【第十七章 -雨と内緒と友達と-】



 その日はすでに梅雨に入ったかのようなしとしとと降る雨の日であった。

まだカイの住む地域では梅雨宣言は出ていない。


 カイはお気に入りの赤い傘を差して大学からの帰り道を歩いていた。

雨の時は気分を高めるべく出来るだけ明るい色の傘を差すようにしている。


巡遊から帰ってからカイもカイで課題が溜まっており、休みの日も地球に残ることが増えていた。

「ああ、うまくやれると思ってたのに。やっぱりちょっと無理したのかなぁ」

と課題を脇に抱えて歩を進める。


「あ! 今日中にあの参考書買わないと!」と急に講義で使う本を思い出し近くの書店に走り込んだ。

傘を畳み、傘立ての端の方に置く。

書店では傘で本を濡らすことのないように傘立てに並べておくのがマナーだ。


 カイが本を見ているとふとレジ横を抜ける人に目が行った。

OL風の女性が慌ただしく傘立てから傘を引き抜いて出て行こうとしている。

カイは一瞬「あ」と声を出しかけた。


その女性が持って行ったのは自分の傘だった。カイは忘れないように端に置いていたので間違えない。本を持ったまま出入り口の傘立てまで一気に走ったので店員の顔が訝しげにこちらを向いた。


カイは気にせず傘立てに近付いた。やはり自分の傘がなくなっていて

似たような傘があるんではないか、と思ったがあとはどれもビニール傘だった。

「盗られたのかぁ……」と肩を落とす。


似た色の傘があれば間違えて持って行かれたんであろうが他がどれもビニール傘だった場合はほとんどの場合それは盗難に遭ったと考えられる。

意気消沈し、改めて参考書をレジで精算してからカイはどの傘も持たずに書店の軒先に出た。

雨は少し激しさを増している。

「うわぁ、ついてないなぁ」


 小脇に抱えていた課題や購入した参考書をカバンに仕舞いどのルートが最短か考えていると雨でほとんど人の行き交わない狭い道路を傘もささず長い髪を雨に濡らして空気のように歩く女性に目が行った。

その横顔を見てカイは思わずその背を追った。


後ろから後をつけている。

女性は背が高くスラリとしているのにくたびれた白いTシャツにジーパン姿だ。

近所に散歩に出た程度なのか傘も差していない。


横断歩道で止まった時にカイは横に並んだ。傘を差さない二人が並んでいる。

そっと顔を見上げるとやはり……


巡遊先で出会った紫のローブの人に顔形がそっくりである。すごい美形だ。


カイが見ていたのに気付いたのか目が合った。

一瞬慌てて何か喋らなくては! と声を出した。

「傘差さないんですか?」

その女性はキョトンとして言っておきながら自分も濡れているカイを見て笑った。






 二人は喫茶店で向き合って座っていた。親切な店員からタオルを渡され、お互いに髪や濡れたカバンを拭いている。カイは開口一番にこう切り込んだ。


「この間お会いしましたよね?」


美形の女性は一瞬「ん?」と言った顔を作って

「ああ、大学で?」とカイの風体を見て返してきた。


次にカイは「宇宙人って信じますか?」と聞いたが

「聴講生なんだ、君の通ってる大学のね。宇宙を勉強してる、宇宙人はいるかもね」

「なんで地球に居るんですか?

もしくは宇宙に居たんですか」


カイの猛追に最初はポカンとした顔をしたものの、観念したと言う風に懐から白粉を取り出して

「これ、ありがとう。使わせてもらった。宇宙で男型と紛れて暮らすにはこれが必要だから」とカイの目を見て認めた。


「宇宙戦士なんですね?」

「違うよ」届いたホットコーヒーにスプーンを掻きいれながら否定する。

「宇宙戦士の卵?」

「いや、違う」

少し会話に空気が入ってから

「私の名はナイン、自立した宇宙アンドロイドなんだ」とイヴに自己紹介した。





 

 雨の音とクラシックが流れる喫茶店で二人は二人だけの話をした。


ナインと名乗った宇宙アンドロイドはこう言う。

「普段は宇宙で男型の中で隠れて暮らしたり地球に降りて宇宙のことを学んだりしている。

地球は面白いね。独自の考え方、宗教的な意見、他の惑星とは全然違った文明をきちんと持っている。だから君が祈りの女として私が拠点を構えている街に来た時噂で君は地球人だと聞いて興味があった。それに君はイヴだろう? 滅多にお目にかかれる人物ではない。

