【第十二章 -親指姫-】



 あの報せから三日。カイは皇族の命により光合邸への移住が決定した。


もちろんベルガは

「あたしの屋敷で暮らせと命じたのは光合邸だろ!」と談判もしてくれたのだが

請け負ったタクミが

「皇族の決議で先の“祈りの女”就任をもってカイ殿は正式な光合邸への居住権を得たのです、これは決定なのよ?」と宥めた。


「なんだよなんなんだよ、それは……」


 それらの詳しいやり取りをカイが知ることはなかったが、カイはカイなりに不安を感じていて部屋でずっと考え込んでいた。


 ファンシーが目印の自室でちょこんとソファに足まで乗せて座っているとコンッと小さいノックが聞こえた。部屋は開いていたのでノックをしたのがベルガだと振り向いただけでわかったが、それ以上にベルガがずぶ濡れで立っていることにビックリして傍にあった湯殿に入る時のバスローブを慌てて掴んで走り寄った。


カイがベルガの身体をバスローブで包むよりも早くベルガから伸ばされた手で手首を掴まれた。ベルガの手は冷たかった。いつもひんやりとしている指ももっともっと冷たく

カイは無意識のうちにベルガの身体を包むように腕を大きくベルガの背中にまわした。


「……お前も濡れるぞ」カイは苦笑しながら指でベルガの濡れた髪をさらう。

髪から現れた表情は思ってたよりも深刻そうな顔ではなく瞳は相変わらず美しい深いグリーンだった。


このベルガの屋敷が建っているバルーンの中の島では雨は降っていない。

「なんでこんなにびしょ濡れなんですか?」ベルガの髪から滴を落としながら聞くと

「……噴水で泳いできた」と返って来て思わず声を出して笑った。


「ドレス着れなくなっちゃったな」ぽつりとベルガがこぼした。

光合邸に住まうのならば専属の宇宙アンドロイドが衣装を用意するのであるのはわかりきっている。

それには答えず

「私のお部屋、残しておいてくださいね」と明るい声で言うと

ベルガはコクリと子どものように頷いた。垂れてくる滴のせいで泣いてるような顔にも見えたけれどベルガの目はいつも通り真っ直ぐしっかりとカイを見ていた。


 カイの光合邸への移住は完了するまでは秘匿とされ、カイが引っ越してしまってから宇宙戦士に一斉に知れ渡った。


「信じらんないわぁ!」

「信じられなーい!」


その報せをいち早く聞いてやって来たのはやはり魔の宇宙戦士のアメシャとビルだった。

「勝手にもほどがあるわよねぇ?」

「自分たちで住まわせてたのにねぇ?」とアメシャとビルが軽快に喋っている。


MQRも「カイ様のお部屋は毎日お掃除させて頂きますわ!」とエプロンで顔を覆い盛大に悲しんでいた。

ベルガは「もう決定事項なんだとよぉ~」と力が抜けた風にその様子を見ている。

「この引っ越しで誰が一番喜んでるか目に見えるわ!」とアメシャが言うと

ビルが「だぁれ?」と聞いた。



 移住した光合邸のカイへ用意された部屋がこれまたすごかった! ベルサイユ宮殿の中に住んでいる! まさにその感想に尽きた! カイはどこまでも続く部屋の広さとそれ故に何処まで行ってもここには一人なのだという孤独に身を置いた。


あまりの広さにここはもしや廊下なのではないか? と錯覚するところまで自室であり部屋には壊したら一生返済できなさそうな猫足のバスタブがあった。ベルガのお屋敷みたいに大きな浴場はないらしい。部屋の中なのに大きな柱が何本も建っている。

