BELLGA

E嬢

【プロローグ】


あなたの恋しい人は何処にいますか?

あなたの傍にいますか?

会える距離にいますか?

私の恋しい人は


宇宙にいます。


そんな私と彼女の物語。









 その日。私、夏目カイは三階の自分の教室から飛び降りた。

景色はふんわりと回転して、私は再びこの世界に足をおろした。

下が垣根になっていてクッションとなり、

奇跡的に腕の擦り傷と左足の軽い骨折で済んだ私は、

生まれて初めて乗る救急車で、近くの総合病院の個室に運ばれていた。


「いやぁ、意外と怪我するものだね。無傷で生還するはずだったのに」

「カイちゃんなにやってんのよぉ! お母さん寿命が縮まったわぁ!」

呑気なことをボケーと言う私に母が落胆する。

母が着替えを取りに行ったり、せわしく動く中

私は、この個室は学校側の配慮なのかな?

それともうちの両親がお金出すのかしら、などとあくまで冷静に考えていた。


 私の首には、私にしか見えない傷があった。


 高校生になって一カ月。

私は異常なほどの神経質な性格からクラス委員になっていた。

あだ名は「委員長」。

しかし、校則を世界の掟だとばかりにクラスメイトを規制することになんの疑問も持たない私は、いつの間にか「風紀委員」と呼ばれ、

最近は「フーキ来たでぇ」とまで地位が上下運動していた。



どうやら、ここ兵庫県の校則は日本一厳しいらしく、

そういうことを知らなかったし、

知っていても不器用な私は、多分今のような人間だったのだと思う。

中学生に上がる頃には、何故か友達と敬語で話をするようになっていて、

それが標準語に聞こえるらしく、

よくクラスメイトに関東出身? などと聞かれていた。

そうしているうちに、家でも標準語が抜けなくなり

「それでも関西人かぁ?」と妹に呆れられる。


「ホントに……怪我をするつもりじゃなかったんだけど……」


こうやって言葉を発していてもやはり標準語だった。

校則に従い、ショートカットに真っ黒の髪、前髪は綺麗に切り揃えられている。

これを手で掻きながらこぼす。


 私のしたことは「周りから見れば」衝撃的行動だった。

{あれは自殺に見えただろうか?}

そう見られては困る、と母の前ではなんでもないフリをする。

運が良かったのか悪かったのか、自分の教室は三階だった。

「二階だったらきっと無事だったよねぇ……」


ちなみにスペクタクルに運動音痴な自分が

三階から飛び降りて傷を負ってでも生きていることは奇跡なんやでぇぇ、と

後で妹から散々言われたことである。


十五歳。見た目は大概大人に見えても、心はどっぷり子どもだったのだ。

そもそも、私は身長160センチ足らず。

悲しいかな、見た目も伴っていない。


 夕方になり、学校が終わった妹のマイが見舞いに来た。

中学三年生のこういう時期に悪いねぇ、と笑うと

ちょっとテンション高く興奮しながら「このアホが!」とはたかれる。

それでも「飛んだ時どんな感じやったん?」と興味があるところは

さすが中学生だと思って可愛かった。


 夜中、消灯前。

付き添いは頼まなかったので修学旅行以外での初めての外泊。

自分の左足にはめられているギブスを眺めている。


「ハハ……」


別に不気味に笑ったわけじゃない。

自嘲したのだ、

間違いなく今日一に大きい出来事をしでかしたのに

クラスメイトは誰もお見舞いに来なかった。

担任ですら自分は顔を見ていない。

多分両親には会っているはずだが、どっちがどう遠慮したのか顔を合わせていない。


「校長が陳謝しに来てもいいくらいのことよね?」枕に顔をうずめて笑う。

「クラス委員が代表で来るとか、って私か」

「ニュースとか……なってたりして」

少し自分がやったことの意味を客観的に感じる。

しかしテレビは有料のカードを買わないと観れない。

この状況ではそれが幸いだったのかもしれない。


静かな病室でカイは月が眩しいと思った。

ドラマとかで観るこのギブスは

心配した友達からのメッセージでいっぱいになるのに

自分のギブスはどうだ、真っ白じゃないか。


……別に悔しいわけじゃない。

動く体をスライドさせて筆箱を探した。

クラスのお洒落な皆と違って

自分はカラフルなペンは持ってなく、赤と青のペンしかなかったので

その二本で目一杯サインの練習をした。

ここで「そのサイン、どこで披露するの?」と突っ込む者もいない。

出来るだけ格好よく、アルファベットで、可愛くセンスたっぷりに。

涙がぽたぽたと静かな病室に音を立てて着地する。


自殺ではなかった。

でも、自分が消えても消えなくてもさほど世界は変わらない。

だったら……自分は今のうちに消えた方がいいのではないだろうか。


そう思ったからだったのだろうか?

月明かりの窓辺に人の形をした影が落ちた。


ギブスを握り締めていた手が動けずに静止する。

顔を上げないのも怖いので、まずは右目から動かして

次第に首を起した。


月に透けそうな金の髪をした「何か」が私を見つめていた。


それは人の形をしている、まさにそのまま人形のようだった。

逆光だったがこんな不可思議で美しい人間が居るはずない、と

覚悟はしていた。



「なにやってんだよ、お前に羽は生えてないだろう?」



陶器のような肌、白く細い手足。

そして丁寧に、綿密に、この世に生み出されたであろう完璧な顔からは

さぞや美声が轟くと思いきや、

少年のような、でも女性の醸し出す、美声は美声だがひどく耳に通る低い声。


自分は今、心霊現象的な未知との遭遇を体験しているのかもしれない。

そう頭ではわかってるのに、わかっているから? 声が出ない。

でも……なんで知りもしないこの人が

一番言ってほしくないことを指摘するんだろう。


「私は私にしかなれない、私のまま私で終わるしかないのだ」

知らず知らず、涙が溢れてくる。


ただ、そこに光る美しい深い緑の瞳を持った者は、私から目を逸らさない。

吸い込まれる。


一歩、また一歩と近づいてくる金の髪に深い緑色の瞳。

すらっと伸びた背丈はそれでも女性らしい高さだと見惚れていた。

白いロングの装飾の、見たこともない服に身を纏い、

露わにした左腕には金色をした腕輪が三連になってはまっている。

見た目は単に細い女性だが、腕の二の腕が引き締まっていて

アスリートのように芸術的な筋肉をしている、などと改めて涙目に観察していた。


その手はフワッと私の足にかけてある布団をまくりあげる。

病院で着替えたのでジャージのハーフパンツで足が丸出しだ。

緊張していて恥ずかしさなどぶっ飛んでいる。

彼女は私の足を見てフッと微笑んだような気がした。


春の風が窓から吹き込んでくる。

風は私に、何も囁きはしない。

でも確かに今。

私は、一人ではなくなっていた。




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