第18話

 野原町は木々が多く、緑が溢れている町だ。

 今は先日の火災で一部が燃え尽きて消し炭となってしまっているが、無事な場所は変わらず緑と色鮮やかな花が咲き乱れている。

 象徴である時計塔から徒歩三十分ぐらいの場所には木々が立ち並び、緑で一杯の風景が広がっている。

 それを彩るように洋風の家が立ち並び、その先には大きな屋敷が建っている。

 荘厳かつ美麗。

 築百五十年の歴史を持ち、ダークブラウンでシックな色の外観をもつ野原町一古い家屋だ。

 黒色に塗装された門は幾度となく塗り直されているおかげで色あせておらず、幾度となく改装工事をされた家は百五十年の歴史を感じさせないほど真新しく直されているが、敷地内の倉庫などは当時のものが置かれていた。

 背景には山があり、屋敷の周囲を塀で囲っている。

 敷地内には咲き乱れるバラ庭園が来客をもてなす。

 野原町の特色を存分に発揮された庭と言えるだろう。

 そこに二人の少女と一人の女性。言い換えると三人の魔法使いが門をくぐった。


「ここを出る時にもおもったんだけど……すごく豪華な家だよね。これ、絶対誰か住んでいる家だよ」


 遠目から建物の全体像を見上げながら彩葉がつぶやく。


「借りるなら豪華のところの方がいいでしょ!」


 喜々として答える緋真。


「ここって……もしかして、区画代管理者のお屋敷じゃないですか?」

「え!? そうなの」

「あら、そうなの? 私って目の付け所がいいのかも」


 思わぬ大物の名を出した茜の方に振り向く彩葉と緋真。

 茜はそんな二人の視線を集めながら口を開く。


「そんなこと言っている場合じゃないですよ。管理者の家に居座るなんて失礼すぎますよ。私、野宿でもいいですから別の場所に行きましょう」


 管理者は各区画を統括している責任者という立場の人間である。

 主に区画内で発生した問題の解決に努め、人民をより良い暮らしを構築させることに意味がある。あくまでも表向きの役割だが。

 ――もう一つの役割は、魔法使いによる被害の事後処理を行い、最終報告を首都二十三区へと伝達する役目を担っている。

 ここ、三十区における最も地位の高い人物の家への無断侵入に慌てふためく茜。


「大丈夫よ。この辺一帯は誰もいないから安心よ」

「誰もいないの? なんで? 集団で家出?」

「そんなことはないと思いますけど……もしかしたら神隠しかもしれませんね」

「ちょ、そんな怖いこと言わないでよ!」


 茜が神妙な面持ちで言ったことで雰囲気と迫力があった。


「ふふ、冗談ですよ。彩葉ちゃんは相変わらずこの手の話しには弱いんですね」


 人をからかった笑みで楽しそうにする茜。

 口元に手を当てた上品な笑みには嫌味さは無く、軽犯罪クラスの事をしでかそうとした二人に対する戒めのような意が込められているように感じられる。

 彩葉はぞくりと肌がざわめき立つ体をさするようにしながら恨めしそうに茜を見詰めた。

 しかし、町の一角に人っ子一人もいないとさながらゴーストタウンのようにも思える町並みである。何も知らなければ、そういった類の現象が起きたと考えられなくもないだろう。