声を出してみたがどこまでも響いてむなしいことこの上ない。


いきなり「ここで生活できるか」が不安になって、調度品らしき椅子に恐る恐る軽く腰を落ち着ける程度にしか動けなかった。

すると盛大に何かが崩れる音がしたのでビクッと身体を強張らせる。


「カーーーイィイっちゃん♪♪」扉は壊さなかったものの来るまでに数本の柱を破壊してきたであろう声の主はいつもキラキラと黄色い光を放っている光合光であった。


いきなりの光の登場にブワッと涙腺が緩み

「光さーーん!!!」と寄って行くと光の盛大なハグに迎えられ

「ようこそ! 光合邸へ~♪」と満面の笑みで手を繋いだままぶんぶんと嬉しそうに振り回され、カイはやっと新しい同居人(?)について思い当たった。


「そっか、光さんは皇族だから光合邸に住んでるんですね!」よくよく考えれば知っていたことのはずなのにすっかり忘れていた。

「そうだよ~皇族も皆ここに住んでるし三姫や神子様だってここにいるんだよ? 寂しくなぁい♪」と頭をよしよし♪ と不安を払ってくれた。

そうか……ベルガ邸にいた時よりもここには人が大勢いるのだ。

と、振り返ったがどこまでも続く部屋にはやはり自分の痕跡しかなく「やっていけるだろうか……」とまた闇に落ちた時


カツーンカツーンと高いヒールの音が響き随分してから

外ハネの黒髪に釣り目がちな瞳

ブルーの思いっきりスカートの短い戦闘服

光と正反対の人物を作り上げたそのままのプラが入室していた。


 プラは光の双子の姉で短剣のスペシャリスト。

以前もオルバ追撃の際にベルガと共に戦闘要員として駆り出されており、カイは個人的に“許嫁”の噂を流された関係でもあったがこれまでほとんど会話をしたことがなかった。

風使いで非常に好戦的だということも聞いている

補足すると極度のシスコン。そして生まれ順を優先する宇宙において、妹の光の方が光の宇宙戦士のトップであることは宇宙の七不思議になっている。


「ようこそ、光合邸へ」

意外と普通に挨拶できるのだ? と思ったのもつかの間。真顔のまま、手を離さないでいた光をカイから引っぺがした。無言の重圧を感じつつ

「お世話になります」と多少笑顔が引きつる。


「何か要り用の際にはアンドロイドを呼べばいい。貴殿は“祈りの女”何も遠慮することはない」と冷たく言い放たれ「カイちゃんと遊ぶのぉーー」と叫ぶ光ごと引っ張って出て行ってしまった。


カイはまたもや一人になってしまいペタン、と地べたに座り込んで、ただ一つだけ持ってきたトランクをギュッと抱き締め大きな部屋で小さく小さくなった。


 光合邸では特に住まうものが同じテーブルで食事する習慣もなく、これはベルガ邸ではカイのためにそうなされていたせいかもしれないが、他にも一緒に住まう者同士、光合邸の中で行き交うこともほとんどなかったしカイも安易に部屋から出る事もなかった。

