【第十六章 -穴-】



「はい、じゃあちょっと大きい音しますからね~」


カイは拳に力を入れて目をギュッとつむった。

バチンッ

という大きな音が耳元で聞こえると、白衣を着た女性が

「これで開きましたよぉ~、ちょっと鏡で見てみてねぇ」と小さいハンドミラーを渡してきた。


「わぁ……」

この日、カイの両耳にピアスホールが開いた。


 レディースクリニックで開けてもらったピアスの穴は、ジンジンと初めての痛みを放ち、

その痛みの分だけカイは喜びを覚えた。





――あれから五年。

 カイはこの春から大学三回生の二十歳だ。夏には二十一歳になる。

なにか突発的に大人になった記念が欲しくて、春の始まったばかりのこの季節に、カイは両耳にピアスを開けた。

高校生までは校則でピアスは禁止だったし、自分も開けたいなどとは夢にも思わなかった。むしろ「耳に穴を開けるなんて!!」くらいに思っていたのだが、妹のマイがいつも可愛らしいピアスをしているのをみているうちに自分も開けたいと思うようになっていた。


 大学生になった途端、宇宙で過ごせる時間が一気に増えた。

それは、もちろんカイがうまい具合に一回生の頃から履修科目の単位を確実に取って行き

あくまで優等生にカリキュラムをこなした結果で、三回生になったこの春からは特に、卒業に必要な単位も確実に見えてきておりカイの得る自由な時間が広がった。

同じ学部の友人は皆、そういう時間を恋人と過ごしたりバイトに励んだり様々だったが、

カイは自分の自由な時間は全て宇宙で過ごすことにしていた。


夏目カイ 二十歳。

恋人は宇宙人。

お付き合いを始めてからもうじき

もうじき……?

そうだ、六回目の春を迎えるのだ。


だが、春の陽気とは裏腹にカイの心情は複雑であった。

実は今、二人は初めての喧嘩をしている真っ最中である。


「落とし穴のようだよ」

大学生になり、胸まで綺麗に伸ばした真っ直ぐの黒い髪をハーフアップに綺麗に整え直しながら、カイは大学図書館のトイレで鏡を見ながら溜息交じりに独り言として吐きだした。

喧嘩の原因はドラマなんかでよく見る系統のものだった。



「大学に行く?」ベルガはビックリしたように聞き返した。

ベルガがお勉強してた時代の日本は大学進学率はそこまで高くなかったのだ。

ベルガはカイが高校を卒業したら宇宙へ、自分の元へ来ると思っていた。

確かそんな話もしていたはずだった。

それがカイの「はい♪ ここの大学に進学したくて」

という台詞と共に、嬉しそうにパンフレットなど見せられたものだから合点がいかず

眼をパチクリさせた。


「それは行かなきゃいけないのか?」少し怪訝な表情で聞くと

カイはベルガの表情の機微を察知してちょっと困った顔に変わった。


返答せずパンフレットをめくり出したのでベルガはイライラして

「そこに行くことは今の女子高生のハヤリなのか? お前も流されて行くだけだろ?」

これが猛烈にカイにクリーンヒットしてしまいかつてないほどの大喧嘩になった。


 そもそも二人ともいつも異星人なりに尊重し合っていたはずだし、カイが怒ることもそんなにあることではなかっただけに初喧嘩は盛大なものになった。


「ベルガだってあの時はあんなことを!」

「お前はあの時はこうしたじゃねぇか!」

宇宙に来ても女性の喧嘩の台詞は過去をほじくり出す作業の連続である。

ベルガは両性な分、多少男性っぽい思考を持ちあわせているので余計喧嘩に拍車がかかり

MQRが止めに入るまでずっと口論になっていた。


で、実にこの喧嘩をしたのが大学入学前で一応の停戦になっているものの

喧嘩に終止符は打たれていないままだ。

なんと三年近くうっすらとそこはかとなくネチネチと未だにこの件について喧嘩は続いている。


ただ、やはり毎週カイは宇宙へやってきたし(最初は顔を合わせない生活が続いた)

二人の暗黙の了解でこの話はしないようになっていた。


「女の子同士の喧嘩は一度やったら関係はおしまい」という言葉の通りかなりこじれていて、その二人が恋人同士なものだから正直、ここ数年うまくいっていない。


 確かに、カイは高校を卒業したら宇宙を優先したいと言った日もあったが、

それはもう五年も前の話だ。

 高校を卒業する頃には、カイにも大学に行って、そこを卒業したら仕事をしてみたいという平凡すぎる夢が出来た。


だから、約束は少し遠退いたがそれを理解してくれないベルガもどうなのか、そうカイは憤然と思っていた。一度宇宙へ逃げ出したカイだからこそ地球で自分がやれる可能性を探りたかった。そういう年頃でもあったのだ。


