第27話
同日 アンチマジック三十区支部
相も変わらず、照明の一つも付いていない部屋。
複数の液晶のモニターから漏れ出される唯一の光源を浴びながら、
「――ということになっちゃったんだけど、どうだったの?」
内心ドキドキしながら、
「そんなに近づくんじゃない。話しづらいだろっ!」
至近距離にいる月の頭を手で抑えつけて、引き離そうとする鎗真。
「早く教えてよ! やっぱり無関係の人だった? それとも――」
「心配しなくとも。鑑識に回した結果、付着した血には魔力がこもっていた。魔法使いだよ」
「……そっかあ」
一瞬の間が開くもののすぐに応える月。
市民の味方であるアンチマジックが一般人を理由もなく、ナイフで切り付けるなんてことになっていたら大惨事である。
しかし月にとっては、朗報とも取れるし、そうでもないことにもとれる。
脱力して黒ずくめのソファに座り込み、安堵の息を漏らす。
「よかった~。関係ない人だったらどうしようかと思っちゃったけど、魔法使いだったんだ」
「一応、確かめておいてよかったな」
隣に座っている神威殊羅が口を開く。
「魔法使いでもお姉ちゃんたちは悪い人じゃないよ。なんで悪くない人を傷つけるの?」
「なにを言っているんだか……。悪いから魔法使いになっているのが分かって言っているのか」
「そんなことないよ。月の周りにはいい魔法使いだっていたもん。だから、そんなことで怪我させたらダメだよ」
鎗真は呆れたように溜息を零す。
「いい加減その考え方をやめろ。人間は守りたい。魔法使いも守りたい。いいか、俺たちは魔法使いを殺す組織だ。過去になにがあったかは詳しくは知らないが、いつまでも引きずっている場合じゃないだろ」
「違うよ。月には魔法使いなのに、優しくしてくれた人がいたの。そんな魔法使いは守りたいっていってるだけだもん。けど、ブロンズ色の魔法使いみたいな人は許せないよ」
歪な考え。
闇に憑りつかれた魔法使いの中から善悪の区別をつけて、悪だと判断した者のみを殺すやり方。
悪だからこそ魔法使いであり、生かす必要のない存在だと割り切る殺伐としたやり方。
どちらが正しいというわけでもないが、アンチマジックは魔法使いを殲滅する組織である。
月の考えはある意味で組織の考えに背いたやり方ではあり、鎗真には気に入らなかった。
互いに異なる正義心を持ち、自分の正しいと思う正義を主張する二人。
段々とヒートアップしていく口論は、第三者の口によって冷めていった。
「どっちでもいいんじゃねえか」
「あなたは少し黙ってくれませんかねえ。そもそも普段から何もしていないクセを直したらどうです? 自分の立場というものを自覚してほしいんですが、」
「…………」
殊羅としては目の前で騒がしくされることに嫌気がして、静かにさせようとしたつもりだった。
しかし、鎗真の矛先が自分に向けられ、めんどうなことをしてしまったな、と内心後悔した。
「まあ、あなたに何を言ったところで変えられる者なんていませんので、これ以上は言わないでおきますけど」
やる気もなく、話を聞いているのかどうかも分からない殊羅の無言の態度にようやく落ち着きを取り戻す鎗真。
「――鎗真。落ち着いた?」
「元々はというとお前が原因だろうが」
「えー違うもん。鎗真が勝手に怒ってるだけだったよ」
不思議そうに鎗真を見詰める月。
鎗真は反論する体力も尽きて、溜息を一つ零した。
「――ところで、新開発された魔具を使ってみた感想はどうだった?」
「あれか。軽すぎて持った気がしなかったぜ。月あたりなら使いこなせるんじゃねぇか」
「月? そんなに軽いの? だったら月も使ってみたーい!」
新しいおもちゃをちらつかせられた子供のように、魔具に興味を示す月。
「お前には血晶があるでしょうが。一人であれだけの量を使用していて、まだ別の物を欲しがるのか」
「だって誰も使わないんだもん」
「そういう問題じゃないんだよっ! 使いすぎだって言ってるんだよ。ほとんどお前のために生産しているようなもんなんだってことを分かってるのか。そこに新しい魔具なんて与えれるわけがないだろ」