 宇宙アンドロイドは以前も幾度か顔を合わせているARIが就いてくれて

宇宙での身のこなしの指導役や他愛もない話し相手になってくれるが、常にいてくれるわけではなく専属の宇宙アンドロイドではなかった。


 カイが光合邸に住まうようになって自然と没頭したのは、同じ光合邸内にある祈りの間で祈ることだった。

何も考えずに済むし誰にも会わないでいいところだったので逆に寂しさが紛れた。


次第に祈りの間にいる時間が長くなっていく。

光はちょくちょく遊びに来てくれるがその度に真顔のプラが引き取りに来た。

祈りの間から出た後は大抵部屋にこもり、例の古物フェスティバルで手に入れた古い書きかけの小説らしきものの解読を宇宙語の辞書片手に奮闘した。

時間が余るほどあることを光合邸に住むようになって怖いほどに知った。

そんなカイを受け入れるかのように祈りの間でただ無心でいることが日々の助けになって行った。


一日の楽しみというものもなくただひたすらに時間は刻まれた。


ベルガとはもう数週間会っていない。「会いに来てはくれないのだろうか?」そうおこがましくも思った事があったがすぐにひどい自己嫌悪に陥り、自分からも外観を遮断して

小説の解読に専念した。


次第に、そしてごくごく自然に

カイの瞳からは光が消えた。





 その間もきちんと二日おき毎に地球へ帰り、文化祭の準備を進めた。

ここは地球へ下りれる部屋がある光合邸だったので、ベルガでなくとも宇宙間跳躍が出来る宇宙戦士なら誰でもカイを地球へ運べたし、宇宙戦士が交代で迎えにも来てくれた。

家に帰ると妹のマイや父と母の優しさに触れつい泣いてしまうこともあったが、こういう時間も残されていたことで宇宙では平常心でいれた。

ああ、宇宙とは広いのだなぁ

そう実感した。


ベルガの屋敷にいた頃は本当に小さなコミュニティに、そして大きな優しさで守られていた。この状況から自分を守るために、カイはやはりひたすらに祈りの女で居続ける事を優先した。

毎日朝早くから祈りの間に入り寝る直前まで出てこない日々もあった。


ここでささやかな楽しみが出来た。というのも解読を続けていた小説らしい本が

誰かの日記だということが文からなんとなくわかってきたのだ。

誰に見せるわけでもなかっただろう日記。それを見てしまうという心苦しさと共に

永遠に会うことはない違う惑星の人物が書いた日記。そこには別の世界が広がっていた。

それに触れるたび、カイの心もゆっくりと解凍されていった。


その文章からは強く印象付けられる点がいくつかあった。日記の主はあまり文章を書く能力に長けていないこと。主観ばかり書かれている。日記なので当然だろうが稚拙な感じを受けたのも事実だ。

そして日記の主はすごく夢見がちな若い女性だったこと。いつも同じ夢を見るらしく日に日にその思いは強くなっていく。不思議と登場人物皆に名前らしきものがない。

作者の名前もわからない。

ただ、解読に没頭すると楽しくて次の日には祈りの間での祈りもスムーズにいった。


いつの間にか無心で居ること以上に「祈り」を注ぐ時間へとシフトして行った。

そうやって日々を繰り返していると例のダンスパーティの日がやって来た。



 宇宙アンドロイドのARIが年相応の淡いピンクのドレスを用意してくれ

着つけの準備の少しの間、ドレスと自分だけになった。

日記に書かれている主人公を思い描く。きっと心優しい彼女なら、差し出されたドレスを着るのだろう。

でも

でも

自分は……、



己のためにそわそわして、ウキウキと楽しそうにドレスを選んでくれた人を悲しませたくない! そう思って立ち上がりただ唯一、ベルガ邸から光合邸へ来るときに持ってきた大きなトランクを出してきた。