実際のところはこの年頃の女の子は好きな人の傍に居たいとばかり言っていそうなものだが、夏目カイという少女は、ことごとく真面目で

宇宙に行くという将来を決めていても地球での就職を先に考えるような委員長気質は未だに変わらない。


 大学の講義の休み時間、教室の移動のため急ぎ足で歩きながらも今日もカイの目は、いい天気だなぁ~と窓の外を見ながらそのもっと上にある宇宙を眺めていた。



 講義が終わるとカイは一目散に帰宅する。サークルには入っていない、バイトもしていない。カイの中でそれらが「就職に不利である」ということもわかっていたが

やはり授業がない時に優先したいのは宇宙でベルガと会うことである。

喧嘩を引きずっているとはいえ、そもそもの原因は三年も前のことだし

カイとしては結果、大学に進学も出来た。ベルガと仲直りしたいところだ。


自分でも「弱いなぁ」と思うくらいだがベルガに会いたいとも思う。

ただカイは大人になっていたが、大人になっていない相手が恋人なのだ。




「こんにちは」

笑顔で、庭の植物に水をやるMQRに自分の訪れを知らせるように声をかける。

五年もたてば流石に宇宙の最先端技術でカイは自力で宇宙へ登れるようになっていた。


カイの部屋と光合邸の魔法陣があるエレベーターの部屋とを時空間で繋いだのだ。

「カイ様♪ お帰りなさいませ」


MQRはいそいそと手を止めてお茶を入れにカイを誘うように中に入った。


 広い宮殿内はいつも手入れの行き届いた絢爛なあつらえだが、

カイに合わせてこの宮殿のバルーン内は春夏秋冬を合わせるようにはなっている。

実際の地球も春を迎えようとしているので実に温かい空気が流れている。


廊下を歩いて行くと自分の足音が綺麗に響いている。初めてこの廊下を歩いた日は、カイは制服にぺったんこの制靴だったが、今ではヒールの似合う女性になろうとしている。


耳はまだにわかにジンジンと痛みが残っている。

いつものように扉が堂々と開けっ放しにしてあるベルガの部屋をノックする。

「ベルガ? 学校終わりました」

寝ていたのかベルガは横長のソファから身体を起こしてひらひらと手を振って見せた。

「ミスイから預かってるぞ」

とテーブルの上に置かれた小瓶を指さす。


「あ、すみません」と小瓶を受け取りカバンに詰めた。

……やはり会話は減っている。


カイがしょんぼりとそのまま鞄を見ていると

ベルガは「体調どうなんだ?」と窺ってきた。

「へっ?」と小瓶を心配そうに見つめていたように見えたのかな、と

慌てて「全然平気です! そんなに祈りの間には詰めてませんし」と

笑うとベルガは

「そうか、そうだな」とちょっと考えてから得心した風に首肯した。

暗に「そんなに宇宙にはいないよな、お前」と言われた気がしてカイは少し傷ついた。


ここで一言「ごめんなさい」と言ったらどうなるだろうか、などと思ってももう今更言えない。自分は自分の気持ちを優先させてすでに三年も大学へ通っていて

すなわちベルガは三年も我慢しているのだ。


カイは言葉を飲み込み

「お茶、MQRさんに貰ってきます」

と笑顔でベルガの広い部屋を出た。

部屋を出ると小さな溜息交じりの呼吸をした。





 この日は休日で、カイは朝から宇宙へやって来て自室で勉強をしていた。

就職活動は二年の秋にはもう本格的に始まっているので少しでも時事関係の歴史の勉強を叩きこんでおく必要がある。

とある記事を読みふけっている間に窓辺から差し込む光に誘われて本を開いたまま机に突っ伏して寝てしまった。


「……あ~寝てしまった」と顔をゴシゴシ起き上がるとすぐ横にベルガが立って開いていた資料を覗きこんでいる。

驚いて「うわっ!!」と椅子ごと倒れそうになるのをベルガが腕を掴んで椅子ごとひっぱり戻す。


以前のベルガならこういう時笑ってくれるのに特に表情も変えない。

またやんわり胸が痛い。

自分はなんでここにいるんだっただろうか、そんなことを考える。

ふと資料の新聞を広げていたベルガが最近訃報のあった大資産家が「葬式はしなくていい、墓もいらない」と言い残し逝去した記事を見ながら話しだした。


「……宇宙人は死んだらどうなるか知ってるか?」

「えっと……」


これまでにもカイはベルガの宇宙戦士としての戦場について行く機会はあった。

それは反政府団体であったり地獄の囚人であったり

ただ、相手が何であれ殺生の場には居合わせた覚えはなかった。

恐らく意図的にカイの前ではそういう場面を見せていないというのはあった。


いや、実際にはあるのである。

一緒に居た相手こそベルガではなくカルメイラであったが、地獄から脱走した魔物のような刑囚に襲われた時、カイはProtect Eveで相手の魔物を攻撃している。

あの時はドロドロの赤い血がどんどん黒くなった。

だがその時のことをほとんど覚えていないカイは

やはり「知らないです」と答えた。


「いなくなるんだよ」


そう聞いた時、カイは寒気を覚えた。

「最初は……死ぬまでは血を流して倒れてるんだ。身体も硬直して徐々に動かなくなる。

でも時間が経って絶命すると……消えてなくなるんだよ」


カイは地球人らしく考えを巡らせて

「宇宙の塵になるってことですか?」と聞いたがベルガは首を横に降った。


「そんな綺麗なものじゃないな、目を離したすきにもうその場には残ってないんだ」

「地球のゲームみたいだろ」と笑ったベルガはカイの目には痛々しかった。


「だからもし死にそうな相手が重要参考人だとモールやミスイが相手を延命させるように処置するんだ、宇宙戦士も、滅多なことでは相手の残す証拠が消えてしまうからと対象を処分しない」処分、という言葉がベルガの職業を思い出させる。

「変な話だがな、誰かが見ている間はどんな重症でも相手は死なないんだ。皆から視線が外れると絶命するとともに消える。まるでもうこの世の誰もお前を見ていないから消すんだ、って言われてるかのようにな」

