二話 闘技場の吸血鬼 その三十一 ちょっとぶり

 カランは、思いがけない場所で出会った、彼のよく知った人物に詰め寄られ、苦笑いを浮かべた。


 リィンは、思いがけない場所で出会った、彼女の見知った姿に詰め寄り、鋭い視線を浴びせた。


 「こんなところで何をしているの!?」

 「こんなところで何してるんだ?」


 ほぼ同時に、カランとリィンが言った。


 リィンの声には、やや怒りの調子があった。彼女自身、そのことに気付いていない。思いがけない場所で出会った顔見知りに、ただ声をかけただけ、そんなつもりだったのだが、彼女の心底にある、数日顔を合わさなかった年下の少年に対する心配する心が、怒りとなって口調に現れていた。それはまるで、門限を破った我が子を叱る母親のようだ。


 「俺は闘技祭に出るためにここにきたんだ。もしかして君もか?」

 「そ、そうよ! なにか悪い!?」

 「いや、何も悪くないけど、君はこういう見世物的な仕事、嫌いなんじゃないかと思ってさ。『騎士に相応しくない仕事』とか言ったりして」

 「うっ……」


 かつて思っていたことを言い当てられ、リィンは思わず呻いた。


 「そ、それもあるけれどね、ほら、私、あなたに借りを借りっぱなしじゃない? 騎士たるもの、そういうことを疎かにはできないじゃない? ここはなんとか慚愧に堪え、恥を偲んで、あなたに借りを返そうと思ったのよ」


 リィンは恥ずかしそうに顔を赤くし、口ごもりながら言った。


 犯罪でなければどんなことをしてもお金を稼ぐのは立派なこと、とカランは考えている。長きにわたる一人旅のお陰で、カランはお金の貴重さ、そして働くことの大事さを身にしみて理解している。だからカランは、恥ずかしそうにするリィンが内心可笑しかった。きっと騎士のプライドが己の技術を見世物に使うことを良しとしないのだろうことは、騎士でないカランにも想像はつくが、働くことの大事さを知っているだけに、働くことを恥ずかしがるリィンがどうにも可笑しかった。むしろ今まで選り好みして働かなかったことの方が、カランにとっては可笑しいことだった。


 「恥ずかしがるようなことじゃないさ。働くってのは大事なことだよ。俺に借りを返した後も、なんとかして一人で生きていかなきゃならないんだから、こういう仕事にも慣れて置いたほうが良いよ」

 「そ、そうだな……。ところで、その子は? まさかあなたの子じゃないでしょうね?」


 リィンは興味深げにミンスクをまじまじと見つめた。リィンは割りと子供好きな方だった。が、不幸にも子供に嫌われるタイプだった。そして、子供に嫌われていることすら気付かないタチだ。別にリィンが子供に何かするわけでもないのだが、何故かいつも子供に嫌われてしまう。ミンスクもご多分に漏れなかった。ミンスクは見つめられて、思わず目を逸らした。リィンの目を見ていられなかった。リィンには何となく、子供が不快がる何かがあるのだろう。


 「この子はミンスク。彼女は倒れていた俺を助けてくれたんだ。そのお礼に闘技祭に出ることになったんだ」

 「倒れた?」


 言いながら、リィンはミンスクをまじまじと見る。ミンスクは視線から逃れるように、カランの後ろへ隠れてしまった。


 「色々あってさ……。助けてもらったから、恩は返さないといけないだろ? 聞けば彼女の母親は病気だそうだ。恩返しとして、高価な薬代を手っ取り早く稼ぐために、ここに来たんだ」

 「そう……」


 カランの後ろから顔だけ出して警戒するようにリィンを覗うミンスクを、リィンはじっと見つめた。本人は優しく見守るような温かい目をしているつもりなのだが、子供から見ると、それは薄気味悪く見えるらしい。ミンスクは、もはやカランの後ろから顔すら出さなくなった。それを見てリィンは、ミンスクは人見知りするタイプなんだと、間違った解釈をしていた。


 「それは騎士としては見過ごせないわね! カラン、私も協力するわ!」


 リィンは胸をドンと張り、鼻息荒く言った。ついさっきまで見せていた恥じるような様子は露もない。打って変わって、顔はキリリと引き締まり、目には自信が満ちている。


 それはミンスクのおかげだ。彼女のおかげで、リィンは大義名分を得た。カランの言うとおり、これは見世物。騎士の崇高なる剣が、そのような娯楽のために使われるべきではない。しかし人助けとなると話は別だ。弱きを助けるのは、騎士の本懐といえる。それはもちろん、リィンの望むところだ。か弱き少女を助け、なおかつ、カランへの借りを返すことができる。一石二鳥とはこのことだ。


 リィンを、ミンスクは冷ややかな目で見つめていた。ミンスクの目から見て、リィンはさほど頼りになるようには見えないらしい。


 「そうか、君がやってくれるなら、俺は出る幕がないな」


 そう言うカランの袖を、ミンスクが強く引っ張った。


 「約束が違う!」


 ミンスクが頬を膨らませて抗議する。


 「ミン、心配はいらないよ。このお姉さんは俺より遥かに強いんだ。彼女に任せたほうが確実だよ」

 「闘技祭は一戦ごとに、勝者にはファイトマネーが出るの!」


 ミンスクの言葉に、カランとリィンは互いを見合わせた。そして笑った。大したしっかり者だ。それが二人の共通見解だ。リィンは、ミンスクを歳に似合わないしっかり者だと、ただ感心しただけだった。カランは、歳不相応な逞しさを哀れに思った。きっとこの街の貧乏な子供は、皆そうなのだろう。貪欲な逞しさを求められるのだろう。それがかつての自分にも重なった。ミンスクの境遇はかつてのカランと共通している部分があった。親を頼らず、一人で生きることの難しさ、厳しさを彼もよく知っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る