 中には自分がいつもつけている日記、これももう2冊になっている。そしてフワッと取り出されたのは、あの日のイエローのドレスだった。


パールは持ってこれなかったので持ってこれたのはドレスと靴だけだったが

その二つを掴んで、部屋を抜け出した。

何処までも続く回廊。何処をどう曲がれば、もしくはどこの部屋に入ればどこへ辿り着くのかもわからないしここへ来て知ろうともしなかった。


息を弾ませて必死に追いかけて来る人影がないか後ろを何度も振り返る。

後ろに気をとられていたせいで急に開け放たれたドアからプラが出てきた時

止まれず、体当たりしてしまい思い切り後ろに転んだが、ドレスは離さなかった。


プラが無言で見ている。

裸足で、しかも着替える前準備で飛びだしたのでコルセットのような軽いチューブトップの上に白いスリップしか身につけていない。

明らかにおかしく見えただろう。

それでも散らばった靴を回収し会釈して走り去ろうとすると「待て」と静止されてギュッと目をつむった。

すると、今開いたばかりの部屋に連れ込まれた。


 どうやらプラの部屋らしい。カイの部屋と同じように無機質で広く調度品で溢れていた。

プラはカイをベッドの上に座らせると上からバスローブを被せた。

どこかに連絡をしているのでこのまま部屋に連行されるのだろうと思っていたら

思わぬ顔が現れた。



「カイちゃん!」

「光さん?!」


こっそりのつもりだったのだろう。扉を壊さないで入って来たのは光だった。

プラの方を向くと

「それを着たいんだろう?」と意外にも笑顔で問われ思い切り強く頷いた。

すると光が「プラ! グッジョブだよぉお!」と抱きついたのでプラがメロメロになっていた。


「大丈夫だよ♪ ARIにはわたしから言っておくから♪ ただしそれ相応の準備が出来る誰かを呼ばないとね! うーんうーん……」と、ちょっと考えて

光が出した答えとは。


「光の宇宙戦士! 全員集合~♪」というとんでもない号令であった。



 先に光合邸に着いたのはイザベルだった。

涙目で「カイさん~」と既に素敵な深紅のドレスを纏いバスローブ姿で座ってる少し痩せたカイを抱きこんだ。

「ベルガのお屋敷に行ったんですよ! でもわたしが聞いた時にはすでに光合邸に召集された後でベルガが何度も謁見を申し込んだのに会わせてもらえなくて……!」


カイは思いもよらぬことを聞き耳から感覚が蘇るように覚醒した。

今イザベルが言った事が信じられないという風に周りを見渡すと、光がもう目をウルウルにして頷きプラも光の頭を撫でながら「事実だ」と端的に言った。

「理由はわからないでもないが貴殿の召集はほとんど幽閉のようなものだった。恐らく早く祈りの女として職務を果たせるよう三姫辺りがそうしろと命じたのだろうが……」

と内側に居つつも力になれなかったことを少し悔やまれた体で話してくれた。


光が「ベルガ、何度もここに来たんだよっでも仕事以外では立ち寄らせてもらえないくらい厳重に部屋の管理もされてて」と涙声で言うとカイの手を握り

「教えてあげられなくてごめんねぇ」とグシグシと本格的に泣きだしたのでプラがハンカチでせっせと涙を拭き取る作業に入っている。


カイはここ数週間の生活が「本当に強いられていた」ものだと知ってぼんやりしていた。目の前が希望ある「本当」に救い出され乾いた唇で声になるかならないかで

「よかった……」と泣きそうな笑顔で微笑んだ。


イザベルがその表情を見てもらい泣きをし皆で湿っぽい空気になった時

「さぁ、コロンが来たら始めるぞ!」とプラが空気を一喝した。


 イザベルはメイク道具をひとしきり持ってきていた。宇宙戦士の中で一番乙女チックなイザベルは多種多様なお化粧品を持っていたし

お色気系担当のアメシャよりもカイに施しやすいお化粧品はやはりイザベルが適任であった。

そして最後にやって来たコロンはスマートなオーロラのドレスに身を包みいつも通り完璧なお化粧で現れ、ルージュにはお決まりのブルーを選んでいた。

「化粧は得意だ」そう言うと黙々とカイの化粧を始めた。


「コロン~! コロンみたいに奇抜なメイクにしたらダメなんだからねぇ!」と注意深く光が目を光らせている。

コロンは地球で言うところのビジュアル系なので「お姫様メイクーーー!」と光が注文をつけている。

そんな光をプラが呼び寄せ「私たちもそろそろ着替えに行くぞ、光」と二人で慌てて場を去った。


コロンがカイにメイクを施しヘアメイクに移る頃

「あの、サイドアップにしてパールで留めれますか?」と聞いてみると

「パール、パール」とイザベルがヘアメイク道具を漁りながら「あ!」と声を大きくした。

イザベルが取りだしたパールは真珠部分がいくつか外れてしまっており

「わたし、あまり使わないので十分な手入れが出来なかったんですわ」と残念そうに謝るので

カイは「いいんです!」と恐縮し、諦めていた。


結局髪型はサイドアップでドレスと同じ黄色い宝石をあしらったバレッタで留めた。


プラが部屋に入って来た時小さな小さなプリンセスが誕生していた。



先程までやつれて乱れていた髪や顔色もメイクで艶々とした少女に戻っており

なにより誰かが選んだのであろうそのドレスがカイの身を引き立てていた。

小さな小さな攫われたプリンセス。


カイは最後に人生で履いた事もないヒールの高い靴をはき少しよろめいて立ちあがると

これまでお披露目の場で背伸びした衣装やメイクで時たま見せる大人っぽさを掘り出したカイではなく等身大の「可愛らしい」お姫様だった。

背の小さいカイが本来そのロングドレスを着たら見映えしなかっただろう。

イザベルが「そのドレスの裾を切った人は天才ね♪」暗にそう誰かを褒めるように言うと

プラも納得して首肯した。



 ベルガは会場に着くと大舞踏会への案内が並ぶ道を素通りして奥の方へとカイの部屋を探して歩いた。この日は大舞踏会への警備が集中していたので、普段取り付く島もなかった奥の回廊へ侵入できたのだ。ベルガは元来男型との両性と言うこともありこういう場でも滅多にドレスは着ない。