カイはベルガの目を見て手に触れたかったが

そういうこともぎこちなくなってしまうほどに触れなくなっている生活が続いていた。


「ベルガは? ベルガが死んだらどうなるんですか?」

前は聞けなかったこと。

ずっと前から聞きたかったことでもあった。


ベルガは久しぶりに愛おしいものでも見るようにカイの頭を撫でて

「宇宙戦士は滅多に死なないから大丈夫」と微笑んだ。

滅多に死なない、では死んだ仲間がいるのだ。

そうだ、クミは病死していて今の自分の地位がある。


カイが納得してない顔をするとベルガは

「宇宙戦士も眠りにつく日が来る」と新聞を畳んで机に座りなおした。


「宇宙戦士に寿命はない。生きたければ好きなだけ生きればいい。それだけ宇宙も安定する、貴重な人材だからな宇宙戦士は。新しい宇宙戦士も滅多に生まれないから余計死なせないように上も躍起になる。ただ、不死ではない。死ぬ時は死ぬだろう。宇宙戦士も宇宙の理だろうから誰かが目を離せば消える。普通に怪我もするしな」

ベルガはカイが高校一年生の冬に二年はかかる怪我を背中に負った。

あの時は心配したがベルガはすぐに動き出したのも事実だ。


「ただ、宇宙戦士は…… “いずれ死にたくなる”」

カイは思わずベルガの目を見た。

ベルガは申し訳なさそうに微笑んでいる。


「カイは断片的にしかあたしたちの生活を見てないだろうがこれは普通に生きている者からすれば、数十年で死にたくなるレベルの生き方だよ。地球の歴史でも色んな書籍に不老不死の歩んだ不幸な伝記が残されてるだろう? それに長生きすることだけが幸せの在り方ではない」

と頭をコンコンとノックされる。


 魔物や同じ宇宙の民をいつも疑い、処分のために自分たちはいて、自分は怪我をしないようにしながら巡回に出ては危ないものを助けそれでも民からは嫌われる。

娯楽は宇宙では少ない。男型だけで形成される宇宙では宇宙人同士の恋愛もあまり花開かない。

皆何かしらの方法を取って楽しみを見つけてる。そしてこの格差社会、皇族一点の至上主義。民には祈る神も居ない。(神子の存在は公にはされていない、されても食べることで精一杯の民には関係ないに等しい)

そして今日も明日もここは退屈で窮屈だ。

ベルガは数えるのもしんどそうに指を折っていく。


「だから」

ベルガは唱えるように滑り出した言葉を続けるか迷った風にカイの顔色をうかがう。

カイはこの時やっとベルガの指先をちょこん、と掴むことができた。

ベルガは久しぶりに見せるニカッとした笑顔でカイの指をからめて続けた。


「だから、宇宙戦士には救済措置が設けられている」

カイは覚悟して話を聞いていた。やっと話してくれたことだから、これは今後のベルガの話だから、そう思って真剣に聞いた。

「宇宙戦士にはその功績に応じて幾つかの救済項目が存在する。


・宇宙戦士として永久凍結 

これはまぁ皇族的に都合のいい時に起こせる措置だな

一応は光合邸で半永久的に眠らせてもらえるし、死んではないが一時的に死んだ扱いになって除名はされる。あたしが知ってる限り、今現在永久凍結を使ってる宇宙戦士はいないと思う。


・転生許可 

これはどこに生まれ変わるかは誰にも操作できない。だからまた宇宙戦士に生まれ変わっても誰も文句は言わないという約束だし、いいのか悪いのか過去の記憶は引き継いでのお引っ越しだ。これでは救済されたか怪しいところだな


・退役制度 

一応噂に近いけれどまぁ信憑性の高い話しで誰もやりとおした者はまだいないけれど

「ある一定年数」まぁ目もくらむ年数だろうけどこの期間、宇宙戦士をやり遂げると

顧問扱いになって戦場に出ないでもいいというまぁ一番の優遇ものかないわゆる定年。」



「あとはそうだなぁ~……脱走くらいか!」と豪快に笑った。

「脱走したら救済ではないです」とからめている指先を振り回すと

「そうだなぁ~まぁ今いる存命の宇宙戦士ではあたしが一番古株だから他の古参メンバーと退役制度が使えるかたまに話にはあがるかな」と苦笑した。

「ベルガは宇宙戦士辞めたいですか?」繋いでいる指はいつもの通りひんやりとしている。

「ん~まぁ今挙げた中では一番まともな去り方かな? って話。

それに結構今の宇宙戦士は皆今の生活をなんだかんだ楽しんでるよ」と苦笑して話を切り上げた。

「お前明日も休みなんだろう? 最近ビルがやたらうちに来て次にカイが来る日を聞いてくるんだよ、会いに行ってやれば? あいつ、日を教えたのに来る気配ないし」

と言って二人の指は外れた。


その指と指の空気に触れて、カイは寂しさと冷たさを感じた。

「はい、行ってきます」

自分が思ってた以上に元気な声が出てカイはほっとした。


 その後すぐにカイはビルの屋敷に向かった。隕石タクシーを降りて入ったビルのバルーンの中のお屋敷は、まるでシンデレラ城をさらに宝石であつらえたかのような金ぴかのお城。