「魔法使い襲撃の際に一時的に避難しているのよ。たしか……彩葉ちゃんと茜ちゃんの家の近くにある時計塔の辺りよ」


 魔法使いによる襲撃があった後は、住民には避難区域が設けられている。

 襲撃の際に離れ離れになった家族や安否確認の取れない身内も出る為の考慮として用意されている。

 そこで住民たちは完全に安全が確保された後、町の復興や身内の捜索に入る。


「皮肉なことですよね。町の人たちにとっての危険区域が私たちにとっては安全地帯になるなんて……」

「そういうこと。だから今の内に私たちがお邪魔になるわよ」


 見知った人の家にお邪魔するように玄関に入っていく緋真。


「すごいなあ。自分の家みたいに入っていったよ。あれはそうとうやりなれているとみた」

「い、彩葉ちゃん。感心しちゃダメですよ。アレはれっきとした犯罪ですよ」

「私たちもこれからあんな生活が続くのかなあ。さすがに毎日だったら私の良心が痛むよ」

「私もです。ごめんなさい。お邪魔します」


 彩葉と茜は罪悪感を感じながらも緋真のあとを追った。



 高級シャンデリアに床には赤い絨毯が敷かれ、中世の有力者の屋敷を連想させた。

 玄関先は広いホールとなっており、その正面には有名な画家が描いたと思われる線の細かい絵画が飾られている。権力者としての風体を醸し出されている。

 その絵画たちよりも彩葉たちが目を付けたものがあった。

 地図だ。

 一つの大きな大陸が描かれており、無数の線が引かれている。大陸内での各地方を区切ったものだ。囲まれた中心部分には、その地方を表す地名が書かれていた。

 この地図を彩葉たちは知っていた。いや、学生ならば一度は目にしたことはあるものだった。


「これって……たしか、昔の地図だったよね。四十七の区画に分けられる前の」

「信じられませんよね。昔は一つの大陸になっていたなんて」


 現在は四十七に分割された大陸となっている。当然ながら、島と島をくっつけることなどできる筈もなく、苦肉の策として橋で繋ぐことによって以前の姿に近づけているだけ。と、彩葉たちは学校で習っていた。


「二人とも、良く勉強しているわね」

「といっても、一般常識の範囲内だけどね」


 他の区画内ではどうなっているのかは知らないが、少なくとも三十区に住まう者ならば、誰もが知っていることだ。


「五百年前の戦争がきっかけでこんな形になってしまったらしいですけど、そのことはあまり詳しくは分かっていないみたいですけど」

「戦争が終結した当時は何も残っていない凄惨な荒野のような状態だったらしいわ。それに、ここまで姿かたちが変えられてしまっては、当時の遺物なんてものは簡単には発見されないのよ。だから、歴史家たちも苦戦しているのよ」


 つまりは、何も分かっていることはないということだった。


「歴史って奥が深いからねー」


 難しい話は彩葉の専門外でもあり、すでに興味は屋敷内に戻っていた。

 一階には部屋が三つ――食堂、来賓室、入浴施設。

 二階にも同じく部屋が三つあり、個室となっていた。

 彩葉が昨日過ごした部屋もこの二階にある一室だ。

 彩葉たちは屋敷内を探索、緋真は屋敷構造、逃走する場合の脱出経路を探りながら一通り回ったあと、来客をもてなす部屋である来賓室へと向かった。

 テレビ、ソファ、机、書棚が置かれており、四隅には観葉植物も植えているこの部屋は家主のリビングとしても機能している。

 緋真は入室するなり辺りを見回したあと、カーテンを閉めた。


「何してるの?」

「この部屋をしばらく使わせてもらうことにするわ。広く使いたいから余計なものはよけるわよ。さ、彩葉ちゃんと茜ちゃんは邪魔の机を端にうごかして」


 邪魔とはいっているが、いま緋真がうごかそうとした机は最近入れ替えたもので、細部に細かい彫刻がなされているものであり、みるからに値を張る逸品である。

 緋真の価値観にずれた物言いに嘆息する茜。


「管理者の私物を存外に扱うなんて……帰ってきたら卒倒してしまいそうです」

「そんなことないわよ。ちょっとした模様替えだから大丈夫だわ」


 平気平気といった様子でテキパキと行動する緋真。


「でも、さっき邪魔だからどけるって言ってたよ。それにこんな大胆な模様替えしたら部屋の原型がなくなるような……」

「それでいいのよ。あなたたちの為なんだから頑張って働くのよ」


 彩葉と茜は意味も分からずにせっせと模様替え、もとい家具の片付けを進めた。

 有力者に対する敬いの気持ちがあるのか、茜は一つ一つの家具を丁寧に取扱い、芸術性を思わせるほどに綺麗に端に積み上げていった。

 やがて、子供が部屋内で駆けまわれそうなぐらいのスペースが確保でき、緋真は満足気にうなづいた。


「結構広いね! 私の部屋二つ分ぐらいはありそうだよ。いいなあ。うらやましい」

「管理者の家ともなるとさすがに一室が大きいですね」


 それぞれ感嘆な声とともに感心する二人。


「ふふ……これだけあれば十分ね。二人とも頑張ったわ」

「でも、これから何を始めるんですか?」


 広いスペースが欲しいだけなら外にある庭があるが、そちらを使わず、わざわざ屋内に場所を空けたということは、人には見られるわけにはいかないことを始めるだろうことは容易に予測できる。

