【第十三章 -偽物-】



 あれからもひたすらにカイへの“祈りの女”への精神的スパルタが続くことになったが

カイには心の支えがあった。


 あの日、ベルガと会えた時間で確信した気持ち、それから受け取った気持ち。

どちらかが先だったかなんてわからない。


いつの間にかカイはずっとベルガのことを想っていたしベルガも想ってくれていた。

それがハッキリと自分の気持ちとして晴れ晴れと心に残ったあの日以来、

カイは以前にも増して積極的に祈りの間へと通った。


すでにカイは祈りの間の住人となり、日のほとんどの時間をそこで過ごすようにもなっていた。

タクミはそのことに大層驚き三姫に口添えをしてくれ、地球への長期間の帰還が許された。


パーティーの後から、地球時間でゆうに3ヶ月は経っていた。


 最初の祈りの女だった自分の妹・クミでも見るように不安な顔を隠しながら

最近群を抜いて祈りに没頭するカイを慈しみの瞳で見下ろし、カイの横の髪をなぞった。

「カイ殿、髪が伸びましたね」そう言いながらカイの髪をくるくると伸ばす。

カイはちょっと恥ずかしそうに「似合ってないですか?」と

頭を押さえてうろたえた。


タクミはクスリと笑い

「いいえ、すごく大人っぽくなりました」と肩まで伸びようとしている髪を何度も撫でた。

そして{本当にこの著しく変化する時間を一緒に過ごしたいのは他の誰かなのでしょう}

とあれから一度も会えていないはずの彼女のパートナーを思った。


 ベルガとはあの舞踏会裏での密会以外に会えていなかったしタクミはそれ以上前から会えていないと思っている。


もちろんカイとベルガを引き離すのはタクミの真意ではなかった。しかし、三姫に“祈りの女”の覚醒を急ぐ様に差し向けたのはタクミであった。

誰よりも“祈りの女”不在の恐れを知っていたのはタクミだったのだ。祈りの間の鍵を預かっていたタクミが自分では代役になれないこともわかっていた。


 そこに地球からベルガの“イヴ”として宇宙へやって来たカイ。彼女が来てから宇宙は一気に加速した。タクミの中では夏目カイという人間は「ベルガのイヴ」ではなく

最早「祈りの女」として見えていた。


だから、だから。

“大地の母”であるタクミが三姫に上申しカイを“祈りの女”にしたのだ。


{この子はなにかの力を秘めている}そう思っていた彼女は

確かにめきめきと宇宙力を身につけ今では苦なく祈りの間に存在できるようになった。

自分は間違ってはいなかった、

ベルガ邸から多少手荒くも連れてきてよかった。


そう自分に言い聞かせたのは、ずっと胸に心苦しさがあったからだろうか。

ここ数カ月は地球に帰すこともせず、ひたすら祈りの間に閉じ込めるように宇宙にカイを幽閉した。だがカイは一切不満を言うことなく祈りの間で祈り続け

こうやって立派なレディになった。

こうなると今度は自分の手から手放すのが怖い。自分はなんて恐ろしい思想の持ち主か、

そう思いながらもカイの前では「良い指導者」を演じてしまう。


カイの伸びた髪から手を離し

「今度の地球滞在は宇宙時間と同じだけ冬に入るまでの地球での時間を一度に与えます。

自分の星での時間も大切にお過ごしなさいね」とニコリと微笑んだ。

自分で時間を奪っておいて言えるのはこんな台詞しかないのだ。


カイはとても穏やかに笑うようになった。祈りの女として申し分ない……まるでクミの様に笑うのね。そう思った時、タクミは一瞬凍りついた。

夏目カイという人格を変えるほどに縛っていたのだと、今更ながらに痛感し

思わず微笑んでいるカイを抱きとめた。


「タクミ様?」

「……いいえ、なんでもないのですよ、あなたの地球での無事を祈っております」

と肩越しに告げると

「地球は平和な惑星です」と可笑しそうに笑ったので

タクミは少しホッとした。

この子はクミではない。でも、もしかしたら前からカイはひどくクミに似ていたのかもしれない。口調や笑い方

それを鑑みると

{ベルガには酷な事をしましたね}と心の中で懺悔した。

誰に向けて言ったのかは分からないが

自然に「ごめんなさいね」とカイを抱きとめたままそう言えた。