カイがあまりの節操のないお城にビックリしているとお屋敷からたくさんの男型の宇宙アンドロイドとおぼしき若い執事たちが出てきて、カイを中へと通した。


「ビルさんのお屋敷のアンドロイドさんたちは男型なんですね!」と聞くと

ビルはキョトンとして

「あっはっはっは! 彼らは宇宙人だよ♪ アンドロイドで男型を作る意味ないもんねー」と無邪気に笑った。


 ビルはベルガに比べるとかなり若い宇宙戦士で

しかも力の均衡の上で上位を優先している魔の宇宙戦士の下から二番目の戦士とあって

なんだかいつもあっけらかんとしている。無邪気ではあるしいい人だとも思うけれど

圧倒的に意識が低い。


 いつもアメシャにくっついている女の人、という印象であったが一対一で喋ると自分も成長した分、美しいロングの紫の髪をゆらす美貌の彼女のことが怖いほど子どもに思えた。


{ビルさんは戦闘要員さんだし、大丈夫と思うけれど何故か危うさを感じるくらい軽い}


と軽いは同じ軽いでも光の宇宙戦士のトップである光のことを思い出してやけに光が恋しくなった。


そういえば、仮面パーティーで私の宝石を盗って行ったのはビルさんでした、と思いだし笑いをしかけそうになり慌てて表情筋を引き締めた。


改めて「私に会いに来てくださってたとベルガから聞いたのですが」と口火を切ると

「そうそうそう!!!」と激しく前のめりになったビルは手に持って磨いていた宝石をテーブルに乗せると

「ここから大分行った先の村に美少年がいるらしいのよ♪」

「……はぁ、美少年?」


カイは頭の中を村と美少年で検索したが、いつの日かテナーと初めて会った日にそんなことを思ったな、という結果しか出て来ず話を聞いていた。

「私の新しい執事にしようと思って♪ いま私の執事たちが探してるんだけどなっかなか

男型には美しさの基準がわからないようでね? 全然使えないんだよぉ

私は美しいものが大好きでね♪ 是非その男型も私の執事に迎え入れてあげたいんだけど

アメシャは馬鹿馬鹿しいって付き合ってくれないしカイちゃんは意外と宇宙の人材発掘にはすごい能力発揮してるから私もあやかろうかなぁ~♪ ってー」


満面の笑みで悪意のない悪気? を言い放たれ気持ちは九十歩ほど下がったカイを

「じゃー早速行ってみよう~♪」とビルが強引に引っ張って城を出た。


 ビルの服装は宇宙戦士一、露出度が高い。お色気担当のアメシャがチラ見せの色気だとしたらビルのそれは地球人のカイからしたらストリッパーのような服装だ。

首にはいつもお気に入りの石が散らばった宝石をしている。

ただでさえ地球に居ても目立つだろうにこともあろうかビルは反政府団体がいるかもしれない民がいる村でさえ、上に何もかぶらず歩いていた。


 村の民たちは口ぐちに

「宇宙戦士様だ!」とひれ伏すか端にたまり遠巻きに見ている。

カイはビルからローブなど上着を渡されていなかったので、あたふたしながら仕方なく隣を歩く羽目になった。

心底{ビルさんにはイヴは現れませんように!}とどこぞに存在するかしないかわからない相手を慮った。


「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」

と民に声をかけると緊張した民の代表が出てきて、宇宙式の挨拶をビルとカイに向ける。

カイは咄嗟に返事として両手を合わせて頭を下げたがビルはそのまま

「この村で一番美しい子を探しているのよ♪」と上機嫌に尋ねた。

村長らしきくたびれた男型は周りにチラリと目配せをして知っている者はいないか聞いている様子だ。

カイは集まる視線からこれまでに感じられないくらい緊張してつい左の小指を撫でたが

もうそこにはProtect Eveはいない。


あの金の指輪は役目を終えて今は自分の体の中で自分を生かしてくれていた。


 少しの時間が経つとワラワラと村の中で若いと思われる男型が十五人ほど並べられた。

皆、一様に苦労しているようで肌が浅黒く汚れている。そして着ている物も一枚で寒そうだった。


ビルはう~んと唸ってから並べられた民の顔を見て

「カイちゃん、帰りましょうか!」と言って何も言わず

そのまま先に歩きだして行ってしまった。


残されたカイも並べられた民も皆が妙な空気になり、カイは慌てて大きく頭を下げてその場を走り去った。


 その話を帰って慌ててベルガにすると翌日ベルガが魔の宇宙戦士トップとしてではなく

個人的にビルのお説教に出掛けて行ったので、結果的に告げ口になってしまったカイは屋敷に残ってMQRとその話をしていた。


「ビル様は、そうですねぇ。まんま末っ子王女様といった風ですねぇ」

と困った風に主人の管轄である宇宙戦士の心配をした。

「魔の宇宙戦士の末席には非戦闘員のミスイ様が居られるのでご自分の地位が末席になるという心配もないですし、好き放題といった感じは前からありましたもの。

ですが、まさかカイ様を民の前に連れ出すなどそれはご主人様もお怒りになりますわ」

と擁護のしようのない魔の宇宙戦士の「末っ子」を諌めた。


「まだ年齢的にも見た目的にも末っ子のテナー様の方が純粋な分、ご主人様も安心しておられると思います。あそこはレディ様がおられますしね♪」

とテナーの姉でありベルガのバディであるB・レディを「しっかりしたお姉さまですわ」

と褒めているのをカイは微笑ましく聞いていた。


「いつも一緒に居るアメシャさんはどう思っているのでしょう?」とカイが聞くと

「ビル様は悪友のように思われているかもしれませんがアメシャ様は完全にお子様を相手にしているようですわ」といつも一緒に遊びに来るアメシャとビルの関係をざっくり説明した。

