「嫁さんと安上りダイエット②」


 最近事あるごとに、お腹回りのお肉が気になる~。気になって仕方ない~という嫁さんに言ってやった。


「たまには運動しような。この駄猫が」

「ふみゃ!?」

「日曜日は決まって、飯くって、ネットして、何もせず寝転がってりゃ太るわ」

「に、にゃあお……」


 率直に言ってやった。言われた嫁さんは、焦ってその場を右往左往したあと、なにを思ったのか机の上で仰向けになった。なんのつもりだ?


『後ろ足を抑えてください。軽く』


 無線キーボードをぺちぺち叩いて、こちらにメッセージを伝えてきた。嫁さんは目を軽く俯せたあとに、黒い前足も白い腹の上で交差する。


「後ろ足って…ここ?」

「にゃ」


 だらりと伸ばされた、だらしない下半身を軽く抑える。


『これから、私の本気をお見せしましょう』


 後ろ足を抑えたところで、うちの嫁さんがなにをしたいのか、やっと気がついた。


「――腹筋だと!?」

「にゃ!」


 世にも珍しい、猫の腹筋シーンの瞬間である。

 その正体は古典より存在する妖怪猫又。目的はダイエット。


「……」


 もしかすると今、人類史上初の瞬間に立ち合っているのかもしれない。カメラを回さねばと思ったが、録画すると怒られるので、しっかりこの目に焼き付けておかねばいけない。


「……」

「……」


 嫁さんは動かない。仰向けになったまま、死んだように両手を重ねてぐったりしている。初夏の日差しもあってか、こっちの両手にも汗がにじんできた。


「……」

「……」


 嫁さんは動かない。


「……はい、掛け声いくぞ。いーち」

「に、にゃ……にゃ……にゃにゃ」


 ぐぐっと、上半身が持ち上がる。しかし次の瞬間、


「にゃあ……」


 ぺたりん。


「あきらめるなよ!?」

「……にゃあ」


 交差した前足を、顔の前で横に振る。ムリムリ。


「猫だからって、できるだろ、腹筋の一回ぐらい!」

「にゃあにゃあ」


 ムリムリ。


「わかったよ。じゃあ、月曜に付き合ってやるから」

「にゃあにゃあ」

「おい」


 ――俺の中で、なにかがキレた。


「……旦那の前でだらしない腹をさらしても、猫だから許されるとでも思ってんのか?」

「にゃ、にゃあ……」

「どうしたら良いか分かってるよな?」

「にゃぐぐ……」


 嫁さんは、三角の猫耳をひくつかせた後、ついにあきらめた。資料用のデジカメを構え、先週買ってきたゴムボールを転がすと、吸い付くように戯れはじめた。


「にゃん♪ にゃん♪ にゃん♪」

「いいよいいよ、その表情すごくいいよ」

「にゃーーーーーーん♪」


 ヤケクソの様に甘い声を出していた。その週は珍しく、仕事が遅れた。

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