ずっと言わなくていいし言えないと思っていた言葉。

カイはやはり微笑んで

「地球では秋に文化祭と言うお祭りがあるんです。タクミ様に何かお土産を買ってきます!」そう言うと深々と頭を下げて

奥にある、一気に惑星間を飛び越える部屋へと姿を消した。



 カイは数カ月ぶりに地球に降下することになる。以前から宇宙時間での自分の成長・時間のあり方がわからなかったが、肩まで伸びようとしている自分の髪を見て

自分の時間は止まっていないのだと知った。

これらの全ては光合邸で毎日計測、チェックされ今後のイヴの礎となるのであろう。


「地球に降りたらいきなり髪が伸びてるなんて変よね? どうしようかな」とひとり言をつぶやき部屋に入ると

中にはすでに今回の水先案内人役に抜擢されたであろうクロノスが待機していた。

「クロノス様!」


 普段は交替でほとんどの地球降下の役を宇宙戦士、中でも光の宇宙戦士が受け持つことが多かったので意外な人物にややビックリした。


「ははは、僕でビックリしてる」といつもと変わらずやんわり笑う。

クロノスは皇族であり、光合邸の住人でもある。

タクミとの懇意な間柄でもあるクロノスはタクミの複雑な心情や、それとは全く別に

いつもフランクに宇宙戦士と接する中間地点に居るものとしていつでもどこでもいたって公平な立場に立っていてその笑顔は揺るがない。


「ふふ」と、カイが参ったなぁ、というように笑ったので

クロノスが「そうだねぇ」と同意して返し笑いをした。


カイが笑った理由はクロノスにはすぐわかったのだ。いつもは宇宙戦士が請け負う地球への案内を敢えてクロノスが行うということは、この地球への長期帰還も宇宙戦士には秘匿事項なのだろう。

もし宇宙戦士を付き添わせてその宇宙戦士が情に流されて情報が漏れれば、最悪の場合

どういう形で返ってくるかわからない。もしかするとベルガが宇宙の理全てを破って地球に降りカイを隠してしまうかもしれない。

もしそうなった場合、いくらカイの全データを採っているとはいえモールの力を持っていたとしても “ベルガのイヴ”であるカイを百パーセント見つけ出せる! という確信もなく

地球においてカイを追えるのはベルガだけかもしれない。という仮説もあった。

下手すると魔の宇宙戦士トップを失うかもしれない

自分たちがしていることはそれほどに無体で非情なことなのだ、と認めた上での

揺るがない采配だった。


クロノスは決して宇宙を裏切らない。

「髪、伸びたね」

クロノスにも滅多に、ここ数カ月は会えなかったのだ。当然のようにそう言った。

「ね、どうしましょう?」とクスクス笑ったがクロノスも笑うだけで答えはなかった。


 以前のようにその特殊な部屋の文様の上に立ち

エレベーターに乗ってるような感覚で一気に地球へ下りた。

クロノスは男型だからなのかカイに触れようとはしなかった。

ベルガやここ最近の降下で、他の宇宙戦士と降りるときは必ずと言っていいほど

万が一落ちない様に必ず支えられていたものだが、皇族としてそういうことはしないのかな? ふと、降りている時間の間にそんなことを聞いてみた。


するとクロノスはちょっと意外そうな顔をして

「僕はフェミニストだから是非、丁重にエスコートしたいところなんだけれど

君はもう、誰かの“大切な人”だとわかったから」と爽やかに告げられて

クロノスが何をどこまで知っているのかわからないがカイはどう返していいかわからず赤面して黙った。


「平気平気! 僕は何も知らないよ」と可笑しそうに笑う自体で何も知らないとは思えないのだが、クロノスが理を破って宇宙を裏切るとは思えないし本当に何も知らないのかもしれない。

黙って下を向いたままでいると苦笑したクロノスが教えてくれた。

「カイちゃんさ? ここに来た時からずっと僕には一線引いてたの気付いてた?」

「?」


言われたことが分からず考え込んでいると

「多分、純情な子なんだろうなぁ、って初めて会った時からそう思ってたんだよ。君は男女同士が睦み合う星で生まれただろう? だから無意識に男型の前だと一歩引いたり身構えてたり、そんな気はなくても一線距離があったんだよ」