「アメシャ様は面倒になったらきっとビル様をすぐ切り離すくらいに思っておられる、

そんな気すらわたくしめはいつも感じております」

と添えた。

「アメシャさんはビルさんが男型の民の方を執事と言って集めて遊んでいるのを

ご存知で“馬鹿馬鹿しい”と放っているのですね……」

とカイも「それではベルガがやっぱり動くしかないんだなぁ」と溜息をついた。



 ベルガはバルーンの中のお天道様が真上になるくらいには城に帰り、紅茶をすすりながら

「あいつは宇宙一のアホか!」とまだ怒りを隠せない風でオープンにご立腹だったので

ビルに反省の色はなしと見た。


苦笑しているとベルガがこちらを見ていたので首をかしげて「?」という顔をすると

ちょっと考えこんだベルガがカップを置き、そしてやっぱり辞めたようでもう一度手にカップを持ち「なんでもない」と若干恥ずかしそうに自分の行動を否定した。


数年前までのベルガならこういう時、絶対傍に来て「大丈夫だったか?」と抱き寄せてくれた。一緒に怒られはしただろうけれど……

もうそんな風な関係じゃなくなってしまったのかな、とベルガの態度を見て

カイは少し気持ちに冷たい風が吹いてるのを感じた。


心には穴があいている。

あんな喧嘩さえしてなかったらこんな風には感じなかっただろうに……そう思っても

二人はこの一緒に居る時間を思い思いの気持ちで過ごすのだった。





 それから地球時間で三週間ほど経った折、カイは「祈りの女」としての職務で幾つかの村を巡遊することになった。

名目は巡遊と煌びやかだが、現地の視察をすることで民に支配力を見せつけること、

新しく生まれた祈りの女の力を誇示することが本当の狙いだった。

五年前のカイではその迫力に劣ったが、今の花が咲くように成長したカイならうってつけだ、ということで民にも支持力が強いポストである祈りの女のポジションが選ばれた。


もちろんカイはそのことを知らされていなかったが当日の朝からずっとソワソワとカイの周りに居るベルガが、カイを馬の引かない馬車に乗せる際に金色のローブを頭からしっかりとかぶせ、今はもう無い小指の指輪のあった場所を自分の指でさすっているのを見て

喧嘩してなかったら躊躇なく抱きしめてくれたのかな、と涙目になった。


落ち着いて涙を体内に戻すと

「心配症さん」とベルガの頬に触れると

「行ってきます♪」と元気よく馬車は動き出した。



「そうだ、私が素直になればちゃんとベルガとの関係も修復できる!」

そう思うとなんだかとても気持ちが前向きになった。

私たちに無駄な時間なんて一時もないのに。

気持ちを奮い立たせるとカイの巡遊への旅がすでに始まっていた。




 今回の巡遊はカイのゴールデンウィークを使って一気に周る弾丸ツアーで、

お供は皇族からクロノス。そして宇宙戦士からはベルガの代わりでB姉妹が護衛としてついた。

 この時期の宇宙戦士は忙しいらしく皇族のお守が多い、と公式行事が多いからだということで、魔の宇宙戦士トップのベルガはスケジュールが埋まっていた。

それでベルガとバディのB・レディとその妹のテナーが選抜された。


二人の宇宙戦士も五年の経験を経てだいぶ宇宙戦士がサマになってきている。

テナーはこの期間で自分の能力を開花させ、特殊能力こそ芽生えないものの、戦闘要員としてきちんと活躍していた。ただしやはり女型の形はとらず、可愛らしい男の子の恰好をしている。遂にカイの見た目の方がお姉さんになってしまった。


「ビルが実にビルらしいことをやったと聞いてるよ」と

クスリと柔らかく笑うクロノスが、詳しく聞きたそうにカイに先日の事件について求めてきた。

「我らは聞いていないな、何かあったのかカイ?」とB・レディも興味があるように聞いてくる。テナーも嬉しそうに聞いている。


馬車の中ではカイの隣を陣取ったテナーが「ナツメカイの黒髪綺麗だね~♪」と言って長く伸びた髪を起用に三つ編みにしてクルクルと指先で遊んでいる。


「あ、その……色々ありまして」と経緯を話すことになったカイが

数週間前の話をおずおずと口にすると、みるみるB・レディの顔が曇りクロノスは大体は聞いてたようで困ったように笑う。テナーは聞いていたのかいないのか終始笑顔でカイの髪をもてあそんでいる。