 カーテンまで閉め、照明が部屋を照らす。

 完全に外界からの視界を妨げた状態である。


「これからのことも考えて、まずは彩葉ちゃんと茜ちゃんには自分の身を守るための力――魔法の使い方を覚えてもらうわ」

「こんなところでやるの!? 魔法って危険な力なんだよね。家……壊れたりしないよね」

「大丈夫よ。彩葉ちゃんたちが失敗しなければだけどね」

「たとえ失敗しなくとも魔力検知器で見つかってしまう可能性もあるんじゃないんですか?」


 魔力検知器はアンチマジックが開発した魔具の一つであり、その性能は周囲で発生した魔力を感知し、そのデータをアンチマジック監査室にまで送られる。

 それを元にアンチマジックは戦闘員を派遣し、監査官の指示を受けながら魔法使いを捜索する。

 茜の疑念は魔法を発動し、それがアンチマジックに知れ渡り身の危険が迫るのではないかというものだった。


「あなたたちは知らないと思うけど、有力者の敷地周辺には置かれていないのよ。これはどの地区にいっても同じことだから覚えておくといいわ。あと、アンチマジック支部周辺にも置かれていないけど、ここは私たちが不用意に立ち寄っていい場所じゃないからあまり関係ないわね」


 古くからの契約で各区画の管理者の家元周辺には設置してはいけないという決まりがある。

 管理者は身元をはっきりとさせた上で一般市民から選出しており、その人物にその区画を任せることが信頼できると定めた者であることを形として証明するために、魔力検知器を設置しないことになっている。