この日は全身白い軍服で揃えてブーツや飾りの勲章はMQRが選んだと思われる

高そうな一流品で飾っていたが、やはり自分の事に興味はないのか髪はいつもと変わらずさらさらの少しウェーブがかかった金糸のような髪をそのまま遠慮なく振り乱していた。

片腕に見事な半面の仮面を邪魔そうに持っているのでそれで装飾は誤魔化そうと考えているようだった。


 しかしどこにどう走ろうとも部屋からは物音一つしない。

光合邸では瞬間移動の跳躍はご法度なので苛立ちがピンヒールの音に現れる。

向かいからイザベルとコロンがやって来た。


「おう、お前らなんでこんなとこから……」神殿の奥を宇宙戦士が歩いてる時点でちょっと考えれば何かあるのかな? と思うのが常だ。

イザベルが返答に困っているとコロンがさらりと

「プラの部屋で光の宇宙戦士の会議があった」と言ったので

ベルガも特に気に留めず「そうか」と気落ちした表情を見せた。


すでに傍でウルウルしているイザベルを隠すようにコロンがベルガを引っ張り

「舞踏会始まるよ」と道を戻って行ったのでベルガも仕方なく引き返すこととなった。



「タクミ様っ!」呼びとめたのは光とプラで皇族のよしみで宇宙戦士の中でも比較的フランクな会話になる「身内」なのだ。


「今夜のパーティーなのですが」とプラが話を始め

「これにしましょう♪」と光があるものを出して提案した。



 舞踏会会場入り口では急に今夜のパーティーは仮面舞踏会になった! と警備の者の隣で宇宙アンドロイドたちが忙しそうに入場する歴々に仮面を手渡している。


マーメイドドレスを胸元を強調したいざぎよい着こなしで現れたアメシャが

「ちょーっと、そういうことは言っておいてくれないとぉ!」とドレスとの相性があるのよぉ! とアンドロイドに文句を垂れている横で

ビルが一面宝石のスパンコールをあしらったドレスで現れ場を圧倒していた。


「ちょっとあんたも~、もうちょっと地味にできないのぉ??」と隣にいつも立っているビルが派手すぎる事に注意の矛先を変えつつ

「まぁ、宇宙であんたほど宝石マニアもいないものねぇ」と諦め口調で言った。


ビルは宝石に目がなく、任務の際も勝手に宝石収集をする、と皆から怒られている。

宇宙では「ビルに手に入らない宝石はない」と言わしめるほどの宝石ハンターなのだ。

そこにイザベル・コロン・ベルガも入場しお互いのドレスの見分と言う女型特有の話になったのでベルガだけ抜けて会場の上部の幹部席を見上げた。



 楕円のホールになっていて

正面に三姫

左に大地の母・タクミの席が

後部には現れるかわからない神子の席が一応形として設けられており

唯一ベルガが真っ先に見上げたのは右上部、祈りの女の席であった。


黒髪の、座っていてもわかる小さな少女がピンクのドレスに身を包み静かに座っていた。


ベルガはこの距離では声が届かないことをわかっていてもつい叫びそうになる口元を閉じ

ずっと目で“祈りの女”を見つめ続けた。


会場には多くの皇族、そして宇宙戦士や名だたる惑星の招待者

そして警備に囲まれ、パーティーは幕を開けた。


ベルガは踊らない

動かない


皆が踊る中誰とぶつかってもその“祈りの女”が見える場所を明け渡さなかった。

そのベルガを横から見つめる小さな花。


花はゆっくりベルガに歩み寄りその見事な花びらを仮面で隠して微笑んだ。


ベルガは最初はいつもと高さが違うのですぐに気付かなかった。

いきなり目の前に止まった小さな人に目を合わせるつもりもなかったのに

何も言わずただ前に立っているその小さな花に

目を奪われた。


花は仮面で顔を隠したまま何も言わない


ただ可愛いグロスで艶めくピンクの口元は仮面が笑顔なのに

