※25話 あなたの気持ちは、てのひらの中に。
私の旦那さんは、イラストレーターをやっている。
普段はおだやかで、滅多に怒ることのない人だけど、日曜日はちょっと、ピリピリしている。
「じゃ、俺仕事するから。なにかあったら呼んで」
「にゃあ」
扉が閉まる。旦那さんの仕事部屋は日曜に限らず、平日も立ち入りは許されてない。彼の空間は、ちょっとした『聖域』みたいなものだった。
ある月の週末、旦那さんの『ピリピリ度』が高かった。
「……実質タダ働きだ。ありえない」
ヒトの怒りが、静かに、ぱちぱちと音をたてずに放電しているのなら、その時の旦那さんがそうだった。
「こんな依頼は、二度と受けない」
話を聞くところによれば、旦那さんが昔働いていた職場の人から、こんな依頼が来たらしい。
『 A3サイズのフルカラーイラストを描いて、画像データを送れ。
こっちでグッズ化して販売する。売り上げの一割を報酬として支払う 』
むちゃくちゃである。
これには、旦那さんのみならず、私も腹が立った。でも、
「こういう依頼って結構来るんだよな……個人、高校生とかならともかく、それなりの民間企業なんかの大人からも普通に来る。今回は断ったら、微妙なことになりそうだから受けるけど。二度はないぞ」
旦那さんは、ため息をこぼさなかった。ひりつくようなエネルギーを内側に留め、頬の内側を実際に噛んで、ペンを掴んだ。
でもやっぱりそんな日は、彼はいつにも増して疲れた顔をしている。「一体なんのために絵を描いているのか」考えてしまうのだろう。
「…………」
夜になっても、不機嫌そうに新聞を広げていた。イラストはデジタルだけど、基本的にはアナログ主義な旦那さんは、新聞も、資料も、紙で揃えている。
豆から焙煎したブラックコーヒーを飲みながら、余計な苦味と情報の羅列体で、嫌なことを押し流そうとしている風にも見えた。
(仕方ないですねぇ……)
そういう時、私はそれとなく、彼のすぐ側に座る。ネットをやっているように見せかけつつ、しっぽを揺らす。
「明日の天気どう、晴れそう?」
「にゃあ~」
「そっか。微妙か」
ありきたりな事を言ってから、そろりと手が伸びてくる。キャッチされる。
「にゃあー……」
「うん、ごめん、ちょっとだけ。ちょっとだけ撫でさせて」
旦那さんのご機嫌を取る方法。あるいは、モチベを回復させる手段。それは日曜の私を、なでなでさせて差し上げることである。
「あー、ふわふわする。嫁さん可愛いわー」
「……にゃあ」
嬉しくない。むしろ腹立たしい。何故、この愛情を普段の私に捧げられないのか。愛がたりてない。
「うちの嫁さんが一番だわー。愛してる」
「にゃふっ!」
あかん。流石にこれは、噛まずにはいられなかった。キッと睨みつけて言ってさしあげる。
――男の人が考えていることなんて、バレバレなんですよ。まったく。
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