「安上りダイエット」

 うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。だいたい机の上に座布団をしいて、スマホをぽちぽちやっているのだけど、今日は朝から百均で買ってきたゴムボールと戯れていた。


「にゃっ、にゃ、にゃっ……にゃんっ!?」


 ころりぺちゃ。バランスを崩して仰向けになる。可愛い。


 最近、ちょっと腹回りの肉が気になるとは言っていた。それはともかく昨日、二人で日用品の買い出しに行った時、百円ショップでゴムボーム6個セットをカゴの中に入れてきたのだった。その時は「こんなの買ってどうするんだ?」と思ったが、


「バランスボールってやつ……?」

「にゃっ」


 まさかダイエット用品のつもりで購入していたとは、流石に予想がつかなかった。机の上で必死にボールの上に乗っかって、上下左右に揺れている姿は、とても間抜けで――可愛らしい。


「っと、そろそろ仕事に戻らないと……」

「にゃん」


 休憩を終え、自宅の仕事場に移ろうかと立ち上がる。しかし俺の足は動かない。


「なぁ嫁さん」

「にゃん?」

「写真一枚とらせてよ」

「にゃーんっ!」


 ダメに決まってるでしょ。とおっしゃっていた。しかし聞こえぬ振りをする。


「そうか。撮っていいか。じゃあちょっと待ってなー」

「にゃあ!?」

「いやいや、猫語は難しいよなぁ」


 資料収集用のデジカメを装備し、レンズを向ける。尾が二股に分かれた嫁さんが飛びかかってきた。


「にゃっ、にゃっ、にゃっ!」

「いいじゃないか、一枚ぐらい。誰にも見せないから」

「にゃにゃ、にゃっ、にゃっ!!」

「早く仕事に戻れって? いやいや、だからほら、写真一枚撮ったら戻るって……」

「にゃあんっ!」


 ダメだった。俺は前足でぐいぐいと部屋を追い出され、素直に絵の仕事を続けた。


 数時間後、陽がくれて部屋に戻ってくると、机の上で嫁さんが寝ていた。タブレットPCの電源がついていて、ネットの履歴がそのままだった。目を向けてみると、



 『 〝ぽっちゃり〟を可愛く魅せる方法 』



「……意志よえ~な、オイ……」


 部屋の隅には、沈み行く西日に照らされたゴムボールが6個、所在なさげに佇んでいた。

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