「ふーん。だったら安心かな。でさ、魔法って使うのは難しいの? 長い呪文みたいなのを唱えたりしないといけないのかな? 私自慢じゃないけど暗記って苦手なんだ」

「彩葉ちゃん……全然自慢になってないですよ」


 なぜか胸を張って答える彩葉に憂いを込める茜。


「安心して、使い方はとっても簡単よ。ただ念じるだけ。誰でもすぐに出来るわよ」

「それだけ……? なんだか心配して損したかも」 


 それを聞いて彩葉はホッと胸を撫で下ろす。


「口で説明するよりも実際にやって見せた方が早いかしらね。みてて」


 そういった瞬間、緋真の手のひらから発光する魔力弾が現れる。


「なんかでたっ!」

「綺麗……もしかしてこれが魔法ですか?」

「そうよ。と言ってもこれは誰にでもできる魔法だから彩葉ちゃんたちもやってみなさい。魔力を手のひらで固めるようなイメージをするの」


 緋真は展開していた魔力弾を消滅させながら彩葉たちにアドバイスをする。

 ごくっと息を飲み、魔法の発動に昂ぶる鼓動を感じながら、見様見真似で彩葉たちは魔力弾を展開させる。


「うわ! 出てきた。思ったよりも難しくないかも」

「私も出来ました」


 初めての魔法に歓喜を表す二人。

 束の間――茜の魔法弾は小さいながらも球状を保っていたが、彩葉の魔力弾は脈を打つ心臓のような動きに変わっていく。


「あれ? 何か茜ちゃんのと比べるとフヨフヨしてるんだけど……何で?」


 彩葉は自分の魔力弾と茜の魔力弾を見比べながら言った。


「力のコントロールが上手くできてない証拠なのよ、彩葉ちゃん」


 魔力弾は魔力を固めるだけの簡易なもので、込める魔力量の調節をするだけで小威力のモノから高威力のモノまで変幻自在に作ることができる。

 だが、調節を上手くできていなければ魔力弾は安定せず、彩葉のように不格好のモノになり、本来の威力を発揮することは出来ない。

 それゆえに扱う者によっては最強の魔法にもなり、最弱の魔法にもなる。


「けど、二人とも初めてにしてはよく出来てるわ。魔力弾は繊細な調節が必要になってくるから人によっては得手不得手があるの」

「私は苦手かも……」

「私はそうでもないかもです」


 二人は魔力弾を霧散させながらどんよりとした表情になる彩葉。


「そんなにがっかりしないで……彩葉ちゃん。慣れればすぐに出来ますよ」

「魔力弾は出来ないなら出来ないでいいのよ。無理に苦手なことをすることはないから固有魔法の方を頑張ったらいいわ」

「固有魔法?」


 二人の励ます声音のなか、聞こえた新しい単語に若干の希望をもつ彩葉。


「そう。魔法は大きく分けると魔力弾と固有魔法の二つがあるの」

「固有魔法。個人のもつ魔法ってことですか?」

「そうよ」

「なんか特別感のある響きだね。私の固有魔法ってどんなんだろう」


 魔力弾のことはすっかり諦め、固有魔法に興味をもつ彩葉。

 茜も同様に表情には出ていないが、気になっているようだ。


「あなたたちはもうすでに固有魔法を使ったことがあるはずよ。魔法使いになったときのことを思い出してみて」


 蘇るのはあの日の絶望の光景。

 理性が飛び、魔性に満ちた闇のなか、浮かび上がるは魔の世界。


 無垢なる深淵にて煌めく一振りの白と黒に彩られた刀。

 すべてを拒絶するかのような漆黒の柄にありとあらゆるものを切り裂くような純白の刃。

 雪のように真っ白な刀に黒が加わることである種の芸術性を窺わせる。

 それこそは、絶望の中で宿した希望のかたち

 何者にも模倣されない唯一無二の固体オリジナル

 何者にも触れられない固有の本性。

 何者にもなれない真なる個人。

 内に眠る魔力によって、精製される絶対無敵の魔法が姿を現す。



 魔法イメージを掴もうともがくように手を差し伸べる。

 不思議としっくりくる感覚があり、まるで初めから自分のモノであるかのような使い込まれた不思議な感覚。

 たった一度の顕現でそれはもう、彩葉の一部であり、自己の力そのものである。

 気付けば彩葉の右手には、その刀が具現化していた。


「わわ! 出てきた。すごい、これが固有魔法」


 頭の中で想像した物質が創造されたことに驚きと戸惑いを感じる彩葉。


「ねえ、茜ちゃんはどんな魔法なの――」


 茜の方を振り向いた彩葉はその美しさに声を失くした。

 

 

 煌めく無数の粒子。

 凛として透過される聖なる結晶。

 あらゆる角度から覗いてもなお美麗。

 そこから連想されることはなかった破壊の美。

 幾何学模様の描かれた半透明の拳銃は、構造の無い形だけの武器。 

 この世には存在しない圧倒的な存在感に幻想的な輝きをもって顕現した。

 

 

「きれい……」

「彩葉ちゃんの魔法もすごく美しいですよ」


 お互いの魔法を称賛しあう。

 横で見ていた緋真もその二つの魔法の存在感に圧倒された。


「これがあなたたちの固有魔法か……でも、そうね。もしかして、茜ちゃんはその銃でお母さんを助けようとしたんだよね」

「はい、そうです。引き金を絞ったとき、魔力弾のような力が射出されたんです」


 茜の説明を聞き、緋真は考え込む。

 やがて、何かを理解したように口をひらいた。


「そっか。銃というデバイスから撃ちだすことによって魔力弾の性質を銃弾の威力に変換したってことなのかしら」


 魔力弾は着弾すると火薬を用いた爆弾やミサイルのような一撃をもつ、いわば爆撃のような威力をもつ。

 しかし、茜のもつ銃というデバイスから撃ちだされた魔力弾は材木に穴を穿っていた。

 つまり魔力弾の性質が爆撃から弾痕を残す銃弾のようなものに変換されているということになる。


「よく分からないんだけど……ようは、なんかすごい銃ってことでいいの?」

「そんな言い方するとすごく頭が悪そうですよ。いいですか、彩葉ちゃん。私の銃から撃ちだされる弾は、銃弾の代わりに銃弾の性質を持った魔力弾が射出されるということですよ」


