第73話

 その日の夜から、それぞれの行動を始めた。

 バーテンダーの服に着替えた纏は、元々背が高いということもあって、中々に様になっていた。戦闘員の服装をしていた時よりも全然いいよ。

 篝さんに連れられて、宣言通りに雑用をさせられていた。本人的には恩返しができればそれでいいということだから、何でもいいんだね。

 そして、相変わらず行先も告げずにフラッとどこかへいなくなる覇人。本当に亡霊みたいな魔法使いを探しているのか不安にはなるけども、さすがにサボったりすることはない……とは思いたい。

 というのも、帰って来た時に微妙に酒の臭いがした日があったから、ちょっと疑わしくなってしまったわけで。でも、一応はちゃんと探しているみたいでその日の出来事を話してくれるからやることはやっているみたい。特にこれと言った変わったネタはないようだけど。

 私は蘭やグループに所属している魔法使いたちと一緒に負傷者の手当をしている。病院で診てもらうのが一番いいんだけど、言い訳が出来ないほどに傷が付いているし、何より血も流しているから病院には行けない。

 だから、私たちで何とかしないといけないんだ。こういう時って、私たちの身体って不便だなって思う。

 そんな日々が数日も続いて、私はまだ不安が残っている。


 ――茜ちゃんは、まだ目を覚まさない。


「本当に、私、茜ちゃんを守れたのかな?」

「なによ、急に」


 夜も更けて、纏と覇人はいつものように自分の役目に出ている中、私と蘭だけが残って茜ちゃんの側に寄り添っていた。


「……誰かを殺してまで守ったのに。こうして生きているけど、死んでいるみたいにされたら……守れたのかどっちなのか分からなくなってくるの」

「命が残っているのだから、守れたって言うわよ。自分に自信を持ちなさいよ。彩葉は、何も考えずに目を覚ましてくれることだけを祈っていなさい。あんたが前向き思考でいたら、必ず茜も応えてくれるわ」

「そう……かな?」

「そうよ。後ろ向きに考えるのはらしくないわ」


 自分のことは一番自分がよく分かっているって言うけど、こういう時って自分のことは他人が一番よく分かっているような気がする。


「ねえ、蘭。話し相手になってくれる?」

「いいけど、何よ。愚痴は聞かないわよ」

「ちょっとした質問……みたいな? 違うかな? 相談? かな?」

「どれよ……」


 呆れたように蘭が言った。さて、どれだろ。


「私ね、茜ちゃんを守った時、初めて人を殺したの」

「……そう」


 返事に迷って間が空いたあとに、蘭は一言だけ声に出した。


「そのとき、驚いたの。人を殺したのに、悪いことをしたなって思わなかったんだ。そうすることが一番いいと思ったから。茜ちゃんのために犠牲者を作って、それで良かったんだって思っている。……こんな私っておかしいかな?」

「そんなことはないわよ。殺さないと殺される、そういう世界よ。ここは。彩葉は裏社会で最も最善のことをしただけじゃない」

「えー……なにその物騒な世界。表側ではそんなことないのに、こっち側は怖いね」

「そうね。それに慣れることが大事よ。でないと、明日は生きていくことも出来ないわ」


 殺伐としているね。まだ、怖いって思えるということは、まだまだ魔法使いの生き方に馴染めていないって証拠なのかもね。


「これから先もずっとこんな日が続くのかぁ。私ね、一人やった後に、二人目を殺す時は、もう何人殺したっていいやってなってしまったの。あの時は、無我夢中だったけど、自分の意志でってなったら、とっさに出来るかな? 蘭だったら、出来る?」


 こんな質問はおかしいよね。表側の世界でしたらただの異常者でしかないことだ。


「……あんたね。あたしがどれだけの人を殺してきたと思っているのよ。もうそんなのとっくに出来るようになっているわ」

「あ、そういえばそうだったね。戦闘員としていままでやってきていたんだし。魔法使いになったのが私よりも後だったから、なんか感覚的に私の方が先輩みたいな感じになってたよ」

「魔法使いならね。でも、裏社会では彩葉よりもずっと前から生きてきているわ」


 言われてみて、そうだったってなる。寝る時もそうだったけど何かと蘭からすり寄ってきていたから、つい私の方が上かと思ったよ。


「じゃあ、先輩に質問」

「あっさり下に付いたわね。それでいいの?」

「いいんじゃない? 別に気にしないよ私は。……って、そんなことはどうでもいいとしてさ、どうやったらこの世界に慣れて行けるの。私、このままだとまたうじうじしてしまいそうだし、先輩に悩みをサクッと解決してもらいたいな」