B・レディは顔面を不快の表情にして

「それでちゃんと責任は取らせたのか?」とカイに問うた。

「いえ、ベルガがエクレア様に報告するとやっかいなことになるからと

自分から注意しに行ったくらいで……処分とかは」

と庇うように話すも

「だからあいつは甘いのだ」

とバディのB・レディは口惜しそうに吐き捨てた。

おろおろするカイを見かねたクロノスが

「まぁまぁ、そこは魔のトップのふかーい考えがあるんだろうね」

と笑顔でフォローしてくれた。


「さて、水先案内人としては、もうじき最初の目的地に着くことをお知らせしますよ♪」

とクロノスはエスコートする手ぶりでカイたちに行く先に見えてくる大きな村を示した。


 最初の巡遊先と言っても、光合邸からは考えもつかないくらい離れた場所らしく

この地に宇宙戦士が降り立ったことはないらしい。

事前情報では宇宙戦士好意派や穏健派の多く住む村でここ数年で目覚ましく発展し、栄えている村だということだった。


 カイが降りたことのあるこれまでのボロボロの村とは違い街、といった風な表現が相応しい立派な村であった。

バルーンを入る前からすでに歓迎の風船やらが見えており祈りの女と光合邸の使者は盛大に街に迎え入れられた。

村長であるという男型から丁寧な挨拶をされカイも祈りの女として礼儀正しくその礼を返すと周りに集まっている男型たちはカイのその美しい仕草に釘づけになった。

クロノスはその様子を嬉しげに見ている。

B姉妹は周辺警護にあたりつつカイの傍から離れない。


 一行はしばらくこの街に滞在するということですぐに宿に通された。

「ふぅ」


金色のローブを脱ぐとそのお役目から解き放たれた様にカイは少し安心した。

すると目ざとくその隙をついてテナーが飛びついてくる


「ナツメカイ、外をお散歩する?」

それは「一緒に外を見に行こう」という意味だったので

すかさずB・レディが「テナー今は任務中だよ」と男の子の姿の妹を諌めた。

だが意外にもクロノスが許可を出した。


「この街がどれだけ安全かは一応わかってもらえてると思うけど二人が護衛につくというのなら外出は許可するよ」

クロノスいわく「これはカイちゃんの宇宙の勉強でもある♪」と軽く指をまわした。

テナーがやったーーと両手を上げB・レディも「そういうことならば」とすぐにカイに着替えるようにとトランクを差し出した。


さすがに金色のローブでは祈りの女です、と言っているようなものである。

こげ茶色のローブを頭まで羽織り髪をまとめて中に入れてしまう。

足元も街の中に溶け込むように男型の装いをしてまとめ上げた。

この街は皆なかなかにいいものを着ているのでカイもそれに倣った。

数年前まではこれで男の子に見えたものだが

B・レディがカイを見てうーん、と唸った。

「女型に見える」


グッと女性らしさを帯びたカイは、男装をしても女型に見えると心配している。

「誰もそんなに行き交う人の顔なんて見ないんじゃないですか?」とカイが聞くも

「この街では貧民街のように生きるのに必死で下しか見てないような連中が居るわけではない、快活に上を向いて歩く人がほとんどだと見た」

とやはり心配そうにB・レディはカイの胸が小さくならないかとおさえつける。

カイは苦笑してされるがままにされていたが嬉しそうに準備を見ていたテナーから

「ナツメカイの唇、ピンクで可愛いねぇ」という一言に

「口紅塗ってないですよ」と慌てて返答しているのを見てB・レディは

「なるほど、唇の色が女性らしさを強調しているな、外に出て化粧品市場で血色を変える粉を購ってこよう」と、提案した。


クロノスにそれを伝えると、「カイちゃんの時間がもったいないし二度手間でしょう

そのまま遊びに行っておいで」と言って「大丈夫♪ 美少年に見えるよ」と笑って見送ってくれた。


 結局宿を出てすぐに化粧品が並ぶ市場を覗くことになった。

以前も思ったことだが男型しか居ない街なのに民の嗜好品として数多の化粧品が流通している。


「こういうのって村や街では男型の人が使うんですか?」

「ああ、普通に使うらしい」

B・レディもあまり俗世に詳しくないので伝え聞きだ。

綺麗な顔をした男型たちが化粧品の売り場に群がる様子はカイにはとても面白く衝撃的映像であった。


そう言われれば皆ファンデーションのようなものを塗っているようで肌の色が整っている。

中には肌は白いのに褐色の顔色をしたつわものも居る。

「この街では美意識が高いんですねぇ」と感心していると

「どうやらそういう点がここ数年で一斉に発展した理由らしい」

とB・レディが内情を教えてくれた。

「内面が女型らしいから、もしくはそれを望んでいるから過激派が住みつかないんだ」

カイも納得しながら市場に並んでいる白粉や紅を見ていると

店主の男型に

「あらぁ、やだ! あんたすんごくキュートなお顔なのねぇ」と

カイは急に顔をひっぱられて向き直った。


店主は強烈な赤い紅をさしており

カイは一瞬で「おねえ系の方!」と頭が認識した。

「あんたみたいなのには意外とダークネスな色合いのグロスが似合うのよぉ♪」と

少し色の濃いリップを選んでくれた。


声を出すとまずいので、カイは苦笑しながらも手で断り唇の赤みを消す肌色の粉を探した。

カイは肌が白いので地球ではナチュラルトーンよりも薄いものを選ぶ。

あ、これはいい色かもと手を伸ばすと

同時にその粉に手を伸ばした人物がいた。


咄嗟に「あ、すみま……」と言いかけて声を出してはいけないことを思い出し