初めてそんな事を知った。


そう言われればオルバがベルガの屋敷に居た時は全身で身構えていた気がする。

「そういう相手だから」と思っていたが無意識に男性を全体的にブロックしていたのだ。

地球ではそういうのを「男慣れしてない」とか言うし、カイの年齢でいえば

当然の「思春期の反応」だった。


「それが」とちょっと可笑しそうに、でも嬉しそうに、そしてやや悲しそうに言った。


「それがどうだい? 今日久しぶりに会ったカイちゃんは一気に詰め寄って来てくれた。

誰かもっと大切な人との距離を縮めて他の人との間合いもわかったんじゃないかな?」

思わぬところからそんなピンポイントなんだか視野が広いんだか、でもツボをついた分析をされて真っ赤になった顔を両手で隠した。

苦し紛れで「……久しぶりに人に会ったから嬉しくて」と言ったが


「僕に会えてうれしい? 光栄です♪」と茶化されて無事に地球へ降下した。


「カイちゃんはわかってると思うから何も言わないよ♪」と、カイの帰省が宇宙では秘密事項なんだということを地球に降りてからではどうしようもないのをわかっていて

それだけ言うと

「では、次のお迎えは約束の期日に!」と爽やかすぎる笑顔で消えた。


 やはり学校の近くで下ろされたカイは久しぶりに着てきた制服の襟を正し、

日付は以前に地球を出た日曜の直後だったが、なんとなく学校の方へ行ってみた。


 すると学校は以前と変わらず秋晴れの中佇んでおり

少しジワリと涙腺に来た。


誰もおらず、当然校門も閉まっているのでそのままUターンして帰宅しようとしたが

目に入った理髪店のガラスに自分が映り髪が思いっきり伸びていることを再度思い出した!

「わっ! そうだった! どうしよう! いきなり週明けから髪が伸びてたらおかしいよね!」とアタフタしていると

ちょうど店から出てきた理髪店の女性が外のガラス窓に手作りの広告を貼った。

そこには


【来週末までのスペシャルサービス! 今だけ! トリートメント五百円!

ストレートパーマ三十%引き!! エクステ週末オンリー半額!!】


カイはそれを見て慌ててお財布を確認した。

そして意を決して前の美容院に入って行った。




 週明け月曜日。

学生にとっても辛い休み明けである。週明けと言うのは不思議なもので

女子生徒がいきなりイメチェンしてきたりするのが最も多いのも月曜日である。

特に春から秋にかけては長い髪をバッサリ切ってクラスで可愛いと一気に話題になる女の子や、夏休みの間にこっそり髪を染めたりパーマをかけてた子が

夏休み明けそのままの姿で登場して一躍注目を浴びたり。

なのでこの、体育会が終わり文化祭の準備に入るこの時期は比較的そういう子が少なくなり

完全にクラスの皆がクラス一、いや、学年一お堅いクラス委員長の変貌ぶりに度肝を抜かれた。


 前は綺麗に切り揃えられていた前髪も少し伸びて、それでもやはり綺麗に揃えられていて

伸びた部分は少し大人っぽく横に流してある。そして先週までショートボブだったクラス委員長が、いきなり艶々の肩下5センチほどのミディアムヘアーになって現れたのだ!


クラスでやっと出来た友達、そして普段、特に仲も良くない女子が一斉に群がって

「夏目さん! 超可愛い~!!!」と、とりまいた。

「でもでもどうしちゃったの??? エクステやんね? これ」と髪を触られたのでビクッと一瞬ひるみつつも下の方は本当にエクステンションなのでそのままにしておいた。


 本当は美容院で前と同じようにカットしてもらおうかと思っていたのだが、カイの成長は宇宙で観測され続けている。もし、髪を切ってしまって

「いらぬことをした」と困らせてはいけない、と思いとどまり

あの広告を見て思い切って伸びた地毛より少しだけ長い黒髪のエクステをつけた。


クラスメイトはショートからのミディアムヘアーだと思っているが

実はミディアムからのミディアムだったりする。


実質選んだエクステの長さは地毛より五センチそこそこのものだった。

それでも今までショートボブで冴えなかったカイの髪型は一気にクラスメイトには大人気に見えこっそりと男子生徒の間でも注目を浴びたりしていた。


「夏目って堅いけど、結構可愛いよな、小さいし」そういう秘密の男の会話が飛ぶ。


以前、地球降下の際に倒れ(エクレアの差し金だった)

