出てきたからな。

ちょっと先に中に行って説明してくる! 悪いけどちょっと待ってて!」

「えええ! ここに置いていくんですか、だったら私も……」

そう言った時、バルーンの外で大きな衝撃音がして咄嗟に振りかえる。


さっきまで自分たちが居たような場所がいきなり光に覆われてしばらくした後、

爆炎とともに黄色い光が炸裂した。


「きゃぁぁあああ!」

目の前で炸裂したのだ、爆風が飛んでくると思って顔を覆った。

ベルガの手がそれを掴む。


「平気だ、このバルーンの外で起きた爆撃なら影響はない」

そう言うベルガも光の残像を見つめている。

「すまん、特に言ってなかったけど、今宇宙は治安が悪化してるんだ。

ゲリラ戦討伐に宇宙戦士が出てる」

ベルガは少し考えてから言葉を続ける。

「見た目以上にここから離れてるから怖がることはない、

けど、やっぱお前は連れて行く」

「……はい」


戦争など見たことのない自分の前で、

いま見たような光景がここでは日常に広がっている。

そうだ、ベルガは宇宙戦士。そして私はその“イヴ”。

戦闘に出ることになるのかもしれない。


不安な顔をしてたのだろうか、ポンッとベルガが頭を叩いた。

「歩けるか?」

「はいっ」

行先は森の先に見えている。






 まさに豪華絢爛、行ったことはないけれど

ヴェルサイユ宮殿はこんな風だったろうか、と茫然と思った。


城の前の大きな城門前に一人の男性が立っている。

失神しそうなほどの美青年だ。

「宇宙戦士ってみんな美形なのかな、ずるい」

そうこぼしたのが聞こえたのか

ベルガがアッハハハハと開けっぴろげに笑う。


「こいつは宇宙戦士じゃない、この城の門番だ」

相当おかしかったのか涙まで出して笑っている、なにか心外だ。

「宇宙戦士は基本みんな女、中でも女型と男型を取れるのは過去二人だけだ」

「両性??」

「ああ、まぁ男型になったら能力は半減するけどな」

ここでカイがようやく回答に辿り着いた。

思わず両手をパンっと合わせて声を出した

「わかった! さっき言ってた神子さんは両性なんですね?」

ポリポリと頭を掻きながら

「ま、そういうこと」

とベルガから正解の言葉も貰った。


「その二人のうちのもうお一人はベルガ様ではないですか」


二人の会話をにこにこ聞いていた絶世の門番が、優しい声で話を割った。

「ええ! ベルガも男型になれるんですか?」

ちょっと見てみたい! という心が顔に書いていたのか

「弱くなるのにわざわざなるかよ~」とあきれ顔で言われやや残念。


「ロン! ベルガ様のお通りだ、極上の土産付きでな」

ニカッと笑っていきなり前に背中を押された。


「ようこそいらっしゃいました、

光合邸専属門番のロン・バードでございます」

まるで絵本の王子様に頭を下げさせているかのような情景にクラクラしつつ

慌てて「夏目カイです」と挨拶した。


ベルガが白い糸のような金髪ならば

ロンは黄色に輝く鮮やかな金の髪であった。

急に黒髪にパッツンな前髪のツンツルテンな自分が恥ずかしくなった。




 城の門を抜けると、城下のような広い庭が続いている。

噴水から溢れんばかりの水がキラキラ光って泳いでいる。


「ここにいればまず安全だ、

皇族と宇宙戦士、その他諸々の少数しか入れない」

それを聞いてちょっと緊張してきた。

宇宙を跳んでいたベルガもここでは地に足をつけて歩いている。

でも地に足が付いてない心持ちなのは自分なのかもしれない。


「ここで待ってろ、すぐ戻る」美しい金の髪を揺らして

カイをガラスで出来たパティオに残して走っていく。

頷いたものの、初めて見る景色がこんなにも神々しいと座ってはいれない。


 ガラス張りの小部屋で空を見上げながら辺りを見て廻る。

ここは宇宙で、