 分かっているのか分かっていないのかふんふんと曖昧に頷きながら話しをきく彩葉。


「ということは、普通の銃と変わらないってこと?」

「身もふたもない言い方をするとそういうことになります」


 実際には魔力弾の性質変化を可能とする魔法は数少なく、かなりレアな魔法である。

 魔法使い歴五年となる緋真でさえ、魔力弾の変化を可能とした人物は茜で二人目であるほどだ。

 事は重大な案件だが、魔法使いになったばかりの彩葉たちには実感が湧かず、客観的な感想しか出なかった。


「茜ちゃんは銃。彩葉ちゃんは刀ね。茜ちゃんの魔法は少し特殊だけど、二人とも創造魔法のようね。一番使える人が多くて、使いやすい魔法よ」

「創造魔法ですか? 固有魔法って言ってませんでしたか」


 聞き間違えではないことの確認も込めて聞き返す茜。


「創造魔法は固有魔法の一つで、無から有を創り出す魔法のことを創造魔法と言うのよ」


 固有魔法には大きく分けて三つに分類される。


 創造魔法――無から有を創り出す魔法。最も発現率の高い魔法であり、自身の練度によって力の差が大きく出やすい。


 属性魔法――自然界に宿る事象を意のままに操る魔法。最も破壊に特化した魔法。自然現象を引き起こし幅広い範囲に影響がでる為、最も危険な魔法でもあり、魔法使いが生きた天災と呼ばれる所以でもある。


 特殊魔法――上記二つの魔法に分類されない規格外の魔法。最も発現率が少なく、使い勝手が難しい魔法。



「ふーん。じゃあ、私が使える魔法はこの剣を出す魔法一つしかないってことなんだ。あ、そうだ。同じ創造魔法なら茜ちゃんのように銃を出すこともできるのかな?」

「それは無理なの。創造魔法に限らず、すべての魔法にはその人にあった魔法一つしかないから。彩葉ちゃんの場合は刀を出す以外には同種類の剣を出すことができる筈だよ。ほら、レイピアを出したことがあったでしょ」

「つまり……どういうこと?」

「彩葉ちゃんは剣ならどんな種類でも創造することができるってこと」


 彩葉のように剣を創造する魔法の場合は、刀、レイピア、大剣、小太刀、ナイフなど剣全般を使用することが可能。

 ただし、剣全般が使用できるからといってその人物が軽いナイフから重量のある大剣まで使いこなせるというわけではない。

 ようは力量をはき違えないことだ。

 同じ剣であっても刀は使えるが、小太刀のような小回りの利く得物が不得手であったりする。

 自身が一番得意とする得物を使い、状況に合わせて様々な得物で対応することが可能と出来ることが創造魔法の魅力の一つといってもいいだろう。

 その論法でいくと茜の場合は銃なら、拳銃だけではなく、アサルトライフル、スナイパーライフル、ショットガン、サブマシンガンなど銃器なら一通り創造することが可能となる。