介抱してくれたことからクラスで初めての友達になってくれた彼女からは心配そうに聞かれた。

「これ、校則違反やんね? 夏目さん」

カイは苦笑して頷いた。とりまいていたクラス女子は

「そんなのいいやん~」と応援してくれたが、カイは自分が校則を破る日が来ようとは、というちょっとした背徳感と

{ベルガが見たら何て言うかな?}という不思議な気持ちよさにかられた。


 クラスに入って来た担任はビックリしたような顔をしたが

「おー可愛いやん! でも次の風紀では自分で取り締まるんだぞぉ?」と「出来んのか~???」と言ってクラス中を笑わせた。


 元々、日本一校則の厳しい兵庫県だが比較的厳しく取り締まるカラーよりは

色の入っていないエクステ、それも不潔でない長さのものは

当日に即学校指定の美容院へ行かされる、というものでもなかった。


 授業ごとに入ってくる他の教師も一番前に座って号令をかけるカイの変貌ぶりに驚き、毎時間話題になっていた。

それでなくとも普段から一番前の席でただ一人背をまっすぐに伸ばし

凛と座り授業のノートを取る優等生・夏目は先生にとってはお気に入りだったので

特に叱られることなく事なきを得た。


次の風紀検査には引っ掛かるのでその前には外さないといけないが

その時には皆の目も誤魔化せるくらいには地毛も伸びたんだね~で行けるかな? と目論んでいた。実際にエクステは髪を伸ばすのを目くらまし的にサポートする役割もある。


 一番驚かれたのは妹のマイにだった。

「うぉお! やったやん!」


なにをどう、してやったりなのかはわからないが中々にお気に召したらしい。


母は母で最初はカイの顔を見て

「……髪伸びたのねぇ……」と真顔で言ったので慌ててエクステだと説明すると

「ふーん」といつも通りそんなに関心もなく「校則はいいのぉ?」とだけ心配していた。


父はいきなり大人っぽくなった娘に感動して写真を撮りだしている。

エクステについては何度説明してもあまり理解していなかったので父に関してはいきなり髪が伸びたことになっている。


 元々、清純系一直線だったカイが髪を伸ばしたことで一層清純に磨きがかかり

この年頃で言われる「色気づいて」などの感想はありがたいくらい出てこなかった。


中学生のマイからして言うに

「やっと高校生風になったな!」との感想である。

そうやって最初はドタバタした日常や高校生活も通常回転しだした。


 どんどん文化祭が近付いて行きカイは「このスケジュールで毎年何かを作り上げるって奇跡だわ」と買い物メモを目ざとく確認しながら生徒に指示している。

すると一人の男子生徒が木材を運び終えてカイのところへやって来た。


「夏目~次、どこ行ったらいい?」

カイは顔を上げて「あ、じゃあ準備室に……」と言って静止した。

あまりにも近くにその男子生徒の顔があって驚いた。

男子生徒はメモを覗きこんでおり「ん? 準備室な!」と笑顔で走って行った。

お洒落集団がわらわら寄って来て

「あいつぜぇぇったい夏目さんに気ぃあるよなぁ」と女子話で一斉に場に花が咲いたが

カイは地球に降りた時にクロノスから言われた言葉の意味を体感してしまい自分の変化が少し怖くなった。


前は誰か男の子が近付いてきたらもっと間隔を保ってたのに……!