先ほどまでは教科書で見るような「宇宙」だったのに、

ここの中には空がある。

小鳥も気持ち良く空を飛んでいる。

まるでどこかのお話で読んだ天国だ。


「空気があるのかな、綺麗な花」

庭園にあるポプラのようにいい香りのする紫色の小さな花、地球では見たことがない。

そう言った次の瞬間であった。


低い草の群れから急にバサッ! と人が出てきた。

「きゃっ」カイはここではベルガ以外よく知らない。

見つかった恐怖で腕で顔を隠すように身構えた。


誰……? ベルガじゃない。

そう思ったのは

目の前で驚いて自分を見ている誰かが

目の端から男型だと見てとれたからだ。





 どちらも何も発しない。しばしの沈黙が続いていた。

向こうも何か思案しているのか目を逸らして何か考えている。

カイはその男型の男性に見惚れていた。

さっき会ったロンやベルガが完璧な薔薇なら、

彼は睡蓮のように静かに美しかった。


銀色に輝くサラサラの髪、涼しい目元。

でも、どこも見てないかのような興味の薄い視線。

少し寂しさ漂う彼が纏うオーラ。


ふいにさっき撫でていた花を、ビックリした衝撃で

手元に掴んでいたことに気付き、

しばらく考えてから、彼をまっすぐに見つめて花を差し出した。

彼はその何も捉えていない視線をその手元にやるなり、

少し意外な顔をしてゆっくり遠慮がちに受け取る。


とても短い時間なのにすごく長く思えた。

胸が激しく脈打っている。

その時、パタパタと足音が近付いてくる。

彼は身に纏っていたマントのような上着を翻し、

庭園の奥へと消えていった。


「カイちゃん!」


いきなり呼び慣れぬ愛称と声がカイを包む。

振り向くとそこには「光」があった。


まるで、漫画でも見てるような、自分を呼んだ主は本当に光り輝いている。

そう、本当に。体から光がこぼれていたのだ。

なんとも可愛らしい、でも綺麗な顔の作りをした艶やかな黒髪を肩まで伸ばした少女だった、

と言っても自分と同年代ほどに見える。

ここに来て一番柔らかい表情の人と出会えた。

そう少し、安心した。


「わたしはね、光合光こうごう ひかるっていうんだよ♪」

光はひかりを体からポロポロ落としながらそう言うと、満面の笑みでカイの手を掴んで両手で覆って笑った。


どこかのアイドルを目の前にしているかのように愛らしい。

ガラスが映し出す自分にガッカリする。

しかし、気になるのは先ほどから光の体を纏うこの「光」

不思議そうに見ていると、ニッコリ笑った光が言った。

「わたしは宇宙の中で唯一、光を生みだす宇宙戦士なの♪ 

常にわたしの体はフル稼働だよぉ~宇宙は広いし暗いし!」

冗談なのか本気なのか、

でもこの黄色い光には見覚えがあった。


「あっ……さっきの閃光……」

それを聞くと、手を握っていた光が

「あれ? 見られちゃってたか」

と舌を出して申し訳なさそうに笑った。


「宇宙にもね、たくさんの惑星に村があって、民が住んでるの。

でも中には過激派もいてね。

宇宙戦士や皇族との格差を根に持つ反政府団体みたいなのが出来ちゃって」

笑いながら言うものの、身内の恥を話すように悲しそうだ。


「もちろん民はみんな男の子ね♪

女型だったら宇宙戦士になれるもの。

でも宇宙戦士が戦うのは民を守るためでもあるんだけどなぁ……」

フッとこちらを見てニコッと笑う。

カイは「光さんはずっと笑ってるなぁ」とその可愛らしい美少女を見ていた。

と、いきなり光が肩に手をバシッとかけて言った。


「カイちゃん! そろそろちゃんと声を聞かせて?」

顔はマジであった。





「す、すみません! ちょっとビックリしちゃって」

そう言いながらカイは光にグイグイ手をひかれて宮殿内に入っていた。

「いいよいいよぉ♪」