手で譲るポーズをして群れから出てきた。


「買えたのか?」と群れの外で待っていたB・レディに腕を掴まれ

「えっと~」と返答に困っていると

後ろの群れの中でカイにぴったりくっついていたはずのテナーが先程手が伸びて来ていた相手とその粉の取り合いになっていて

カイはビックリした後、ちょっと吹き出しながら

「テナーが頑張ってくれてます」とB・レディにその光景を指さして伝えた。


 騒がしい市場から抜け出したカイたち一行。

「あっははは、バーゲンみたいだったね」とテナーに笑いかけると

バーゲンを知らないテナーは「僕、頑張った!」と胸を張る。

その手には勝ち取られた肌色の粉が握られている。


 カイたちは一度広場に設置されている中央の噴水まで行き、そこに腰かけてカイの唇にファンデーションのような粉を塗って血色を奪った。


「どうですか?」

「うむ、先程よりは男型に見えなくもない」とB・レディも納得だ。

テナーは「お腹すいたよぉ!」と足をバタバタさせていたが

子どものように屋台を見つけると目を輝かせている。

「私たちの分も買ってきてね」と言うとスタートの合図のようにテナーは走っていった。

「やれやれ、テナーはなかなか大人にはならぬ」と姉がその後ろ姿を見て溜息をつくのを見て、カイは声を出さぬように小さく笑った。

「B・レディも少しは気を抜いてください。折角の巡遊なんですから」と仕事を労う。

む? と表情を変えたB・レディは

「確かに私が居ると余計堅苦しいな」と意外に自虐ネタで苦笑したので

カイはこの数年でB・レディが自我に目覚めているという成長も嬉しく感じ取った。


「では我はカイの水分を購ってこよう」とすぐそこに見えるジュースを売っている屋台を指さしてすぐ戻るといった仕草で噴水から離れた。

カイが広場にある美しい噴水の滴る音からベルガ邸の庭にある噴水の可愛らしい音を思い出す。

「ベルガも今はお仕事中かな……」と息を吐き出すと少し離れた路地を歩く街の人々を眺めていた。


ふっと目に入ったのは今にも路地裏に曲がりそうな人影で

そのローブの色から

「あ、さっき白粉の取り合いになった人だ……あの人はちゃんと買えたのかな」

と遠目に眺めていた。


カイはそのローブ姿が視界から消えるのを見ながら線が細い男型が多いなぁ、と感心していた。

「あれじゃあ、ローブ姿でも女型みたい……」と口に出したところで何か引っかかり、確認したくなった。すぐ傍の屋台で買い物をするB・レディはまだかかりそうだ。

テナーが走っていった方向も帰ってくる様子はない。


それでもやはり気になってしまった自分に負けて、カイは噴水から腰を上げてその路地裏に近付き、通りを覗きこんだ。


路地裏には、様々な洋服を自分流に着こなす男型がたくさん溢れており香水の香りであふれている。

カイは少しためらってから中を進んだ。


 嗜好品として流通しているのか煙草のようなものをふかせている男型たちがローブ姿で歩くカイを何をするでもなくチラチラ会話の端で目に留める。

自分以外にローブ姿のものはいないのであからさまに外部の人間だと言ってるようでどんどんカイは焦った。

ふと、道を曲がろうとする先程の紫のローブ姿を捉えたのでもう思い切ってローブ繋がりですがろう! と思いっきり手を振ってその紫のローブの人物に向かって走り出した。

周りのものも「ああ、兄弟か何かなのだな」と言った風に視線を元に戻す。


カイはその空気に安心しきって気付いたら思いっきりその紫のローブに突っ込んでいた。


ビックリして顔をこちらに向けたその男型の顔がカイのことを捉えるや否や

カイはその圧倒的な「美形」に絶句した。


なんて美しい深い色の瞳なのだろうか、ベルガと並んだらどちらが霞むのだろう。

そして、紫のローブ姿の男型はカイの顔を見て……




「慌てて逃げ出した??」



B・レディが聞き返す。

あの後、紫のローブの人に怖いものでも見たかのように逃走されて

その場に残ったカイは複雑な気持ちを爆発させて噴水へと戻った。


ちょうどB・レディが辺りをキョロキョロしていたので

「ごめんなさい、ここです!」と走り寄ってテナーの帰りを待ち、今こうやって皆で噴水広場で食事を摂っている。

紙に巻かれたピザのような食べ物を口に運びながら、カイは先程出会った男型の話をしていた。


「宇宙戦士みたいに綺麗なお顔の人でした、すごく中世的、というかもう女性と間違えるお顔でしたよ?」と、発言しながらもカイは何か違和感を覚えていた。


――あれは女型ではなかっただろうか?


そんなことあるはずはないと思いつつももし、万が一女型だとしたら

それは宇宙戦士だ!! 宇宙戦士の卵かもしれない!!

と手に力が入った。


このことをB姉妹やクロノスに言うべきであろうか……

だが相手はカイの顔を見て逃げたのだ。もし隠れている女型だとしたら?

恐らくカイの顔を見てカイが女型であるとわかったのだろう、あの至近距離であれば

カイが気付いたように相手も気付いている可能性は高い。

いや、本当にあれは女型だったのか? 美しすぎる男型かもしれない。


カイはその後のB姉妹との買い物も上の空で、B姉妹は「?」と顔を見合わせた。


 翌日、早速祈りの女としてのお役目を果たすことになる。

この街の祭壇で形ばかりではあるが祈りの間と同じようにお祈りをするのである。これから周る他の村でも同じことをしていく行程だ。この時はもちろん身分は明かされきちんとした正装で美しい西洋の巫女のようなドレスを着る。