クロノスはそれはいいことだ、という風に捉えて話してくれたがこれは警戒心の意味ではひどく危ないんではないか? そんなことを考えざるをえなかった。



 文化祭が近付いたある放課後。毎年、文化祭前だけは夜遅く帰ることが暗黙の了解となる。

その日もラストスパート目がけて男子は迷路作り

女子は占いの練習や暗幕、衣装作りなど日が暮れても賑やかだった。

以前はこういう輪に入れなかったカイも、自然と座り込んでジュースを飲む程度に溶け込んでいる。ふと女子の輪で恋バナになり

「夏目さんはどうなん???」となり

その場の雰囲気と流れでお洒落集団に相談したことがあった。


「わかる! 最初はめっちゃ異性を意識すんねんな!」

「そうそう~」

「あたし中学とかマジそれやった!」

「でも、そういうの慣れてきたら距離感とかわからんくなって平気になんねんよぉ」

「やんなー」

「でもやで! 夏目さん! これがなぁ~好きな相手にはこの法則は当てはまらへん!」

「めっちゃわかる!」

「いつまでもドキドキするし、警戒するねん」

一斉に女子一同が頷いた。カイの友達もウンウンと頷いている。


カイは思わぬことから糸口を見つけ、好きな相手にはやっぱりドキドキしなきゃいけないということと、警戒心は誰もが持っていてそして薄れるものだということも教わった。

それが特別危ないものではなく皆もそうだということ。


ただ、カイの場合はドキドキする相手が傍に、地球上にいない、という点で皆とは違っていた。

{実際に本当にドキドキするか確かめも出来ない}

「あの時は勢いだったしなぁ」と舞踏会裏での自分の大それた行動を思い出して未だに耳まで赤くなる顔を軽く叩いた。

「え?! あの時ってなに???」たまたま隣に座ってたお洒落集団のリーダーに聞かれてしまい

「ななななななんでもないっ!!!」と手をぶんぶん振るも

リーダーは

「もしかして要???」とズバリ! と人差し指を立てた。


きょとんとしてカイは

「カナメ……くん?」とオウム返しした。

先日至近距離に踏み込まれた男子だった。


「あれは絶対気ぃあるわぁー」と他の女子がジュースをじゅるじゅるしながら言うと

カイの友達も

「そうそう! 髪伸ばしてから夏目さんのこと狙ってるコ多いけど要くんは誰より積極的なんだよ! わかりやすい!」と激しく同意する姿を見て

ポカンとしているカイ。


カイには積極的にされた記憶もないし自分の視野には特にその要くんは入っていなかった。

なんせ時間さえあれば空を見て祈ってる様な事が多いカイの心は、いつも宇宙を追いかけていた。


そこで話は変わり

「ねぇねぇ! 一般公開日にあたしの彼が来るからさぁ」という恋バナにリスタートした。




「夏目!」声変わりは数年前に終わっている伸びの良い要の声が響いた。

廊下を歩いていたカイは振り向き止まって走り寄る要を待った。


「あの、さ」

「はい?」

「あ! 迷路の方は今日はもう作業切り上げるから、この分だと前日には組みあがるよ」

「よかったです」と、作業工程のメモを広げ後は衣装だけだなぁ、と目で確認した。

するとソワソワしてた要はゴクリと唾を飲んでから

「あのさ、一般公開の日さ、俺とまわらへん?」


しばしきょとん、としてたカイだが先程の話を思い出し少し複雑な顔になった。

それに慌てた要は

「あ! ごめん! 家族とか来るよな!」と言って「気にせんでいいから」と走って戻って行った。


一般公開日には妹のマイだけ来るとは聞いている。友達と高校の文化祭を廻っているらしい。カイの友達も当日は部活動の先輩と廻るらしく

自分は多分、自分の教室の見回りでもしているんだろうと普通に思っていた。

「そんな時間あるかな?」あんな話を聞いた割に論点はずれているカイだった。





 文化祭当日。

文化祭は一日目が学園内での催し物などがあり二日目に一般の保護者やお客さんを入れての模擬店などが出店された。


カイは当然の如く当日まで間に合わなかった衣装の針子を手伝ったり受付を休みなく受け持っていた。

友達が「夏目さん! 交代するから休憩行っておいで♪」と変わってくれたのを機に

一度自分たちの使われていない教室に下がり後の事を考えて早めのお弁当を食べていた。


「どうせ私はお昼休みには戻れないだろうし」と持参のお箸を取り出しておかずに手をつけた。

秋の始まりなのに、学校中夏のようにこもった熱気が巻き起こっておりカイも合い服の長袖をまくりあげて作業していたがこの教室は涼しい。


「よう? 休憩??」

入って来たのは要だった。


いきなり早弁しているところに入ってこられたので思いっきり咳き込んだ。

