第63話

 小屋を飛び出して辺りを見回してみる。


 どこ――どこ――どこに行ったの。


 すっかり日が暮れてしまって、視界には暗く染まった薄気味悪い木々の入り口。

 まだそう遠くには行ってない筈。せめて、どっちに行ったのかだけでも分かれば――。

 手当たり次第に探すしかないかと思ったけど、降り積もって出来上がった雪原には足跡が残っていた。

 これを辿っていった先に蘭がいる。

 行先は一度入ったら二度と出てこれなさそうな悪魔の入り口。だが、ためらうことなく乗り込む。いまは一刻も早く追いかけないと!

 樹海の中を突き進み、すぐに行動に出たことが良かったのか。目当ての人物は呆気なく見つかった。

 目的を見失い、呆然と立ち尽くし。雪を身に纏った蘭はこの自然界に溶け込まれてしまいそうだった。


「なに追いかけて来てるのよ」

「足跡残ってたし、追いかけてきてほしかったのかなって」

「そんなわけないでしょ。さっさと戻って、あんたたちはキャパシティに行く準備でもしてなさいよ」


 あんな話を聞かされては、そういうわけにはいかない。

 一人、罪悪感を背負い続けた女の子。

 その罪悪感を取り除いてあげられるのは私だけだ。

 いま、解決しておかないと。これからも一生、蘭は背負い続けないといけないんだから。


「纏から聞いたよ。蘭が私の母さんを殺したって。それをずっと抱え込んでいたんだよね」

「――そう、聞いたのね」


 蘭は俯きながら答えた。やっぱり、事実だったんだ。


「追いかけてきたってことは、仇を取りに来たのね」

「そうじゃないよ。少し、話がしたかったから」


 間を置かずに、落ち着いた声音で返す。


「なによ。あたしはあんたのお母さんを殺した。これは事実よ。それ以外に何があるのよ」

「私たちと一緒に行かない? っていう提案があるんだけど、どう?」

「あんたふざけているの?! あたしはあんたのお母さんの仇よ。そんなやつと一緒にいたいっていうの――!」

「じゃあ、蘭は私たちと離れて一人で生きていくつもりなの?」

「あんたが仇を取らないっていうならそうするわよ」


 もちろん、そんなつもりはない。そして、一人で行かせるつもりも当然ない。


「この数日間、蘭がどんな気持ちで一緒にいてくれたのかは知らないけど、少なくとも私は楽しかったよ。どうせ行くところなんてないんだしさ、私たちに付いてきた方が楽しいし、一人より全然いいよ」

「それはあんたの勝手でしょ。あたしは嫌よ」

「本当に嫌なら、こんなところまで付いてきてくれないよ。なんで蘭は着いて来ようと思ったの?」

「それは――」


 言いよどむ蘭。言葉が見つからないといった様子。

 しばらく自問自答のためか、黙り込んだ蘭を待っていると、伝えたい言葉が見つかったようで口を開いた。


「あんたたちが二十九区に渡りたいって話だったから、協力してちょっとでもこの気持ちを和らげたかった……だけなのかもしれないわ」


 歯切れが悪い。何とか言い繕ってみたという感じがする。


「でも、これ以上は無理よ」

「無理? なんで? これからも協力してくれたらいいじゃん」


 人数は多い方がいいしね。


「あんたといると、この感情に押し潰されそうになるのよ。いまだってそうよ。こんなことを聞かされていつも変わらずに楽天的でいる。そんなあんたといるだけであたしは胸を締め付けられそうなほどに苦しいのよ」


