第37話
生命の息吹すら感じられないような殺風景な木々の巣窟を抜けると、景色が一変した。
と、同時に足を踏みしめる感触が固くなり、そこに小石程度のものが転がっているんだと分かる。
そこまで行ったところで、流れる音の正体が鮮明に優しい音楽として、耳を癒した。
「こんなところに河があるよ」
空に浮かぶ宵の光に濡れて、銀色に化粧される水面の波。幻想的な輝きを前にして――詳しく判別は出来ないけど――きっと濁りの無い、綺麗な河なんだと確信した。
「あら。ほんとね。――ちょっとまってて!」
緋真さんは魔法を発動する。例の紅い炎の魔法だ。
指先をろうそく代わりに明るい温かみのある炎が生まれる。
影が伸び。瞬く間に光源が広がって、周囲の視界が確保される。
出張できる照明器具。停電が起きた際とかでも緋真さんがいてくれたら、怖い物なしな気がする。
「水がきれいです。魚がいるかもしれませんね」
「え、いるかなあ。魚」
じーっと水面を見つめてみる。魚影とか水しぶきでそれっぽい反応があるかもしれない。
「いたら食料にできるね」
「もし見つかったとしても、釣竿がないと釣れませんよね」
「……鷲掴み? しかないよね……。
――どうしよう、私手で触るのはちょっと苦手なんだけど……」
触れないことはないけど、あの鱗を触った時の感触が気持ち悪くてすぐに手を離してしまいそう。それに手が鱗だらけになったこともあって、ちょっとしたトラウマもあったりする。
「私は触れないことはないですけど、鷲掴みをする勇気がないです」
「じゃあさ、手で弾くように魚を救い上げるっていうのはどうかな? ――こう、サッと!」
「イメージは熊なんですか?! ……多分、人間では無理だと思いますよ」
ショベルカーのアームのように、機械的にこなせるな熊の真似事なら何とか! って考えてみたけど、無理そうだと諦めた。自分で言っておいて、茜ちゃんのリアクションには納得してしまった。
それはそれとして、仮にいたとしたらどうするべきか。
うーんと唸る。こうサバイバル生活が続いていると、意地でも見つけたら、なんとか捕まえておきたい。
けれど、鷲掴みや熊の真似事が出来そうな人なんてそう簡単に見つかるわけが――って、いたかもしれない……!
確証はないけど、なんとなく緋真さんなら出来そうだと思った。
「周りには人もいなさそうだから、ここならいいかもしれないわね」
「魚でも鷲掴んでくれるの?」
「……? 魚? いや、そんなことはしないわよ。――それよりもいたの?」
「さあ。なんかそんな感じがしたから、もしや! っておもっただけだけど……」
「そう。それじゃあ、見つけたら言ってね。お姉ちゃんが捕まえてあげるから」
やってくれるんだ……。まあ、緋真さんならそれぐらいのことなら簡単にできそうだし。よし、ここはいっちょ積極的に探してみようか。
「緋真さんはさっき「人もいなさそう」って言ってましたけど、ここで何かするのですか?」
そういえば、魚目当てじゃないなら何だろう?