回廊とでも言うのだろうか、

外から見ても相当に立派だった城の中は予想以上に煌びやかで

廊下はどこまでも続いた。

一人にされたら確実に迷う、と息を吞む。


「あの! ベルガは……?」

「そうそう、ベルガは今お説教されてるので

わたしが迎えに来ちゃいましたぁ♪」

「お説教?!」


と、行き当たった角をいくつも曲がり、辿り着いた仰々しい大扉を

なんのためらいもなく開ける光。

引っ張られてるカイはもう息があがっていた。


なんせカイは骨折しているのだ。

て……あれ?

そう、カイ自身も忘れていた骨折。

こちらに来る前に公園で制服に着替えた時、ベルガにギブスも外されていた。



「今からお前を宇宙でも耐えられるくらいの大気で包む。

出来るだけ無駄なものは外す!」と、

呆気なく自分の渾身の出来のサインがされたギブスは捨てられていた。


ベルガが言っていた「永久の誓約」はそんなに存在の軽いものだったのだろうか。

腕も動く。

足も少し痛むけれど普通に歩いていた。


そういえば宇宙に跳ぶ前、

ベルガから怪しげな液体が入った小瓶を渡され、飲んでいた。

「痛み止め! 魔女からかっぱらってきた」とベルガはニヤニヤ笑っていたので

「魔女?!」とビックリして聞き返す。

「厳密にはあたしらも魔の宇宙戦士だから

通称・魔女なわけだけど……あいつはマジ。

マ~ジ~の魔女オンナ! 怪しい薬ばっか作ってるからな」

と聞かされていた。


そう言えば光も人間界で言う「魔女」なのだろうか?

どっちかと言うと……。

そう思っていると大扉の中から


「なんでだよぉおおお!」

という唸り声とも叫び声とも聞こえる大声が響いてきた。

「ベルガ!」

やっと背中姿だが知ってる顔にあえて嬉しさで走り寄ろうとした時、

シュッと、空気を割る音が聞こえた。


すると真後ろから

「お止まりを、夏目カイ殿?」と微笑む優しい声。男型だ。

「でも!」


そう言いベルガを見るとベルガはこちらに背を向けて

本殿に座る女性にグチグチと怒り散らしていた。

相手は「まるで女神さま……」

のように美しい揺ら揺らとウェーブする銀色の髪に

足もとまで広がるタイトなドレスをあくまで崩すことなく椅子に座っていた。

宇宙戦士のベルガよりも上手に座っている。

ということは多分、とても偉い人なのだろう。


「ありがとう」

後ろから声が聞こえた。先ほど自分を止めた男性だ。

「へっ?」何が? と聞き返そうとすると

「女神のように綺麗だろう?」とニッコリ笑った。

あっ、と先ほどの感情が口から飛び出していたことに気付かされる。


しかし自分の後ろをとっているこの男性は男型だ。

宇宙戦士ではない、けれどもさっき会ったロンのように従属しているような雰囲気でもない。

サラサラの黒い髪を短く切って、やはりマントを纏っている。


光はと言うと、この黒髪の男型が現れてからはカイから離れて

楽しそうにベルガたちのやり取りを見つめている。

仮にも地球からやってきた「極上のお土産」である自分を呼びに来ておいて、

あっさり任せているということは、

やはりこの男性は門番的な立場なのだろうか。



「あたしは悪くないだろうがぁぁぁ!」

「任務中に行く馬鹿が居ますか!」

「任務終わってから行ったらもうあいつが死んだ世界かもしれないだろう!!」

「だからってミスイに断りなくいきなり離れて! 

それにミスイは戦闘要員ではないんですよ?!」

「う……確かにそれは悪かったかもしんないけど……」

「はい! 謹慎」

ガクッと肩を落とすベルガ。


もしかして自分は随分タイミング悪く表れた

“イヴ”だったのだろうか、と申し訳なくなり

「あの……!」と口を開いていた。


「ベルガが悪いことをしたのなら私のせいです! 