泣かない様に精一杯に結ばれていて、ベルガは咄嗟に花の腕をとった。


艶やかで、でも主張しすぎないイエローのドレスは自分が選んだものだった。

裾は足元が見えるようにその花にピッタリに切られており足元は可愛らしく蝶々結びにされたリボンがくるぶしを巻いている。髪はサイドに左右共に上げてあり

左の小指には


小指には金色の細い指輪をしていた。



ちょうどダンスの合間と言った風に通りかかったビルが

「あら、可愛らしいお嬢さん♪ でもきっとこっちの方が素敵よ!」と両サイドの髪飾りを連なったパールの髪留めにして、イエローの石は外して持って行った。


あちらの方ではアメシャがビルに

「あんたこんな場所で宝石泥棒みたいなことするんじゃないわよぉおお!」

と騒いでいたがビルはせっせと気に入った宝石を収集しに行っていた。

ベルガが自分の監督下の宇宙戦士の奇行にしばし呆気にとられていると

前の少女が笑いを堪えかねて小刻みに肩を震わせた。


ベルガはゆっくりと少女が手にしている仮面をこちらへ引き寄せ

その花を覗きこむと、小さな小さな姫がそこにいた。


カイは涙をたっぷりと溜め込んで

これ以上ない笑顔でベルガだけを見ていた。


「あそこの“祈りの女”は……そうか、カルメイラか」と、自分でもびっくりするほど

第一声が普通に飛びだしてきた。だが声色は泣きそうなほど優しい。


カイは声も出さずニッコリまた涙をこぼすまいとそれでも最高の笑顔を見せた。


しゃべってしまうと、声に出してベルガの名を呼んでしまうと

もうグチャグチャになるまで泣いてしまう自信があった。


ベルガの前では綺麗で居たい。

折角皆が協力してくれたんだから

お化粧を崩したりしたくない。

本当は会場中にばれてもいいから「ベルガ」と叫んで泣き崩れたい。

でも、それらを我慢できるほどに

――会いたかった。


少しでも長くベルガの傍に居たい。ばれてしまったら

すぐに部屋に連れ戻されるかもしれない。


だから口を真一文字に閉めて眼だけで「ベルガ」と呼び続けた。

そんな喋らないカイをベルガが伺いだした時、

後ろから「あら! 失礼!」とどこぞの男爵と踊る光が思いっきりぶつかった。

その怪力たるや一気に端の方へ二人は追いやられた。光はウインクをしてまた踊って去って行った。すると次々にコロン・イザベル最後には滅多にダンスでは誰とも踊らないプラまで

相手のダンスパートナーを巻き込んでぶつかってきて遂に一番端の扉前まで来ていた。


何故かここには警備がいない。後ろ手で鍵を確認するとロックがかかっていなかった。


気のせいでなければ

このノブに手をかけた時一瞬ノイズ音がテレパシーで伝わって来た。

「モール……なのか?」そう確信する前に盛大な拍手が鳴り皆の注意が集まった瞬間

カイを抱えて

隣の部屋に飛び込んだ。





 中は小さな休憩所のようで電気はついていない。貴賓室用のソファが無造作に置かれている。

カイはベルガが乱暴に引っ張ったせいで元から歩き慣れていないヒールでこけて

そのままベルガに支えられるように二人で床に座り込んでいた。


カイはベルガの服に顔を埋めたまま顔を上げない。

「おい、カイ? もうここなら平気だ。どこか打ったか?」

顔を上げさそうにも物凄い拒みようでカイの先程までの笑顔まで見れなくなってしまった。


「カイ……?」

聞くと顔をブルンブルン横に振ってやはり顔を下に向けたままうずくまっている。


「おい、カイ!」と強く引っ張り上げると涙で顔中が洪水状態になっているカイが

息もつかず


「会い……た かった」と


言葉にならないほどの声で小さく叫んだ!