 ことあるごとにこうやって考え込んでいたら、精神的にどうかなってしまいそう。みれば、蘭も覇人も篝さんもこれが当然なんだと受け入れている。そんな風になれないと、上手くやっていくことなんて出来ないんだろうね。


「そんなの簡単よ。殺しはね、手段と思えばいいのよ。弱肉強食よ。そうやってあたしはここまで生きていられたわ」

「ワイルドな生き方だね。でも、そっか蘭はそうなんだ。そんな風に私も考えたら、ちょっとは楽になれそうだよ。どうせ、茜ちゃんは優しいから、そんなことは出来ないと思うし、私が倍頑張らないと。もう、だれも亡くしたりなんかしたくないためにもね」

「たしかに、茜には向いてなさそうだわ」


 茜ちゃんは常に弾丸の威力を非殺傷で抑えていた。死なない程度に痛めつけるように。出来るだけ死人は出したがらないんだ。


「あ、でもこれは裏社会でだけだからね。緋真さんはこの力は自衛のためだって言ってたから、表側の人たちを殺す様なことはしたくないよ」

「それは好きにしたら良いわ。あっち側はあたしたちとは無関係なんだから」


 私たちと対峙した警備兵の人たちは怯えて、震えて、まるで殺気なんて感じなかった。そんな人たち相手にこの力で傷つけることは自衛とは言わないかもしれないし。緋真さんにも怒られそうだよ。


「ありがとね。相談に乗ってくれて」

「いいわよ、別に。もう彩葉はあたしにとっても大切な仲間なのよ」

「……」


 まさか、蘭からそんなことが聞けるとは思わなかった。


「初めて会った時は、あんなにも私のことを嫌っていたのが嘘みたいなこと言うんだね。それがいまではこんな素敵なことを言ってくれて、嬉しいなぁ私」


 やっぱり、開いた距離感は時間が縮めてくれるもんだね。


「変なことを言うんじゃないわよ。あんたとだけ縁を切るわよ」


 魔眼を出して睨まれた。助けて茜ちゃん。超怖い。


「そんなことしたら、また繋げるよ。しつこいからね、私は」


 凄まれても負けないよ。こういう付き合いは何度もあったし、ちょっと押してみよう。


「……とにかく、あんたたちはあたしにとっても、もう二度と失いたくないから、一緒に生きていけるようにお互いに協力しあうのは当たり前だって言いたいだけよ」

「そっかぁ……うん、そうだね。私も同じ気持ちだよ」


 きっと、それは纏と覇人。もちろんの如く、茜ちゃんだって同じことを思っていてくれていること。

 運命共同体となった私たちには必要不可欠な要素。


「蘭に今日、色々話しが出来て良かったよ。おかげで気持ちの整理も出来たし」


 そう、こんなにも晴れやかになっている。


「良かったじゃない」

「ありがと。おかげで私が殺される理由があるように、私にも誰かを殺す理由が出来たんだから」

「……」


 蘭は黙って聞いてくれる。


「私を守る為。

 大切な人たちを守る為。

 私はそんな理由で裏社会に適応して、刃向ってくる人たちを殺していく。

 自分たちさえ良ければそれでいいって言うつもりはないけど、守りたいものがあるから、そっちを優先したい」

「それでいいと思うわよ。

 彩葉は彩葉のやり方で。

 あたしはあたしのやり方で、適応していくしかないわ。

 生き方に正解なんてないのだから、自分にしか出来ない生き方をすることが一番いいと思うわ」


 みんな違うんだ。

 そりゃ、そうだよね。私は私。蘭は蘭。

 自分を大切に、素直に、生きていくために。

 緋真さんは多分、蘭と私たちのために、そして、自分のために戦って命を落とした。

 それでもいいんだ、きっと。

 精一杯やったっていう何よりの生きた証拠となるんだから。


「さすが、先輩。言うことが違うね」

「あんたにそんな呼ばれ方すると、気持ち悪いわね」

「ひど……っ!」


 結構、本気で嫌そうにされた。ちゃんで呼んでいる方がまだマシなリアクションをしている。

 蘭は呼び捨てが一番だ。

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