※26話 全世界・猫の日。
うちの嫁さんは、猫又である。日曜日は、尾が二股に分かれた黒猫に変わるが、謎のプライドによって、猫扱いすると怒る。
「いいですか。私は人間なんですよ。お仕事してるし、税金払ってるし、旦那さんのお嫁さんとして、日夜努力してるわけですよ」
つまり、彼女の言い分としては、こうだ。
「私は人間の大人です。旦那さんは、きちんとそこを褒めるべきでしょう」
「そうだな。悪かったよ、嫁さん」
「分かれば良いのです。分かればね」
――と、そんなやりとりをした、翌日の事だった。
朝、二人で食卓を囲んでいると、嫁さんが言ってきた。
「旦那さん、明日はなんの日かご存知ですか?」
「うん?」
「2月22日、なのですよ」
「えっ、普通の平日じゃなかったっけ?」
「違います。明日は、猫の日です」
「……なんだそれ」
「2・2・2。すなわち、にゃー、にゃー、にゃー、ですよ」
「へぇ」
「猫の日は、猫がプレゼントをもらえる日なのだそうです」
「へぇ」
「猫又も、適用範囲内だと思いませんか?」
「へぇー」
「いや、へぇーじゃなくて。どうでも良い豆知識を聞かされたような反応じゃなくて、もっとこう……」
「祝えと? 贈り物をしろと?」
「べ、べつに、物をねだってるわけじゃないんですよ? でも、サプライズイベントがあったら嬉しいなーって……」
「昼の弁当に、ウサギさんリンゴ足しておこうか?」
「ショボッ!? ……あっ、いえ、たしかにウサぴょんは嬉しいですけど。もっとこう……形として残るような何かを! ねっ!」
「誕生日プレゼントの前借でいいなら、話進めるけど?」
「ふええぇ……」
「贅沢は敵だよ、嫁さん」
嫁さんがしょんぼり、肩を落とす。俺も味噌汁をすすって、話を切りあげた。
*
嫁さんを会社に送り出したあと、仕事部屋の引き出しを開けて悩んでいた。
「……まさか向こうから、切り出されるとはなぁ」
俺の手にあるのは、細長い、専用のガラスケース。内側に入っているのは、彼女の誕生石を込めたネックレスだ。
「明日いきなり渡したら、無理して買ってきたとか思われるよなぁ」
そこまで高価な物じゃない。広告業者が口にする、お約束の『給料三ヵ月分』は、すでに指輪という形で贈ってある。でも、食費の三ヵ月分ぐらいは、するかもしれない程に高価な品だ。
明日、猫の日と呼ばれる「2月22日」に、サプライズプレゼントとして渡そうと考えていた。一月前から貴金属店に足を運んで、見積もった。
「うーむ、むしろあの流れで渡すべきだったか……」
実はご用意していたのでした。とか流せば、彼女は感涙でむせび泣き、一週間の皿洗いと風呂掃除と庭の剪定辺り0は進んで引き受けたかもしれない。もったいないことをした。
「しかし自分で、記念日のフラグをぶち壊すとはなぁ……」
困った嫁さんである。
「まぁ、たまには自分の行動を省みてもらうのも、アリかな」
改めて机の中に首飾りを閉じ込めた。そしていつも通り、ありふれた一日と向き合う日が続く。でも、
「明日が、楽しみだな」
嫁さんと一緒になってから、そんな風に感じる日が増えていた。その分、財布の中身が減るのも早いわけだが、そこはご愛嬌というやつだろう。やつなのだよ。
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