祭壇の前には数多の村人が集まり祈りの女を奉り同じように祈りをささげる。

カイは時が止まったかのような祈りの間で祈ることが普通のことになっているので

息をするのも忘れたかのように目を閉じ体勢を一度も崩すことなく数時間祈り続ける姿に

民は思わず涙するものも居た。


 クロノスはカイが瞑想している間忙しそうに民に指示を出して準備を整えている。

この日のうちに次の村に移動するのである、カイの限られたゴールデンウィークは短い。

その間に巡遊するのであれば当然の采配だ。


B姉妹は変わらず祈りの女から近い位置で護衛にあたっている。

その姿をチラリと見にやってきた紫のローブ姿の民が居た。


しばらくカイの後ろ姿を見ていたがローブを深くかぶって人混みに紛れた。


 紫のローブの影は昨日と同じ化粧品を売る屋台で

そこのおねえ系の真っ赤な唇のたくましい店主に声をかけた。


「いつもの白粉はあるか、昨日買いそびれた」と小さな声で話しかける。

「ああ~ああ、あんた昨日褐色の肌の小さい男の子に根負けして奪われてたもんねぇ♪

あんな白い色は滅多に入らないのよぉ~しばらくは入荷しないんじゃないかしら~ん?」

ふぅ、と息を吐いた紫のローブが少し頭を落とすとスイッと目の前に自分が今欲しい、と言った白粉が出てきた。


「昨日あんたと取り合いしてた小さい男の子がさっき来てさぁ~? 自分のご主人のたっての希望で使いさしで悪いけど必要なら使って欲しいと言っている~ってあたしに渡して来たのよぉ~返品かと思ってにらみつけちゃったわー♪」

ハッとした顔が中から少しのぞき

「あらやだ、あんた結構綺麗なお・か・お♪」と身を乗り出してきた店主を無視して、白粉だけ手に取り足早にその場を去った。



 祈りが終わって急いで次の村へと移動準備を開始するカイたちに街の代表が声をかけてきた。

重ね重ね今回のお礼とともに三十センチはある大きさの密封された植物を手にしている。

「イヴ様、大変麗しいお姿を拝見させていただきました、この花は我々の街でしか採れない花なのです、加工すると大きな資源となり我が街はここまで発展しました。花自体には強烈な毒があるためこうやって蓋をしておりますが、よろしかったらおそばに置いてやってください」

と、村長はその大きな瓶に入った花をカイに渡した。


「ありがとうございます!」

自分の力でこんなに喜んでもらえると思わなかったカイは感激して花を受け取り

事前にクロノスに教えられていたように「この村にご加護を」と口にすると、村長はそれはそれは畏まり、感極まって頭をあげることができなくなった。


 移動する馬車の中でカイはこそっとテナーに「そういえばあれ、店主さんにちゃんと渡せましたか?」と聞くと

思いっきり元気に「うんー!」と両手を挙げて返事が返ってきたので

何事かという顔をしたクロノスたちがこちらを見てカイは慌てて誤魔化した。

「そっか、よかった」


カイはなんとなくあの紫のローブの者が女型ではないだろうか、と思っていた。

女型であればあの白粉がないとやはり自分の時のように唇の色を消すのに困るだろう。

カイは走りだしている馬車から宇宙の星が流れているのをゆったりと腰かけて眺めていた。





「どうやら追われているね」

クロノスがふぅ~と困った風な仕草をしながら笑顔で言うので馬車でウトウトしていたカイは身を起こした。

すでに全ての巡遊先を周り終えて帰路についている段階でのこのクロノスの勘の良さである。


宇宙戦士であるB姉妹も気付かぬうちから気配を察して目配せする。

宇宙戦士二人が馬車から飛び出し馬車も一旦停止する。

カイはクロノスを見るとその顔を伺ったように

「うん、僕は人の視線には敏感なんだよ」と笑った。


だが、襲撃者は現れなかった。どこかに身を潜めたのか元から攻撃するつもりはなかったのかこの旅で緊張感が走ったのはこれきりだった。


 光合邸によって子細を報告するのはクロノスのお勤めで、カイは巡遊を終えてから真っ直ぐにベルガ邸に返された。

最近はこのようにベルガ邸で寝泊まりすることが増えている。

「ただいまです」とMQRに声をかけるといつもの陽気な笑顔が降ってきた。

「ベルガは?」


「ご主人様は本当にお仕事が立て込んでらっしゃるようでここ数日はお戻りになりませんのです」と自分の主人ならば大丈夫! とカイをまずはお風呂に入れた。


 カイがお風呂で疲れを癒している鼻歌を聴きながら、MQRは旅のお供をしたトランクから片付け始めカイが貰って来た密封された花を見て

「これはなんでしょう?」と首を傾げた。

花は毒々しいピンク色に咲き誇っている。

MQRは花をカイの部屋に飾り、他の荷物の片付けにかかった。




「クロノス、お疲れさまでした」

巡遊の詳細を聞き終わったタクミがクロノスに労いの言葉をかけここからはプライベート、と言った風に旅の土産話を聞いた。


 ベルガは結局カイが宇宙にいれる間には帰って来なかった。カイもゴールデンウィーク明けで大学に戻るため地球に帰り日常が戻った。

だが、どうにも最近視線を感じる。その事を同じゼミの友達に聞いてみたが

「男でも出来たん??」

「なになに?? ストーカーじゃないやんね?」

と年頃の年代に相応しい返しがかえってくるばかりである。


「気のせいなのかなぁ……?」

と言いつつもやはり誰かが見ている気がする。


カイは不安になり左手の小指を撫でた。

緊張したり不安になると小指を撫でるのがカイの癖になっている。


背中越しに穴が開くような視線を感じることがある、カイは地球に居てこんな視線を感じることを不思議に思っていた。


 両耳にピアスが開いて二ヶ月、カイは安定してきたピアスホールに安堵しながら

そう言えば宇宙の誰にもピアスのこと気付かれなかったな……とそんなことを思って梅雨を迎えそうな季節の空を見上げていた。









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