私も謹慎させてください!」


ベルガがやっとカイの存在に気付いてビックリして振りかえった。

「べつに……別にこいつのせいじゃねーし!! 謹慎くらいあたし一人で十分」と、

先ほどまでと変わりしおらしくなった。

女神さまに向き直り謹慎を宣言した。


後ろの男型が「はは、いい格好しぃだなベルガ」と笑った。

「クロノス、カイ殿をこちらへ」女神さまが後ろの男性を呼んだ。

「クロノス??! あの神話の!?」そう振りかえると

クロノスと呼ばれた男性がハハッと笑い

「それは僕の大昔の文献上の噂だよ」と笑った。

言われて、結局神話の人なのか違うのかわからなかった。

「アハハハハ」光はいつも楽しそうだ。



 カイはベルガと並んで女神さまの前で膝をついた。

ベルガはおやじ座りで憤然としている。


「夏目カイ殿、お初にお目にかかります。光合タクミと申します」


とても物腰の柔らかい笑顔に先ほどまでの「お説教姿」は消えていた。

「初めまして! 夏目カイです!」口元が震えている。


身分はわからないがこんなに高貴な存在に会った事がない。

「わたくしはこの光合邸を指揮する皇族の一人。

そして、光の伯母にあたります。こちらのクロノスは許嫁。」


伯母……こんな綺麗で若い人が。と思いつつ

「許嫁っ!」ともう一方の紹介に声を出してビックリしていた。

二人が並んで笑いあってこちらを見ている。

なんという美男美女。

やはり全てここで起きていることは神話の世界なんだろうか

と、やや現実逃避。


「僕も皇族なんだよ、門番か兵士だと思ってたでしょ??」

とクロノスがニコニコ笑っている。

「え?! はい……、いやっいえいえ……えっと、すみません……」

バレバレであったようだ。


ベルガもこの光合邸に住んでるのかと思っていたら、

宇宙戦士は皆、宮殿を持っていると聞き、あんぐり顔でベルガを見る。

「なんだよ、文句あるか」どこまでも口が悪い。

「カイ殿にはベルガの屋敷で居住していただきます、

よろしいですね、ベルガ?」

「別に」


なんだか、そんなに聞いてたほど歓迎されていないのかと思ってしょげてしまう。

そんなカイを見て光が

「大丈夫だよカイちゃん♪ 

ベルガがこんなに素直なんてホントに珍しいんだから♪」

とすると、どれだけ普段のベルガは不良なのかしら、

と委員長精神が不安にさせる。




 ベルガの屋敷へは、宇宙戦士が使う宇宙間飛行の瞬間移動で数歩、

すぐに着いた。


移動する間はまたベルガの背中にいたのだが、

宇宙に来たときのように上空へ向けて飛んでるわけでなく、

急速に空間を跳躍移動しているので

さっきと違い瞬間移動酔いというものを経験することになる。


「二日酔いなんてしたことないけど、こういう感じなのかな……」

頭がガンガンしている。それに気持ち悪い。


それでもベルガは「着いたぞ」と言って

先ほどとは大きさが違う別のバルーンの中に入って行った。

このバルーンに入るとまた息がしやすい、酔いも一気に醒めていく。

「お前は瞬間移動で酔うんだな、困った」

無関心な振りしてしっかり心配してくれてたらしい。

ゆっくりとカイを下ろす。


「慣れれば大丈夫かもしれません」

保証はないけれど、安心させるために笑顔で言ってみる。

その顔をマジマジ見てベルガは「これをやる」と

薄っぺらい石のようなものを寄越した。


「宇宙戦士の身分証明書のようなもんだ、

前に言ったけど宇宙戦士の髪はこの宇宙では特別なものだ、

それがそのストーンに入っている」

「えっでも身分証なんて持ってないといけないんじゃないですか?