「ケチー。月も新しい物に興味あるのに」
駄々をこねそうな勢いでムスっと膨れる月。
どうやってなだめようか困っているところに、ふと、監査室の扉が開かれる。
そこから、サイズが一回り大きく感じられるトレーナーを着こなし、下には短パン。腰にスーツの上着をスカートのように巻いた女性が現れる。
「なに子供をいじめてるのよ」
「あ、蘭ーーっ!」
猫のように扉から現れた御影蘭の傍にかけていく月。
「鎗真が月に怒って、いじめてくるのよ」
「いじめてないだろ」
「ドアの前から月の声が聞こえてきたわよ。あんたも大人なんだから子供には優しくしなさいよ」
月の頭を撫でながら蘭は鎗真に向き合う。
蘭を味方に付けた月は意地悪そうな笑顔を鎗真に向ける。
イラっとする感情を理性で抑えつけて、鎗真は月を見て見ぬふりをする。
「だったら、お前は俺の方が年上だから敬語でしゃべったらどうだ」
「いやよ」
「――ああ、どいつもこいつも! というか、そこのクソガキはいつまでにやけているんだ」
結局我慢できずに、月にまで叱咤する。
すぐさま月は顔を背け、知らない振りをする。
「年上でもここではあたしが先輩なんだからそっちが敬語でしゃべればいいじゃない。それに、月が一番の大先輩になるんだから月にも敬語を使いなさい」
ない胸を張る月。
「冗談だろ。どうして俺がガキを敬わらなければいけないんだ。人生の先輩を立てるのが普通だろ」
「生意気な先輩ですね」
「それが通るとでも思っているのかお前は」
語尾にです、ますを付けておけばとりあえず敬語になるだろうというのが蘭のなかでの敬語だった。
だから、まちがっているかしら? と本気の抗議をする蘭。
「どうでもいいんじゃねえか? 先輩」
「あなたたちは俺を馬鹿にしているのか。――まだ地位を言い訳に無茶苦茶なことを言わないだけマシだが、どうしてこうも上の人間はこんな適当なやつが多いんだ」
殊羅は空気をよんだつもりだったが、返って悪化してしまったことに、まためんどうなことになったなと後悔する。
無言を貫き、耳に流れてくる説教をつまらない講義を聞くかのように聞き流す。
「そういえば、蘭は何しに来たの? 月と遊んでくれるの?」
「それは後で相手してあげるわ。――とりあえず、先にこっちの話しをさせて」
パンっと柏手が部屋内に響き、鎗真と殊羅を自分に注目させる。
「支部長からの指令が入ったわ。ブロンズ色の魔法使い、その側近にいると思われる魔法使い二名の殲滅よ。そこで、二十三区から応援に来てくれた殊羅と月が守人の代わりに向かうように言われているわ」
「なんだ? お前は行かないのか」
「あたしは先日の時計塔崩壊のときにやられた足の治療のため待機よ」
蘭の足首には包帯が巻かれている。
時計塔が崩落していく中、なんとか無事に脱出することには成功していた。しかし、その際に破片が直撃していた。
歩行には差支えがないのだが、痛みが伴っているので、今回の殲滅作戦には不参加となった。
「うーん。でも月はブロンズ色の魔法使いしか倒さないよ。あのお姉ちゃん二人は関係ないもん」
「雑魚相手だと乗り気がしねえが……、仕事なら仕方ねえな」
「……この二人で大丈夫なのか」
月は完全に二人の魔法使いには眼中にはなく、殊羅は全くやる気がない。
どう考えても大丈夫ではない二人に頭を抱えたくなる。
「しょうがないじゃない。守人も先日、雨宮源十郎との戦いで左腕が使えない状態なんだから」
魔法使い――雨宮源十郎との戦闘の中、最後に捨身として左腕を犠牲に勝利した。
だが、その一撃は重く、全快するまでには時間がかかるために、絶対安静を言いつけられている。
「場所は分かっているのか? 旧時計塔周辺としか分かっていないんだろう」
「それに関しては俺のほうで見当は付いている」
液晶のモニターを見るように三人を促した鎗真は、時計塔周辺の監視カメラの映像を再生させる。
それは今日の映像で、時刻が昼過ぎになったところで画面が薄い赤に染まる。