緋真さんはしばらく考えたあと、悪巧みのようで嬉しそうな表情で答えた。
「彩葉ちゃん。茜ちゃん。お風呂、入りたくないかしら?」
「お風呂!? ぜひ!」
「私も入りたいです。――ですが、この辺りに銭湯なんてありませんよ。どうするのですか?」
枯れた森林を抜けたとはいえ、河原に銭湯なんて当然見当たらない。
それぐらいは分かるはずなのに。一体どこで入るつもりなんだろう。
――そんな時、なぜだか川が目に入ってしまった。
実は
前向きな考えは程ほどにしておくとして、近場にお湯が出る場所もないのにどこで入る気なのか。
そもそも他にあるわけがないし……。
いや、でも……まさかね。そんなわけがない、よね。……ないはず。だと思うけど、聞かずにはいられない。
「……もしかして……ここ……?」
「そうよ。それほど深くもないし、肩ぐらいまでならいけると思うわ」
やはりというか、なんというか。悪い予感は的中するという法則が成り立ってしまった。
由々しき事態だ。ついさっき、お風呂と聞いてはしゃいでしまって悪いけど、なんとしてもこれは阻止しないと。
「お風呂って――。
……まさかの水風呂ーっ!? 無理無理! ひいたことないけど風邪ひくよ!?」
「そんなことするわけないじゃない。もちろんお湯に入るに決まってるでしょ!」
「ですが、川ですよっ! お湯なんてどこにもありませんよ」
必死で茜ちゃんも抗議する。よし、いい流れ。いくらなんでも水風呂という発想は無理。
「なければ作ればいいのよ。――私の魔法でね」
あ、なるほどね。その手があったか! 緋真さんは炎が出せるんだから水さえあれば沸騰させることも出来るんだ。
きっと私たちの慌てふためく姿は楽しいものだったんだろう。
「分かった! ドラム缶風呂だね。それなら先に言ってくれればよかったのに」
そうと決まればやることは一つ。ドラム缶を探すだけ。
「あるのでしょうか……ドラム缶」
茜ちゃんも一応は納得してくれているみたいで、探すのを手伝ってくれるようだ。
「違うわよ。この川に作るのよ」
「――えっ!? ここ……ですか? どうやって作るのですか?」
「まずは、岩で囲いを作って。
――三人分が入れるぐらいでいいわよ」
「それって、あのなかに入って作らないといけないんだよね」
静かに波打つ水面が光を反射している。夏に見かけたら、涼しく映るんだろうけど。
「寒いかもしれないけど、我慢してね。お姉ちゃんはたき火とお湯の準備をしているから」
言うだけ言うと、緋真さんは枝を集め始めた。
私と茜ちゃんは靴と靴下を脱ぐと寒風が素足を撫でた。
冬真っ只中の川。考えたくもない水温の低さ。這寄って来る冷たさへの抵抗。
大丈夫。大丈夫。人間気合を入れたら何とかなるもんだ、と自分に言い聞かせて、おそるおそる川に足を入れてみる。
「―――っ! 冷たいです」
「だ、大丈夫! そのうち慣れるよ。我慢我慢」
「仕方、ないですね。早く、終わらせて、温かい、お風呂を、用意、してもらいましょう」
歯がかみ合っていないのか、途切れ途切れに震えた声を出している。
茜ちゃんは涙目になりながら、すり足で歩き出して手ごろなサイズの岩を積み上げていく。
「こっちの方は、私が積んでいきますので、彩葉ちゃんはそっちのほうからお願いします」
「オッケー。ちゃちゃっと終わらせて出よう」
茜ちゃんが左端から順に積み上げていき、私は右端からすることになった。
最終的には川辺を軸にして、半円形に繋げて完成だ。
入った瞬間は足裏に石の痛みがあったけど、しばらくすれば感覚が麻痺してきて痛みすら感じなくなってきた。
これはチャンス! このおかしな感覚を活かす時だ!
ついでに手も浸けた状態にしておく。なぜなら、出したら風に当たって冷たく感じるからだ。
人体の構造を活かした発想だ。もしかしてすごく頭いいんじゃない? 私。
などと自画自賛をしていたら、やがて半円の中心で茜ちゃんと鉢合わせる。つまり――完成。
「終わったー!」
右と左を見比べると、明らかに茜ちゃんが手掛けた方が綺麗に積まれていた。
パズルのように形と形を合わせて、丁寧に積まれた石壁はもはや芸術といっても差支えないぐらいの完成度。というか、よくそんなバランスのいい石を見つけたねと感心するほど。
それに対して私の方はところどころに隙間ができていて、攻め込まれたら一瞬で瓦解してしまいそうだった。
作業中は結構出来てるんじゃない? と手ごたえがあったのに、こうしてみると勘違いだったようだ。
「なんか歪だね……」
「ですね」
「だけど、一応形にはなっているし、大丈夫だよね」
「囲いは上手く出来てますし、大丈夫だと思いますよ」
あまり深くは考えない方がいいよね。茜ちゃんもこう言ってくれていることだし。うん。バッチリ。そういうことにしておこう。
「よしっ。それじゃ、出ますか」
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