 困らないですか?」

んー、と唸って

「別に~あたしの髪はここにいっぱいあるし、大丈夫だろ?」

不安になる委員長。生徒手帳だったら校則で随時携帯だ。

やっぱり返す! と言いかけてベルガの顔がいきなりどアップになる。

心臓が止まりかけた、なんて美しい……黙っていれば。

「それ持ってれば隕石タクシーにタダで乗れるから! お前が持ってろ」

有無を言わさぬ迫力。

しかし、「インセキタクシーって」と、オウム返ししてしまう。

「そこらへんに止まってる隕石があるだろ、

あれは本来、民が移動する手段としてそこらに配置されてる。

宇宙戦士はほとんど瞬間移動できるから使うやつは滅多にいないけど

このストーンがあれば乗せてくれる、まぁのろいけどな」ニヤッと笑う。

「わかりました! ありがたくお借りします。

でも後で上の方に許可取ってくださいね、

それと身分証の再発行とかも出来たら……」

それを聞いてたベルガが「はいはい~」

と手を振って中庭に抜けていく。

「ベルガ全然聞いてない!」と、肩を落としながらついていく。



 このバルーンの中は、さきほどの光合邸のように小島に浮かんでいるが、

さっきとはまた雰囲気が違い、また先ほどのそれに比べると規模も小さい。

「あたしの楽園だ♪」


そう振り返ってベルガが言う先には

綺麗なお城が建っていた。

光合邸ほどの大きさはないものの、

石の城壁で出来た美しい外観が目を引く。


「すごい……」見惚れていると

「今日からお前の家でもある」と、言われて、

ひどく今日一日が長く思えて、思い返して泣きたくなった。


「ベルガ!」

「あー?」外の石段を上がりながらこちらを見る。

「今日からお世話になります」

そう精一杯お辞儀してから顔を上げたカイの、

初めて見る笑顔に


ベルガは階段の手すりから手を外して目が離せないでいた。



「え、なにか変なこと言いましたか?」

焦るカイの言葉で我に返るベルガ。


なんだか心臓がバクバクと音を立てている気がする。

「わからん」それだけ言って顔を見てられず前を向いてしまった。

笑ったら結構可愛いじゃないか……

いつも口をへの字にしてるからな、ビックリした……。

そんなことを思いながら

「おい! カイ、部屋どこにする」

と先に城に入る。

ベルガはこの城にずっと使用人と二人で住んでるらしく

部屋はほとんど余っていた。

「夢みたい。好きなお部屋使っていいんですか?」

そう聞くとベルガは怪訝な顔をした。


「なにか?」

「それって口癖? ケ・イ・ゴ」


痛いところを突かれてグッと身構える。

「目上の方だし、恩人だし、今日初めて会ったばかりだし

……割と、口癖です」

最後は観念してそう言った。


「あのな? ここで生きてるやつはまずお前よりは年上、

っていうか生きてる次元が違いすぎる。

だから目上のやつに敬語使おうって決めたら

お前はここでは永遠に敬語だ。

それにお前は“あたしのイヴ”だ。

身分で言えば相当高い。

それからあたしたちは髪で繋がっている。

多分、お前が生まれた時から、

もしかすると生まれる前から定められた仲だ、他人じゃない」

そんなプロポーズのようなことを言われてつい赤面してしまう。


「ありがとうございます」今は目一杯お礼を言って顔を下げていたい。

私にはこんなにも私を必要としてくれてる人が居る。

そう思うと目頭が熱くなってきた。





 目の前に可愛らしい装飾の部屋が飛び込んできた。

なんともメルヘンだ。


「お気に召されましたか?」

屋敷の使用人である、と先ほど紹介された「MQR」が微笑んでいる。


すごいお名前ですね、とは言えず

「素敵なお名前ですね」と言うと、

反応を見ていたベルガが笑い転げた。