顔を見られたのは誤算だったけどあそこで会ったのは偶然だし何故か君は懐かしい香りがする」

「宇宙アンドロイド……自立した、というのはどういうことなんですか? 他の宇宙アンドロイドはもちろん地球には降りれませんよね?」

「昔、宇宙アンドロイドだったもので今は意思を持って勝手に行動してる、という感じかな」と髪を撫でながら答える。


そしてばつの悪そうに

「申し訳ないがイヴ、私のことは誰にも内緒にして欲しい」

とカイに申し入れた。


「あ、私は夏目カイといいます、……内緒、ということはあなたの行動は光合邸は把握していない? いまいちナインさんの立場がわからないんですが……」


そうだよねぇ、と苦笑したナインは

「簡単に言えば、消息を絶っている身なんです」

「だからここで会ったことは内緒」

と付け加えた。

「でもそれは……」と困った表情をすると

「だよね、あなたはイヴだもの。報告する義務があるよね。でも一度は見逃してくれたんじゃないですか? 私が女型だと気付いていたんでしょう? あの街で」

と巧みにカイを窘める。


「それは……確証がなかったですし」

「ではこうしましょう」とナインは指をたてた。

「私のことは誰にも言わない。その代わり、私と地球で友達になる」


カイは「は??」とそのめちゃくちゃな契約に首を傾げた。

 「そうすればあなたは私を監視できるでしょう? それに私も過去、光合邸の内情にある程度詳しかった者、そちらの現在を教えてもらうのは楽しそうです」と満面の笑みだ。

{なんだろう、このズレた感覚、すごく誰かに似てる……}

カイは頭を整理しながら

 

「一旦了承します! あなたは宇宙にとって危険そうには見えませんし。

ナインさんの今の生活を壊したいわけではないですし……でもですね?」


ナインは「?」と満足気だ

「お友達になるのなら私のことは名前で呼んでください」

そうカイは締めくくった。


 喫茶店から出てお互いの方向へ歩き出そうとした時に宇宙アンドロイドのナインは「そうだ!」と振り返った。


「カイ! あなたのパートナーは結局誰なの?」歩きだしていたカイも身をひるがえし

「え? 知らないんですか?」と再び歩み寄った。


「光合邸内ではそれはそれは流布されて知らされる案件だけど、村や民には誰のイヴであっても関係ないしそれらはほとんど知らされないはず。

別に秘密裏にはされてないはずだけど私は聞いた事ないわねぇ」

と宇宙では発展途上にある街に住むナインはそんな内情をカイに教えた。


「そうなんですか、ベルガですよ? 私のパートナーは」と言うと

ナインは盛大にビックリしてむせ出した。

「ベルガ??? 魔の宇宙戦士の??」

「? はい、そうですよ」


ナインは元宇宙アンドロイドとは言え俗世を離れて随分経つようで宇宙戦士に敬称をつけずに呼んだが、民として暮らすナインだからこそそれはごく自然にも思えた。


「苦労するでしょう?」とベルガを知っている風だ。

「そんなこともないですよ」と笑うと、ほーう、と言った風にカイを改めて見た。

「地球に宇宙の内情を知るものがいるのもいいものですよ」

と自分のことをアピールしてナインは元の道へと帰って行った。



 カイは地球の自室で雨に濡れた身体を温めている。

「確かに、宇宙のことを話せる地球の友達と言うのは非常に希有だし貴重かも……」と

ベルガのことも知っている様子だったナインについて改めて考える。


「しかもナインには宇宙でも会えるみたいだし、遠いけど」とお互いに呼び捨てで呼び合うと決めた相手の携帯ナンバーを眺めていた。

喫茶店を出る前に番号を交換した。カイは携帯を握りしめて

「……友達」

と自分にはこれまで縁の薄かった単語に後ろめたい事情がありながらも

嬉しくなって携帯に登録されたナインの番号をじっと見ていた。




 委員長気質のカイは同級生には敬語で話しかけられたりしたが

様々な層の年代の学生が居る大学ではナインと居ることがとんでもないほど楽しかった。

ナインもカイに対してはあくまで対等に

でも長く生きている年上なりの配慮のある喋り方がカイにはなんとも心地よかった。


二人は宇宙について、それ以外にも地球のトレンドについてお喋りをすると驚くほど急速に打ち解けた。

秘密を共有していることもそれを加速させた。


カイにとってここまで親しく話せる友達は生まれて初めてであった。

ベルガと恋人関係にあると知った時のナインの驚きぶりやこれまで宇宙で起きた様々な事件。ナインが住んでいる街のたくましいおねえさん達の面白可笑しい話、二人は惑星の立場や関係を超えて親密になった。


「カイ! ここの唐揚げめっちゃ美味しんだって! 今度食べに行こう♪」

「ナインは太らないかもしれないけど私は太りやすい体質なんですよぉ~」と顔をしかめて

それでも雑誌に載っている美味しそうな唐揚げに目をよせてしまう。

「ナインがまたお泊り会の時にご馳走してくれるなら考えます」

「結局食べるんじゃんか!」と二人で爆笑した。



「カイちゃん最近楽しそうやねぇ」

母の芳美も妹のマイもその変化に気付いていた。


 妹のマイもすでに大学生で家から少し離れたカイとは違う学校に通っている。近所では美少女と呼ばれるようになった最近を本人もまんざらではなく気に入っているようで、寮には入らずしぶとく実家から通っている。

本人いわく「出会いは通学にいくらでも落ちている」らしい。


「友達の家に泊まりに行ってるとか昔の姉ちゃんだったら有り得へんし!」

と自宅では美少女もかたなしの相変わらずの口調に芳美は目を光らせながら

「最近は何か落ち込んでたしねぇ」と対称的な姉妹を無事に大学生まで育て上げた芳美も

カイの様子が落ちてきたことを「解決」したのだと安堵した。


 そんなこんなで、カイは自分の生活が楽しいあまり忘れてしまったかのように

「宇宙に行かなくなった」のである。


カイの生活に激変が起きている間に

宇宙でも大変な事件が起きているとはまったく思っていなかった。



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