 みれば分かる。必死に悩んで、もうどうしようもなくなったから気楽に生きれる道を選ぼうとしている。



「だから――逃げ出して一人になるの?」



 分かっている。私がそういう風に知らない間に蘭を追いこんでいたってことぐらいは。

 だけど、初めて一緒に寝たあの日から、私の中ではもう友達のような感覚になっていた。このままで終わりにしたくない。


「一人でだって生きていけるわよ」


 その通りかもしれない。緋真さんと蘭はあの四十二区で生活していたのだから。生き延びる手段ぐらいは持っているんだろうけど。


「あたしたちは別で行動した方がいいわ。その方がお互いに気持ち的にも楽でしょう」


 そんなことはない。そう思っているのは蘭だけだ。


「それじゃあね。同じ魔法使い同士、いつかまた会う時が来るわよ」


 寂しそうな表情。

 自分で自分を追いつめて、それが最善だと。さも当たり前のように言う。

 私の気持ちを知った風にして、勝手に決めつけて。

 緋真さんが死んで、さらに辛いくせに。

 かつての仲間たちもいまでは全員敵。

 味方なんて誰もいないから、一人で悩んだんだよね。

 だったら私がなるしかないじゃない。



 なによりも伝えないと――私の気持ちを。

 もっと、もっと踏み込んで。



 私たちの関係はまだ――スタートラインにすら立っていない。



「ねえ、聞いて。蘭。私ね、母さんが死んだことに関してはもう、気にしていないんだよ」

「そんな嘘ついてどうするつもりよ。身内が殺されて何も感じないなんて、あんた頭おかしいんじゃない」

「それは違うよ。

 とても、とても悲しかった。

 胸が何度も震えて、嗚咽こぼして、枯れそうになるまで――泣いたんだよ。

 蘭だって緋真さんが亡くなったことを知った時、悲しくて、寂しかったでしょ。

 何も感じない人なんていないよ」


 強がっていたのか、それとも壮絶な過去を送ってきた蘭にとっては、もう何度も繰り返されてきたことなのか。蘭は泣かなかった。

 もしかしたら、隠れて泣いていたのかもしれないけど、少なくとも私たちの前では泣かなかった。

 だけど、表情には出ていたんだよ。


「辛くはあったけど、緋真さんのおかげで乗り越えた。そのおかげで、復讐とか、恨んだりとかはしなかったんだよ」

「冷たいわね。普通、思うわよ。目の前にいるのよ。あんたのお母さんの仇が。復讐ぐらいはしたくなるはずよ――!」

「だって、そんなことしても意味ないし」


 声を少し荒げた蘭が目を見開いた。信じられないことを聞いて驚愕した表情かおをしている。


「やり返したところで父さんと母さんは悲しむだけだよ。二人は私に立派で元気に育ってくれることを願ってくれているんだから」


 手紙に書いてあったこと。私はそのことを忘れない。

 復讐は一番の親不孝な行為だと思っている。


「じゃあ、あんたはあたしのことは何とも思わないっていうの?」

「ううん。一つだけ。それだけで私は満足できる」

「結局あるんじゃないのよ。遠慮せずに言いなさいよ。あたしは何だってやってやるわ」


 本当に何でもやりそうな勢いを見せているけど、怯えた風にも見える。

 何を言われるのか、親に叱られそうな予感を察知したようなそんな姿。


「ごめんなさいって一言いってもらえると嬉しいな。それでこの言い合いはお終い」

「――は……!?」


 上手く口が回らずに口パクでなにか言っている。でも無視。先に言いたいことを言いきってやる!


「お母さん……蘭の場合は緋真さんかな。どっちでもいいけど、悪いことをしたらまず、謝らないとダメって教わらなかった?」

「それとこれとは悪さのスケールが違うじゃないのよ! あんた、ほんっとーに頭おかしいんじゃないの?」


 頭おかしい。頭おかしい。って何回言われるんだろう。自慢じゃないけど、頭がおかしくなったことなんてないし、おかしいとも思っていないんだけどなぁ。


「いいんだってば。これで。ほら! 謝るだけでいいんだよ。それで全部終わろう。

 ――ね」

「――いや……その……あんたは本当にそれでいいっていうの?」


 ただ、困惑することを隠せない蘭。仕方ない、もうひと押し必要かな。


「母さんが死んだのは、魔法使いだから。そして、蘭は戦闘員。この裏社会のルール通り、蘭は当然のことをやっただけだよ。だから、蘭は悪くないし。母さんだって何か悪いことをしたわけじゃない。

 みんな悪くないのに、蘭がそうやって自分を責めるから。ごめんなさいの一言で私は許したいし、蘭も自分を許したらいいんだよ」


 自分で自分を締め付けていた鎖を引き千切り、表情がものすごく緩んだような気がした。

 もしかしたら、完全に呆れたのかもしれない。


「……本当にあんたって頭おかしいわね。――けど、あんたのそういうところが、あたしを楽にさせてくれたわ。いままで、一人でずっと悩んでいたのが馬鹿らしくなってくるわ」