MQRは宇宙にいる民や、宇宙生命体ではなく、

宇宙戦士専用の擬似生命体であるという。

地球で言うところのアンドロイドとかそんなものらしい、

だから皆、製造ネームで呼ばれる。


「ベルガ……!」わなわなと肩を震わせているとMQRが

「他のお部屋をご用意いたしましょうか?」と心配そうに窺ってくる。

「いえいえ! ここで十分素敵です」

そう怒りを納めて笑顔で言うと

「それは大変うれしゅうございます♪ 

ご主人様から、カイ様は“十五歳だ”と伺いましたので、

赤ちゃんでも危険がないようにお部屋をやわらかく仕上げてみました♪」

一瞬、間があってからまたベルガが大爆笑した。


そうだ、地球での十五歳など宇宙年齢で言えば

赤子も同然なのだろう。

だからって……

「なんでもっと説明しないんですかぁ!」

膨れっ面で部屋に閉じこもると、

中に今用意されたばかりの温かいミルクが置いてあって、

自分でも吹き出してしまった。






 コンコン、とノックが鳴る。

「はい?」来訪者はMQRであった。

「先ほどは大変失礼いたしました。

ご主人様から地球の年齢のことをお聞きしました、

大変ご無礼を……」

「いえいえいえ! MQRさんが謝ることは全くありませんよ!!」

それを聞くとMQRは安心したようにニコリと頷き、

廊下にワゴンごと持ってきていたティーセットを

カップに注いでくれる。


「ベルガはどうしてます?」

「ご主人様はただいま謹慎中ですので、お部屋で就寝されております」

ああ、ふて寝か、とMQRの巧みな言葉を理解しつつあった。


「あの、宇宙にもお風呂ってあるんですか?」

「はい、ございます♪ お入りになりますか?

このお屋敷は常に湯が張っていますのでお気軽にご利用ください」

そう言って、バスローブのようなものを出してくれた。

実際、地球を出てどのくらいの時間が流れているのか。

カイは大層疲れていた。


 このバルーンの中は、幸い日が昇り落ちするようなので

引き出しの中にあったすごい装飾の白紙の本をカレンダー代わりに、

日数を書いておこう、と少し作業をしてから湯に浸かるはずが

いつの間にか眠ってしまった。


部屋には時計のようなものがない。

目が覚めた時さっきまで明るかった窓の外が

夕暮れのような明るさに変わっていた。

「随分寝た気がするけど、宇宙では時間はゆっくりなのかな? 

それとも一日以上経ってたりして」

常識は通じそうにはないしね、そう呟いて、

さっきMQRが出してくれたバスローブを持って湯殿を探す。





 ベルガは湯船に浸かりながらさっき見たカイの笑顔を思い出していた。

「いつも笑ってればいいのに……」ピチャンと髪から滴が落ちる。

この屋敷の湯殿は地球で言うスパリゾート並みの面積を誇り、

湯煙で幻想的な彩を放っていた。

天井は透明ガラスでベルガの屋敷の中でも自慢の一室であった。

ベルガは無類の風呂好きなのである。


カララン~

遠くの方で出入り口から誰か入ってくるのがわかる。

「MQかぁ~?」

たまにMQRは気を利かせてお酒など持ってくる。

「えっ! ベルガ入ってるんですか?」

声の主はカイだ!

さっきまでカイのことを考えていたからだろうか、

慌てるベルガ。


「お、お前も風呂か、こっちだ」

湯煙でお互い姿が見えない。

ようやくお互いがお互いを目視した時、

「え!!」

「ええ?!」


カイはタオルで全身を巻いていた。


ベルガは、

ベルガはさっきMQRが渡してくれた

バスローブらしきものを着てお湯に浸かっていた。


「きゃーーーー!! なんでぇえ??」

「うわぁぁぁ! お前その恰好!!」





“宇宙ミステリー その一”

