※13話 婚約指輪の扱いって、結構人によって違うよね。
月末の土曜日は、すこし贅沢をする。
普段よりも良い服を着て、嫁さんも化粧をして美しく化ける。あ、いや、けっして普段がアレだというわけではない。元がすごく良いという意味だ。
とにかく。土曜の夜は二人で出かけ、彼女が希望した店で食事する。またその際は、家の箪笥に閉まってある『結婚指輪』を取りだすのが常だった。
うちの嫁さんは、日曜日は猫になる。その時、身に着けているものは、すべて脱げてしまう。俺が贈った指輪もまた、日曜日が来ると外れてしまうのだ。
「あまり、付け外ししてると、無くしそうで怖いですね」
贈った指輪を、ためつすがめつ、なんども嬉しそうに見つめてくれたあの日。俺はひとつの提案を出した。
「それなら、二人で一緒に出かける時だけ、付けようか」
「いいですね。素敵です」
それ以来、俺たち夫婦の指輪は大切にしまわれた。二人で連れ添う時にだけ、薬指の上に添えられる。
金曜日。
緊急事態が発生した。エマージェンシー。
「……」
「……」
指輪が嵌らなかったのである。薬指の第一関節あたりで引っかかって進まない。
「……」
「……」
しかし〝俺の方は問題なかった〟。
「嫁さん」
「違います」
「え、なにが?」
オシャレな服を着て、まごうこと無き美女に変身した彼女は、俺の嫁さんではなかったのか。
「太ってないです」
「あぁ、うん」
まごうことなき、俺の嫁さんだった。
最近寒くなってきたので、冬物のコートを着ている。ぶくぶくである。
「ぶくぶくじゃないですっ!」
「わかってる。ふくふく、程度だよな」
「ふくふくでもないですうううぅっ!!」
テンパっていた。
「指輪が縮んだのかも!? あるいは私の指の膨張率が高い日なのでは!?」
「かもしれないな。俺の方は問題ないみたいだけど」
あの日と変わらず、綺麗に薬指に収まる。
「嫁さん、小指でためさせてよ。――お、こっちならいけんじゃん」
「ひどいいいっ!!」
ぺしーんと、猫ぱんちでない、素のビンタが飛んできた。
それからも「えいえい!」とか言いつつ、指輪を一生けんめい、めり込ませようとしていたが無理だった。最終的には床の上に両手をついて、面白いポーズで打ちひしがれていた。
「嫁さん、そろそろ店行かないと」
「…………キャンセルで」
「それは店に悪いからナシで。それに俺も腹減ったよ。今日は腹いっぱい食べるつもりで、肉料理が中心の店にしたいって嫁さんが――」
「肉キャンセル! ニクキャンヘルシーマシマシで!」
「なに、そのとあるラーメン屋で使えそうな呪文は」
逆に太りそうだった。
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