 ゆるんだ表情から、硬い表情へ。

 そうして、聞きたかった言葉が紡がれる。


「ごめん。あたしが悪かったわ。

 ――それと、今後も迷惑かけるかもしれないけど、あたしも付いていっていいかしら。あたしと離れてから、お姉ちゃんが所属していたキャパシティに行ってみたいのよ。

 いまさら、ダメ……かしら?」

「全然オッケーだよ。というか、ダメなんて言った覚えなんてないし。蘭が勝手にどっか行こうとしたのが悪いんだから」

「……そうだったわね」


 あ、笑顔がこぼれている。

 初めて見せてくれた優しい顔。

 そんな顔がなんだか愛らしかった。

 緋真さんの従妹。笑顔が似ている。そう、思った。


「ところで、さっきから覗き見している三人。

 ――もう、解決したから出てきていいわよ」


 魔眼を解放して、木々の先を見通しながら蘭が言った。

 私も釣られてそっちを見る。

 三人って、もしかして――。


「ばれてしまいました」

「蘭から隠れることは難しそうだな」

「全くだぜ。つか、その眼で見ねえでくれよ。すげえ、迫力あって怖えよ」


 ぞろぞろと三人が出てくる。

 覗き見をしていたわりには、全く悪びていない。別に気にはしないけど。

 色々なことを話していたから、全部聞かれていたんだとしたら、恥ずかしい。


「そこにいたのなら話は聞いていたわよね。コイツと……えっと、彩葉たちと一緒に行動することにしたわ。よろしくお願いするわ」

「おお、名前で呼んでくれた。一歩前進したね」

「あんたは黙ってなさいよ。調子乗っていると元に戻すわよ」

「もう、戻ってるし」


 余計なことを言ったみたい。

 せっかくいい感じになってきたんだし、壊したくない。ご希望通り、ちょっと黙ってよっと。


「わたしは歓迎です。みんなと一緒にいた方が賑やかになりますよ」

「いやーしっかし。そうなると相当クセのある面子になっちまったな」

「いや、これはこれでかなり問題がありそうなパーティだと思うのだが……」


 うーん、確かに。

 魔法使いが四人。人間が一人。比率もすごいしね。


「人間と魔法使いがお互いの素性を知りながらも手を取り合っていることが一番、変わっているね」


 あの日をきっかけに、私たちの立場は一変した。でも、何も変わらないこともあった。

 それは私たちの関係性。

 新しい友達も増えて、またみんな揃うことが出来たことが嬉しい。


「元戦闘員の姉ちゃんに、戦闘員の裏切り者。それと魔法使いに転職した乙女二人――」


 転職って……言い方が嫌だなあ。

 纏も微妙なリアクション。

 あとの二人は普通。なんとも思ってなさそう。


「で、この俺だな!」


 親指を自分に向けて、何かしらのアピールのポーズ。

 で、どうすればいいんだろう?


「あのねえ、あんたの素性が一番知れないのだけど、……ちゃんと紹介したらどうなのよ」

「そうですね。離れ離れになってから分からないことも出てきました」

「ある意味で一番謎が多いかもしれないな」

「そうだね。ということで何か話して」

「お前ら一気に捲し立てすぎだろ」


 矢継ぎ早に攻める言葉の数々。

 観念したように覇人は話し始めた。


「しゃあねえな。お仲間も増えたことだし、この機会に改めて自己紹介させてもらうとすっか」


 真面目な顔つきになった、覇人に全員の注目が集まった。

 そして、覇人は言った。


「秘密犯罪結社キャパシティ所属の魔法使い。組織を支える導きの守護者ゲニうウス第四番。

 近衛覇人だ。

 ――そういうことでよろしくな」


 まるで新学期が始まったばかりのクラスの自己紹介。そんな気軽さで最後に締めくくった。


「やっぱりそうなんだ」

「そんな気はしていましたが」

「そんなところだろうとは思ったよ」

「……」


 予想していた正体だったことで全員驚きはなかった。


「なんだなんだ。もうちょっと、派手なリアクション期待したんだが、さすがに薄すぎじゃねえか」

「同じキャパシティの緋真さんと知り合いみたいでしたし、その辺りから大体の予想は着いてしまいましたので……ごめんなさい。そんなに落ち込まないでください」

「仕方ないって、ヒント多すぎただけだよ」


 分かりやすいぐらいにテンションが変わってる。

 私たち、悪くないよね。


「ま、まあ。こうしてお互いの関係性が見えたことだ。気を取り直して、全員で協力してあの壁を乗り越えよう」


 牢獄のように閉じ込められた三十区から出るには、魔障壁を越えなければいけない。

 それが出来るだけのメンバーがここにいる。


「今日はもう遅いから、作戦決行は明日の最終便としよう。

 全員それまでは準備と英気を養っておいてくれ。

 ――俺たちで行こう! 

 壁の向こう側へ――」

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