「宇宙人は風呂は裸で入らない!」


真面目にベルガにそう言われてしょんぼり、あと少し恥ずかしい涙も。


「だって洗えないじゃないですか」グシグシ半泣きでそう反論すると

「洗うってどこを?」とマジマジと聞き返された、泣きたい。

「人間は汚れるんです!!」

「宇宙戦士は汚れないな、汗かかないし」

アッサリ言われる。

そしてベルガはちょっと照れながら頬を掻き、

しばし考えて耳打ちしてきた


「それに裸は恥ずかしくないか?」

まさに知恵をつけたアダムとイヴである。

外国などでも日本の大衆浴場のようなものは

“恥ずかしい”という理由でメジャーではないらしい。

その上、ここは地球を飛び出した宇宙なのだ。

さきほど「常識は通用しそうにない」と思った矢先のこれである。


「もういいです~」

タオルで顔を隠しながら結局湯に浸かってしまっている。

だって自分は地球人で汗もかくし汚れるのだ。

その後、

「カイが入ってるときは浴室進入禁止」

という命令がベルガからMQRに下るのだった。





 カイが宇宙に来てカイの手帳日付では3日目。

ベルガの自室に呼ばれた。


MQRに連れられて部屋をくぐると、

さすがに城の主だけあって一番良い部屋の作り……

というか驚くほど広かった。


紅茶をすすりながらベルガは言う。

「カイ、お前のこちらでの服が出来た。行先を言うから取ってこい」

制服一枚で宇宙にきたので、

こちらに来てからの着替えはMQRに頼んであったのだが

どれもカイが着ると重たい感じがしていた。

制服の時もそうである、宇宙に来てから服が重い。


それを相談したところ、

ベルガが「こちら専用」の服を用意してくれた。

「一緒に行きたいところだが、謹慎中のあたしは出れないんで~……」

と言い、ソファから立ち上がり一枚の紙切れを渡した。

「そのポイントに電波塔みたいな小さい小屋がある。

そこに居る奴が服を作った。

もう出来てるはずだから受け取っといで」


「えっと、これ見ても現在地すらわからないんですが」

「そりゃそうだ、宇宙は常に大きくなってるからな!」と笑う。

「それには宇宙の“真ん中”のポイントが記されてる、

その小屋も常に動いてるんだよ、宇宙の大きさに合わせてな。

だから宇宙にある惑星やここみたいな島は常にそれを中心に動いてる」


難しい話だが、カイにもわかるように話してくれてるのがわかる。

「わかりました! 行ってきます」

その緊張した顔を見てベルガは

「やっぱり笑わないなぁ」と思っていた。




“ポイントまではその紙を持って隕石タクシーに乗れば

連れてってくれる”