「そっかあ。でもちょうどいいかな。私こう見えても中学の頃は剣道をやっていたから、刀ぐらいならなんとか使いこなせそうだよ」


 感を取り戻すように一振り、二振りと刀を振るう。

 ブランク三年。意外にもあまり腕は鈍っていないようで空を斬る音が耳に響く。


「あら、すごいじゃない。様になっているよ」


 思わぬ剣捌きに拍手と感嘆の色を含む緋真。


「けど、彩葉ちゃんが剣道なんて意外だなあ。武道なんて興味ないと思ってたから、意外な一面みちゃったな」


 彩葉は刀を霧散させ答える。


「武道には興味ないんだけど、剣道はテレビで観てなんとなくカッコいいって思ったから始めただけなんだけどね」

「そ、そうだったの……思ってた以上に適当な理由で始めたのね」

「でも、一か月でやめちゃったんですよ」


 それを聞いて驚きを隠せないでいる緋真。


「早すぎるわ! 彩葉ちゃん。けど、考えてみたら一か月でそこまで刀を振り回せるようになったってことだよね。そこはすごいかも……」

「ノリと勢いだけで始めたからすぐに飽きてしまって……でも、人間って不思議だよね。気合さえあれば、なんとかなるもんなんだなあってこの時にすごく思ったよ」

「それは人間が不思議ではなくて、彩葉ちゃんが不思議なだけだと思いますよ」

「えー、そうかなあ」


 誰でもできるようなもんだと思っていた彩葉は首を捻った。


「だったら、魔力弾も気合で上手く扱えるようになるんじゃないかしら」

「う……、それは、その、なんといいますか……これとは別というか……」


 墓穴を掘ってしまった彩葉は口をごもごもしながら言いよどむ。

 そんな彩葉に、ここぞとばかりに畳みかけるように言葉が浴びせられる。


「不思議ちゃんの彩葉ちゃんならなんとかなるはずだと思うのだけどなあ」


 意地悪くなじる緋真の表情には意地悪そうな顔が張り付ていた。


「……調子に乗りました。ごめんなさい」


 言い逃れが出来ないと悟った彩葉は謝罪に逃げ込んだ。

 素直な謝罪に緋真も顔がほころび、彩葉の頭を撫でた。

 そうして、一区切りがついたところで茜は気になっていたことを問いかけた。


「そういえば、緋真さんの固有魔法ってどんな魔法なんですか?」

「あれ? 教えてなかったかしら。まあいいわ。いい機会だから見せてあげるね」


 そう言うと、緋真の手から赤く、揺らめく炎が浮かび上がってきた。

 自然界の事象を起こす属性魔法だ。


「おぉ! なんか一番具体的な魔法って感じがするね」

「ですね。私たちの魔法よりもよっぽど魔法らしいですね」


 いままでにも魔法は見てきたが、人にみせて一番魔法らしい能力に感激する二人。


「いいでしょう! けどね、こんな魔法が使えたところで結局は人を殺す力なんだから、誇れるようなモノでもないのよ」


 過去に幾度となく使ってきた魔法で幾度となく犠牲になった人々がいたのだろう。

 緋真は低く、悲しみに満ちた声音だった。

 彩葉たちもそれを聞いて、先刻のハイテンションから一気に下がる。

 魔法はどれだけ幻想的で便利なモノでも所詮は人を殺すことのできる道具でしかない。

 元は人であり、絶望し、悪意に駆り立てられ、魔に魅入られた者が手にする魔性の力。

 どこまでいっても破壊しか生まず、持たざる者にとっては畏怖の力となる。それゆえに人々から怖れられ、この世から殲滅せねばならない存在であり、秩序を保つ為にアンチマジックという専門組織が存在する。

 不意に自分たちが手にした力に恐怖を抱く。

 そんなときだった――天井が緋真の魔法によって焦げ始め、部屋中に臭気が襲う。


「ちょ、ちょっと上! 天井燃えてるよ!」

「あらー。これはまずいかもねえ」


 顔を引きつらせながら緋真は時すでに遅しと諦めモードに入り始める。


「なにのんきに構えているんですか!? 早く消火しないと大変なことになりますよ!」

「大丈夫よ。なんとかなるから」


 緋真は手をひらひらさせながらオロオロする茜を落ち着かせようとするも返ってそれが逆に焦燥感を煽っている。


「なんとかってどうするの――!」


 余裕をもって悠々自適に構えている緋真に何か策でもあるのかと、彩葉が期待に問いかけようとしたその時――それは起きた。

 スプリンクラーが作動し、シャワーの如く降り注ぐ。

 低温度に保った緋真の魔法は消え、彩葉たちは突然の放水に冷たっと漏らす。


「ね! なんとかなったでしょ」


 狭い屋内にて降り始めた雨に打たれながら、緋真はヘラヘラと笑いながら言った。

 彩葉と茜はジト目を向け、無言の抗議で返した。

 長い抗議の末、緋真は深い謝罪とともに今後屋内での魔法の使用を禁じられた。

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