監視カメラ内に仕掛けられている魔力検知器が作動した証拠だ。つまり、魔法使いの魔力をこの周辺で感知したということだ。
「殊羅があのお姉ちゃんを傷つけたときだよ。これ」
「そうだ。続けてこっちの写真を見てくれ」
今度は三枚の写真をデスクの引き出しから取り出す。
監視カメラで捉えた物だ。
その三枚には血痕が映し出されており、写真の右端には赤いペンでチェックが入っている。
魔力検知器が反応したことを表している。
「なにか気づいたことはあるか?」
「……これってもしかして。区画管理者の方に向かっているのかしら」
「よく分かったな」
最初に見せた一枚目は商店街付近のもので、赤い血が点々と写っている。
そこから二枚目、三枚目に連れて血痕が減っていっていた。
つまりは止血されたことによって、血痕量が減少しているというこに他ならない。そこから導き出される答えは一つ。
区画管理者の住まう方向へと向かっているということだった。
「あそこに住んでいる人は全員、旧時計塔に避難しているはずだわ」
「そうだ。あそこに用事のある住民なんていないはずだ。――で、調べてみたら面白いことがわかってな」
「なになにー。教えてー」
鎗真は一つ間を開けてから、
「昨日の夕方に区画管理者の自宅でスクリンプラーが作動していた。当然、その時間帯の管理者は旧時計塔に避難しているから作動することはおかしい」
「よく分からないけど、頭がいいんだね鎗真は」
「なるほどな。とんだヘマをしたじゃねぇか」
「あそこは検知器を置いていないから格好の隠れ家となったわけね」
あの後、公園で昼食と情報収集を行い、そのあたり一帯と被害のあった地域を回っていた。
それだけを調べまわっていた内に陽が傾いていき、捜索を断念して帰ってきたので、未だ捜索はしていない地域だった。
「向こうも君たちと遭遇したことで何らかの行動を起こすだろう」
「そうね。行くとしたら今夜ね。指令も入っていることだし、丁度よかったわね」
モニターの右端で時刻を確認する。
午後八時。
「どうする? すぐに行った方がいいかな? 月はいつでもいいよ」
「お前たちの戦い方は派手すぎるから、深夜にここをでて行った方がいい。この時間だといくら離れているからと言っても騒ぎになるだけだ」
「そういうことなら、俺は寝ておくとするか」
黒ずくめのソファに横になって、だらしなく足を伸ばす。両端にある肘掛の片方を枕代わりに、もう片方に足を乗せてゆっくりと目を閉じる。
鎗真は呆れたようにそれを眺めた。
「月はどうしようかな。そうだ! 蘭。暇だから月と遊んでよ!」
「はいはい、分かったわよ。でも、先にご飯を食べてからよ。いくら月がA級でもしっかりと体力は付けておかないと」
忙しなく蘭の手を引っ張って、部屋からでて行こうとする月。
部屋を出る間際、一度振り返る。
「出発前にまた来るね」
「来るな。あ、おいっ! ちょっと待て。出て行くなら殊羅も連れて――」
鎗真が何か言いかけようとするが、これ以上しゃべるなとばかりに勢いよく扉がしまって遮られる。
これで何度目か分からない溜息を零す。
殊羅の眠るソファへと近づき、どうしたもんかと頭を掻く。
ここは監査室で、鎗真は監視官である。鎗真にとっては職場となる場所で関係のない人間に居座られると仕事をやる気も出ない。
「安心しな。邪魔をするつもりはねぇから」
「あなたに限ってはそんな心配はしてませんけど、目障りだから出て行ってくれ」
指で部屋の唯一の出口を示す。
「それは無理な相談だな。ここが一番暗くて、眠るには打って付けの場所なんだからよ」
「俺の仕事場であなたの寝る場所ではないんだが」
「…………」
「おい」
「時間になったら起こしてくれや」
「何しに来たんだあなたは」
その言葉に返事はなく、無言で鎗真を突き放す。
それ以来鎗真は諦め、濃いコーヒーを入れてデスクに向き合う。
「さて、俺は俺の仕事でも進めるか」
モニターには崩落した三十区と三十一区の壁。
鎗真はそれを眺めながら一人呟いた。
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