そう言われて

MQRが島の庭まで呼んでくれた隕石タクシーに乗り込む。

「行ってらっしゃいませ、カイ様」

MQRが頭を下げるのでカイもお辞儀してタクシーは出発した。


 隕石タクシーの中はまさに岩のようなもので出来ていて、

最高に乗り心地が悪かった。

でもゆっくりなので前回のように酔うことはない。


外観は地球のタクシーのようだ、

といっても全部グレーな色合いだけれども。

前に運転席らしきゴツゴツした空間があり、

後部座席に人が乗れるようになっている。

なにやらスーパーのレジに置いてあるカードきりみたいなものと、

お金を入れるんであろうさい銭箱みたいなくぼみがある。

とにかく全てがグレー一色でわかりづらい。

運転席にベルガから貰ったポイントの紙を置くと、

勝手に進みだした。

多分、目的地に向かっているんだろう。

隕石タクシーは宇宙の民も乗るとあって天井は吹き抜けだが、

例のバルーンで包まれている。

息も苦しくはない、


 十五分経ったくらいであろうか、タクシーのランプが点滅して停車した。

「えっ早!! 宇宙の真ん中に近いのかな? ベルガのお城って」

そう言いながらタクシーを出る、

するとヴェェーと不思議な警戒音が轟いた。

慌てて「そうだ! タクシーだからお金!」と、

以前預かったベルガの身分証をカードきりにスッと通す、

すると音が止み、またユラユラと宇宙を彷徨いだした。

「ありがとう、タクシーさん」

と笑顔で言うと

タクシーは不思議なことにUターンして戻ってきて、

そこに留まった。


「もしかして待っててくれるのかな?」

そしてタクシーが停車した新しいバルーンの中を進む。

ベルガの島や、光合邸のある島を思うと、相当こじんまりしている。

狭小住宅と言っていいほど狭い敷地に

なにやらアンテナがいくつも飛び出した丸い形の小屋が一つ。


「失礼します」

ノックしても応答がないので、意を決して入ってみる。

「いらっしゃいませ」弾んだ声が聞こえた。

電子音だ、何処からかわからなかったが

この部屋には人一人生活するのがいいとこで、

中には背中を向けた女の子が一人しかいなかった。

部屋の中は無数のコードが道を這っており、

転ばないようにするのに必死だった。

「お気を付けください、カイ様」と、また電子音が響く。

その電子音はその少女から発せられているようだった。

でも彼女は振り向かない。重装備のゴーグルをかけて前を向いて動かない。


「初めまして、夏目カイです……」

「お会い出来光栄です、カイ様。

このような姿でおもてなしも出来ず申し訳ございません」

彼女の口は動いていない。


「えっと」

服を取りに来たのだが、この異様な光景に何と言っていいものか。

彼女の手や足には複数のコードが繋がっている。

「御心配は無用です、カイ様」

心を読まれたかのように言葉が降ってきた。

「私はこの体一つで宇宙を制御・監視しています」

「一人で?! 宇宙を??」

「はい、ですので動くことがかないません。

また宇宙創世期以来、ここを出れたこともありません、

世間知らずですので何かと失礼がありましたらすみません」

声はあくまで明るい。

「それは……それは辛くはないのですか?」

聞いていいのかわからなかったけれど聞かずにはいれなかった。

「優しいお方ですね、

私にはそういう“不条理だ!”と思う心も知らないまま

ここにいるので……、わかりません。

滅多にここには誰も来ませんし。

やることは毎日膨大にあります、寂しいこともありません」

諭すように語りかけてくる。

「ごめんなさい……」

言葉が出なかった。


「カイ様が何を謝りになることがあるのです、

MQRからとても可愛らしい方だと聞いております。

お姿は見えませんが、システムから感じることもできます」

「MQRさん?」

「はい、彼女はわたしの作った擬似宇宙人です、

カイ様のお洋服も以前、神子さまの……

“イヴ”であった方のデータを元に、

デザインは2着ですが作らせて頂きました。

あれならば宇宙でも楽に過ごせるはずです。

宇宙間の行き来も可能です。気に入っていただけましたか?」


「え、今日はそれを受け取りに来たのですが」

そう言うと

寸の間、黙った彼女の口元が笑った気がした。


「ベルガお姉さまですね、また悪ふざけを」

と電子音が続き

「ご挨拶が遅れました、補助宇宙戦士の“モール”と申します、

ベルガお姉さまとは義妹の関係でございます。」

「義妹? ご姉妹なのですか?」驚くカイ。

「血縁関係はございませんが、体も拘束され、誰も知らない、

誰も近付かないこんな辺境の地に度々やってこられて、

しまいには義兄弟に! と、気遣ってくださっております」

電子音の声はやんわりと笑っているようで

「どこまでも優しいお方でございます。

お姉さまをよろしくお願いいたします」

とカイを送り出した。


あまり長居出来そうにない環境だったのでそのまま出てきたけれど、

ベルガについてたくさん話を聞きたかった、そう思った。


そのまま待っていてくれた隕石タクシーで来た道を戻る。

そうだ、荒っぽいけどベルガは優しい。

ここに来てずっと守ってくれる。

それはわたしが

“イヴ”だから

なんだろうな、と思うと少し複雑だった。




 ベルガの城に帰り自室に入ると、ベッドの上に

「ご苦労!」

と書かれたメモと見慣れない服が二着。

自分が顔を出せないから

私にモールさんのところに行って欲しかったんだろうな。


「ていうか日本語! 書けるんだ!!」

とビックリよりもなんだか可笑しくて

そのアンバランスに大きくカクカク書かれた文字をしばらく楽しそうに眺めていた。





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