「ビックリした」と笑いながら咳をおさめる。

「夏目がここにいるってことは衣装間にあったんや?」

「はい」お箸でご飯を寄せながら一口食べる。

「……もし時間あるんだったら、さ」と要が言いかけた時、学校の校門の方が一斉にどよめいた。なんだか凄い悲鳴と歓声になりつつある。

「なに?」

「わからん! ちょっと見に行こうぜ」と要の思いついたような笑顔で手を掴まれ

慌ててお弁当を離して校門の方へ降りて行った。


「なになに? なんの騒ぎ?」

「わかんない、でもなんか芸能人? 来てるみたい」そんな会話が校内に飛び交っている。

芸能人なんか招待してないんだけど……


と、クラス委員で文化祭実行委員会にも出席しているカイは不審に思いながら

手を引かれ、どよめきの渦中の後ろまで来て

人の壁に阻まれた。


「何か見えます?」隣にいる自分の手を握ったままの要に聞いてみると

クラスでも背の高い方の要は「すっげ……」と言葉尻を飲み込んだ。


どよめきはグイグイとゆっくり校庭の方に流れてくる。要やカイも流されてそのまま校庭へと散らばった。その際に掴まれていた手が離れ

小さいカイは思いっきり流れに流されてお互い左右の波に飲まれた。


つまずきそうになりながらなんとか足場を確保して前を見ると、流石に広い校庭に流れてきただけあって黄色い悲鳴の正体が目に入った。



見慣れない背の高い細みの外人。

サングラスをしてズボンのポケットに手を突っ込んでいる。その人が金髪だとわかったのは

かぶってるパーカからさらさらの髪がうねって少しはねていたから。

パーカの下はチェックのシャツを出していて下はジーパンにスニーカーだ。

サングラスに金髪の背の高い男性。


これだけで女子生徒は一同に若手のハリウッド俳優か人気モデルだと思って

次々に群がっていたが、

その外人が

カイの方へ向かって歩き出し一同の前でカイの前で止まったので

一斉に静まり返った。



「……grain」


周りは聞き取れず、カイも聞き取れなかったがしっかりと涙がにじんできた。


「いつもより低い声なんだね」と涙を一粒こぼすと

細身の外人は

「J'ai poussé brusquement un grain!」と言うと

カイをヒョイと抱え上げてまた黄色い悲鳴が上がる中、そして要が複雑な顔で見守る中

思いっきり駈け出した。



 カイはその細い外人の胸に丸く収まりながら手をギュッと顔にあてて涙を抑えており

「ベルガ」と声を出すと


校内を走りながらサングラスを取ったベルガが

「大ビンゴ!」とニカッと笑った。


黄色い歓声はどんどん人のいない方向へ消えていき気付けば

文化祭の間立ち入り禁止の屋上に来ていた。


ベルガがよいしょっと、とカイを下ろすとカイはやはり顔を手でグシャグシャにしたまま

一度も顔を見ないので

ベルガがまた「J'ai poussé brusquement un grain」と言った。


顔を隠しながら

「それ何語なんですか?」と聞くと

「うーん、適当? フランス語」と楽しそうに言うので

「意味は?」と再び問い返すと

「お顔にお米粒がついてますよぉお? って言う意味」と言って

カイの顔を覆った手をゆっくり解いて行き真っ赤になってる目を見てから


「会いに来たから」


そう言っていつからついてたのか口元のご飯粒を指でさらった。


カイの目からは涙がとめどなく溢れて来て

うん、うん、と頷いた。


それからベルガが手を差し伸べるとカイはベルガの胸に飛び込んだ。


まるであの舞踏会裏での出来事をやり直しているような

そんなやり取りだったが、ベルガが屋上に座り込んで

自分を壁にするようにして泣いているカイを抱きとめ宥めている。


涙を拭き取りながら鼻をグスグスさせ

涙声で

「ベルガが男型になってます」と見たままを言った。


頭を撫でながら

「いい男だろう?」と自画自賛したベルガだったが

カイに「目立ち過ぎです」と釘を刺されるとグッサリと刺さった。

以前にカイとこの屋上にいた時はこういう風には座っていなかった。

ベルガはいつもの恰好でおやじ座りをしてカイの手前に座っていた。

楽しい時間だったけれどお互いがわかり合うための時間であり

ベルガがカイに初めて頭を下げたシーンでもあった。


そして舞踏会裏とも違った。

今と同じような構図だったがあの時はカイから会いに行った。

そうしてとても切ない時間だった。

お互いがわかり合えた時間だったけれど

その時間はひどく有限だった。


そして今、ベルガはいつもと形は違い

声はさらに低く性別すら変わっても

自分に会いに来た。