一瞬何も考えられないほどベルガの胸が締め付けられ

カイが顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっていると、ベルガの手が耳まで伸びてきて


唇がカイのピンクの唇を強引に塞いだ。



十数秒。

二人の影が重なって、再び二つに分かれる時

別れ難いように強くベルガがカイを抱きかかえカイもベルガにやはり泣きながら抱き締められていた。


「地球ではこうするんだろう? 好きな相手には」それを聞いて

カイはもっと泣きだした。


ベルガは自分が壁になりいつまでもカイの頭を抱えて、泣きすぎて嗚咽が出ているカイの背中をたださすっていた。


 舞踏会が終盤になりちらほらと帰る客足が聞こえると、カイは涙を必死に拭きとり

ベルガの胸の中からゆっくり立ち上がり

こちらを向くと


今度はカイから

震わせた唇を重ねた。


そのままそっと離れるカイの手をベルガが掴むと

ようやく喋れるようになったカイが目を真っ赤にして笑顔で振り向いた。


それから小さな声で「大好き」と言って

腫らした目を隠すように扉の向こうへ走って行った。



 ベルガはしばらく脳がしびれて動けなかった。唇に手をあてる。

二度目の唇を交わしてきたのはカイだった。地球の人間は好きな相手と唇と唇とを重ねると聞いて実は恋愛ドラマを勉強するためにこっそり地球に降りていた。

ドラマを見ているとどうも好きな相手と唇を合わせられる場合と

一方的な想いで唇を奪われる、そんな場合もあるのだと知って

さっき自分が無自覚にしたことは完全に一方的な想いをぶつけるためにしたものだったはずだ。


それが今度はカイからも返って来た。

唇は震えていた。

カイも初めてだったんだろう。そして自分のことを「大好き」と言った。


あんなに人の笑顔が切ないと初めて思った。離れたくないと思った。

これまで、自分だけの感情だと思ってた想いは繋がったのかもしれない。

そう思うと今度は思いっきり恥ずかしくなってでも嬉しくてうれしくて

どうしようもなくて閉館のベルが鳴るまで足に顔をうずめて真っ赤になった顔を隠していた。



 すごぉく遠慮がちにその扉にノックが鳴る。

顔を覗かせたのはイザベルだった。


「ベルガ、閉館だけど出れる?」察したように声だけ掛けるとすぐに扉を閉めた。


なにやら扉の向こう側では祝賀会のような飲み会になっているようで

光の宇宙戦士だけが残って

「見たか! これが光の宇宙戦士の結束力だぁッぁあ♪」と酔っ払った光が

今日の光の宇宙戦士の働きに満足してガブガブお酒を入れている。


それを介抱しつつもプラが

「それにしてもビルの天然の働きっぷりは功労賞ものだ」とボソリと言うと

光の宇宙戦士、皆が見ていたのであろう。

堪えかねたコロンがブフッと笑いをこぼすと弾かれたように

光・プラ・イザベルにコロン全員が爆笑した。


光の宇宙戦士と補助宇宙戦士だけでなんとかするはずの作戦が、はからずも魔の宇宙戦士のビルの宝石泥棒まがいのナイスアシストにより見事完遂されたのであった。


「光の宇宙戦士は天使って歌あるよね♪ まさに恋のキューピット♪」

と嬉しそうに光がお酒を掲げるとそれに倣って他の宇宙戦士もグラスを上げて乾杯した。


閉館となった会場は光の宇宙戦士の打ち上げ会場で幕を閉じた。



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