「もう教室に戻れません」涙顔を元に戻せなくてまだぐずっている自分を必死になって

隠しているカイは壊れそうに愛おしく

ベルガはカイの頭に自分の頭をコツンと埋めた。


「もう帰らなくてもいいんじゃないの?」そう意地悪を言いながら強く抱きしめると

いつもは赤面して動かなくなるカイも応えるように抱きしめ返した。


「髪伸びたんだな」と一房手にとって指先で弄んだ。

「駄目です、下の方は偽物だから」と言い

ベルガの手を取って耳の横に変わらずひんやりとしたベルガの手を持ってきた。

「ここは本物?」と聞くと

カイがようやくにっこり笑ったので抱きよせて耳の後ろにチュッとすると

いつも通り真っ赤になったカイが

「キス魔―――!!!」と可愛く叫んだ。




 教室では昼休みのついでに行ったホームルームにカイは帰っておらず

教師が「まぁ文化祭だからなあ」と委員長をねぎらって簡単な昼からの打ち合わせで解散となった。他にも部活などで教室に帰っていない生徒は割といたので

あのベルガの現れた現場を見ていない者は特に何も思わなかった。


 女子の間では結構な噂になっていたがあの場に居合わせたクラスメイトは要だけだったということもあって

「あれ誰だったんだろうねぇ!」という廊下からの他クラスの生徒の声で

要はハッとした。

「俺、かっこ悪~」と机に突っ伏して弁当をつついては溜息をついていた。



 文化祭は夕方には終わる。カイは慌ててベルガの手を取り階段を下りて行った。

ちゃんと人前に出る前にサングラスとパーカをしっかり被せて……も、

周りから羨望のまなざしで見られているのがわかるほど

「美しい」


 ベルガは普段は女型として申し分なく「美しいし、かっこいい」が

男型になると線の細い背の高い男性になる分、余計「美しさ」が際立った。


 カイは何も聞かなかったしベルガも何も言わなかったがこの時間は限りなく有限だ。

どうやってここまでやって来たのかも聞きたかったが

それよりなにより二人で時間を楽しく過ごしたかった。


普段は廊下も走らない委員長が「異常に美しい男性」を連れて走る様は

後で結構な話題になったがカイは「プライベートなお話なので」と一切語らなかった。



 カイがベルガを引っ張って来たのは自分のクラスの展示場「迷路と占いの館」だった。

「お? 真っ暗」宇宙で暗い場所には慣れてるんであろうがベルガは迷うことなく

カイの手を引いて歩いて行ったので「作りがいがないですね!」と立腹しつつ

そのひんやりとした手から脈打つ感覚を嬉しく思っていた。


迷路の先では幾つかの占いのボックスを設けておりベルガたちはコンピュータが相性を占ってくれるといういかにもな学生制作のボックスに入った。

しかしパソコンに生年月日や名前を入れる時点でベルガがそのほとんどを言えなかったりわからなかったりしたので占い役の相手を困らせて

仕方なく適当に見繕った数字を提出したら「も~! 委員長~」と音をあげられた。


二人でクスクス笑いながら結果をプリントアウトしてもらい

外に出ると、グラフには何も出ておらず

「プリンター故障してますよ!」とカイが中に声だけ掛けてその紙は折りたたんでしまいこんだ。


タイムリミットはチャイムと共にやって来た。


「一旦教室戻るんだろう?」ベルガが言い聞かせるように聞いたが

カイは俯いて「ベルガはどこに行くんですか?」と聞いた。


ここで別れたらまた当分会えない事がわかっていた。

必死にベルガの着てるパーカを掴んだ。

だが……時は来た。


ベルガは全部納得したように

「宇宙にいるから」とカイの頭をポンポンとテンポよく撫でて

カイが教室に入るまでその後ろ姿を見ていた。

カイは何度も振り返りまた目を真っ赤にしながら、最後には目を伏せて

教室に消えた。


ふと先程まで気付かなかったがお腹辺りについている大きなポケットに

何か入っている。

取り出すと先程の占いの館で何も印刷されなかった紙だった。


いつ書いたのだろうか、カイの字で小さく

「早くまた会いたい」と書いてあって胸が締め付けられた。

カイはベルガと居る時にこれを書いたのだ。


時間が限られている事を十分承知してもうじき別れるのがわかっていて

これを書いたのだ。


いつも、常に思っていてくれる言葉だったのかもしれない。

カイらしく規則正しく畳まれていた紙を大事にしまおうと折目に沿って紙を返すと


そこには日本語で


「お前の大切なものは偽物だ」

そう書かれていた。





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